現在会社を経営している人、または起業を考えている人にとって、海外への事業展開は関心の高いテーマではないでしょうか。しかし今日では、新型コロナウイルスの影響、そして歴史的円安などが重なり、海外進出をめぐる状況はより複雑さを増しています。
そこで今回は、国際ビジネスや国際経営などを専門に研究され、民間企業などでのアドバイザーとしても活躍されている、兵庫県立大学の内田康郎教授にお話を伺いました。
内田教授は、海外展開を含めたこれからの経営に必要なものとして、
- 自分たちの「真の強み」を知ること
- そのためには既存顧客をよく見て、自分たちが何を評価されているのかを知ること
- 目の前の顧客に対して、あと何を加えたらもっと喜んでくれるかを考えること
などが重要であるとおっしゃいます。
今、経営戦略に必要とされる「真の強み」とは一体何か。そして、どのようにして自分たちの強みを見つけ出せば良いのか。
ビジネスの海外展開はもちろん、国内での事業展開にも通じる考え方なので、早速詳しく見ていきましょう。
取材にご協力頂いた方
兵庫県立大学大学院 社会科学研究科 教授 内田康郎 (うちだ やすろう)
1966年生まれ。
1998年、横浜国立大学大学院国際開発研究科博士課程修了。学術博士。
現在、兵庫県立大学大学院 社会科学研究科教授の他、富山大学名誉教授、コーセル(株)社外取締役。
東京にて銀行に勤務した後、米コロラド大学大学院客員研究員、富山大学経済学部教授を経て現職。専門分野は、多国籍企業の競争戦略。特に国際的な競争優位と収益性の関係など、グローバル競争戦略について調査・研究を行っている。
国内企業の海外展開の現在について
エモーショナルリンク合同会社取材担当(以下EL):内田先生、本日はよろしくお願いいたします。
内田先生:よろしくお願いします。
EL:最初は、国内企業の海外展開の現在について伺いたいと思います。
海外展開を取り巻く現在の状況や、海外へ事業展開することのそもそもの意義など、海外展開の概要について教えていただけますか?
内田先生:はい。その前にまずお断りしたいのが、詳細な内容は企業や業種によって異なるということです。
EL:業種や会社の規模、または一言で「海外」といっても、行き先によっても事情は異なる、ということですね。
内田先生:以下のお話は、これから海外に進出したいと考えている企業を前提とした、一般的な内容になることをあらかじめご理解ください。
その上で海外展開の現状ということですけど、今の状況は業者によっては逆風の状態だと思うんですよね。
新型コロナウイルスの影響による原材料の不足や原材料費の高騰と、サプライチェーンの分断。そして、米国をはじめとした各国の金利上昇に伴う超円安と言った状況下で、今海外展開をどんどん積極的に行くべきか、という点ではちょっと厳しいものがあると思います。
EL:こうした状況の中では、経営者の心理としては受け身に回ってしまいそうです。
内田先生:ただ、この状況がいつまでも続くわけではありません。
ビジネスチャンスを拡大するということを考えた場合、海を越えて展開することは大事なことですから、ぜひそこは積極的に考えていくべきだと思いますね。
EL:今は苦しい状況でも、先を見据えながら経営戦略を立てることで、ビジネスチャンスを得る可能性も生まれてきますね。
内田先生:次に海外展開そのものの意義ですが、主に二つ挙げられます。
一つは、市場の確保です。
市場の確保と言った時、市場とは、物を売るための市場だけではありません。売ることだけではなくて、原料材を調達するマーケットや、あるいは労働力の調達など、調達市場の確保という意味でも、海外に出ることの意義はあると思います。
もう一つは、自社の強みの把握です。
海外に行くとなると、自分の会社の内側をきちんと冷静に見て、どんなものが自分の強みで、その強みはちゃんと生きるのか、ということを確認する機会にもなると思います。ですので、海外展開には、自分の強みを把握するという意義もあると思います。
ビジネスを海外展開することで起きるメリットとデメリット
EL:続いて、ここからはビジネスを海外展開することで起きるメリットとデメリットについて伺いたいと思います。
どういった点がメリット、デメリットとして挙げられるのでしょうか?
