多摩大学社会的投資研究所
小林 立明 客員教授・主任研究員
フィランソロピーとは?意味の変化から見る今後のソーシャル・ビジネス

近年では、「フィランソロピー」という言葉を耳にする機会も増えてきました。

ベンチャー・フィランソロピーなどの考え方に触れ、フィランソロピーとは何か、興味を持ち始めた方も多いのではないでしょうか。しかし、日本においては本来の意味について表現されず、単に慈善活動のように捉えられることも少なくありません。

そこで今回は、多摩大学の小林客員教授にフィランソロピーの起源から現在の立ち位置、今後のソーシャル・ビジネスとの関わりまでインタビューしました!

kobayashi-tatsuaki

取材にご協力頂いた方

多摩大学社会的投資研究所 客員教授・主任研究員

小林 立明(こばやし たつあき)


国際交流基金、日本財団勤務、学習院大学准教授等を経て、2020 年4 月より現職。ペンシルバニア大学NPO指導者育成修士課程修了。2012年ジョンズ・ホプキンス大学市民社会研究所国際フィランソロピー・フェロー。専門は、非営利組織経営、グローバル・フィランソロピー、ソーシャル・ファイナンス、ソーシャル・イノベーション、社会的インパクト評価等。主要著書に「フィランソロピーのニューフロンティア」(翻訳)、「入門ソーシャルセクター」(共著)、「英国チャリティの変容」(共著)等。

「フィランソロピー」には多様な意味が含まれる

EL:それでは早速ですが、「フィランソロピー」について伺いたいです。日本ではフィランソロピーに対して、慈善活動のイメージも強いように思いますが、実際には異なる意味も含まれるのでしょうか?

小林教授:現在ではフィランソロピーというと、主に個人・企業の寄付やボランティアなどの活動、さらに企業や財団による助成活動などを指しますね。

日本でもよく「チャリティ・コンサート」などのイベントが開かれますし、最近では、中島岳志さんの『思いがけず利他』がベストセラーになるなど、こちらの言葉の方が、日本ではよく知られているかもしれません。

ですがそうした中でも、私は基本的にフィランソロピーという耳慣れない言葉にこだわっています。理由は「フィランソロピー」という言葉でしか、言い表せないものがあるからです。

EL:フィランソロピーという言葉でしか言い表せないもの、ですか?

小林教授:はい。例えば、「フィランソロピー」と「利他」の違いについて考えてみましょう。

フィランソロピーはもともと、古代ギリシア語で「フィロス=愛」と「アントロポス=人類」が組み合わされた言葉で、本来は「人類愛」の意味です。類似の言葉には、「charity=慈善」や「Altruism=利他主義」などがあります。しかし、同じ困った人を助けるという行為でも、「利他」は「利己」と違い、自分だけが利益を追求するのではなく、他人の利益にも配慮しようという意味となります。ここでいう他人は、もちろん自分が知っている「他者」という意味です。

なので「利他」は、自分たちと何らかの関わりがある、または偶然出会った「他者」を助けるという側面が強い言葉です。これに対して、「フィランソロピー」は、「人類」への愛を打ち出すことで、より普遍性を持っています。

言い換えればフィランソロピーには、自分が直接知っている人間だけに限定せず、「人類全体」の利益のために行動しようという意味があるのです。私はこれが「フィランソロピー」という言葉のユニークな点だと考えています。

言うまでもなく、現代は、地球温暖化や環境汚染、格差・貧困の拡大など、グローバルな課題を自分ごととして引き受け、これに取り組むことが求められる時代です。そうした中では、自分と関わりがある「他者」を越えて、地球に住むすべての者たちに対して想像力を働かせることが求められます。「利他」だけではなく、「人類愛」が求められるわけです。

EL:確かに、これからの社会においては、フィランソロピーでしか表現できない事柄もますます増えていきそうです。それこそが、小林先生の仰るフィランソロピーのユニークさなのですね。

小林教授:その通りです。同様に、「チャリティ」と「フィランソロピー」も異なります。

「チャリティ」は慈善と訳されるように、困った人たちに対して自分が持っているものを「施す」という色彩の強い言葉です。これに対して、「フィランソロピー」という言葉は、施しではなく「愛」です。愛はより広い概念で、「施し」だけに限定されるわけではありません。米国の大学では、「フィランソロピー」をテーマにした講座が開設されています。

