京都大学 経営管理大学院
山内 裕 教授
成功している企業は、顧客が自己表現したいものを理解し、その機会を提供している

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良いサービスとは「ひたすらおもてなしをする」ことだと考えている経営者・ビジネスマンの方は多いのではないでしょうか。ですが、例えば寿司屋の店主の中には無愛想な方もいらっしゃいますよね。メニューや価格さえ表示されていないこともあります。それでも、通いたいと思わせるのはなぜでしょうか?

実はサービスの提供者と受け手である客との関係において、この原理を知ることは、どのような業種にとっても重要なことなのです。そこで今回は「サービス提供者と顧客との間のインタラクション(相互行為)」についてご研究されている、京都大学の山内裕先生にインタビューさせていただきました。

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取材にご協力頂いた方

京都大学 経営管理大学院 教授
山内 裕(やまうち ゆたか)

京都大学工学部情報工学科卒業、京都大学情報学修士、UCLA Anderson Schoolにて経営学博士(Ph.D. in Management)。 Xerox Palo Alto Research Center 研究員を経て、京都大学経営管理大学院に着任。鮨屋、フレンチ、アパレルなどのサービスをはじめ、デザインやアートなどを含めた文化の経営学を研究している。主な著書には、『組織・コミュニティデザイン』(共立出版、共著)、『「闘争」としてのサービスー顧客インタラクションの研究』(中央経済社)など。2021年度から文部科学省価値創造人材育成拠点形成事業として「京都クリエイティブ・アッサンブラージュ」を立ち上げる。

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目次

高級寿司屋のサービスは顧客の自己表現の欲求を掻き立てる

エモーショナルリンク合同会社取材担当(以下EL):高級寿司屋の中には「メニュー表なし」「店主との会話も無し」「緊張感が漂っている」など、おもてなしとは程遠いサービス体制にも関わらず、人気店が存在するのは何故なのでしょうか?

山内教授:一言で言うと、寿司屋のサービスの中には、顧客の自己表現の欲求を掻き立て、その機会を提供しているという構図を持っているものが存在するからです。

まず前提として、お客様を喜ばそうとすることだけを考えるサービスは、逆にその店の価値を下げてしまう傾向があります。

例えば、サービスの提供者である店側がニコニコして「どうですか?」と言って喜ばそうとします。

すると、お客はそれを見た時に喜んで、そのサービスを価値あるものとして受け入れる、ということはできなくなってしまいます。

なぜかというと、このときお客は「この人(職人)は自分(客)の評価を気にしている人だ」と感じてしまうからです。

つまり、サービスの提供者である店側の力はお客よりも下に落ちてしまっている状況といえます。

自分(お客)よりも力関係が下の人(店)から受けるサービスというのは、価値を感じにくい、あるいはその価値を受けて当然であると感じますよね

だから喜ばされると、逆に喜べなくなってしまう、ということが起こります。

一方で、寿司屋の親方のようにムスッとしながら、お客を喜ばせるためというより自分が完璧な寿司を作るために仕事をしていたとすると、お客は「この寿司屋はすごい価値だ」と感じてしまうわけです。

要するに「ただ単にものを受け取って終わり」というものではなく、そこに店と客との力関係が生じているのです。

EL:まるで恋愛の原理と似ていますね。思い通りにならないからこそ価値がある人のように感じますよね。

しかし付き合い始めて相手が思い通りになってしまうと、その関係性が当然のように感じられ、価値を感じなくなる。それと同じことですね。

山内教授:そのとおりですね。そして顧客というのはサービスを提供される際、店側からその価値を示された瞬間に、それに対し自分を示し承認を得ようという行動に出ます。

どういうことかというと、カフェや焼き鳥店等どんなお店でもお客に自分のお店に来てもらうためには、自分の店のサービスの価値が高いことを示さなければいけないですよね。

味のおいしさであるとか、店の雰囲気であるとか、他にも「うちは他の店と違ってこんなところがすごいんですよ」といったことです。

これは言い換えると、お客に対して「お客さん、うちはあなたが知っているレベルの店ではないよ。もっとすごいんだよ」と言っていることになります。

そう言われたらお客は「いやいやいや、自分もそれにふさわしい人間ですよ」ということを演じないといけない、示さないといけない、つまり承認されたいという気持ちが喚起されるのです。

