今回は千葉工業大学の徐 春暉先生にインタビューをしてきました。
徐先生は大学の社会システム科学部に所属されていて、金融リスクマネジメント技術を専攻されている教授です。
そんな徐先生に伺った話は、多くの家庭が気になる円安・円高についてです。
「最近の円安・物価高は何が原因で起こっているの?」
「日本政府にできる対策は?」
そんな疑問を抱えた方に向けた内容になっています。
では早速見ていきましょう。
取材にご協力頂いた方
千葉工業大学 社会システム科学部 教授
徐 春暉(じょ はるき)
専門は金融工学。為替市場を含む金融市場での投資と金融リスク管理に関して多数の論文や著書を記している。中国華中科技大学卒業、90年代国費留学生として来日、東京工業大学経営工学専攻にて博士学位取得。2001年米国ハーバード大学専任研究員、2019年スタンフォード大学Visiting Scholarを経て、常に先端的な研究に注目している。
そもそも円高・円安とは?
エモーショナルリンク合同会社取材担当(以下EL):徐先生、よろしくお願いします!本日は金融リスクマネジメント技術を専攻されている徐先生に、円高や円安についてお話を伺いたいと思います。
徐先生:こちらこそよろしくお願いします。
EL:そもそも円高・円安とは何なのでしょうか?
投資をしていない方や、投資初心者の場合、円安と円高の区別をされていない方もいると想定していますので、円安・円高の意味を具体例を用いて解説いただければ幸いです。
徐先生:円の市場価格と円の価値の間に、ズレが生じたら、円高・円安と言います。しかし実際には、円の価値をリアルに知ることは不可能といえますので、ズレが生じているかで円高・円安を判断されていないと思われます。
為替レートについて、為替市場においては常識的にある範囲が想定されており、その範囲からレートが離れた時に円高・円安との指摘が市場から出てきます。
EL:為替レートは常識的な範囲が想定されているんですね。
その想定レートは、どのように決まるんでしょうか?
徐先生:それは市場で形成されています、為替レートの影響を受けているものが予測・調整しながら形成されている範囲です、時間の推移と伴い、その範囲も変動します。海外との取引を行っている企業などは為替レートの影響を受けています、彼らの想定範囲は常識的な範囲を形成しています。
実際のレートがその常識的な範囲から離脱した時に、円高・円安と判断していると思われます。
EL:今だと円安が進行しているため、「市場の円の想定レートより、実際のレートは低い」と言えそうですね。
徐先生:はい。しかし、政府の立場はちょっと違います。日本政府は、国の経済あるいは国民の生活に悪い影響が出た時、円高・円安との判断をしているように思います。円高・円安を理論的に判断できないから、その影響から判断しているようですね。
EL:政府による円高・円安の判断基準は異なるのですね。
経済や国民の生活の悪影響から判断しているとのことですが、具体的に政府はどのような判断をしているのでしょうか?
徐先生:多くの企業や国民が為替レートに不満の声を挙げているかどうかで判断しているのでしょう。国の経済や国民の生活に悪影響が出れば、政府に対する不満の声は高まっていきますので、そうした民間からの声を聞いて、政府は円安・円高を認識していると考えられます。
EL:なるほど、実際にTwitterなどをはじめとしたSNSでは、誰でも政府に対する不満の声を挙げられますよね。
徐先生:去年(2021年11月)、国民も輸入・輸出企業も、為替のことで不満の声を挙げていた人は少なかったですし、多くの国民は為替市場に関心を持てずに生活をしていたと記憶しています、そのため去年の円(ドル円レートは110円前後)は、市場の期待通りのレートだったと言えます。
EL:政府は国民だけではなく、輸入・輸出企業の声も聞いているんですね。
徐先生:はい。日本政府は国民・輸入企業・輸出企業の意見を聞き、総合的に円高・円安の判断をしているのではないかと思います。
円高・円安で誰が恩恵を受けるのか
EL:なぜ政府は円高・円安の判断のために、輸入・輸出企業の意見を聞くのですか?
徐先生:円高・円安によって、輸入・輸出企業の利益が変わり、多くの企業が利益を上げられないならば、国の経済は悪くなります、政府は企業からの声を聞く立場にあるためです。
一般的に輸出企業は円安、そして輸入企業は円高を歓迎しているので、円高・円安の判断をするには両方の意見を聞く必要があります。
EL:円高・円安で利益を得るところが異なるのですね。
徐先生:日本の経済は輸出型と言われて、円高は心配で、円安が歓迎されていたんですね。
10年数前に民主党の野田さんが総理大臣の頃は、1ドル70円台で円高だったんですが、安倍さんが総理大臣になって一生懸命円安を誘導していました。80円から徐々に110円にまで円安に持っていき、多くの企業が助かりました。
EL:40円近くもレートが動いたのはすごいですね!