こうした講座で最初に教えられるエピソードをご紹介しましょう。

ある人が、川のそばで泣いている少年に出会います。話を聞いてみると、どうやら貧乏で食べるものがなくて泣いているようです。もしもこの人が「慈善家」であれば、少年を可哀想に思って、食べ物を買うお金を与えるでしょう。これは一見すると良いことのように見えます。しかしお金を与えただけだとその場の餓えはしのげても、お金がなくなれば元の木阿弥です。根本的な問題の解決にはなりません。もしかしたら少年は、これに味を占めて、毎日川のほとりで泣いてはお金をせびる物乞いになってしまうかもしれません。それは、本当に少年にとって良いことでしょうか。

EL:やはり、それでは意味がないように思いますね。自立を促さなければ根本的な部分は変わらないというか。

小林教授:そうですよね。これに対してフィランソロピーを実践する「フィランソロピスト」(日本では、篤志家と訳されることが多いようです)であれば、お金を渡す代わりに少年に釣り竿を与え、漁の仕方を教えるでしょう。

そうすれば、少年は、漁をなりわいとすることで、これから自分の力で生活していくことが出来るからです。講義ではこの事例を踏まえて、「フィランソロピー」の「愛」とは、問題を真に解決し、相手に対して本当に良いことをすることに本来の意義があるという形で結ばれます。これが、「フィランソロピー」という言葉の意味なのです。

フィランソロピーはアメリカから進化を重ねてきた

EL:なるほど。こうして理解を深めていくと、「フィランソロピー」という言葉でしか表現できないことがあると非常に納得できます。

ただ、今お聞きした内容だと、フィランソロピーに投資の要素はあまり感じられませんでした。フィランソロピーに投資の意味合いが含まれてきたのは、後になってのことなのでしょうか?

小林教授:そうですね。実は、フィランソロピーは歴史を追うごとに進化してきたという経緯があります。なので、フィランソロピーがどのような歴史をたどってきたのか、お話ししておきましょう。

先ほど、「フィランソロピー」という言葉は古代ギリシア語だと紹介しました。しかし、フィランソロピーが国際的に使われるようになったのは米国からです。メイフラワー号に乗ってピルグリムが米国に渡り、植民活動を開始して以来、アメリカは一貫して自主独立を重んじる国でした。このため、コミュニティが生まれ、学校や病院、教会、福祉施設などを作る必要が生じれば、自分たちでお金を出し合うというのがアメリカの伝統なのです。

EL:では、アメリカではフィランソロピーは古くから根付いていた考え方であると。

小林教授:その通りです。米国において、フィランソロピー活動は、建国と共にあったのです。

そこでは、富裕層がフィランソロピストとして重要な役割を果たしました。ここで忘れてはならないのは、フィランソロピーは当初から困った人を助けるという慈善的な要素だけでなく、未来を担う子供たちの教育のために学校を建設するなど、「人類愛」の要素があったことです。

それから20世紀に入り、フィランソロピーの進化が始まりました。

20世紀初頭のアメリカは重工業が急速に発展し、鉄鋼王のアンドリュー・カーネギー、フォード・モーターの創始者のヘンリー・フォード、石油王のジョン・ロックフェラーなどの企業家が相次いで登場した時期です。彼らは財を成した後にフィランソロピストとして活動を開始したのですが、その際に彼らが方針としたのは、科学的アプローチでした。従来のフィランソロピストと異なり、彼らは独立した助成財団を設立し、そこに専門家を集めて、社会問題を解決し、新たな社会に向けた社会変革を目指したのです。このために、プログラム・オフィサーと呼ばれる助成事業の専門家も雇用し始めました。こうした手法は1980年代に戦略的グラント・メイキングとして確立され、90年代以降、全世界に広がっていきました。

EL:助成財団というと、有名どころではビル&メリンダ・ゲイツ財団などでしょうか?

小林教授:はい。マイクロソフト社の創立者であるビル・ゲイツが設立したビル&メリンダ・ゲイツ財団は、世界最大規模の財団として、エビデンスに基づく科学的手法と、ビジネスのダイナミズムを積極的に取り入れた助成事業を開始しました。

それに、1990年代末から2000年代初頭にかけては、また新たな動きが出てきます。当時のアメリカは巨大なIT産業が登場し、インターネットの普及に伴いプラットフォーム産業も拡大していた時期でした。こうした企業家が、新たなフィランソロピー手法を開拓していったのです。

例えばe-Bayというオンライン・コマースを立ち上げたピエール・オミディヤはオミディヤ・ネットワークを立ち上げ、社会的企業やソーシャル・ベンチャーを対象に、助成と投資を組み合わせたハイブリッド型の資金提供を行うというユニークな支援モデルを作り上げました。

