九州産業大学 商学部
土井 一生 教授
「新たな価値を創造するグローバル経営」とは

近頃、インターネットの普及などにより、ビジネスはグローバルに変化しつつあります。しかし、どのような企業においてもグローバル化は必要なのでしょうか。

そもそも、グローバル経営とはどのような経営を指すのか、グローバル経営についての概念があいまいです。

そこで、九州産業大学の土井教授にグローバル経営について、教えていただきました。

九州産業大学教授の土井一生

取材にご協力頂いた方

九州産業大学商学部 経営・流通学科 教授 土井 一生(どい かずお)

東京都生まれ。早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程単位取得満期退学。(商学修士)。九州産業大学講師、助教授を経て、2004年より現職。また、リール科学技術大学(フランス)、ウィーン経済大学(オーストリア)での講義経験を持つ。専門分野は、国際経営論、CSR論、企業倫理学。企業の新たな競争優位性として、「社会的対応能力」に早くから注目し、「社会性」が生み出す競争力に関する研究を続けている。

九州産業大学 商学部 土井 一生教授が語る「新たな価値を創造するグローバル経営」

近頃、インターネットの普及などにより、ビジネスはグローバルに変化しつつあります。しかし、どのような企業においてもグローバル化は必要なのでしょうか。

そもそも、グローバル経営とはどのような経営を指すのか、グローバル経営についての概念があいまいです。

そこで、九州産業大学の土井教授にグローバル経営について、教えていただきました。

グローバル経営の目的とは?

エモーショナルリンク合同会社取材担当(以下EL):はじめに、グローバル経営の概要を教えて頂けますか?

土井教授:一義的には、企業が「調達」、「生産」あるいは「販売」といった活動を世界レベルで実施することと言えるでしょう。

そもそも企業のグローバル化とは、企業が海外に進出すればグローバル化した、というものではなく、「海外進出を通して、企業活動が次第にグローバルに展開されるプロセス」を言います。

ただし、これは「現象面」としてのグローバル経営です。「現象面」と申し上げたのは、それが「グロ―バル企業」と呼ばれる企業が現実に行う活動ですし、皆さんのイメージに近いのではないでしょうか。

では、「なぜ企業はグローバル化するか」といった問いに置き換えると、きっと企業には、グローバル化を通じた何らかの狙いがそこにはあると考えることができます。

EL:なるほど、グローバル経営を「現象面」からではなく、グローバル化の「理由」から考えていくわけですね。

土井教授:すなわち、企業にとって、自社の戦略目標の達成にあたって、諸活動の中に「海外」という側面を入れなければならない理由があるということです。

EL:なにか具体例はありますか?

土井教授:例えば、欲しい経営資源が国内では入手困難な場合、その獲得にあたっては自ずと海外に目が向くはずです。

それらが獲得できれば、企業は国内では実現が困難な新しい価値を創造できるチャンスが広がることになります。

EL:経営と聞くと、すでにあるリソースをいかに上手く利用していくのか、というイメージを持っていましたが、新たな価値の創造とも考えることができるのですね。

土井教授:そうですね。必要となるリソース(経営資源)が海外に存在していたり、海外との関わりの中で、新たなリソースを獲得することも可能です。

そういう意味では、グローバル経営とは「企業が世界レベルで価値創造を行うこと」と説明可能です。

グローバルとローカルのバランス

EL:グローバル経営をグローバル化する理由からとらえた場合、国内ではできなかった価値の創造を、世界レベルの経営資源を利用することによって、新たな価値を創造すること、と説明していただきました。

しかし、一方でローカル市場のニーズにも、対応していかなければならないと思います。

そこでお聞きしたいのですが、企業の戦略上、消費者ニーズにおける、グローバルとローカルのバランスはいかにして取っていくべきなのでしょうか?

