昨今では起業家を志す方々が増えてきたことで、アントレプレナーシップという言葉を目にする機会も増えてきました。
ただ、アントレプレナーシップは一般的には「起業家精神」と訳されます。そのため、伸ばそう、育てようとしても何をすれば良いかわからない、と悩んでいる方も多いのではないでしょうか。
そこで今回はアントレプレナーシップについて、長年アントレプレナーの育成に取り組んでいる新潟大学の伊藤准教授にインタビューしました!
取材にご協力頂いた方
新潟大学 経済科学部 准教授
伊藤 龍史(いとう りょうじ)
1980年福岡市生まれ。福岡県立修猷館高校卒業、早稲田大学卒業後、早稲田大学大学院商学研究科修士課程・博士後期課程、早稲田大学産業経営研究所助手を経て、2009年新潟大学経済学部・大学院現代社会文化研究科講師。14年同准教授。20年、改組に伴い経済科学部准教授。サンノゼ州立大学(カリフォルニア州立大学サンノゼ校)ビジネススクール(マーケティング・意思決定科学領域)客員研究員、ソウル科学技術大学招聘副教授など。
研究活動としては主に「起業家、経営者、顧客、消費者によるアントレプレナー的意思決定(Entrepreneurial Decision-Making)とアントレプレナー的アクション(Entrepreneurial Action)」に関する理論構築を目指している。起業、スタートアップエコシステム、サービスイノベーション、サービスオフショアリング、技術媒介型サービスといった現象を理解することからヒントが得られると考え、これらの現象を多角的に分析している。
教育活動としては、新潟大学経済科学部の「伊藤ゼミ」において、アントレプレナーシップ教育および企業コラボレーションを実施し、起業家の輩出、マーケッターや戦略家の育成、コラボ提案の実現を通じた地域企業の活性化などを目指している。伊藤研究室ではまた、新潟のスタートアップエコシステムの震源地となるべく、多様な学生などが活動することのできる「ベンチャリング・ラボ」も運営している。
アントレプレナーシップとは?2つの定義から見る本来の意味
エモーショナルリンク合同会社取材担当(以下EL):まず最初に、「アントレプレナーシップ」とはどういった意味の言葉なのでしょうか?
伊藤先生:本来の意味では、「アントレプレナーとしての在り方」をアントレプレナーシップといいます。
アントレプレナーシップというのは、日本語ではよく「起業家精神」と翻訳されます。「シップ」の部分を「精神」と訳しているんだと思いますが、実際には「起業家精神」という日本語にすると語感が少し変わってしまうんです。
それではアントレプレナーとは何か、というと代表的なのは起業家なんですが、必ずしも完全にイコールではないんです。
かなりざっくりいうと、「世の中の解かれていない問題を見つけ出して、それに対して新しい解決策を考え、市場や世に出していく人」。これがアントレプレナーの骨子です。ただ、アントレプレナーの有名な定義はふたつに分かれていて、明確にこれだ、と定まっているわけではありません。
1つはシュンペーターという経済学者が定義したもので、もう1つはカーズナーという経済学者によるものです。シュンペーターとカーズナーの定義はちょうどコントラストになっているというか、対照的な発想です。
EL:1つの言葉の定義が対照的というのは、珍しい気がしますね。
伊藤先生:シュンペーターはアントレプレナーを新結合をもたらす存在、としています。
今がまさにそうですが、世の中にある新しい製品も、一部だけを見ればそれ以前にあった何か、なんですよね。そこで通常は思いつかないような独特な組み合わせをして製品にしたり、サービスにする。既存の要素を独自の角度から新しく結合させる、いわゆるイノベーションをもたらす存在がアントレプレナーだとシュンペーターは定義しています。
一方でカーズナーの場合は、アントレプレナーとは生産性の低い領域からより収益性が高い領域へと経営資源を移動させる存在、として捉えるんです。