そして、投資的側面に注目するのであれば、この時期に社会的企業を支援するベンチャー・フィランソロピーという手法が確立したことも見逃せないでしょう。

ベンチャー・フィランソロピーとは、ベンチャー・キャピタルの手法をフィランソロピーの世界に導入したものです。ベンチャー・キャピタルと同様に、プロジェクトの成功だけでなく、組織・経営の安定、発展、さらにスケールアップを目指す点で従来の助成手法と異なります。この目的を実現するために、ベンチャー・フィランソロピー団体は、助成だけでなく投資を行い、さらに資金提供だけでなく、社会的企業に対して様々な経営支援を行いました。アメリカでは、ソーシャル・ベンチャー・パートナーズというネットワークが設立され、その後、ベンチャー・フィランソロピーの運動は全世界に広まっています。現在では、全世界に以下のようなネットワークが設立されています。

  • 欧州ベンチャー・フィランソロピー協会(EVPA)
  • アジア・ベンチャー・フィランソロピー・ネットワーク(AVPN)
  • アフリカ・ベンチャー・フィランソロピー連合(AVPA)
  • ラテン・アメリカ・ベンチャー・フィランソロピー・ネットワーク(Latimpacto)

EL:時代を追うごとにフィランソロピーに投資の動きが出てきた、というお話は大変興味深いです。では、近年注目されるようになってきた「インパクト投資」なども、この流れに影響されているのでしょうか?

小林教授:その通りです。2008年に、ロックフェラー財団がイタリアで国際会議を開催し、そこで専門家による討議を経て「社会的インパクト投資」というアイディアを提唱したのです。

背景には、2000年代初頭のオミディヤ・ネットワークの動きや、ベンチャー・フィランソロピーの拡大があります。また、財団セクターの間でも、助成だけでは社会課題を解決するために求められるスケールアップが不可能だという危機感がありました。

そこで、財団も投資し、さらにその資金をてこに民間投資も巻き込んで、スケールアップを目指そうという「社会的インパクト投資」の考え方が打ち出されたのです。

この考え方は、その後、英国政府がG7で取り上げ、先進諸国の共通の政策課題として推進しました。フォード財団やロックフェラー財団、マッカーサー財団などの米国の財団や、英国のエスメ・フェアバーン財団などが積極的に社会的インパクト投資を行っています。また現在では、「インパクト投資」として財団が関与せず、金融機関だけで社会・環境インパクトを生み出すことを目的とした投資が始まり、市場規模は拡大しています。

こうした、助成から投資へという新たなフィランソロピーが2010年代以降、本格化するわけですが、その代表的な事例が、Facebookの創立者マーク・ザッカーバーグです。彼も事業の成功後にフィランソロピー活動を開始するのですが、一つ上の世代のビル・ゲイツと異なり、財団ではなく、投資ファンドを設立しました。チャン・ザッカーバーグ・イニシアチブと名付けられたこのプロジェクトの担い手は、財団ではなく、LLCと呼ばれる有限責任会社です。ザッカーバーグ夫妻は、ここを使って教育、格差・貧困、政治、科学研究などの領域を支援しています。しかし支援の中心は助成ではなく、社会的インパクト投資なのです。

フィランソロピーに助成だけでなく、投資も含まれるようになったのは、今お話ししたように20世紀に入ってからのことです。しかし20世紀以降の変化は急激なもので、現在のフィランソロピーは、新たなフロンティアに突入したといえるでしょう。

日本におけるフィランソロピーは後退を経て新しい時代へ

EL:世界的な流れもフィランソロピーという一語に凝縮されているようで、大変興味深いお話です。

ちなみに、今お話しいただいたのはアメリカなど海外での事例でしたが、日本におけるフィランソロピーはどのように扱われてきたのでしょうか?

小林教授:日本でも、フィランソロピーには長い歴史があります。

19世紀に鎖国を解き、明治維新を経て近代化を進めた日本政府は、20世紀初頭に先進国入りをします。ちょうどアメリカでカーネギーやロックフェラーがフィランソロピストとして活躍していた時代に、日本でも同じようにフィランソロピストが活動していました。

例えば、岡山県倉敷市出身の大原孫三郎は、紡績業で財を成して大原財閥を築き上げます。彼は、その資産を使ってフィランソロピストとして様々な活動を展開しました。岡山の大原美術館、法政大学の大原社会問題研究所、倉敷中央病院、大原記念労働科学研究所など、一般庶民の生活を豊かにするための病院や美術館の建設、さらに生活改善の方策を科学的に解明するための研究機関の設立は、アメリカのフィランソロピストのアプローチに重なります。