土井教授:グローバルな市場で戦う場合、つねに企業を悩ませるところが、自社の製品はどこまで受け入れられるかということです。

なぜなら、企業にとってグローバル化のメリットの一つは、世界を「一つの塊」、例えば、単一市場とみることができることにあるからです。

単一市場は企業に圧倒的な規模の経済性をもたらします。それは間違いなく、企業がグローバル展開に期待する大きなメリットの一つです。

EL:つまり、単一市場では、事業規模が大きくなればなるほどコストを小さくすることができるため、競争上有利になるということですね。 

土井教授:そうですね。しかし、単一市場という見方はあまり現実的ではなく、むしろグローバル化が進めば進むほど、国別の差異が頭をもたげてくることになります。

EL:それぞれの国ごとに、異なる言語や文化などの違いがありますからね。

土井教授:その差異にきめ細やかに対応することも同時に求められるので、ローカル市場への配慮が求められるわけです。

国際ビジネス論では、この問題を「標準化vs.現地適応化」と呼んでいます。たとえば、マーケティングでは、市場の差異に配慮した製品のラインナップに苦労するところです。

EL:標準化が過ぎればニーズへの柔軟な対応が難しくなり、反対に現地適応化が過ぎれば、標準化が難しくなってしまいます。

ですので、両者の理想的なバランスをとって経営していくことは、とても難しいようにおもいます。

土井教授:理想的なバランスなどはあるようでいて実は大変難しいのです。製品によってはグローバル市場を標準化した製品でカバーできる企業がありますが、多くは各市場別とまではゆかなくても、大きく地域市場別の対応をしています。

さらに、「世界の市場でまんべんなく利益をあげている企業は数えるほどしかない」、という研究成果もあるほどです。

EL:整理させてください。

  • グローバル経営というと、あたかも世界中の市場がターゲットになるように思われるが、世界を「単一市場」ととらえることは大変難しい。
  • なぜなら、各地域・国ごとの文化や価値観、制度の差異が存在し、個別対応による利益の獲得も求められるから。

以上を踏まえた場合、グローバルとローカルには理想的なバランスがあるわけではなく、ある意味、両者のバランスは、グローバル経営の結果として生まれてくるということですね。

価値の創造に成功した日本企業

EL:では、どのような状態になれば、グローバル化が成功したといえるのでしょうか?

土井教授:これは難しい質問です。

冒頭でもお伝えしたように、企業のグローバル化は、「海外進出を通して、企業活動が次第にグローバルに展開されるプロセス」を指します。

ですので、何をもって成功とするのかは一言では言えません。

むしろ、「自社のビジネスに海外をいかに取り込んで、価値を創造したか」と考えてみましょう。

EL:おっしゃる通りで、成功という質問では漠然としすぎていますね。

では、先生が一貫しておっしゃられている、価値の創造という点で成功した例をあげて頂けますか?

土井教授:ファストファッションのUNIQLOはどうでしょう。原材料の調達、製造そして販売といった活動に海外を取り込んでライフウエアという新しいコンセプトの提供に成功しました。アップル製品の代表格iPhoneもそうでしょう。

EL:確かにUNIQLOであれば、海外市場を巻き込み、新たな価値を創造したという点では成功した例といえますね。

日本企業のグローバル経営

EL:その他の日本企業でもグローバル経営の導入は進んでいるのでしょうか。例えば、グローバル経営の日本における普及率といったような指標はあるのでしょうか?

土井教授:グローバル経営という確固とした指標があるわけはないので、普及率を算出することは難しいです。

細かく言いますと、「グローバル経営」というある種の完成形を想定するのではなく、「経営のグローバル化」という視点で、資金調達や研究開発のグローバル化、人事のグローバル化といった個別機能のあり方からも考えることができます。

EL:確かに、グローバル経営の完成形といったものが想定できないため、普及率自体算出することはできませんね。

であれば、日本企業のグローバル経営がどの程度進んでいるのかを把握することは難しそうですね。

土井教授:ただし、グローバル経営に必要な条件の一つとして、いくつかの指標をもとに考えることはできます。

EL:その指標をもとに日本のグローバル経営が、どの程度浸透しているのかを教えて頂けますか?

土井教授:例えば、海外子会社における日本人社長の比率です。2019年の調査(日本在外企業協会)では、調査対象企業の38%が日本人を社長としていると回答しています。

EL:なるほど、海外子会社に日本人社長を据えている割合を、グローバル化が進んでいないことの指標としてとらえるわけですね。

土井教授:そうですね。海外子会社経営においては、ローカル化が叫ばれて久しいことを考えると、依然として日本企業は海外子会社における管理者のローカル化が、欧米企業と比べても遅れているといえ、いわゆる「グローバル経営」と呼べるほど、日本企業が海外に開かれているという姿にはまだ道半ばといえるかもしれません。

EL:グローバル経営では、各地域や国の差異に対する配慮も重視されるため、各地域や国ごとの人事が必要になりますね。

しかし、依然として海外子会社で日本人社長を据えることが多いため、「日本企業のグローバル化は遅れている」と考えることもできるということですね。

グローバル経営のメリット・デメリット

EL:では、最後に日本の企業がグローバル経営を行うメリットやデメリットがあれば教えていただけますか?

