獨協大学経済学部
熊本尚雄 教授
為替レートの決まり方

為替レートの決まり方

日々FXの取引をしていて「なぜこの値動きが起きたのか?」と疑問を抱くことがあるかと思います。

実際経済指標の発表時など分かりやすく動く時もありますが、それはほんの一瞬です。

今回は為替市場の値動きのメカニズムを理解するために、為替レートが決まる仕組みを獨協大学の熊本教授に伺いました。

それでは早速、為替レートの決定要因を見ていきましょう。

取材にご協力頂いた方

獨協大学経済学部教授 熊本尚雄

一橋大学大学院経済学研究科博士後期課程単位取得退学。

福島大学経済学部助教授、同大学経済経営学類准教授、獨協大学経済学部准教授を経て、2018年より同大学経済学部教授。博士(経済学)。

国際マクロ経済学の理論的・実証的分析が専門。

目次

為替レートはどう決まる?市場の仕組みを理解しよう

エモーショナルリンク合同会社取材担当(以下EL):まず最初に本題から伺います。為替レートは日々変動していますが、どのようにして価格が決まっているのでしょうか?その要因を教えてください。

熊本教授:はい、為替レートが決まる要因は実に多く存在しますが、ここでは経常収支、金利差、物価水準(インフレ率格差)、金融政策を紹介します。

まず、経常収支が黒字ということは輸入額より輸出額が多い状態を意味します。

貿易により獲得した外国通貨を例えば、日本で働く従業員への給与支払いに備えて、日本円に替える必要があるために「日本円買い・外国通貨売り」の外国為替取引を行うので、経常収支が黒字だと円高の傾向が高まるのです。

経常収支が赤字の場合はその逆で円安傾向が強まります。ただし、金融収支での支払い超過がある場合には、経常収支の受け取り超過は相殺されてしまいます。

EL:なるほど、為替レートは非常にロジカルに動いているのですね。ちなみに、経常収支のデータはどちらで見ることができるのでしょうか?

熊本教授:日銀が定期的に国際収支の統計を公開しているのでそちらで確認することができますよ。また、新聞でも公表されていますね。

EL:ありがとうございます!それでは金利差についてはいかがでしょうか?金利がどうなると為替レートがどう動くのか教えてください。

熊本教授:お金は金利の低いところから高いところへと移動します。

例えば、預金金利の高い銀行と低い銀行があったら、金利の高い銀行の方へ預金しますよね。これは国際間でも同じです。

自国の金利よりも外国の金利の方が高ければ、「自国通貨売り・外国通貨買い」を行う人が増えますので、「自国通貨安・外国通貨高」圧力になります。

昨今の円ドルレートの円安方向への動きも金利差が原因として大きいと言われてますね。

EL:金利差で為替レートが動くのはそのためなのですね。

確かに、金利収入を受け取る側であれば金利が高い方がお得ですよね。最初のお話にありました、物価水準で為替レートが決まるのはどのような仕組みなのでしょうか?

熊本教授:物価については、水準と変化率で見る場合の2パターンありますね。

まず1つ目は自国の物価水準が上昇した場合です。

物価水準が上昇するということは、「保有している自国の通貨量で今までと同じ量のモノを買えなくなる」ということですから、自国通貨の購買力が低下しているということになり、通貨の価値が下がるので自国通貨安圧力が発生します。

EL:物価が上がるというのは通貨の価値を下げることに繋がるのですね。

ちなみに少し気になったのですが、物価上昇は需要が高まる好景気の時に起こりやすいものだと思います。私のイメージでは好景気だと自国通貨は安くなるよりかは高くなる気がするのですが、その点はいかがでしょうか?

熊本教授:景気が良いとインフレが起きやすいのは、たしかにその通りです。

ただ、好景気でインフレ下にあっても、為替レートに円安方向の圧力となるのか、それとも円高方向の圧力となるのかは、次にお話しする物価を変化率で見る場合の2つ目のパターンが関係してきます。

EL:そういうことなのですね。1つの事象だけでなく色々なロジックが絡み合って現在の為替レートが形成されているということなのですね。

途中で遮ってしまいましたが、物価に起因して為替レートが動くもう1つのパターンをお聞きしてもよろしいでしょうか。

熊本教授:はい、2つ目のパターンはインフレ率格差によって為替レートが決まる例です。

先ほどの話と同じで、自国のインフレ率が高いと自国通貨の購買力が下がりますが、自国のインフレ率よりも外国のインフレ率の方が高ければ、自国通貨の購買力の低下率よりも外国通貨の購買力の低下率の方が大きくなりますので、インフレ率格差の観点からは自国の通貨高圧力になるということです。

EL:2国間のインフレ率を見るということですね。

ただ単に物価が上昇しているから自国の通貨が安くなると考えるのではなく、外国と相対的に見ることが重要ですね。最後に金融政策について教えてください。

熊本教授:金融政策は、現在の日本の例で見てみましょうか。

日本は現在も金融緩和を継続していますよね。金融緩和はマネーストックの増加を意味します。そんな中、他国が金融引き締めに転換し始めたので、金融緩和を継続している日本は相対的に自国通貨の過剰供給を行っている状態になっています。

したがって自国通貨安の圧力が発生するということです。

EL:たしかに日銀はずっと金融緩和をしていますよね。

日本円が円安方向に動いていっているのも頷けます。為替レートが決まる要因について詳しく話していただきありがとうございます。

経常収支、金利差、物価水準、金融政策など、実に様々な要因が絡みあって市場に影響を与えた結果、今の為替レートになっているということがよく分かりました。

為替相場のボラティリティは何が引き起こしている?