これ以外にも、日本を代表する実業家である渋沢栄一も、600以上に及ぶ公益慈善団体を支援し、一橋大学や日本女子大学などの設立に奔走したフィランソロピストの顔を持っています。川崎造船など多くの企業を経営した松方幸次郎が収集した美術品が松方コレクションとして残され、現在の国立西洋美術館の基礎となっていることも忘れてはなりません。現代の私たちが、日本国内で西洋近代絵画を鑑賞することが出来るのは、こうしたフィランソロピストの情熱の賜物なのです。

EL:そんなに古くから日本でもフィランソロピストが活動していたとは、全く知りませんでした。

小林教授:ただ残念ながら、戦前の日本のフィランソロピー活動は第二次世界大戦の敗戦により壊滅的な打撃を受けたのです。

GHQによる財閥解体は、フィランソロピストの活動を大きく制約しました。また、第二次世界大戦後のハイパー・インフレは当時の財団の資産価値を激減させ、財団活動の継続を困難にしました。このため、日本のフィランソロピー活動は大きく後退することになります。

ですが1980年代に入り、日本のフィランソロピーは主に企業を中心に復活します。80年代に急速に進んだ円高のため、多くの日本企業が海外に進出しました。そこで、特に米国に拠点を設けた企業の多くは、米国における「企業市民」の考え方を積極的に取り入れることになりました。当時、米国内で広がった「日本たたき(ジャパン・バッシング)」に対応するために、日本企業は米国内でフィランソロピー活動を展開し、その影響は日本の本社にも伝えられて、「企業市民」や「企業フィランソロピー」という考え方が日本国内でも普及していったのです。この結果、1990年には、経団連が「フィランソロピー元年」を宣言し、1%クラブや企業メセナ協議会が設立されるなど、企業を中心としたフィランソロピー活動は大きなうねりを見せていました。

ですが残念ながら、バブルの崩壊とそれに続く金融危機によって、日本のフィランソロピー活動は再び停滞を余儀なくされたのです。

EL:第二次世界大戦、バブル崩壊という大きな事件の影響で、フィランソロピーがなかなか発展していかなかったのですね。

小林教授:そうです。しかし現在、フィランソロピーは再び日本でも注目を集めているように思われます。

2016年に、新経済連盟代表理事の三木谷浩史さんは、新年の挨拶で「2016年をフィランソロピー元年にする」と述べました。そしてベンチャー・フィランソロピーのプロジェクト・チームを新経済連盟内に設立し、ベンチャーフィランソロピーの推進と、これを支える社会的インパクト投資の整備を提言しています。

米国で2000年代初頭に起こった動きが、日本でも動き始めているのです。その背景には、IT産業やテック産業のような新たな産業が生まれ、それに成功した起業家達の存在があります。ビジネスで成功した起業家がビジネス手法を活用し、寄付・助成と社会的インパクト投資を組み合わせながら、「新しいフィランソロピー」を展開しているのです。

EL:日本もまたアメリカなどのように、フィランソロピーが進化してきたということですね。確かに、最近では日本のクラウドファンディングでも投資型のプロジェクトも見かけるようになりました。

小林教授:クラウドファンディングもまた、ひとつのフィランソロピーです。

ここまでは主に財団の発展を中心にフィランソロピーを見てきましたが、もちろん一部の大富豪だけでなく、一般の人たちもフィランソロピー活動を行っています。

伝統的に、フィランソロピー活動といえば、寄付やボランティアが中心でした。しかし、現代では、例えば、コンサルタントや税理士、会計士、弁護士、マーケッターなどの専門家が、無償で非営利組織の運営に協力するプロボノ支援が一般化しています。クラウドファンディングの普及により、普通の個人が気軽に非営利組織の活動を資金的に支援する枠組みも出来ました。寄付型、購買型のクラウドファンディングに加えて、投資型のクラウドファンディングが普及しつつあり、個人がこれを使ってソーシャルベンチャーに投資する動きが広がっています。

今や日本でも、アメリカなどと同様に、フィランソロピーは新たな時代に入っているといえるでしょう。

フィランソロピーに取り組んでいても援助を受けやすいわけではない

EL:ありがとうございます。今後はフィランソロピーという言葉の認知度が上がるにつれて、インパクト投資やベンチャー・フィランソロピーなどに関心を持つ投資家も増えていきそうですね。

社会的起業を目指す方にとっては、そういった投資家から援助を受けることも重要なポイントになりますが、支援を集めるには何を意識すれば良いのでしょうか?

