中央大学 大学院戦略経営研究科
佐藤博樹 教授
ダイバーシティ経営を支える5つの柱!管理職の役割が鍵

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ダイバーシティ経営は現在多くの企業が試みている人材活用戦略です。欧米では1990年前後から、日本においては日経連が「ダイバーシティ・ワーク・ルール研究会」を発足した 2000年頃から徐々に取り組みが進んできました。

このダイバーシティ経営、多くの方が耳にしたことがあるかと思いますが、その具体的な目的、そして実施にあたってどのようなことに気をつけるべきなのか。

そこで、今回はこのダイバーシティ経営について、中央大学大学院教授で東京大学名誉教授の佐藤博樹先生にインタビューを通じてお伺いしました。

取材にご協力頂いた方

中央大学 大学院戦略経営研究科(ビジネススクール)教授
佐藤 博樹(さとう ひろき)

東京生まれ。一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。雇用職業総合研究所(現、労働政策研究・研修機構)研究員、法政大学経営学部教授、東京大学社会科学研究所教授などを経て、現職。東京大学名誉教授

著書として、『新装版・人事管理入門(第4版)』(共著、日本経済新聞出版)、『新しい人事労務管理(第6版)』(共著,有斐閣)、『職場のワーク・ライフ・バランス』(共著,日経文庫)、『新訂・介護離職から社員を守る』(共著,労働調査会)、『ダイバーシティ経営と人材活用』(共編著,東京大学出版会)。『働き方改革の基本』(共著、中央経済社)、『多様な人材のマネジメント』(共著、中央経済社)など。

兼職として、内閣府・男女共同参画会議議員、内閣府・ワーク・ライフ・バランス推進官民トップ会議委員、内閣人事局・ワーク・ライフ・バランス職場表彰選考委員会委員,経産省・新ダイバーシティ経営企業100選運営委員会委員長などを歴任。民間企業26社との共同研究であるワーク・ライフ・バランス&多様性推進・研究プロジェクト共同代表など。

目次

ダイバーシティ経営の目的①:労働市場変化への対応

エモーショナルリンク合同会社取材担当(以下EL):経団連や経産省なども企業へ取り組みを促してきたダイバーシティ経営ですが、これを行うそもそもの目的について改めて教えていただけますか?

佐藤 教授:企業がダイバーシティ経営に取り組む目的は二つあり、まず一つは労働市場の変化に対応するためです。従来の日本企業は、特定の人材像を想定して採用や活用をしていた訳ですが、もう随分前からこの想定通りの人材が確保できなくなってきたんですね。これまで企業が想定する人材像の一つとして「日本人、男性、必要なときにいつでも残業可能、転勤も可能人」といったものがありましたが、こうした人材像が減少しています。つまり、働く人たち個々人の価値観や希望する働き方が変わってきたということです。つまり、従来と異なる多様な人材が活躍できる職場とすることがダイバーシティ経営に取り組むことが目的の一つです。

ダイバーシティ経営の目的②:予測困難性を増した市場変化への対応

EL:企業がダイバーシティ経営に取り組むもう一つの目的は、どのようなことなのでしょうか?

佐藤 教授:昨今、製品市場などでマーケットが求めるものの変化が日々早くなってきており、予測が非常に困難な状態に入ってきた状況に対応するためです。つまり企業は、マーケットの主要構造の変化に柔軟に対応できなければなりません。

EL:そのためには、企業はどのようなことをしたら良いのでしょうか?

佐藤 教授:社内に同じような考え方の人たちばかりを揃えるよりも、色々な考え方を持った人たちを置くことです。多様な人材の確保が、企業を市場環境の変化に対応しやすい組織へと変化させるでしょう。

また、企業が多様な人材を確保することは同時に「イノベーション」を引き起こすきっかけを作ることにもなります。というのも、イノベーションとは従来なかったもの作り出す事ですから、同じような考え方の人たちだけで議論しているよりも、異なる考え方を持つ人たちが議論するほうが新しいものが生まれる可能性があるからです。

ここで気をつけたいのは「多様な属性の人」を受け入れるだけではなく、「多様な考え方」を受け入れることです。従来の社員とは異質な考え方を持った人でも、企業にとって必要なスキルや経験がある人であれば受け入れることです。

このような組織を作ることで、企業は予測困難な現在の市場に柔軟に対応し、生き残っていくことができるでしょう。これが、企業がダイバーシティ経営に取り組む二つ目の目的です。

ダイバーシティ経営の柱①:「理念共有」経営

EL:なるほどですね。では、企業がダイバーシティ経営に取り組むには、主にどういったことに取り組めば良いのでしょうか?

佐藤 教授:全体で5つありますが、まず一つ目は「理念共有」経営です。

企業がダイバーシティ経営を進めていくと先ほどのように多様な考え方を持った人を受け入れることになりますが、その結果徐々に組織に「遠心力」が働いてきます。

EL:遠心力が働くとは、具体的にどうなっていくことなのでしょうか?

