コロナ禍やロシアのウクライナ侵攻、世界的な通貨安といった影響により世界経済が停滞する中、インドネシアの経済成長率は2021年以降5%台と堅調に推移しており、「新興国への投資で大きな利益を上げたい」、「インドネシアは株式投資先としてはどうかな?」と考える方も少なくないでしょう。
人口規模が大きく、資源国でもあることから、インドネシアは投資先として今後も期待ができることで注目されていますが、日本国内や米国のように情報があまり入ってこないため、投資先としては不安を感じることもあります。
そこで、今回は福岡女子大学の小西鉄准教授にインドネシアの金融市場についてお伺いしました。
取材にご協力頂いた方
福岡女子大学 国際文理学部 准教授
小西 鉄(こにし てつ)
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科5年一貫制博士課程研究指導認定退学。博士(地域研究)。2017年大阪経済法科大学助教、2018年同准教授を経て、2020年より現職。
専門はインドネシア経済・政治経済、インドネシア地域研究。
著書『新興国のビジネスと政治: インドネシア バクリ・ファミリーの経済権力』京都大学学術出版会、2021年。
株式投資先としても注目されているインドネシアの金融市場とは?
エモーショナルリンク合同会社取材担当(以下EL):インドネシア市場にはあまり馴染みの深くない方も大勢いらっしゃると思いますが、現在のインドネシアの金融市場とはどんなものか教えていただけますか?
小西准教授:はい。東南アジアの金融市場は日本や米国と比較して規模が小さいです。ただ、近年はITの発展の恩恵を受けて個人投資家が急増してきているのもあり、株式市場をはじめとする金融市場も急速に拡大してきているのは事実です。
EL:そうなんですね。インドネシアは東南アジアの近隣諸国と比べるとどのような市場規模になるのでしょうか?
小西准教授:
金融市場全体の対GDP比での規模をみますと、東南アジア諸国の中で、シンガポールが最大で、タイがそれに続き、その次がインドネシア、という位置づけになります。株式市場の時価総額で見てみましても同様で、第1位のシンガポールが世界屈指の金融都市として欧米と互角の大きさですが、それと比較して、第2位のタイがその60%で、インドネシアもタイとほぼ同じくらいの規模、といった印象です。
金融市場の構成としては、銀行などの間接金融が支配的ではありますが、株式市場、そして債券市場といった直接金融も急速に発展していて、法制度の整備も進んでいます。コロナ前の2017年では、株式市場の時価総額は対GDP比で銀行融資総額の規模に近づいています。
主に私の調査対象である株式市場についてお話しますと、インドネシア金融市場全体の中での株式市場のシェアも小規模でした。しかし近年、ITの発展の恩恵を受けたことで、増大したポテンシャルが注目されています。私の友人の中にも、スマホで株式投資をしている大学生も多くおり、株式取引は活発です。Bukalapakなどのいわゆるユニコーン企業も登場してきているので、こうしたスマホを用いた電子商取引(EC)に対する期待も膨らんでいるのではないかと思います。
EL:インドネシアが発展してきたきっかけというのはあるのでしょうか?