土井教授:この場合のメリットとデメリットは、「コインの裏表」のような気がします。

EL:というと、どういったことでしょうか?

土井教授:メリット・デメリットを考える前に、そもそも企業が海外展開にかじを切るきっかけ(直面する課題)を考えてみましょう。例えば、

  • 「国内市場が飽和状態にある」
  • 「経営資源の調達が難しい」
  • 「人件費の縮小が必要」

など様々な課題が考えられます。

EL:なるほど、企業はいろいろなきっかけがあって海外展開のスタートを切るのですね。

土井教授:ただ、それらのきっかけで始まった海外展開がすぐさまグローバル経営につながるわけではありません。そのようなきっかけを「どのように国際ビジネスの中で解決するか」と考えることがグローバル経営の第一歩です。

「世界で新たな価値を創造する」という意味では、さきほどお話ししたきっかけの一つ「人件費の縮小」を達成するだけでは十分ではありません。例えば、縮小の過程で並行して人材育成にも目を配る必要があるからです。

グローバルに経営するということは、自社の提供する価値(製品やサービスを含む)を日本だけではなく、海外から得られる知識や発想のもとで実現させようとする試みであり、それにより新しい魅力的な価値が創造できれば、それはメリットと考えられるでしょう。

EL:確かに、自社の製品やサービスの価値を創造するために必要な経営資源を海外へ求めるのであれば、グローバル経営がメリットになりますね。

土井教授:しかし、新しい価値の創造には、日本における成功体験から蓄積された知識を時には「捨てる」ことも必要です。「日本の様にはいかない」ということです。「拾うものあれば捨てなければならないものあり」という点では、デメリットかもしれません。「日本では考える必要のないこと」への配慮もそうですね。

先ほどもお伝えしたように、地域市場別の対応が必要になるため、異なるアプローチも必要となるでしょうね。

つまり、これまでの成功体験を単純に海外に移転するだけでは、異なる文化や考え方をもつ消費者や従業員との関係の中で新しい価値の創造は困難です。

EL:なるほど、グローバル経営にはメリット・デメリットがそれぞれ単独に存在しているのではなく、表裏一体の関係なのですね。

グローバル経営がもたらすメリットの一つ「新しい価値の創造」は、時として、企業に成功体験の棄却や異なる考え方への柔軟性を厭わない姿勢を求めるという点で、デメリットを併せ持つ。

そうなると、一般に考えられているほど、あらゆる企業や事業でグローバル経営が必須であるとはいえないということになりますね。

土井教授:そうなんです。すべての企業が一部の大企業に代表される形でのグローバル経営を志向する必要はなく、またそれは不可能とさえいえます。「時代の流れだから」といった現状を受け入れるだけでは、先ほど述べた「グローバル経営」のメリットを追求することは難しくなるからです。むしろ、「海外展開を通じて自社はいかなる方向に進むのか」といったポジティブな考え方が求められるでしょう。例えば、発想や技術の源、言い換えれば自社の強みが国内にある場合は、守るべきものとして国内に残し、国内に重点を置きながら、「どの部分を海外に依存するか」という戦略的な姿勢も必要でしょう。

EL:グローバル経営の導入は、多角的視点から考える必要がありそうですね。

まとめ

企業がグローバル化する理由から考えると、グローバル経営は「新たな価値を創造すること」だと言えます。

また、グローバル化が進めば進むほど、ローカルな環境への配慮が必要になってきます。

しかし、日本企業のグローバル化は、海外子会社に日本人社長を据える比率からもわかる通り、欧米企業に比べて遅れています。

だからといって、グローバル化へのハードルが下がった現代において、全ての企業でグローバル経営が必要とされるわけではありません。

発想や技術の源が国内にある場合、むしろ、その事業は国内に留めておくべきでしょう。

事業ごとに、どこに経営資源を求めるべきかという戦略的な視点も必要になることを踏まえて、グローバル化するべきかどうかの判断をすることになるでしょう。

(取材・執筆・編集/エモーショナルリンク合同会社)