佐藤 教授:組織として、まとまりがつきにくくなっていくということです。多様な考え方を持つ人を会社に取り込む訳ですから、様々な考え方が飛び交ったりぶつかったりして話が進まなくなってしまいますよね。これを解決するには、組織の大きな方向性を共有することが従来以上に大事になってきます。

例えば、社内での商品企画案としてA案とB案があり、どちら経営的な観点では甲乙つけがたい状況だったとします。従来であれば同質の考え方で揃った人間が多くいたため、どちらにするかすぐ決まっていたのですが、現代においては様々な考え方や価値観を持った人間が共に同じ場で議論しているために、なかなか決まらないのです。そこで「どちらの案がより経営理念に近いものであるか」で判断することになります。

この「理念共有」経営は、日本企業が海外進出先の工場やオフィスで多国籍な組織をまとめる際によく実施されておりましたが、日本国内ではそれほど注力されてこなかったようです。なぜなら、先ほど申し上げたように、それをやる必要がなかったからです。

とはいえ、今は日本企業も多様な考え方を持った人材を受け入れてきています。ですから、例えば社員たちが議論をして何かを決めていく時には、自社の経営理念や行動規範を基に考えさせなければいけません。したがって、全社員への理念共有は、ダイバーシティ経営の柱の一つといえるでしょう。

ダイバーシティ経営の柱②:多様な働き方の実現

佐藤 教授:ダイバーシティ経営の柱、2つ目は働き方改革です。自社での働き方を、従来求められていた画一的な人材像向けに作られたものから、多様な人材が活躍できる働き方へと変えていかなければなりません。

従来のマネジメントでは必要な時にいつでも残業ができる仕事中心の社員つまり「ワーク・ワーク社員」が、望ましい社員とされていました。しかし多様な価値観の人材を受け入れるとなると、仕事以外にも大事なことに取り組みたい社員つまり「ワーク・ライフ社員」も同じ環境で働いてもらうことになります。そこで、「ワーク・ワーク社員」と「ワーク・ライフ社員」双方にとって働きやすい企業風土にしていく必要があるということです。

そのため実施すべきことは主に以下の2つです。

  • 安易な残業依存体質の解消
  • 残業する社員を評価する職場風土の解消

EL:それぞれ具体的にお伺いしてもよろしいでしょうか?

佐藤 教授:まず、安易な残業依存体質の解消とは「仕事が終わらなければ残業で対応すれば良い」という仕事の仕方を変えることです。時間とは「有限な経営資源」ですから、その時間資源の範囲内で実現可能な仕事の付加価値の最大化を目指さなければなりません。時間が有限と考えることで、無駄な業務の削減する、仕事に優先順位をつける、過剰品質を解消する、仕事に関する情報を共有する、社員一人一人の能力向上ことなどが意識されます。つまり、社員の時間意識を高める部下マネジメントです。

EL:なるほど。確かに時間を有限な経営資源と考えることはとても大事ですよね。

佐藤 教授:また、残業を評価する職場風土の解消についてもご説明します。

  • 時間をかければ仕事の質が上がる訳ではないので、時間内に質の高い仕事をすること。
  • 仕事の評価は、質と量をかけたものを労働時間で割った「生産性」で判断すること。

加えて、上司は部下の生産性を上げるために、能力開発に結びつくような仕事の経験の仕方・させ方を考え・工夫して行っていくことも大切ですね。

こうしたことを管理職が率先して行い、長時間労働を肯定していた企業風土を解消することで、部下を含めた職場全体の風土を徐々に変革していくことができるでしょう。

ダイバーシティ経営の柱③:ヒューマン・スキルの高い管理職の育成・登用

EL:ありがとうございます。それでは、ダイバーシティ経営の三つ目の柱についてもお伺いしてもよろしいでしょうか?

佐藤 教授:多様な考え方・価値観を持った部下をマネジメントできる管理職の育成・登用をすることです。ダイバーシティ経営を進めていくと、様々な価値観を持った人材が部下となるためです。

そもそも管理職の役割とは、部下の働きを通じて自己に課せられた課題を実現することです。管理職自身も、管理職になる前は誰かの部下だったはずです。この時代の管理職から見たほとんどの部下は、先述の通り仕事中心の「画一的な人材」であったため、長時間労働なども当たり前と考えていました。しかし今の部下は、そうした同じような属性・価値観を持った社員ではありません、今の管理職に必要とされるのは、多様な部下をマネジメントするためのヒューマン・スキルです。

EL:と言いますと?