言葉を選ばずに言えば、儲かりやすいビジネスが見つかったら、そこへ自分の持っている人、物、金、情報といった経営資源を移動させて美味しいビジネスチャンスをつかみにいく。そういうことをするのがアントレプレナーだ、と考えるんです。そして、その行動の触媒として、起業家、すなわちアントレプレナー自身が利益を追求したいというモチベーションを持っているという動機が必要です。さらに、新しいビジネスチャンスがどこにあるのか、ずっと見ているような警戒心。この2つを持っている人がアントレプレナーなのだとカーズナーは定義しています。
EL:なるほど。確かに、どちらの定義もアントレプレナーシップ、という言葉のイメージと重なります。
伊藤先生:起業の方法論として考えた場合、どちらかに定まってはいないんですが、有名なものはいくつかあります。
例えばビジネスモデルキャンバスや、リーンスタートアップ、バリュープロポジションデザインといった考え方とか。そういった、ビジネスを作っていく際のフレームワークみたいなものがあるんですが、最近では大体どこにいっても起業のビジネスアイデアを作る時には「独りよがりではいけませんよ」と言われるんです。
特に理系の起業家はまさにそうで、「こんな素晴らしい技術があって、それを搭載した製品を作った」と。作った本人は良いかもしれないけど、そんなの誰が欲しがるの?と思うような、オーバースペックの製品ってあるじゃないですか。それではいけません、ということなんです。市場のニーズ、消費者のニーズをきちんと理解して、満たされていないニーズを満たすような製品を考えて作る、売るという発想。ある意味ですごく合理的で自然な発想に思えますが、最初にニーズを探してニーズを満たす何かをする、こういうアプローチはさっきお話した2人のうちカーズナーの方なんです。
でも、理系のベンチャーによくある先に物を作って、欲しい人がいると思う、と考えていくこと自体は悪いものではないんです。こちらはシュンペーター型の発想で、今の時代にはカーズナー型の方がやり方としては合っている、と世間的にはいわれています。ただ、ものづくり系のベンチャーやハイテクベンチャーなんかは、ニーズを探してそれを満たそうとしていると、ひたすらありがちなものを作ることになってしまう。だからこそ、世の中を驚かせるような大きなイノベーションと考えると、市場のニーズをいったん度外視して、シュンペーター型でやっていく必要があるともいえます。
EL:どちらかの定義が絶対的に正しいわけではなく、状況に応じて当てはまる型が変わるのですね。
伊藤先生:結局、自然科学と違って社会科学の領域では、どんな文脈でも通用する唯一の正解があるわけではないんです。
環境はどんどん変わりますし、今は先が見えない不透明な世の中ということでVUCA時代といわれていますよね。特定の文脈のもとでの適切な解答が存在する、そういう組み合わせの話ですから、シュンペーター型とカーズナー型それぞれが通用する文脈が今は混在している状態です。ただ、一般的に当たりやすいのはカーズナー型だといわれているような感じですね。
ただ、この両極端な2つの考え方がアントレプレナーという言葉の定義なんですが、私個人としてはここまで入り組んだ考えではありません。
個人的には、アントレプレナーを持った人がアントレプレナーシップだとすれば、アントレプレナーシップとは「一度枠にはまった上で、そこから創造的に抜け出す能力」だと学生たちには伝えています。
私たちは何かイノベーションを起こすとか、新しい会社を作る、ビジネスを作る、そういう時に世の中のルールやビジネスの慣行を意識します。その結果、できそうにない、と直感的に思ってしまいやすいんです。でもそこで最初からいきなり手や足を使って、向こう見ずな感じで取り組んでいく。アントレプレナーというのは危険を顧みずに何でもやるというのではなく、英語だったらベンチャーサムといわれるような、しっかり基礎を持った上で自分の色を出す人です。
つまり、枠はきちんと知っていて、一度枠にはまってみた上で創造的になることができるかどうか。これが私の思うアントレプレナーシップの定義です。
企業とのコラボを通してアントレプレナーシップを育む
EL:ありがとうございます。伊藤先生の定義の方が、簡潔でわかりやすいと感じますね。
伊藤先生は新潟大学のゼミでアントレプレナーシップ教育にも取り組まれていますが、アントレプレナー関連のゼミは日本でも非常に珍しいように思います。具体的な活動の内容を教えていただけますか?