内田先生:メリットは、今申し上げたように、販売市場ですとか調達市場などに近づけるというという点ですね。
さらには、現地で活動をすることによって、情報という資源も手に入れることができるかもしれません。
例えば、海外で自分たちがこれまでとは違う評価がされることが分かれば、その新しく評価されたことをもっと掘り下げて、別の商品ですとか、別のサービスを売ることができるかもしれません。
これまで多くの企業は、行った先で思っていなかったことで成功するなんていう事例は結構あるものですから、行くことによって新しい気づきが得られるということはあると思います。
EL:海外へビジネスを展開することで、自分たちが想定していなかった点を評価され、その気づきを活かして新しいビジネスチャンスが広がる可能性があるんですね。
内田先生:以前、インドでシェアトップを維持しているSUZUKI(自動車メーカー)について、インドまで行って取材してきたことがあります。彼らは今ではインドで大きな成功を収めていますが、当初考えていたインド市場とは違う新しい気づきを得て、それを活かせたことも要因となっています。
ですので、行った先での試行錯誤を通じて、新しい情報ですとか、自分達にとっての新しい価値を見つけることになれば、それが大きな成功につながる可能性があるでしょうから、そうした点でメリットはあると思います。
EL:それでは、海外展開のデメリットはどのような点にあるのでしょうか?
内田先生:デメリットとしては、色々なリスクの影響を受けやすくなる点です。
今もそうであるように、政治的なリスク、経済的なリスク、サプライチェーンが分断されてしまうリスクですとか、原材料が手に入りにくくなるとか、または為替の問題など、こうしたリスクは、国内に止まるよりもさらされやすくなります。
特にブーカの時代(VUCA:変化が激しく複雑性が増し将来の予測が困難になる状況のこと)では、不安定で不確実性も高いような状態の中で、さらにその不確実性が高まるというのが海外市場だと思いますから、そういった危険にさらされてしまうというデメリットはあると思います。
大きなチャンスを掴むためには、様々なリスクを把握して対処する力が必要そうですね。EL:しかし、これだけのデメリットがあるなら、なんだか尻込みしてしまいそうです。
内田先生:そうですね。ただ、こうしたデメリットを超えていくことで、メリットにも繋がる点もあると思います。新しい気づきといいますかね。
そういったところで、デメリットを乗り越えることの意味もあると思いますので、最初から諦めずにチャレンジしていくことは、とても意義深いことだと思います。
ビジネスを海外展開する際に、何を念頭に経営戦略を立てるべきか
EL:ここからは、ビジネスを海外展開する際に、何を念頭に経営戦略を立てるべきかについて伺いたいと思います。
経営戦略を立てる上で注意すべきポイントには、どのようなものがありますか?
内田先生:海外展開するということは、色々な競争がつきものになるんですけども、そもそもとして、海外に行くことが目的じゃなくて、市場を広げるということが目的なはずなんですね。
市場を広げ、自分達の目的を達成するために海外へ行くわけですが、その際には当然競争が起きると思います。しかし、競争するために海外展開するわけじゃありませんから、その競争は避けられなきゃいけないと思うんです。
EL:海外展開というと、つい「海外に行くこと」が目的だと思ってしまいますが、市場を広げることが目的であって、海外に行くことは手段に過ぎず、さらには競争も避けるべき、というのはとても興味深いです。
内田先生:したがって、経営戦略を立てる際に注意すべき点としては、自分たちの当初の目的を達成する上で障害となるようなものを避けること。
競争を避けるシナリオ作り、競争を避ける経営戦略が必要であるだろうと思います。
EL:競争がなければ成功もしやすいのはイメージしやすいと思いますが、それでは、競争を避けるためには何が必要になるのでしょうか?
内田先生:それは、自社の強みです。
私はよく「真の強み」という表現を使っているんですが、「真の強み」をきちんと見つけ出すことだと思います。
その真の強みとは何かというと、例えば、他の企業が持ってない技術や、現地でのコネクションなど、こうした他社が簡単に真似できないような強みです。
こうした強みを、作る必要があると思います。
EL:真の強みを持つ企業には、他社との競争を避ける力がありそうですが、そうした強みは簡単に作れるものではないようにも思います。真の強みは、どのようにして作れるのでしょうか?
内田先生:真の強みを作るには、国内にいる顧客も含めて、今付き合っている既存顧客をよく見て、自分たちが何を評価されているのか、というところを見つける必要があると思うんですよね。そうするとそこから、「自分たちの本当の意味での強みってこれなんだな」と分かってくると思います。
その本当の意味での強みが分かった時に、それを活かして海外に行く。これまでいろんな企業の事例を見てみると、海外で成功した企業の多くは、やはり自社の強みをきちんと見抜いているということがあります。
ここで2つの事例を簡単に見てみましょう。
事例1:SUZUKI(自動車メーカー)の場合
- SUZUKIの強みとは、日本国内に多数の業販店(SUZUKIの看板を掲げている町中の自動車修理工場)があること
- 業販店のシステムが国内で好評で、それを活かして彼らは強くなったが、同様の仕組みをインドにも展開した
事例2:KEYENCE(測定器や画像処理機器の開発〜販売までを手がけるメーカー)の場合
- KEYENCEの強みとは、顧客ニーズにあった製品を受注後に即納できること
- 日本でのこうした強みを海外市場でも展開した
EL:自社の強みを見抜いた上で、競争を避けながら海外の市場へ入っていったわけですね。
内田先生:他社が簡単に真似できないような強みを作るには、目の前にいる顧客をきちんと冷静に見て、自分達は何を評価されているのかを知ること。
真の強みを見極めた上で、それを活かして海外展開するというのが、これまでの事例の中から見えてくる成功の鍵だろうと思います。
今後、ビジネスの海外展開を行う上で必要になる考え方とは
EL:最後は、ビジネスの国際化やグローバル化について、今後の展望に注目してお話を伺いたいと思います。
これから海外への事業展開を行う上で、必要になってくる考え方にはどのようなものがありますか?