佐藤 教授:管理職の立場で言えば、部下とコミュニケーションを取り、部下を理解し、本人にとって成長につながるような仕事を任せるなど、仕事意欲を高めるヒューマン・スキルのことを指します。

従来の管理職にとっては、ヒューマン・スキルはそれほど重要ではなかったのです。なぜなら、当時は画一的な考え方・価値観を持つ部下が多かったので、上司と部下は共にお互いの考えが分かっていた、つまり阿吽の呼吸で仕事をすることが可能がったのです。

しかし今の部下たちは多様な価値観や考え方を持つため、上司は部下一人一人とコミュニケーションを十分に行うことで、部下一人一人の理解に努めなければなりません。管理職は、この過程を経て初めて、部下のモチベーションを上昇・維持させながら働いてもらうことが可能になるのです。

したがって、このような多様な部下をマネジメントできる管理職を育成・登用していくことも、ダイバーシティ経営で成功するために重要な柱なのです。

EL:なるほど。部下の価値観・考え方がそれぞれ異なる現代においては、管理職は従来の能力に加えて特にコミュニケーション能力を鍛えなければ、組織を機能させることはできないんですね。

ダイバーシティ経営の柱④:「心理的安全性」が担保された職場構築

EL:では続いて、ダイバーシティ経営の4つ目の柱とは、どんなことなのでしょうか?

佐藤 教授:職場を「心理的安全性」が担保された環境にすることです。先述の通り、ダイバーシティ経営を推進していくことで、多様な価値観・考え方を持った部下が集まってきます。となると、彼、彼女らが安心して自分の意見を表明できる職場風土の構築が大事になります。たとえば、職場内のある人物が上司と違う意見を言ったら、人事評価で低い評価を受けてしまったことあるような職場では、誰も上司と異なる意見が言えなくなってしまうでしょう。そうならないためには、多様な価値観・考え方を持った部下の誰もが、上司や同僚に対して安心して自分の意見を表明しやすい職場の空気作り、つまり「心理的安全性」を担保することが管理職の役割としてとても大事になります。

そして「心理的安全性」が担保されている職場だからこそ、多様な価値観・考え方を持った人たちが他社と異なる意見を積極的に出せるため、これを基にした議論の積み重ねるによってイノベーションなどに繋がる可能性が高くなります。したがって、この「心理的安全性」の構築も、ダイバーシティ経営の土台づくりとして必要不可欠な柱になります。

EL:確かに、自社でイノベーションを起こしやすくするには、多様な価値観を持った人材を集めるだけでなく、彼らが自由にアイディアを出しやすい環境にする必要がありますね。

ダイバーシティ経営の柱⑤:社員の多様性の促進

EL:それでは最後に、5つ目の柱についてお伺いできればと思います。

佐藤 教授:5つ目は、社員一人一人それぞれが各人の「価値観」の多様性を促進させることです。これを「イントラパーソナル・ダイバーシティ」と呼びます。「イントラパーソナル・ダイバーシティ」を促進するためには、働く人たちそれぞれが仕事以外の場で多様な役割を担うことが有効です。「役割」のそれぞれには望ましい規範や価値観があるため、多様な「役割」を担うことで、各自の多様性が促進されます。なぜこのようなことが必要なのかと言うと、ダイバーシティ経営が有効に機能するためには、多様な価値観の持った人たちの間の対話、言い換えれば自分と異なる価値観の人たちとの円滑な対話が必要になります。そのためには、自分の価値観の多様化が有効になります。たとえば、従来のような「仕事役割」しか担っていない人と、たとえば仕事以外の場でビジネススクールに通学するなど、仕事以外の場でも多様な「役割」を担っている人を比較すると、後者の方が、自分の異なる考え方の人との対話が円滑に行えるのです。

EL:なるほど。どういった場面でそのようなことが起きるのでしょうか?

佐藤 教授:部長が、夜間にビジネススクールなどで学生として講義を聞いているとします。そこで隣に机を並べている方が別の企業に勤める新入社員であったりすると、ビジネススクールの場では、部長ではなく学生としての「役割」を担えることできてはじめて、同級生と円滑な対話ができるようになるのです。こうした多様な「役割」を担う経験が、「イントラパーソナル・ダイバーシティ」の促進、結果として「ヒューマン・スキルの高い管理職の育成」に有効です。

以上の観点から、ダイバーシティ経営を進めていく上では「イントラパーソナル・ダイバーシティ」の促進も大事なポイントといえますね。

まとめ

今回は、中央大学の佐藤博樹先生にお話を伺いました。

ダイバーシティ経営に取り組むための主な柱は5つあり、まず多様な価値観・考えを持った人たちをまとめるには理念共有が必要です。次に、それぞれが異なる働き方を希望する職場を機能させるには、残業のあり方を見直すなどの長時間労働を前提とした企業体質を解消することも大切ですね。

また、多様な部下を抱えるこれからの管理職に必要なのは、部下一人一人を理解し、成長へと導くためのヒューマン・スキルです。さらに、そうした多様な一人一人が対等に安心して意見を言い合える「心理的安全性」が確保された職場作りも大切と言えるでしょう。

そして、確保した多様な人材それぞれが持つ多様性をさらに広げるために、仕事の立場とは違った経験を持てる機会を設けていけば、さらにダイバーシティ経営の効果を高めていくことができます。

ダイバーシティ経営は、変化の激しい今後の社会で企業が生き残る鍵であるだけでなく、多様な人々が生き甲斐を持って働ける場を作るきっかけになるのではないでしょうか。

(取材・執筆・編集/エモーショナルリンク合同会社)

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