伊藤先生:伊藤ゼミでやっていることは、教育テーマからいうとアントレプレナーのための経営戦略とマーケティングの実践的研究です。
経営学において理論的に確立されたものをしっかり学ぶことは当然ですが、実際に使ってみて初めて身につくというのが私のポリシーなんです。インプットだけでなくアウトプットをして初めてインプットができる、そういう教育ですね。アントレプレナーシップというのは別に起業家だけが持っているべき、という話ではなくて、例えば会社員や銀行員、公務員、弁護士の中にもアントレプレナーシップを持っている人はいるわけです。そんなふうに、学生たちにはアントレプレナーシップを身につけてゼミを終えて欲しいと思っています。
EL:伊藤先生は実践的なインプットとアウトプットを重視されているのですね。
伊藤先生:はい。マーケティングや経営戦略は、理論そのものはたくさん作られていて学ぶものも多いです。
しかし、専門書を一冊手に入れて1人ずつ発表するようなやり方でのインプットは極端な話、学生1人でもできるわけですよね。専門書の内容が理解できなかったら同期の友だちに聞いたり、先輩に聞いたり、私のような教員に聞くこともできる。ですがせっかくゼミに入っているんだから、ゼミでしかできないアウトプットをしようと。
質の高いアウトプットをするには、当然質の高いインプットをしなければいけません。そしてまたアウトプットをして、新しいことをインプットするんです。アウトプットなしでインプットだけをするのは、私としては優れた教育にならないんじゃないか、と考えています。
そしてアウトプットをどうやるか、となった時に、アウトプット自体もゼミの中だけで閉じてやってしまうと現実味がなかったりするので、いっそのこと新潟県の抱えている課題まで一緒に解いちゃえ、と思ったんです。どうせマーケティングと経営戦略を学ぶわけだから、新潟県の企業が苦手としている部分を解消できるのではないかと。そうしたらやはり企業が悩んでいる課題が実際にあったので、学生たちが学んだ理論を使って分析して、解決策を提案することにしたんです。
なのでゼミでは、起業家になりたい人に対してはビジネスアイデアを提案して実現することを目指した教育を設計しています。一方、起業家になりたいわけではなくて、就職や公務員を目指しているけど研究テーマに関心がある人に対しては、企業とのマーケティングや経営戦略にかかわるコラボレーションを通してアントレプレナーシップを身につけてもらうという取り組みをしています。といっても、起業家を目指している学生たちもコラボレーションに一緒に参加することが多いので、両方が柱になっていますね。
EL:学生のうちから企業とコラボレーションできるというのは、大変貴重な体験になりそうです。
伊藤先生:そうですね。企業が本気で悩んでいる課題だからこそぶつかり甲斐があるし、真剣にやらなければいけません。
企業にとっても単にインターンを受け入れます、とかではなくて、自社の課題についてしっかり考えてくれる学生チームが2年間にわたって並走してくれる。外部のコンサルタントとかに頼んだら何百万円とかかりますけど、教育のプロジェクトとしてやればほとんど無償で進んだりするので、WinWinの関係ができるかな、と思っています。
もっとも、企業も大学も、私もそんな取り組み自体が初めてなので、最初は県内の企業にお願いしに回ったんですが、初めは「どれくらいの成果になるかも見えないのに、やるのはどうか」という感じで断られたことも多かったです。その中で2社「やってみましょう」と言ってくれたところがあって、1社は新潟県を中心に展開している「ひらせいホームセンター」さんです。ひらせいホームセンターさんは一番最初に始まったコラボレーションで、今でも続いています。毎年ゼミのメンバーが変わりながらなんですが、店舗内マーケティングが中心ですね。