小林教授:私の考えとしては、インパクト投資やESG投資の規模が拡大しても、それだけでは社会・環境価値を追求する起業家の資金アクセスが改善されるわけではありません。また、投資家から注目されて資金を取りやすいソーシャル活動も存在しません。

市場の拡大などについて見てみると、確かに新型コロナウィルス感染拡大後、ESG投資市場もインパクト投資市場も急速に拡大しました。しかし、その資金の大半は優良な上場企業に対する投資や、グリーンボンド、ソーシャルボンドなどを通じた大規模な事業へのプロジェクト・ファイナンスです。言うまでもなく、大規模な投資を行う機関投資家は、リスクを回避しようとします。また、投資規模が大きくなれば投資対象はグローバル企業や大規模な開発プロジェクトに向かいます。スタートアップのように、規模が小さく、リスクも大きいものへの投資拡大に直接結びつく訳ではありません。

また、近年はインクルーシブ・フィンテックやインパクト志向のブロックチェーンなどが脚光を浴びてきました。グリーンテック、クリーンテック、アグリテック、フェムテック、バイオテックなどがインパクト投資の主要領域に入っているのも事実です。ただ、投資家の関心が高いということは、それだけ競争も厳しいということです。

それに、近年では「グリーン・ウォッシング」や「インパクト・ウォッシング」の問題も注目を集めています。これは、投資家が環境問題や社会課題への関心を高めていることに便乗し、実体がないにもかかわらず自分たちのビジネスが「グリーン」「クリーン」「ソーシャル」であると喧伝し、投資家から資金を調達しようというビジネスを批判し、摘発しようという動きです。こうした問題への関心の高まりを踏まえ、現在、国際的に金融規制当局はグリーン・ウォッシングやインパクト・ウォッシングを回避するための規制導入を進めています。今後は、実体を伴わない「グリーン・ビジネス」や「インパクト・ビジネス」は淘汰されていくと考えられます。

最終的には、しっかりとしたビジョンとビジネスモデル、何よりもタフな競争に勝ち抜く上で不可欠となるパーパスの確立が求められるでしょう。

EL:なるほど。ソーシャル・ビジネスなどへの関心が高まっているということは、競争を勝ち抜いて事業を存続させることも意識しなければならないのですね。

資金調達戦略としてどのようなアプローチをすれば良いか

小林教授:そうですね。ただ、社会・環境価値を生み出すビジネスモデルを立ち上げるための資金調達戦略として、どのような投資家にアプローチすれば良いかについてはアドバイスできると思います。

まず前提として、現代の新たなフィランソロピー領域には、寄付・助成、ボランティアだけでなく、社会的インパクト投資やプロボノ支援、さらにはコーズ・マーケティングや投資型クラウドファンディングの活用など、多様な手法が開拓されています。また、これに呼応する形で、金融セクターにおいても、主に企業の環境面、社会面、ガバナンス面でのネガティブ・スクリーニングを中心としたESG投資や、より積極的に、企業が生み出す社会・環境価値に着目したインパクト投資なども登場しています。SDGs目標が国連で採択され、SDGs達成に向けて国際社会が協力していこうという現代では、持続可能な社会や循環型社会を実現するための投資を、より包括的にサステナブル投資と呼ぼうという動きも見られます。

なので、起業家が新たな事業を立ち上げる際の資金調達先としては、こうしたフィランソロピー資金や投資資金を活用することになりますが、その際にはいくつか注意すべきポイントがあります。

第1に重要な点は、自分が考えているビジネスモデルを冷静に分析することです。

あなたが考えているビジネスモデルは、収益性があるでしょうか。またスケールアップするに足る市場が存在しているでしょうか。また、そのビジネスによってどのような社会・環境価値が生み出されるでしょうか。さらに、その社会・環境価値の創出は、商品・サービスによってでしょうか、ビジネス・プロセス(生産工程や流通過程など)によってでしょうか、あるいは雇用や職場環境によってでしょうか。この点をまず考えることが大切です。

EL:ビジネスモデルの分析を行う際に、コツなどはあるでしょうか?

小林教授:SDGs経営でよく使われるバリュー・チェーン・マッピングや、MBAなどでよく使われるネット・ポジティブ・ビジネス・モデル・キャンバスなどを活用すると良いでしょう。

こうした分析の結果、収益性があり、スケールアップも可能だと判断出来れば、通常の投資ファンドにアクセスすれば良いと思います。

ビジネスとして成立するのであれば、投資家はそれを評価するでしょう。特に、社会・環境面でのインパクトを追求したいということであれば、インパクト投資ファンドにアクセスすることも考えられます。例えば、新生銀行が立ち上げたインパクト投資ファンドなどです。もちろん、安定した収益が見込めるということであれば、政策金融公庫のソーシャル・ビジネス支援資金が提供する融資プログラムも活用できます。また、幾つかの自治体や地域金融機関は、ソーシャル・ビジネスやコミュニティビジネス向けの融資プログラムを提供していますので、こうしたプログラムを活用するのもおすすめです。