このようにサービスを提供されると、お客側は「自分の価値を認めてもらいたい」、「他の客とは違うという目で見てもらいたい」という欲望が生まれ、「自分はこの店にふさわしい人間である」と自己表現しようとするのです。

顧客が自己表現をする機会を提供し成功した企業例①:マクドナルド

EL:なるほど、高級寿司屋の店主の接し方には、自己表現をしたいという顧客の欲望を喚起し、その機会を提供しているというメカニズムがあったのですね。

山内教授:高級寿司屋の例では店主と客の一対一でのやりとりについて説明しましたが、歴史的に見ても成功してきた多くの企業は、各時代背景から当時の人々の自己表現したいものを理解し、その機会を提供してきていることが分かります。

例えばマクドナルドの例を見てみましょうか。

マクドナルドは上記のように客が自己表現したいものを理解し、その機会を提供してきたという点で、二段階で考えることができます。

まず最初の成功は60年代にアメリカ全土に広がった時で、ここには当時のアメリカの時代背景が関係しています。

1960年にジョン・F・ケネディが当選し、彼は公民権運動と称したアフリカ系アメリカ人の運動を後押しして一気に新時代の風を吹かせていきますが、当時の白人を中心としたアメリカの人々の中には依然として人種差別あるいは女性蔑視の意識が強く残っていたのです。

60年代のティーンエイジャー達はこれに対し「時代が大きく変化しているのに何古臭いことを言っているのだ」と反発心があり、それはまた当時の田舎に住んでいるティーンエイジャー達の生活においても同じでした。

彼らの家では母親が毎日豆料理のような素朴な料理をし、家族皆でお祈りをしてから食べる生活をしており、こうした風習の古臭さに対する嫌悪と恥ずかしさがあったのです。

その時、自分達の町にマクドナルドの店舗が出現したわけです。

60年代のティーンエイジャー達は、自分の育った環境に居心地のよさと共に、恥かしさを感じていた。その中で、彼らの自己を証明したいという欲求を受け入れてくれる新たなマクドナルドという存在は、非常に魅力的なものだったのです。

彼らにとってマクドナルドに行くということは、古い世界から新たな世界に踏み出して行くことの象徴だったと言えるでしょう。

このようにマクドナルドは、当時におけるある種新たな世界観を示し、ティーンエイジャー達に自分を表現する手段としてのツールを提供したのです。

その結果、マクドナルドはティーンエイジャー達から爆発的な支持を得て大成功を収めました。

EL:なるほど。マクドナルドの最初の成功の背景には、そんなエピソードが隠されていたとは全く知りませんでした。

山内教授:更には、60年代後半からマクドナルドはターゲットを子供にシフトしていきます。

これが2つ目の成功なのですが、今度はティーンエイジャーではなく子供達に内在する自己表現の機会を提供することに成功したのです。

具体的に説明しましょう。このときのマクドナルドは、まずマクドナルドランドというアニメなどを織り交ぜた架空の世界を作り、ドナルドマクドナルドという、子供をマクドナルドへ誘い込むサーカスのピエロのようなキャラクターなどを作り上げました。

そして、子供が親から離れ自分ひとりで手にコインを握りしめ、好きなものを頼んで食べるという自己表現をする機会をマクドナルドは与えたのです。

アメリカでは多くの家庭で早くから子供の自立・自我を尊重していますが、マクドナルドは子供の自立の第一歩として彼らが自己表現をする機会を提供する企業として、その地位を確立しました。

この子供を対象にした戦略によって、マクドナルドは再び大成功を収めたのです。

このようにしてマクドナルドは、先ほどティーンエイジャー達に提供したのと同じく、今度は子供達にも自己表現の機会を与えたのです。

顧客が自己表現をする機会を提供し成功した企業例②:スターバックス

EL:マクドナルドは、大人だけでなく子供に対しても自己表現の機会を提供することで成功を遂げていったというのは、とても興味深い事例です。

マクドナルド以外にも、このように顧客に自己表現の機会を提供することで成功した企業というのはあるのでしょうか?

