起業家が持つべき資質と言われることもある「アントレプレナーシップ」。
日本では「起業家精神」と訳されることもあるため、身につけておく必要がないと感じる人もいますが、会社員であっても身につけておきたいスキルです。
アントレプレナーシップの基本から身につける理由まで、立命館大学 経営学部の林永周准教授にお話を伺いました。
取材にご協力頂いた方
立命館大学 経営学部 准教授 林 永周(LIM YEONGJOO)
1984年韓国生まれ。 立命館アジア太平洋大学(APU) アジア太平洋マネジメント学部 卒業、立命館大学大学院テクノロジー・マネジメント研究科 終了。博士(技術経営)。2017年より立命館大学経営学部に着任。主な研究テーマは、アントレプレナーシップ、スタートアップ、企業の新規事業開発など。多くの企業と産学連携によるPBLを実施し、企業の問題解決や社会問題解決に取り組む。 これらの経験をもとに、最近は「バイオ炭」に注目したカーボンマイナスを実現するため、農家・行政・消費者など多くのステークホルダーを巻き込んだ社会実装を目指している。
アントレプレナーシップとはどのようなものか?
エモーショナルリンク合同会社取材担当(以下EL):さっそくですが、アントレプレナーシップとは「起業家やプロジェクトリーダーに持ってもらいたいスキル」という認識で合っていますでしょうか?
林先生:アントレプレナーシップの定義は人それぞれです。
昔はアントレプレナーシップを「起業家精神」として訳し、起業をするのに必要なスキルやどのような人が成功するのかなどに着目していました。
しかし実際は、スキルでもあり、思考でもあるんです。
起業をするしないに関係なく、問題を設定して解決し、組織化するといったプロセスからみてみると、“起業家精神”ではカバー出来ないことも増えてきます。
そのため最近は「起業家精神」という言葉ではなく「アントレプレナーシップ」という言葉が使われるようになりました。
EL:起業家でなくても持っておくべき、ビジネスをより良くするための向き合い方というようなことでしょうか?
林先生:アントレプレナーシップという“マインド”と、アントレプレナー(起業家)としてのスキルは異なるものですが、完全に離れているわけではなく、近いものです。
狭い意味でのアントレプレナーシップは「リスクを取り、機会を活かす」と定義づけることができます。
対して、広い意味では「複雑な世の中を生き抜くための力」であり、失敗を恐れずに問題に取り組む姿勢などを含めているとも言えるでしょう。
何かあった時に、どのようにすればいいのか、何をどのように仮説としてすべきなのか、総合的に考える思考能力だったり、その仮説を立てる能力だったり、そういうものがスキルになってきます。
EL:なるほど。改善すべき点の洗い出しや問題解決能力、積極的に取り組む姿勢など、総合的に指してアントレプレナーシップと呼ぶのですね。
林先生:そうですね、つまり「このスキルを持っていれば起業家になれるよ」といったものではなく、マインドセットとスキルを合わせたものを「アントレプレナーシップ」と呼ぶイメージでしょうか。
日本ではアントレプレナーシップという言葉よりも先に“起業家精神”という言葉が入ってきてしまったことから、「起業しないから関係ない」、「持つ必要がない」と考える人もいますが、不確実な社会で生き抜くためには誰しもが身につけておきたいものです。
アントレプレナーと似ているイントレプレナーの違い
EL:続いて、アントレプレナーと似ている「イントレプレナー」について伺いたいです。
2つの違いはどのようなところなのでしょうか?
林先生:まったく何もない環境で1から構築する人をアントレプレナー、現在あるものの中でより良くするために新しいものを作っていく人をイントレプレナーと呼びます。
会社がどのようなリソースを持っているかによって、ビジネスの進み方も変わってくるでしょう。
たとえば大手企業であれば、サービスが広がりやすかったり、活用できる資源が多くあれば拡大しやすかったりしますよね。
EL:後ろ盾がない状態で事業を起こすのがアントレプレナーで、会社などのプロジェクトやフランチャイズなどのようにリソース(資源)が提供される中で進むのがイントレプレナーということですね?
林先生:そうですね。たとえばラーメンを売るビジネスを考えてみましょう。
アントレプレナーは、自分でレシピの開発から材料の選択、店のレイアウトや販売戦略をすべて1人で考える必要があります。
一方のイントレプレナーは、親会社が持っているリソースを利用することができるので、選択の幅が広く、売上アップのための集中が可能です。
アントレプレナーシップは起業しなくても活用できるのか
EL:先ほどアントレプレナーシップについて「誰しもが身につけておきたいもの」とおっしゃっていましたが、起業せず会社員としてやっていく場合、主体性を持ちすぎていると出る杭は打たれてしまうのかなと考えました。
組織でのビジネスにおいて、アントレプレナーシップはどのような場面で活かせるのでしょうか?
林先生:組織の形態やビジョンによって活かし方も異なります。
組織の雰囲気として、新しいことをやってほしい組織と、安定して良いものを供給したい組織がありますよね?
新しいことをやっていきたい組織ではアントレプレナーシップを持つ人材は好まれますし、新しいことをするよりも安定して良質なものを届けたい企業では活かしにくいスキルではあります。
アントレプレナーシップを持っている人は何か工夫することや、人々を巻き込むことも得意なので、組織によっては好まれなかったりすることも事実。
会社を辞めて別の方法を選ぶ場合も当然あります。
EL:そう考えるとやはりベンチャー企業のような新規事業に力を入れる会社には、アントレプレナーシップを持つ人材が集まるのでしょうか?