また、一定程度の収益性はあるが、経営の安定化やスケールアップに不安があるという場合には、ベンチャー・フィランソロピー型のファンドを探してみてください。日本では、日本ベンチャーフィランソロピー基金が以前から活動しています。近年は、talikiファンドのように、インキュベーション支援から投融資までを一貫して支援する団体も登場しています。こうした団体の経営支援やインキュベーション支援を受けながら、事業を成長させていくことが選択肢として考えられるでしょう。

EL:社会的に、あるいは環境的な側面から見た価値が高くても、収益性がそれほど見込めない場合はどうすれば良いのでしょうか?

小林教授:その場合は、事業の持続可能性確保の観点から、行政の補助金や業務委託費と事業収入を組み合わせた事業モデルを考える必要があります。

例えば、低所得者向けのサービスを展開していて、受益者から十分な料金を徴収することが出来ないとか、あるいは人口減少で限界集落化の危機にある地域でのサービス提供など市場が限定されていてスケールアップが見込めないという場合などが考えられますよね。

こういうケースは、活動する領域に応じて社会福祉法人や公益法人、特定非営利活動法人、あるいは一般社団法人や合同会社などの法人格を選択する必要が生じます。その上で、一定程度の事業収入を確保しながら、補助金や業務委託費を確保していくという戦略が求められるでしょう。

また、中には本当に革新的な試みで前例がなく、収益性や成長性を現時点で明確化することが出来ないケースも存在します。

その場合には、インパクト志向のエンジェル投資家を探したり、補助金や財団の助成金などを使うことになります。他に、大学の学内ベンチャー基金に応募するという方法もあります。他には、ソーシャル・インパクト・ボンドを使ってまずは社会実験を行い、そこで成果を実証した上で、民間資金を活用してスケールアップを行うという選択肢も考えられます。日本ではなかなかこうしたリスクの高い事業に資金を提供する投資家はいませんが、海外に目を向ければ、先ほどご紹介したオミディヤ・ネットワークのように、あえて革新的な試みにリスクを取って投資するという団体やエンジェル投資家はたくさんあるからです。

EL:確かに、日本国内では支援を受けることが難しいケースは多いように感じます。そんな時に、海外で支援者を探すという発想ができると、実現可能性も高くなりますね。

小林教授:そういうことです。いずれの場合であっても、あなたのビジネスがどのような社会・環境価値を生み出そうとしてるのか、また、それをどのような手法で生み出そうとしているのかを明確にし、資金提供者に伝える必要があります。

現在では、SDGsバリューチェーンマッピングが徐々に知られるようになってきていますので、これを使うと良いでしょう。その際、ポジティブなインパクトの拡大だけでなく、ネガティブなインパクトの抑制という観点を入れることが重要です。また、生み出そうとしている社会・環境価値が、SDGs17目標の何に該当するのか、定量的に測定することが可能かなども明確にしておくと良いかと思います。SDGs目標に紐付けることが出来れば、これは現在の社会・環境ビジネスのスタンダードになりつつありますので、資金提供者との対話を円滑に進めることが出来ると思います。

ここで強調しておきたいのは、ビジネスとして起業する以上、しっかりとした収益モデルを打ち立てる必要があるという点です。

私も、ソーシャル・ファイナンスを専門としているため、時々、ソーシャル・ビジネスやソーシャル・ベンチャーを立ち上げたいという人から相談を受けることがあります。中には、「こんなに社会的に良いことをやっているんだから、インパクト投資家は金を出すべきだ」という乱暴な議論をする人もいます。

しかし当たり前のことですが、投資である以上、投資家は資金がきちんと回収できるかどうかをシビアに見ます。市場規模、成長性、スケールアップメリット、競合他社との比較優位、リスク管理など、投資において最低限求められるデュー・ディリジェンス項目はしっかりとチェックされます。インパクト投資家は、こうしたデュー・ディリジェンスを行った上で、さらにインパクト・デュー・ディリジェンスと呼ばれる社会・環境価値の創出についても追加でチェックします。社会・環境価値を生み出すからといって、ビジネスのチェックがおろそかになるわけではないことを肝に銘じて頂ければと思います。

投資家も、最終的には起業家の人柄を見ます。投資家は「投資家に受けそうだから」と参入してくる起業家と、しっかりとしたパーパスに裏付けられ、人生をかけて取り組む起業家を見分ける目を持っているのです。なので起業する際には、この点を肝に銘じて取り組んでいく必要があるでしょう。

ソーシャル・イノベーションは製品やサービスに限定されない

EL:社会的起業にあたっては、投資家が納得するだけのビジネスモデルがあるかどうかが重要になるのですね。

では今後、社会起業家を志す方が投資を受けられるだけの事業を目指し、ソーシャル・イノベーションを起こすには、何が必要となるのでしょうか?