小西准教授:近年の飛躍のきっかけとして、一つには中国の台頭が大きな要因としてあると思います。
ご存知のように、2004年以降経済的に台頭してきた中国が資源需要をけん引し、世界経済に大きな影響を与えてきました。石炭やオイルパームを豊富に賦存する資源国であるインドネシアの金融市場には、こうしたグローバルな資源ブームの中で資金が流入したのです。
2012年には中国景気に陰りが生じ、世界経済が冷え込みました。これにより資源需要が落ち着くと、インドネシア市場へ流入する資金は資源部門からインフラ部門や金融部門へとシフトしていきました。前者では国家主導のインフラ整備プロジェクトが次々と展開されたことが寄与したため、また後者ではFintechなどITの発展が金融と結びつき、これまで金融とは縁のなかった人たちを金融に取り込む、いわゆる金融包摂(Financial Inclusion)への期待が高まったためではないかと考えます。2億7000万人ほどの人口規模ですので、その人たちを包摂するということを考えると、なるほどポテンシャルは高いです。
ただし長年、内外の投資家からインドネシアの株式市場の不透明性を指摘する声があります。実際、汚職や不正等の違法行為が頻繁に起きており、そのたびに市場は投資家からの信頼を失ってきました。
実は、市場の不透明性を理解するには、インドネシアの歴史を紐解く必要があります。ざっとその流れをキーワードで見てますと、以下の通りになるかと思います:
300年間の植民地の経験、1940年代の日本軍政下のビジネス、独立直後の企業の国有化、60年代以降の権威主義体制下での国家開発と80年代の金融自由化、その自由化の結果としての1998年のアジア経済危機、先述の2000年代の資源ブーム、さらには2008年の世界金融危機、そして2020年代のコロナ禍。
インドネシア株式市場の発展は、植民地期の証券取引所創設以来、国有企業や大規模民間企業に対する外国人投資家による投資がけん引してきましたが、80年代に行われた国家開発のための金融自由化はそれを加速化するものでした。こうした資金の流れに対する監督が緩かったのです。金融自由化は市場の発展の裏側で不透明性をさらに浸透させてきた面があり、その慣行が現在にまで続いているのです。
EL:日本の企業と比べてみた場合、やはりインドネシアの金融市場は政治権力の介入の強さというのが日本とは異なる大きな違いになるのでしょうか?
小西准教授:そうですね。日本では経済は政治の介入を受けることは比較的少ないと思うのですが、インドネシアは新興国として注目されるものの、1人あたりのGDPも2021年で11746ドルで先進国と比較して低く、金融市場も小規模なために国策として発展させていく途上でもあり、政治権力に対しては非常に弱いと考えられます。
インドネシアのファミリー・ビジネスの特徴や「相互扶助」という慣習とは?
EL:では、次にインドネシアのファミリー・ビジネスの特徴について、日本との違いなども含めて教えていただけますか?
小西准教授:まずは、インドネシア社会での家族の重要性を理解する必要があります。第1に、インドネシアの人々は家族をとても大事にします。
「家族」というと、日本にいる我々は「両親・子ども」という核家族を考えがちですが、インドネシアの多くの人は近隣の人や地域の人たちを含めて「家族」という認識をもっています。戦前や戦後直後の日本人の「大家族」という感覚に似ています。
さらには、インドネシアの国民全員を一つの「家族」と認識しているように思います。わかりやすい例として、インドネシア語の「お父さん(Bapak)」や「お母さん(Ibu)」は、自分の両親だけではなく、広く年上の男性・女性に対する呼称としても用いられ、実の両親と同じように接しているようです。
第2に、インドネシアの人たちはみな、「相互扶助」という慣習で動くことが多々あります。
インドネシア語でGotong Royong。家族・友人が困っていれば、助けてあげなくてはいけない、という義務感にも似た感覚です。インドネシアの人がみなとても親切で親しみやすいのはその慣習ゆえかなと思います。ぜひ現地に赴いて、そのことを実感していただきたいと思います。
インドネシアの民間大企業の多くのファミリー・ビジネスは、そういったところから出発しています。家族のメンバーがビジネスを始めるときには手助けするのが家族の務め、という感覚でしょうか。
実際のビジネス上で見られた例として、
インドネシアでの石炭事業をめぐって、プリブミ(土着)系のバクリ・ファミリーが英国の財閥ロスチャイルド家と対立したことがありましたが、バクリ以外の様々な政治家・投資家も加わり、「インドネシア陣営」として法廷闘争を繰り広げたという事例があります。つまり、インドネシアのビジネス界では仲間意識・家族意識がとても強いのだと考えられます。お互いに知り合いである狭い市場において相互扶助というインドネシア社会の慣習が機能するということで、狭さゆえに親密と言えるでしょう。
EL:他人だろうと国の中では強い繋がりが深い関係性ということですね。
インドネシアの金融市場が不透明と言われる背景は?