山内教授:他にはスターバックスの例があります。

スターバックスも、マクドナルドと同様、二度の成功を収めた歴史があると言えるでしょう。

オランダのコーヒービジネス一家に生まれたアルフレッド・ピートは、戦後カリフォルニアにやって来た時アメリカのコーヒーの品質に落胆し、彼自身のコーヒー豆を売る店を同州のバークレーという町にオープンしました。

これが1966年なのですが、先ほどのマクドナルドの時と同じように、ベビーブーマーと呼ばれる戦後すぐに生まれた人々が大人になり、大学に通い始めた時期です。大学に行くとエリートのキャリアを歩めると思っていたのですが、自分と同じような人々で大学が溢れ、自分が多くの中のひとりにすぎないことに不安を覚えた世代です。

多くの学生が既存社会・文化に対して対抗する文化、カウンターカルチャーを生み出しました。資本主義を批判し、大量生産ではなく、自然に帰るということを実践しました。

ピートがオープンした店もUCバークレーという大学で有名な町であったため、このようなカウンターカルチャーの最先端でした。

学生達にとって、当時主流だった工場生産のコーヒーではなく豆から焙煎して淹れるコーヒーは、彼らに非常に鮮烈な衝撃を与えます。

当時のコーヒーというのは、大量生産され味も画一的であり個の主張が無かったのに対し、ピートが自分で焙煎し売るコーヒーは豆の種類も豊富にあり、香りも味もそれまでとは全然違うものでした。

つまり、同世代の他の大多数の人間と同じという自分たちの個の存在が否定され自己を表現できなかった時代に、コーヒーの味わいにこだわるエリート像が出現します。自然の豆を自分で焙煎するという、資本主義の大量生産とは異なる体験がマッチしました。

このことはピートの店と学生との間に、先ほど申し上げた「顧客が自己表現したいものを理解し、その機会を提供する」というストーリーを生みます。

「自分はコーヒーの味にこだわる文化的に洗練された自分」という学生側の自己表現と、その機会をを与えるピートの店という構図です。

EL:アルフレッド・ピートのコーヒーは学生達の思いを汲み取ってくれるような存在だったのですね。

山内教授:当然ながら、ピートの店は瞬く間にファンを増やしていきました。

その大繁盛からピートの店は次々と増えていき、やがてとある3人の起業家が、1971年に彼の店を訪れてスターバックスを起ち上げるきっかけとなります。

これがスターバックスに関わる成功の一回目ですね。

EL:こうしてみると、マクドナルドもスターバックスも、両方とも一度目の成功には大学生が関係していますね。

山内教授:60年代のアメリカにおける主役はティーンエイジャーや大学生だったということでしょう。

時代の流れやその時人々が自己表現したいと思っていることは何なのか、それらを読み取りその機会を与えることで顧客に特別な優越感や満足感を与え、結果として店の人気に繋がっていったのです。

そして、スターバックスの二度目の成功は80年代に訪れます。スターバックスの創業者達は引退していたピートの店を買収したのですが、そちらの経営に忙しくなったため、スターバックスの経営を、ハワード・シュルツに譲りました。

シュルツはその後カフェラテを考え出し、売り出します。実はこのラテの誕生こそが、スターバックスが成功した二度目のポイントなのです。

EL:と言いますと?

山内教授:ピートが良しとしたコーヒーを極端に言うと「濃く苦いブラックコーヒーを少しずつ飲む」というスタイルなのですが、それを抜本的に変えたのがものがカフェラテなのです。

詳しく説明しましょう。80年代というのは、それまでの政治をはじめとした男性主体の社会に対し、ありとあらゆるものが軽くなり垢抜けた時代でした。

イギリスでは1979年にマーガレット・サッチャーが女性として初めて首相になりました。これまでジェントルメンが政治をしていた中に、中産階級出身の女性が踊り出ました。

アメリカでは1981年にロナルド・レーガンが合衆国大統領になります。映画俳優からカリフォルニア州知事、そして大統領というかなり異色の経歴であった彼をアメリカ国民は支持したのです。何か重苦しい内容があったわけではなく、軽く新鮮な印象を与えました。