小林教授:まず、ソーシャル・イノベーションとは何か確認しておきましょう。

EUでは2010年代に本格的な探求が始まりました。研究・調査、実証、そして資金調達の各方面に欧州委員会が資金を提供し、議論が深まりました。現在では、ソーシャル・イノベーションの定義、手法、支援政策、資金調達手法のそれぞれについて一定の共通理解が形成されています。

これによると、ソーシャル・イノベーションとは、「既存の手法よりも効果的に社会的ニーズを充足し、能力や関係性の改善を実現し、資産や資源の活用の向上をもたらす新たなソリューション(製品、サービス、モデル、市場、プロセス等)」と定義されます。

ここでのポイントは、ソーシャル・イノベーションは、社会的ニーズの充足だけに限定されないし、製品やサービスだけに限定されないということです。ソーシャル・イノベーションは、人が持つ新たな可能性を切り拓いたり、社会関係を豊かなものにしたり、埋もれていた資産や資源を再活用するなどの多岐にわたる領域が含まれています。また、その手法も、製品・サービスだけでなく、生産プロセスや流通プロセス、市場のあり方やビジネスモデルなど、多岐にわたる手法が可能となります。この点をまず強調しておきたいと思います。

EL:社会関係を豊かにするものや、埋もれていた資産・資源の再活用とは、具体的にどういったことが挙げられるのでしょうか?

小林教授:今、インパクト投資の分野で注目を集めているのが、フェムテックと呼ばれる女性向けの製品・サービス開発です。

痛みのない乳がん診断装置や身体に負担の少ない生理用品などの新商品が次々に開発されています。これは、これまで顧みられなかった女性が抱える課題を解決するという点で、ソーシャル・イノベーションだといえるでしょう。

しかし、ソーシャル・イノベーションはそれだけに限定されるわけではありません。例えば、産後ケアのためのエクササイズ、対話、セルフケアを導入するマドレボニータという特定非営利活動法人があります。彼らは、新たなテクノロジーを活用しているわけではありませんが、女性が直面する産後の心身の不調に光を当て、これを乗り切るための産前産後教室を全国に展開しています。新たな問題に光を当て、これにソリューションを提供し、スケールアップして持続可能なものにした、という点で素晴らしいソーシャル・イノベーション事例といえます。特に、彼らが産後の女性だけでなく、彼女らに寄り添うパートナーとの関係性にまで踏み込んだ点は注目すべきです。そこには、お金では買えない関係性の改善が組み込まれているからです。

EL:なるほど。関係性の改善という観点が入ってくると、製品やサービスだけに限定されないという意味がよくわかります。

小林教授:では、ソーシャル・イノベーションを起こすには何が必要なのか。

社会起業家を育成する教育システムやインキュベーション体制、社会起業家に資金を提供する財団やエンジェル投資家、スケールアップを可能にするインパクト投資家や投融資プログラム、伴走支援団体、など様々なプレイヤーが必要となります。さらに、新たな財・サービスや生産・流通システムなどが生み出す社会・環境価値を適切に評価し、有効なものが発展していくように優遇措置を設定したり規制を緩和したりする行政の存在も忘れてはなりません。ソーシャル・イノベーションを促進するには、こうしたエコシステム的な発想が欠かせないのです。

その上で、こうしたソーシャル・イノベーションを担う社会的起業家には何が求められるかを考えてみましょう。

欧米では、大学院やMBAでソーシャル・イノベーションの担い手育成が進められています。こうした教育機関では、ソーシャル・イノベーションに必要なスキルとして、起業家精神、システム思考やデザイン思考などのクリエイティブな問題解決手法(一般に、ソーシャル・イノベーションの対象となる社会課題はwicked problemsと呼ばれており、複雑でシステム的なアプローチが必要だとされます)、変革を実現するリーダーシップなどが求められます。言うまでもなく、ビジネスを成功させるために必要なマネジメントやファイナンス、マーケティングの知識も必要になりますし、対象とする課題領域への深い知識も求められます。

しかし、私はこれだけでは十分だとは思いません。こうした知識やスキルは、社会的起業家となるための前提条件でしかないのです。

EL:すると、社会起業家に真に求められるものはどういった部分なのでしょうか?