しかし、円安になると輸入企業が儲からなくなると思うのですが、そこから不満の声は出なかったんですか?
徐先生:円安で輸入企業からクレームが出ていたでしょう、しかし、輸出企業の儲けがけっこうあることで、全体的に円安はプラスになるとの判断されたと思われます、私の感触ですが、1ドル120±10円のレートであれば、輸出・輸入両方が利益を出せるでしょう。
その範囲を越えると、輸入・輸出企業のいずれかが損をすると考えられます。
EL:現在(2022年11月14日時点)は1ドル140円と円安なので、輸出企業は大きく利益を出しているのでしょうか?
徐先生:実際のデータを持っていませんが、今の円安で輸出企業がかなり利益を上げていると考えられます。一方、円安で原材料やエネルギーの価格が高騰し、企業の生産コストが上がり、円安は輸出企業にもマイナスな影響を与えていると考えられます。生産コストの上昇を消費者に預ければ消費者物価が上がりますので、結局は誰も利益を得ていない状態になります、これはまずいでしょう。
円安+物価上昇で日本はどうなる?
EL:現在は円安+物価上昇という大変な状況ですが、このまま円安が続くとどうなってしまうのでしょうか?
円安が進行する中で日本人に与える影響や、生活する上で注意するべき点について解説いただければと思います。
徐先生:エネルギー、生活用品などの輸入コストが増加し、そのコストを消費者に転嫁したら、生活のコストは今以上に増えるでしょう。また、原材料の値上がりでメーカーの生産コストも増える可能性があります。
円安になるということは、海外の通貨に対して相対的に円の価格が下がっているということですので、海外からの輸入コストは増えていきます。
EL:例えば1ドル=110円から130円になれば、1ドルの物を買うのに20円余分に必要になりますので、同じものを輸入するのに必要な金額も増えてしまうんですね。
もう既に多くの物が値上がりしているんでしょうか?
徐先生:多くの物が値上がりしていますね。実際に11月には800品目の物が値上がりしました。
日本は昔からエネルギーを輸入に頼っているから影響が大きいんです。また、石油製品・原材料の価格も円安の影響で上がっているので、電気もガスもどんどん上がっています。
EL:たしかに、身の回りの物は少しずつ値上がりしていますね。しかしアメリカなどでは、「ハンバーガー1個あたりの値段が4000円」なんて話を聞きますが、日本ではそこまで物の値段は上がっていないですね。
なぜ日本では海外ほど物価が上昇していないのでしょうか?
徐先生:今回海外の物価上昇は露ウ戦争の影響によるところが大きい、例えばドイツ、フランスでエネルギー価格は10倍以上あがっているそうです、ロシアに経済制裁を掛けていることはその原因でしょう。露ウに依存していない日本の物価はそれほど戦争の影響を受けていない、物価の上昇は円安によるところが大きい。円安で輸入品の値上げよる物価への影響は政府が立てている緩和対策で、例えばガソリン補助金、消費者への円安影響の一部を吸収しているので、海外ほど物価が上昇していないと思われます。
しかし、日本では「消費者物価指数」はそれほど上がっていないんですが、それに対して大きく上昇しているのが「生産者物価指数」です。
消費者物価指数とは、消費者が購入する物の価格を指数化したもので、生産者物価指数とは、企業が出荷した製品や原材料など生産要素の価格を指数化したものです。
昨年と比べると、日本の生産者物価指数は8%上昇しているそうです。だから今回の円安+物価上昇では、消費者よりも会社の方が困っているでしょう。
EL:物価の動きを測る指数には複数の種類があるんですね。
企業の方が物価上昇の打撃が大きいとのことですが、そのうち企業の収益のマイナス部分を商品価格に反映させ、消費者物価指数が上がるケースは考えられますか?
徐先生:その可能性は十分あるでしょうね、赤字が続く、企業が持てなくなるので。
そしてもう一つの大きな問題点は、日本の給与があまり上がらないことです。
EL:日本の給与ですか?
徐先生:そうです、90年代私は日本に来た頃の大卒の初任給は18万円で、今は22万円だそうです。30年間で給料は20%しか増えませんでした。それに対して中国ではこの間10~20倍が増えて、アメリカも日本の倍になっています。
物価の上昇に合わせて給与も増えるならいいですが、物価が上がって給与は物価ついて行かないと問題ですね。
EL:生活に必要なコストだけ上がって給料が増えなければ、日本は少しずつ貧しい国になっていきそうですね……
日本が円安を食い止める方法とは?
佐藤:日本政府が円安を食い止める方法はあるのでしょうか?