EL:続いて伺いたいのは為替相場のボラティリティについてです。為替相場は日々変動していますが、そのボラティリティはなにによって起きているのでしょうか?

熊本教授:はい、ボラティリティについては私が研究しているテーマでもある「通貨代替」を交えて解説していきます。

※通貨代替とは、ある国でその国の法定通貨以外の通貨が支払手段として用いられる現象で、マクロ経済が不安定である国、とりわけ過去において高いインフレ率を経験した発展途上国や体制移行国などで観察

熊本教授:通貨代替が進展している国の通貨はボラティリティが高い傾向があります。

その理由の1つが国内外のインフレ格差の拡大です。

通貨代替が進展している国ではインフレ率が10%を超えることも普通にあるので、インフレ率格差が大きくなる傾向があり、ボラティリティが高くなります。

また、通貨代替が進展している国では貨幣需要関数が不安定化しているので、そこに金融政策ショックなどの経済ショックが発生すると自国通貨と外国通貨間の更なる需要シフトが発生し、さらにボラティリティが高くなります。

EL:ボラティリティの裏にはそのような要因があったのですね。

熊本教授:他にも通貨当局の金融政策が安定的かそうでないかも為替相場のボラティリティの増減に影響しますね。

EL:なるほど、チャートだけでなく日々の経済指標の発表もやはりしっかり見ていないとダメですね。非常にためになります。ちなみに、トルコリラやブラジルレアル、メキシコペソなど新興国通貨のボラティリティが高いのはなぜなのでしょうか?

熊本教授:それは、新興国が投機の対象になることが多いためではないでしょうか。

例えば先進国で金融緩和政策が行われると市場に大量の金融緩和マネーが流入します。そうなるとより有利な投資先としてそのお金が新興国に流入し、新興国の通貨高が起こります。

逆も然りで、世界的な金融引締政策への転換が起こると、新興国から資金が流出し、主にアメリカへの資金環流が発生します。それが新興国の通貨安を招くのです。

このように投機の対象になり、金融政策によって資金の急激な流出入があるため、ボラティリティが大きくなるのかと思います。

EL:投機の対象になりやすいかどうか、というのもあるのですね。莫大な資金が出入りするとなるとたしかにボラティリティは大きくなりますよね。

ボラティリティを読むことはできる?一般投資家がすべきこととは

EL:最後の質問になりますが、一般の投資家はボラティリティを読むことができるのでしょうか?また、そのために日々できることはあるのでしょうか?

熊本教授:先にお話しした(名目)金利差は短期的な影響ですが、中・長期的な投資を行う場合には「実質金利」の動向にも注目すると良いと思います。

EL:実質金利とは何でしょうか?

熊本教授:実質金利は、「名目金利 - 期待インフレ率」で導き出すことができる数値です。

名目金利が期待インフレ率より低い(実質金利がマイナスになる)場合は、金利収入の減少分よりもインフレによる通貨の購買力の低下分の方が大きくなります。

そのため、期待インフレ率を上回る運用が期待できるリスク性金融資産への投資が増えることになります。

さらに、「金利差」の話を冒頭でしましたが、自国と外国の実質金利差は、「名目金利差 - 期待インフレ率格差」で表されます。インフレ率が高い新興国では、名目金利の動向だけではなく、物価の影響を考慮した実質金利にも注意を払うと良いかもしれません。

なお、期待インフレ率はBEI(Break Even Inflation rate)が代表的な指標です。

EL:やはり金利差が為替レートに及ぼす影響はかなり大きいのですね。ちなみにそのようなデータが確認できるサイトはありますか?

熊本教授:はい、日本のBEIについては財務省や日本相互証券株式会社、アメリカのBEIについてはセントルイス連邦準備銀行のサイトで確認できるのでぜひチェックしてみてください。

EL:ありがとうございます。金利差のチェックは日々のファンダメンタルズ分析に取り入れていきます。本日は貴重なお話を聞かせていただきありがとうございました!

まとめ

今回は為替レートの決定要因について、獨協大学の熊本教授に伺いました。

為替レートは、様々な要因が複雑に絡み合った結果、現在の水準になっていることが分かりました。

経常収支や金利差、物価水準、金融政策など注意を払うべき項目は多いですね。

しかし、ロジックを理解していればその分勝てるチャンスも多くなると思います。

したがって、このような為替レートの決定要因はマストで覚えておきたいですね。

ぜひ値動きの要因を覚えて投資活動に生かしてみてください。

(取材・執筆・編集/エモーショナルリンク合同会社)

この記事を書いた人

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