例えば特定の店舗を指定されて、「観葉植物などのグリーン商品とお酒を一緒に買う人を増やすにはどうしたら良いですか?」というテーマをいただいて、まずは具体的に何か課題に落とし込むところから始めます。それで、月に1回社長室に行って、1ヶ月分考えたものを提案しに行くんです。フィードバックを受けたら次までにこれをやっていきましょう、という話をした上でまた1ヶ月取り組む。これを毎月繰り返しています。
1年の最後には、1月のお正月明けくらいにある店長会議で30分くらいいただいて、百何十人くらいの店長さんを前に、1年間取り組んできた内容を学生たちからプレゼンテーションもしています。また、翌月の2月には、ひらせいホームセンターの取引先が五百人ほど集まる戦略方針会議でも30分程度のプレゼンテーションをさせてもらっています。
EL:現場で働いている方々の前でプレゼンテーションをするんですか。まるで企業に就職する前の予行演習ですね。
エコシステムの構築には資金だけでは足りない
伊藤先生:こういったコラボレーションを通じて、最終的には一般企業に就職したり、公務員になる学生もいますよ。
実は、ひらせいホームセンターさんに関しては、コラボをしていたメンバーのうち1人が今年の4月から就職したんですが、学生時代に提案した内容を社内の人間として続けているみたいです。
それに今、現役は11期生なのですが、卒業した初期のゼミ生たちはもう30歳くらいになっていて、卒業生たちがゼミの経験からアドバイスをしてくれたりします。他にも、ビジネスコンテストの審査員になったり、ゼミ生向けのインターンを紹介してくれることもあります。あるいは金融機関に就職した人が、当時のコラボ先に関わっていたりとか。他にも、起業を目指す現役のゼミ生に、起業したゼミ卒業生がメンタリングをしてくれたり。意図していたわけではないんですが、10年近くやっているとこういった研究室周辺でのエコシステムが自然と構築されてきていますね。
企業とのコラボレーションをすると企業が実際に取り組んでいる課題や、経営者の考えていることを間近で見たり聞いたりできます。なので、アントレプレナーシップを持った人材育成であると同時に、アントレプレナー本人の勉強にもなっているようです。
EL:エコシステムの構築は日本ではなかなか進まない面もありますから、起業家を目指す方々にとっては非常に有難い環境になっているのではないでしょうか。
伊藤先生:経営では、主に3つの資本が必要だといわれています。財務資本、つまりお金が1つ目です。2つ目は人的資本で、意識やスキル、教育。そして3つ目が社会関係資本で、ソーシャルキャピタルと呼ばれる人とのつながりです。
日本のエコシステム作りでは、お金を与える仕組みは結構あるんです。ビジネスコンテストの数だけはすごく多いですし、補助金もついている。ただ、肝心の人的資本と社会関係資本について育成するところが不足していて、交流会をやって名刺交換をして終わり、みたいなことも多い。財務資本、人的資本、社会関係資本の3つをバランスよく起業家の卵たちに持たせられる環境こそ、優れたエコシステムになると思いますね。
ビジネスプランを立ててそれを実行するのは、例えるなら今日の夜ご飯何作ろうかなってレシピを考えて、ご飯を作ることです。しかし必要な食材が冷蔵庫に入っているとは限らないので、これが足りないから買いに行こう、というやり方なんです。
通常なら、冷蔵庫を開いて中に入っているもので作れる、最大限美味しい料理を作ります。ただ、私の研究室の情報環境や、それを取り巻いてくれている企業の方々との関係性でいうと、冷蔵庫を開いたら最初はガラガラだったはずの中身が、ゼミでの活動を通して一気に増えていく。つまり、人的資本や社会関係資本が補充された状態になっている。こういう環境はアントレプレナーシップを掻き立てるポイントになると思いますし、だからこそ活躍する学生も出てきているのかもしれません。
EL:そういえば、伊藤先生のゼミからはアントレプレナーのコンテストなどで表彰される学生さんが出ていると伺いました。
伊藤先生:自慢ではないですが、アメリカ大使館がやっているような全国規模のビジネスコンテストで受賞を重ねたりしていますね。