徐先生:いくつかの方法は考えられます、その一つは政府の為替介入です。
日銀は9月と10月に為替介入をしているんですが、直ぐに全体のトレンドを変えるには至りませんでした。しかし、介入によって政府の意向は市場に明確に伝えたと思います。
2022年に2回為替介入しており、そのタイミングから考えると150円を越えることはないように介入していたと思われます。
円安を食い止めるもう一つの方法は、重要人物の発言による誘導です。 10年前の1ドル79円の円高から110円の円安への転換には誘導という方法をうまく使っていたと思われます。日本政府の関係者が為替について価格を明言すれば、市場はその発言に影響されます。
EL:たしかに、FXでも要人発言は重要視されていますよね。
徐先生:2022年5月には、「ミスター円」と呼ばれている榊原英資元財務官の発言によって、円安に動く様子が見られました。
榊原氏はメディアのインタビューで「円は140円以上は行くだろう」と発言し、その後すぐに円は130円台から140円台になりました。発言が市場予測との解釈もありますが、私はその発言が市場に影響を与えたのではないかと思います。
影響力のある方の発言は、市場を誘導することにつながります、うまく使えば期待している効果が出る可能性もあると考えます。
金利上昇はできない?出稼ぎ日本人が増える可能性
EL:他に政府が円安を食い止める方法はありますか?
徐先生:後は金利を上げることですね、円を保有するメリットを上げるため。
そもそもここまで円安が進行している理由は、アメリカとの金利差が主な原因だと言われています。日本はここ20年の間、ほぼゼロ金利でやってきているんですよ、それに対してアメリカでは2022年に入って4回ほど政策金利を引き上げ、現在は4%です。
円の場合、いくら預金しても利息は付きませんが、ドルの場合は4%の利息が付きますので、円を売ってドルに投資するのは合理的な行動でしょう。
EL:金利が高い通貨であれば、それだけ投資されるんですね。
なぜ日本では円の金利を上げないのでしょうか?
徐先生:日本の金利が上げられないことは、企業や金融機関、そうして政府の財政状況を考えた上の判断でしょう、日銀の黒田総裁は「現在は金利を上げられる状態ではない」と主張しています。円の金利を上げれば、企業が銀行からお金を借り入れる際のコストが増えるんですね。企業は事業拡大するために金融機関から融資を受けますので、もし金利が上がれば、その分だけ利息も増えてしまいます、企業にとっては望ましいものではない。金利が上がれば、預金者へ支払う利息が増え、銀行はそう望んでいない。政府の赤字財政が長く続いていて、政府の借金(主に国債)は膨大な金額になっています、詳しいことはここで言いませんが、金利があがれば、財政破綻の蓋然性が高くなると言われています。ミクロレベルでもマクロレベルでも、金利の引き上げによる心配が多いから、ゼロ金利がずっと続いてきています。
しかし、これだけで企業の問題、政府の問題を解決できないことも明らかで、ゼロ金利以外の経済対策も考える時期が来ていると思います。
EL:物価上昇と円安はこれからも続き、消費者の生活は苦しくなっていくことが考えられますが、今後日本はどうなっていくのでしょうか?
徐先生:このままだと、日本の人は海外に行ってしまう可能性があります、労働力と頭脳の流出が懸念されます。
人は生活環境のいいところへ流れていく傾向が見られます。最近インターネットのニュースで、オーストラリアで働いている日本人は、ひと月70万円の収入があり、そのうち35万円を貯金できているとの報道を見ました。
それだけの金額を稼げるのは円安の影響もあると思いますが、他にもアメリカやカナダにも行っている日本の人がいて、このままでは生活の場として、日本の魅力が薄れ、若い人や有能な人は海外に出ていくでしょう。
EL:ひと月35万円の貯金ができるのは凄いですね……
個人で何ができるのかを考えていく必要がありそうですね。
取材にお応えいただき、ありがとうございました!
まとめ
今回は金融リスクマネジメントを専攻されている徐先生に取材させていただきました。
一般的に輸出企業は円安、そして輸入企業は円高で利益を得ています。しかし現在は円安に加えて、世界的な物価高であるため、輸出企業の生産コストも大きくなっています。
そのため円安・物価上昇の現在では、誰も利益を得ていないと言えます。
日本政府にできることは、為替介入や要人発言によって円の価格を調整すること、そして金利上昇などです。しかし金利の上昇は企業や政府に与える影響も大きいため、現実的な解決策ではありません。
円安・物価上昇が落ち着くまで、国民は生活コストをなるべく下げたり、新たな収入源を確保したりするような工夫が求められるでしょう。
(取材・執筆・編集/エモーショナルリンク合同会社)