小林教授:真に必要なのは、最近、よくいわれる言葉ですが、パーパスをしっかりと認識しコミットすること、そして異質の他者に対する想像力を働かせることだと思います。

少し頭の良いシリアル・アントレプレナーであれば、売れるから、儲かるから、資金調達が出来るから、などの理由でソーシャルな領域に参入し、それなりのビジネスを立ち上げて、収益が出たところでさっさとそのビジネスを売却し、次のビジネスに向かうでしょう。日本でも、ソーシャル・ビジネスのオピニオン・リーダー的な人が堂々と、「社会的起業家の目標はビジネスを成功させてIPOやM&Aで資金を獲得し、次の社会課題に向かうことだ」と公言するのを目にしたことがあります。しかし、それは社会的起業家の本来の姿でしょうか。

格差・貧困や差別・不平等、あるいは気候変動問題や環境汚染問題など、現代社会が直面する課題は、複雑で中長期にわたる取り組みが求められます。一つの商品やサービスの開発だけで解決できる問題ではありません。解決のためには、事業のスケールアップから、普及・啓発、アドボカシーなどの取り組みを通じて人々の意識を変え、社会的な仕組みを作っていくという地道な努力が求められます。こうした息の長い取り組みを行うためには、パーパスをビジネスの中核に置くことが必要です。

また、想像力を持つことも大切です。他者の痛みについて、自分の知らないところで進行しているかもしれない環境破壊や不平等について、あるいは自分たちには考えもつかない状況に置かれた人たちが直面する困難について想像力を働かせてください。そうした想像力がなければ、ソーシャル・イノベーションという看板を掲げていてもちょっとした困りごとを解決するビジネスソリューションにしかならないでしょう。

EL:ソーシャル・イノベーションを起こすためには、長い目で見て社会的な問題を解決していこうとする姿勢が欠かせないのですね。

小林教授:ただ、これこそ私の研究領域でもあるのですが、ソーシャル・イノベーションを促進するには革新的な資金提供手法の開発とエコシステムの整備が早急に求められます。

なぜなら、社会課題の解決にビジネス手法を活用して真摯に取り組んでいる社会起業家が、活動をスケールアップさせるためには、彼らに固有のニーズに応じた革新的な資金提供手法が必要だからです。革新的な手法の社会実装とスケールアップを支援するソーシャル・インパクト・ボンドから、中長期的な視野で社会的起業の成長を支援するペイシャント・キャピタル、公的資金と民間資金を組み合わせてリスクを管理するブレンディド・ファイナンス、欧米で一般化している資金提供手法を日本でも整備・拡大していかなければいけません。

また、株式会社だけでなく、非営利組織に対しても、エクイティ的に資金を提供することが出来て返済は業績に応じて調整できるレベニュー・シェア型投資や、信用力に応じて大規模な資金調達が可能なチャリティ・ボンドなどの整備が求められます。ソーシャル・ボンドやグリーン・ボンド、サステナビリティ・ボンドの資金市場をさらに発展させ、社会課題の解決やグリーン・エコノミーの実現に向けてより積極的に投資していく必要もあるでしょう。

さらに、社会起業家の成長を支えるインキュベーション団体や伴走支援団体の育成、政府・企業・自治体による社会的調達やサステナブル消費などのエコシステムの整備も不可欠です。社会起業家が、ニッチではなく、メインストリームとなってビジネスをスケールアップさせることが出来る社会へと転換するためには、このような資金提供手法の革新と彼らを支えるエコシステムの整備は不可欠なのです。

公的機関では手が回らない分野こそ社会的起業が欠かせない

EL:貴重なお話、ありがとうございます。最後に、読者の方に向けてメッセージをお願いできますか?

小林教授:課題先進国ともいわれる現在の日本においては、政府・公的機関が提供する教育、医療、福祉、介護、保育などのサービスだけでは問題は解決しません。

ビジネス手法を有効に活用し、持続可能な形でのソリューションが求められます。そのためには、ソーシャル・イノベーションや社会的起業が不可欠です。様々なテクノロジーとインターネットの普及により、これまでは想像することも出来なかったサービスを提供する可能性が拓かれました。ソーシャル・イノベーションを推進するインフラは整備されたといっても良いと思います。これを活用し、人と地球環境にやさしい社会を作っていくために、ぜひ社会的起業に取り組んで頂ければと思います。

◆多摩大学社会的投資研究所

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◆ソーシャル・ファイナンス研究会(主宰FBグループ)

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◆ジャパン・ソーシャル・イノベーション・フォーラム(主宰ブログ・サイト)

https://japan-social-innovation-forum.net/

(取材・執筆・編集/エモーショナルリンク合同会社)