EL:インドネシアでは、違法企業に対する制裁の実効性が低いとされる要因はどこにあると考えていますか。また、今後はどのように改善に向かわれるとお考えですか。
小西准教授:金融市場における違法行為は、洋の東西を問わず発生していると考えます。日本や米国においてもガバナンスに起因する問題は多々発生しております(2022年現在にも日興SMBC証券の相場操縦事件もありました)。
金融取引を監視・監督する難しさは、金融市場では最先端の取引技術によって自由な取引が行われており、かつ24時間365日世界同時に進行しているため、違法な行為による損害の確定が困難なところにあると思います。それはどの市場でも共通していると思います。
身もふたもない話ですが、インドネシアでも、日本でも、米国でも、当事者個人の過度の欲望追求にこそ根本原因があるわけですが。。
インドネシアの金融監督の発展は同国の株式市場の発展よりも緩やかで、80年代の金融自由化の最中に監督当局が設置されました。実際のところ、自由化の中での設置だったために形式的な監督にすぎず、また、監督権限が弱いからこそ金融自由化が進んだのでした。ゆえに当局は政治権力や中央銀行からの圧力には弱かったのです。
金融監督には、マクロとミクロの2つの意味があります。マクロには、資本の流出入の急激の変化を監視・監督する意味で用いられます。その意味での金融監督の実効性の低さは政治的な要因があると思います。実際、こうしたことはアジア経済危機のきっかけとなった急激な資本流入の際や、危機後の改革への抵抗などで見られました。
もう一方のミクロな意味では、不正行為や不透明な取引を監視・監督するという意味です。しかし、これもインドネシアでは実効性は弱いです。例えば、上場企業の不透明な取引に対する罰金が低いため、当該取引による利益のほうが罰金を上回り、企業は罰金を支払ってでも不法行為を行ってしまう企業もあり、コンプライアンスのインセンティブは低くなっています。また、株式市場の時価総額で大きなシェアを誇るグループの複数の子会社による不透明な行為に対して、当局が改善命令などの処分を行った際に、グループのボスが当局の長の事務所を訪れ、処分の延期や免除を迫りました。当局は、当該企業の大きさゆえに株式市場の信頼の低下とともに政治的な追い落としもおそれて、その要請を認めざるを得なかったのです。さらに、近年国有企業株式をめぐって投資家ネットワークによる相場操縦もありました。
こうした事例は一部に過ぎず、様々なことが起きていると推測できます。したがって、制裁の実効性の低さの要因は、当局のキャパシティ、罰金額水準の低さ、政治権力からの圧力、投資家ネットワークなどが挙げられますが、ケース・バイ・ケースで、それらの要因が複合的に作用しているのではないかと考えています。
悩ましいのは、「金融監督が実効的に機能している」ということと「市場がクリーンだ」ということの関係は一概には言えないところです。市場がクリーンに見えるということは、監督がきちんと機能しているというよりも、表に現れていないだけで、水面下で横行している可能性があります。逆に、当局の監督が実効的に機能していて不法行為の摘発数が増えると、よりダーティな市場に見えてしまう、ということもあるかもしれません。
EL:先生の今後の研究も楽しみですね。ありがとうございます。
インドネシアを株式投資先とした際、注意すべき点やリスクとは?