アメリカのシリコンバレーに行って、向こうでプレゼンテーションをして帰ってくるとか。クラウドファンディングが成功して商品ができて、企業スポンサーがつくといったレベルのものまで出てきています。あと、日本、韓国、中国のASEAN+3(アセアンプラススリー)では代表学生が各国から5人くらい集まるんですが、日本から参加した代表学生のうち2人が私のゼミから出たこともありました。それから、世界女性サミットという女性アントレプレナーの卵たちが集まるイベントでも選出されていますね。
大学受験の難しさ自体は東大や京大などには全く及ばないかとは思いますが、育成の仕方によっては飛び抜けたアントレプレナー人材が出てきてしまう、という点には私自身驚いています。
EL:本当に、周りの環境次第で成長の仕方は大きく変わっていくんですね。
伊藤先生:学生たちからは、私のゼミの中だったら夢などを語っても全然恥ずかしい思いをせず、むしろ周囲から認められるような雰囲気があると言われます。
こういう仕事をしたい、こういうことをやりたい、と壮大な夢みたいなことを語っても「良いね」と言ってくれる雰囲気らしいです。健全な競争心のようなものがうまく循環しているのかもしれませんね。
私から学生たちに時々言うのは、単なる思いつきで勝負したり、学生であることをうりにした提案は駄目だということです。
せっかくゼミで学んでいるわけだから、理論やきちんとしたデータに基づいて提案してくださいね、と。ただ、企業の課題って現実味が強くて文脈化されているので、一般化された理論をそのまま使うとすると必ずどこかで食い違ってしまう。当たり前なんですが、学生たちはそこで悩むんですね。
理論的な提案をすると面白味が消えてしまうけど、逆に理論の方を消そうとすると根拠のないただのアイデアになってしまう。このバランスがすごく難しいんです。だからこそ、最初にお伝えしたように一度は枠にはまって理論的な提案をしてみた上で、そこからクリエイティブに抜け出す面白さを出して欲しい。そういうことを往復して、試行錯誤していくのが企業とのコラボレーションなんです。
これまで、ベンチャー企業の社長の鞄持ちのようなことを直接自分で申し込んだり、私に相談したりしてその手の企業を探そうとする学生が増えてきました。もしかすると、学んだ内容と現実の食い違いを刺激に感じているのかな、と思ったりもしますね。
アントレプレナーシップがある人は挑戦しないリスクを考える
EL:お話を伺っていると、ゼミの学生さんたちは自ら動き、考えようとする力が高いように感じます。
伊藤先生から見て、アントレプレナーシップがある人とはどんな人物なのでしょうか?
伊藤先生:アントレプレナーシップが豊かな人とそうでない人の大きな違いは、まずリスクの捉え方にあると考えています。
リスクに対してどうにかしなければ、と思うのは両者とも共通しています。ただ、アントレプレナーシップが豊かな人は、何かを諦める選択をした場合に「諦めずにやれば良かった」という考えを持つことそのものがリスクになっているようです。
例えば10年後の自分について、就職していればある程度は想像がつきますよね。ですが起業した場合はどうなっているかわからない。そんな先行き不透明な目に遭うくらいだったら、ある程度予想がつくような選択をした方が無難だと考える人が多いんですよ。
それはそれで全く構わないんですが、ゼミ生や起業家と話していて感じるのは、アントレプレナーシップが豊かな人は挑戦しないことをリスクだと思っているケースが多いんです。挑戦しなかったこと、違う道を取らなかったことに対して後悔するかもしれない、そうなりたくないと。
何かに挑戦するリスクではなくて、挑戦しないことのリスクを感じている、というのがアントレプレナーシップの豊かさの違いなのではないでしょうか。
EL:現代社会においてはリスク回避の意識も強くなっていますから、そんな中で「挑戦しないリスク」を考えることはとても勇気がいることですね。
そういった判断をポジティブにできるのも、伊藤先生のゼミのように周囲の仲間や環境が背中を押してくれることが大きいのでしょうか?