林先生:一概にそうとも言えません。社内にアントレプレナーシップを持つ人がいっぱいいても意味がないためです。
アントレプレナーシップを持つ人材同士の意見がお互いに対立してしまった結果、喧嘩別れしてしまう可能性もあるんですよ。
EL:全員がアントレプレナーシップを持っていれば良いというわけではないのですね……!
林先生:そうですね。また、アントレプレナーシップを持っている人は起業しないといけないということでもありません。
アントレプレナーシップを持っている人が、何か問題を解決するための方法として「法人を選んだ」または、「起業を選んだ」というだけの違いです。
EL:あくまでも“問題解決のための手段”として、起業や会社員を選んだということですね。
林先生:公務員でも会社員でも「自分の立場でどのように価値を創造できるのか」ということを考えるためには、アントレプレナーシップはベースとして必要なものです。
このことから、アントレプレナーシップは誰しもが持つべきものだと考えられます。
幼少期からアントレプレナーシップを身につける理由
EL:先生は高校生に向けてアントレプレナーシップ教育を行っているそうですが、幼少期のうちにアントレプレナーシップを身につけておくメリットはなんでしょうか?
林先生:高校生に向けた教育がメインですが、現在は小中学生くらいから触れる機会があることもあるんですよ。
EL:小学生からですか!?
林先生:比較的柔軟な思考を持っている幼少期に、アントレプレナーシップや思考能力を経験することは人生に大きい影響を与えると考えています。
海外に行くことと同じで、海外に行かないとわからないことが幼少期に行ったことによって留学を目指すようになるとか、ちょっとした経験が人生を大きく変えるきっかけになることもありますよね。
EL:経験して初めてわかることは確かにありますね。
林先生:そうでしょう?知っていることとできることは異なります。
車の運転と同じで、アクセルを踏めば進む、ブレーキを踏めば止まる、ハンドルで方向転換できるという知識を知っているからといって誰でも運転ができるわけではありません。
運転スキルを向上するためには、時間をかけて練習する必要もあります。
EL:アントレプレナーシップも同じく練習が必要なのでしょうか?
林先生:そうですね。アントレプレナー的な思考などを知識として学習することはできますが、それを自分のものに吸収し、日頃の生活で応用することはトレーニングが必要です。
そのトレーニングが早いか遅いかの問題で、早い段階で経験するのがこれからの人生に大きく影響するだろうという考え方から、できるだけ早い段階でアントレプレナーシップに触れるべきだと思っています。
EL:問題を見つけて、その解決のための方法を見つけるスキルは、幼少期から身につけておいて損はないですよね。
林先生:アントレプレナーシップを身につけたいと思うならまず、次の3つのことが大事だと考えています。
- 自分と向き合うこと
- 許容範囲の中で失敗してみること
- 今できることをすぐに始めること
「自分と向き合うこと」とは、自分は誰なのか?何ができるのか?どのような人脈を持っているのか?ということを見つめ直してみること。
その中で今できる小さなことをすぐに始めて、許容範囲の中で失敗をしてみることが大事ではないでしょうか。
全財産を失うような失敗は困りますが、今後の勉強になるような失敗ならどんどんして、経験を積み重ねていきましょう。
EL:幼い頃から問題解決思考を持っていると、その後、人生の選択をする場面でもスムーズに進みそうですね。
林先生:そうですね。突き詰めると最終的には「自分の人生をどうするのか」というところまで見ていくことになるかと。
自分で問題を設定して、それを解決するための仮説を導き、それを検証するプロセスが身についているかどうかの差が大きいと思います。
起業で活躍するためにアントレプレナーシップは必要?
EL:幼少期から身につけるべきスキルや考え方であることはわかりました。
幼い頃に身につける機会のなかった私たちがこれからの企業で活躍するためには、アントレプレナーシップを持つ人材になることは必要だとお考えですか?
林先生:アントレプレナーシップは複雑な世の中を生き抜く力なので、企業からも求められる人材でしょう。
ただし、組織と仕事を考えた場合、すべての人がアントレプレナーシップを持つリーダーではなくても良いと思います。
向き、不向きというのはありますし、リーダーばっかりでは仕事は成立しません。
EL:アントレプレナー同士で対立してしまって喧嘩別れしてしまう可能性があると、先ほどもおっしゃっていましたよね。
林先生:アントレプレナーシップがある人が活躍するためには、活動できる環境とサポートできる組織体制が必要です。
また、アントレプレナーシップに向いてなくても、自分の得意分野を活かした仕事の仕方と全体的なバランスが会社のビジョンと一致するかどうかだと思います。
全員が全員アントレプレナーである必要はなく、要は適材適所でしょう。
まとめ
アントレプレナーシップはビジネスの世界だけではなく、自分の人生の節目にも活かせるスキルであることを教えていただきました。
幼少期から触れることで自然と身につけられ、アントレプレナー的思考を持った大人へと成長できるでしょう。
ただし、必ずしもアントレプレナーシップを持っていなければならないわけではありません。
全員が同じタイプであると対立してしまい、プロジェクトが頓挫しかねないためです。
周りとのバランスを見ながら、必要であれば問題提起や解決の提案ができるようなスキルの使い方ができると良いですね。
◆立命館大学 研究者学術情報データベース
https://research-db.ritsumei.ac.jp/rithp/k03/resid/S001137
◆立命館大学経営学部 教員紹介:林 永周 准教授
https://www.ritsumei.ac.jp/ba/introduce/professor-list/detail.html/?news_id=70
(取材・執筆・編集/エモーショナルリンク合同会社)