EL:最後に、株式投資先としてインドネシアを考える場合、インドネシアの金融市場の事例から学ぶべき点や気を付けるべき点はどこにあるのか教授のお考えを教えてください。
小西准教授:はい、インドネシアの市場で気を付けるべき点を指摘したいと思います。
(1)まずは、現地社会の構造や習慣を理解する必要があります。
特に取引先や投資先のエスニシティの問題は、歴史的背景を理解していないとリスクにはなりうると思います。華人系をはじめとするエスニシティの要素が、歴史的に資本の流れやビジネス、経済政策にも影響を与えてきました。
また、宗教はインドネシアの方々にとってきわめて重要です。人口の9割を占めるムスリムであれば、礼拝や断食、ハラル、女性のジルバブなどがありますし、少数派のカトリック・プロテスタント・儒教などでも宗教活動は日常生活に溶け込んでいます。したがって、人々は各宗教(主にイスラーム)を基盤として行動していますので、株式投資を考える材料として、宗教要素にも注意を払うとよいかと思います(食品、アパレル、不動産、金融など)。なお、インドネシアの金融市場にはシャリーア(イスラーム金融)部門もありますので、そちらも興味深そうです。
ほかに、家族主義や相互扶助、さらには個々人の宗教的な慣習など、インドネシアの方々が大事にしているものに理解と尊重を示す必要があります。証券取引所のある首都ジャカルタには全国から様々な出自の方々がいらっしゃるので、多様性を尊重できればよいのではないかと思います。ちなみに、インドネシア語を話すと喜んでもらえます。
(2)第二に、不透明性が格段に高いことを理解することがとても重要です。
お話してきたように、インドネシアの資本市場は発展途上で、規模も比較的小さいのですが、そのぶん企業間関係や個人間の関係は密接です。また、投資家と企業、政治家と投資家、政治家と企業、あるいはこれらそれぞれと行政官との関係、いずれの関係においても距離は近く、政財界の人々はみな一つの「家族」です。
したがって、癒着や談合は成立しやすいのかもしれません。こうした要素は、個々の取引だけでなく市場全体の相場にも影響を及ぼす可能性について考えておく必要があります。
いずれにしましても、どの様なことが起きても損失・損害を最小限にするために、リスクをヘッジしておく必要があるかと思います。
(3)第三に、インドネシアでは内外の政治要素が大きく関わってくると思います。
株式投資が旺盛な部門は、2000年代は資源エネルギー部門、2010年代はインフラ部門や金融部門でした。これらは国策と密接にかかわっています。
先述の通り、2000年代は中国からの資源需要の高まりによるブームに対して国を挙げて資源ビジネスに参入していきました。そこに民間大企業も参画していきます。
2010年代にはインフラ整備を国家事業として推進していきました。コロナ禍の中でもインフラへの投資規模に変化はありません。
ここでも、中国からの投資の見込みがありました。習近平政権の世界戦略「一帯一路」政策は、東南アジアでもインフラ投資を促すために、多額の投資と人材を投入してきました。それらを受け入れるインドネシア政府も主に国有企業を中心としてインフラ開発を進めてきています。株式市場でのインフラ部門への資金流入はそうした背景があります。
また、先述の通り民間企業、特に大企業は、政治権力と何かしらの関係を構築している可能性が非常に高いです。そうした企業と政治家との関係や国際社会(特に中国)の動向を踏まえて(つまりはインドネシア内外の政治動向をウォッチしながら)、投資先を考えるとよいと思います。
以上のように、インドネシアの金融市場へコミットすることを考える場合には、まず同国の歴史や政治・社会文化を理解したうえで、欧米とは異なる、人間関係を基盤とする社会での良い面・悪い面を把握する必要があります。
個人的には、インドネシアでは短期利益は過度に追求せず、現地の方々との交流や現地での出来事を楽しむなど、ゆったりとした気持ちで臨むと、長期的に継続できるのではないかと思います。
EL:不透明性や政治的要素の介入も考慮すると、リスクを理解した上で長期目線での投資が良いということですね。
やはり現地の方の考え方や習慣も深く知っていく必要がありそうですね。
まとめ
今回はインドネシアのビジネス・金融・経済の研究をされている「福岡女子大学国際文理学部 准教授」小西 鉄先生にお話を伺いました。
発展途上国であるインドネシアの金融市場は、近年のIT進化によって株式市場も急速に拡大してきているようです。
金融市場には政治介入など不透明な部分も問題視されていますが、インドネシア社会の「相互扶助」の考えから、ファミリービジネスの強い信念や絆を感じることが出来ました。
株式投資先にインドネシアを視野に入れる際、現地の文化も理解しつつ長期的な投資を検討するのがリスクヘッジになるのではないでしょうか。
◆福岡女子大学 研究者データベース
http://www.fwu.ac.jp/teachersdatabase/detail/?masterid=152&gakubuid=20&gakkaid=201
◆著書:『新興国のビジネスと政治: インドネシア バクリ・ファミリーの経済権力』京都大学学術出版会、2021年
(取材・執筆・編集/エモーショナルリンク合同会社)