伊藤先生:そうですね。周りの環境であったり、仲間がいるかどうかはとても重要です。
例えば、会社に勤めながら起業を目指す方は大勢いらっしゃるんですが、企業に勤めている場合はその組織のロジックというものがありますよね。その中で新しいことをやろうとするなら、一歩踏み出さなければいけません。ただ、何かをやろうと思い立った時に企業のロジックの中だとできないことでも、ロジックの外なら非常に優れた取り組みとなる可能性もあります。なので、会社に勤めながら起業を目指す場合には、文脈を2つにわけた方が良いのかなと考えています。
企業の中でイノベーションを起こそうと考えていることであっても、実行する時にはいったん外のコミュニティへ行ってそこで考えてみる。違うロジックが働いているコミュニティの中でアイデアを練って、企業の中で実行する、ということです。こんなふうに境界線をまたぐような行動を取った方が良いんじゃないかな、と思います。
EL:なるほど。組織に所属している状態であっても、少し外に出てみればそれまでとは全く違った意見がもらえるかもしれません。
伊藤先生:外部との交流を行えば、様々な刺激が得られますからね。
ゼミでの企業とのコラボレーションでも、最近は窓口のような担当者を置く企業も増えてきたようです。窓口になる人に学生との接点ができたり、研究室の知識をダイレクトに受け取ることもできる、ということをメリットに感じてくれているようなんです。窓口の担当者としては人事の方だったり、経営者本人が窓口になってくれていることもあります。あとは、若手の新入社員が担当者になっているケースもあって、会社を大きく変えてくれるかもしれない、と期待を寄せている人材を外の知識に触れさせたいという意図があるのかな、と感じます。
もしかしたら、会社に勤めながら起業を目指す人も、そういうコラボレーションの窓口にいられると良いかもしれませんね。
EL:貴重なお話、ありがとうございます。最後に起業家を目指している方に向けて、メッセージをお願いできますか?
伊藤先生:起業する際に大切なのは、意思決定の仕方です。
起業する際に考えるためのツールはビジネスモデルキャンバスやリーンスタートアップ、バリュープロポジションデザインなど、いくつもあります。これらは正直、体系的に考えることさえできればどれを使っても良いんです。
ただ、足踏みが続いたり、だんだん熱が消えていってしまう時の共通点は、ずっと考え続けてしまう場合なんです。銀行に提出する事業計画書のようにプランを事細かに考えて、よしこれで行くぞ、となってやり始めても、当然ながら計画通りにはいきません。思いがけない事態が生じると、まずい、計画通りに戻るにはどうしよう、と考え出してしまう。綿密な計画を作ってしまったが故に、計画実現のためにはこれを探さなければ、この人に協力してもらわなければ、と持ってもいないカードをこれから探さなければならないわけです。こういうやり方は、あまり好ましくないのかなと思います。
逆に、多くの起業家や挑戦が成功する学生たちに共通しているのは、まず現状で精一杯手を伸ばした時に自分が使えるカード、手持ちのカードが何かを先に洗い出すんです。
そのカードを元にして、何ができるかを紐付けして考えていく。そして、これをやるぞ、と決めたら手札の中にいる人たちに「こういうことをやりたいんです」と早い段階で言って回ります。すると、プレゼンテーションをしたり、フィードバックをもらったりしているうちに、自己選抜的に「手伝いますよ」と言ってくれる人も現れる。こういうやり方を、エフェクチュエーションといいます。挑戦する学生、アントレプレナーシップが豊かな学生たちは、エフェクチュエーション型の意思決定プロセスに基づいているという共通点があるように感じますね。
なので、エフェクチュエーション型の意思決定を大切にして、最初は持っていなかった手札も徐々に加わっていくようなスタイルを大切にしてください。そうなればできることも増えていくし、目標も新たに生まれるかもしれません。
「アントレプレナーシップ」という言葉の定義から具体的な思考方法まで、10年間にわたる実践事例もあり大変参考になるお話でした。
特に、経営では財務資本、人的資本、社会関係資本の3つが重要というポイントに関しては、今、起業を検討している方にとって足りないものが何かを洗い出す助けとなったのではないでしょうか。
「枠にはまった上で創造的になる」ことを意識しながら、イノベーションの創出に努めていきたいですね。
(取材・執筆・編集/エモーショナルリンク合同会社)