サッチャーやレーガンが支持されていたことからも分かるように、当時の流れは、よりフラットで軽やかなものが求められていったのです。労働組合や社会福祉という財政に負担をかけていた重苦しいものを解体し、重工な製造業より軽い金融業を重視しました。

このような時代背景の中で、シュルツはスターバックスの主要支持者であった濃く苦いコーヒーを好む男性だけではなく、女性を含めた全てのターゲットに向けてカフェラテを考案したのです。

ピートの作った深煎り焙煎の濃いコーヒーの歴史から、ミルクを使った甘く軽いコーヒーを売り出すことに、経営層の多くは既存の顧客離れを心配しました。

しかし結果は、、、もうお分かりかもしれませんね。当時多くの国民が求めていたものは従来の古く重々しいものではなく「軽さ」だったのですから、カフェラテは大流行り。こうしてスターバックスは、女性をはじめとした新たな支持者層の獲得に成功したのです。

このラテでの成功から、スターバックスは全米での地位をより固めていきました。さらには、フラペチーノなどの、当時のコーヒー好きにしてみれば邪道な商品を投入し成功していきました。コーヒー通の競合他社の経営者にはできない判断でした。

これがスターバックスの二回目の成功です。

時代を読み人々の表現したいものを提供できてこそイノベーションやヒット商品が生まれる

EL:個人のお店においても大衆向けチェーン店などにおいても、共通するのは、ただお客を満足させたりニーズを満たしている訳ではない、ということですね。

山内教授:その通りですね。

時代を読み解き、人々が自己表現したいものを敏感に捉え、そしてその機会を提供する。これがマクドナルドもスターバックスも成功した大きな理由であり、ただ顧客を満足させた訳ではないのです。むしろ、人々を新しい世界に導いたのですが、そのような世界に一歩足を踏み入れる体験は、むしろドキドキするこわいものだったでしょう。

例えば、金額、機能、品質などで成功していると思われるビジネスも、人々の自己表現と結びついています。例えば100円ショップです。安いから流行っているという側面はありますが、それ以上に人々を魅了しています。youtubeなどで主婦の家事の手間削減を謳った動画が人気ですが、100円ショップの商品がよく取り扱われることがあります。例えば、「ずぼら主婦」というカテゴリの動画はとても興味深いです。

主婦達の根底には「家事の手間を省きたい、楽をしたい」という思いがあります。そこに更に「100円ショップの物の商品を使って工夫して生活を効率化させゆとりを持ちたい」という自己表現の欲求があるわけです。高級な機械を導入して家事の手間を減らすのではなく、これまでにない発想で100円ショップのものを組合せて解決する姿は、時代にあった新しい自己表現と言えるでしょう。

ですから、どんな業種であれ成功している企業というのは、顧客側が自己表現したいものを理解し、その機会を提供するというプロセスを踏んでいるのです。

このように、イノベーションというのは新しい時代を切り開くものであり、まずその時に置かれた時代背景を読み解かなくてはなりません。

斬新なアイディアを生み出し、消費者のニーズを満たすだけでは、イノベーションは起こらないのです。

まずその時代において人々が自己表現したいものを感じ取り、その機会を提供できてこそ爆発的なヒットと結びつきイノベーションとなるのです。売れるものを作るというだけではなく、人々に新しい自己表現の機会を作り出し、新しい時代を定義していくことがイノベーションなのです。

まとめ

今回は、京都大学の山内裕先生にお話を伺いました。

高級寿司店の大将の顧客に対するサービスは、おもてなしとは程遠いものかもしれません。にも関わらず顧客に高級感を感じさせる理由は、顧客側に「親方に認められたい」「自分を認めて欲しい」という力関係の構図があるからです。

この顧客の中にある「自分あるいは自己の表現するものを認めて欲しい」という思いは、どの業種においても共通することで、それを承認し提供するということができた時、爆発的人気商品やイノベーションの成功へと繋がります。

そしてこの顧客が求める承認欲求や特別感は、マクドナルドやスターバックスのように、時代を読み解くことなしに理解し得ることはできません。

新たなイノベーション・ヒット商品を生み出すには、この根本を理解することがまず重要ではないでしょうか。

(取材・執筆・編集/エモーショナルリンク合同会社)

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