内田先生:市場を確保するという点でいうと、国境を越えて行くということだけじゃなくて、業界の垣根を超えてということもあると思うんです。
私はそれを「国際化」という言葉とは別に「業際化」って呼んでるんですけど、国際化というのは国境を越えて活動することになりますけども、業際化というのは業界を超えて、ということになるんですね。
EL:業界を超えて作られる商品やサービスが、新しい市場になって行くということでしょうか?
内田先生:そうですね。例えばIoTのように、一つの技術が一つの業界の中だけで使われるのではなく、他の業界でも使ってもらうということが、いっぱい起きてきています。
例えば、スマートフォンがそうですね。スマートフォンの中にはいろんな業界の企業が作ったアプリが入っていて、それが一つの端末として使われているわけです。
このように、業種や業界の垣根を超えていろんなサービスが展開されるという事が、どんどん進んできてると思います。
EL:確かに、スマホは国際化と業際化の権化のようなツールになっていますね。
内田先生:その他にも、大きな会社の例も見てみましょう。
トヨタ(自動車メーカー)の過去50年間の企業提携について調べたことがあるんですが、そうするとあることが分かってきました。
彼らが他のどういう会社と提携してきたのか、要するに誰と付き合ってきたのか、ということを調べたんですけど、そうすると2010年からの10年間で異業種企業との提携がものすごく増えていることが分かったんですね。
例えば、中国のAIベンチャーですとか、アメリカのウーバー・テクノロジーズですとか、あとは燃料電池を作る会社ですとか、国内ではソフトバンクと提携したりとか、色んな業種と手を組んで新しいサービスを開発する、ということをしています。
EL:それだけを聞くと、トヨタは百貨店を目指しているのかと勘違いしそうですが、異業種企業と手を組むことで、革新的な商品やサービスを生み出しているんですね。
内田先生:このように、一つの業界の中だけで考えるのではなくて、業種、業界を超えた誰かと手を組むということがどんどん進んでくるだろうと思います。それが業際化っていうものなんですね。
なので、経営戦略の上では国際化だけではなく、業際化にも目を向ける必要があります。国内外の異業種企業なんかと手を組みながら、新しいアイデアを出すということが、これからのテーマになるだろうなと。
自分たちがもっとビジネスチャンスを広げる上では、どんなサービスを開発すればいいのかを考える必要があって、そのためには国境を越えるだけじゃなくて、これからは業界を超えて他の企業と組むことを考える必要があるだろうと思います。
EL:国際化だけではなく、先生のおっしゃる業際化の必要性も感じている経営者は多いのではないかと思いますが、業種を超えたサービスや商品を生み出すためには、どういうところを手掛かりにすれば良いのでしょうか?
内田先生:基本は、既存顧客をよく見ることだと思います。
目の前の顧客を見た時に、あと何を加えたらもっと喜んでくれるか?を考える。その時に、自分にない技術があれば他の誰かと組んでサービスや商品を作る。
それが業際化の基本であり、今求められていることだろうと考えます。
まとめ
今回は、ビジネスの海外展開や、経営戦略を立てる際のポイントについて、兵庫県立大学の内田康郎教授にお話を伺ってきました。
海外展開をするメリットの一つとして、自社の強みとは何かを再確認する機会になる、ということが挙げられました。自分たちが何を評価されているのかを知り、その強みを活かすことで、競争を避けながら海外へ市場を拡大した国内企業の例もありましたね。
また、これからの経営戦略には、国を越える国際化だけではなく、業界を超える「業際化」も求められています。例えばスマホやコネクテッドカーのように、業際化によって生み出された商品やサービスは、すでに私たちの身近なものになっています。
新型コロナや歴史的円安の影響により、経営者にとっては逆風の時代かもしれません。しかし今こそ、目の前にいる既存のお客さんをよく見て、その人がもっと喜ぶサービスとは何か?を考えながら、市場を広げるためのビジネスの国際化や業際化について、戦略を深めてみてはいかがでしょうか。
(取材・執筆・編集/エモーショナルリンク合同会社)