城西国際大学大学院
松本 茂 教授
円安でも増加傾向が続く海外M&Aとは?

円安が継続している中でも、海外M&Aは増加傾向にあります。海外M&Aを行うには、円安が落ち着いてからの方が、よいのでは?と考えてしまいます。

そこで、海外M&Aの基本から今後の展望を含め松本教授に海外M&Aについてお伺いしてみました。

城西国際大学大学院教授の松本茂

取材にご協力頂いた方

城西国際大学大学院 教授

松本茂 (まつもとしげる)

神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(経営学)

PricewaterhouseCoopers(PwC)ディレクター、英HSBC投資銀行本部長、同志社大学大学院准教授を経て、2018年から城西国際大学大学院教授、京都大学経営管理大学院特命教授。これまで、20年間、M&Aアドバイザーとして、米国、英国、中国、ベトナムなど20カ国50の企業の買収案件に助言。研究テーマは、海外M&Aによる利益成長モデル。

著書「海外M&A新結合の経営戦略」東洋経済新報社(2021)で第16回M&Aフォーラム奨励賞受賞。「海外企業買収 失敗の本質 戦略的アプローチ」東洋経済新報社(2014)で第9回M&Aフォーラム正賞受賞。 2020年京都大学経営管理大学院より優秀教育賞「Best Teacher Award」受賞。

海外M&Aとは

エモーショナルリンク合同会社取材担当(以下EL):海外M&Aとは、どのようなM&Aを指すのでしょうか。また、海外M&Aを行う目的についても教えてください。

松本教授:海外M&Aは日本企業が国外の企業や事業を買収することを指し、In-Outとも言います。

Out-Inは海外の企業による国内企業の買収、In-Inは国内企業の間での買収です。

海外M&Aを行う最も多い目的は、海外現地市場の開拓です。そのために現地で認知されたブランドを保有する企業や、有力なディストリビューターを買収するケースがあります。

EL:海外M&AはIn(国内)-Out(国外)とも言われ、目的としては海外の現地市場の開拓。

特に現地市場で認知されたブランドや有力なディストリビューター、そして、販売会社の買収を行うわけですね。

海外M&Aの3つの類型

EL:続いて、海外M&Aが、どのようにして行われていくのかを教えていただけますか。

松本教授:M&Aの3つの類型と相乗効果についてお話しします。

EL:では、1つずつ教えていただけますか。

松本教授:まずは、水平結合からお話していきましょう。水平結合は同業者を買収し、重複の解消と規模の経済による効果実現を企図します。

例えば、銀行が合併すると、同じ駅前に2つ3つとあった支店をグループでひとつに集約することで、重複を解消して固定費を削減する効果が期待できます。

これは、成熟した市場の占有率を高めるアプローチになります。成熟した市場では市場自体の拡大は望めないため、買収で占有率を高めることにより安定した利益を求めることになります。

EL:同業者を買収することで、重複が解消され、成熟した市場でも占有率を高めることで利益の安定を計るわけですね。

松本教授:次に、垂直結合は、買収企業から見て上流にある供給者、または下流にある購買者を買収して自社の供給連鎖の安定を図ります。

例えば、自社から見て顧客に近い下流にある事業を買収すれば、安定した販売が期待できるようになります。キャノンとリコーは欧米で事務機販売会社の買収を繰り返してきました。

EL:確かに、下流にある事業を自社に取り込んでしまえば、安定した販売が期待できそうですね。

松本教授:最後に、混合結合は、自社事業の隣接者を買収し、それを組み合わせて販売することで売上増を狙います。

最近は、この混合結合が増えており、例えば、GoogleのM&Aがこの混合結合に該当します。

Googleは検索事業を祖業として、YouTubeやAndroid、後にGoogle MapとなるKeyholeといったスタートアップを次々に買収して結合することで、デジタルプラットフォームを構築し、ユーザー数を増やしました。そして、新たなデジタル広告市場を形成しました。

Googleは設立から20年の間に200を超える買収を行っています。まさにM&Aでイノベーションと成長を実現した企業と言って良いでしょう。

これら3つの類型は、国内買収も海外買収も同じです。

EL:一口にM&Aといっても、類型ごとに目的や期待される効果には違いがあるのですね。

海外M&Aの流れと手法

EL:続いて、海外M&Aの流れを段階ごとに教えていただけますか。

松本教授:買収はまずターゲットとする企業をリストアップすることから始まります。投資銀行などからの提案で買収検討が始まることもあります。

EL:外部からの提案で買収が開始されることもあるのですね。

松本教授:ターゲットの企業やそのフィナンシャル・アドバイザーが提供する案件概要書をもとに、

  1. 初期的な評価を行う
  2. ターゲットの事業を調査(デュ・デリジェンス)
  3. 企業価値を算定して買収金額を提示
  4. 条件交渉
  5. 株式譲渡契約を締結
  6. 買収実行の前提条件が満たされた後、クロージング

EL:海外M&Aは多くの場合、株式譲渡によっておこなわれるのでしょうか?

松本教授:事業譲渡の場合もありますが、大半は株式譲渡によって行われています。

EL:なるほど、株式譲渡を選択する場合が多いのですね。次に、海外M&Aの手法についても教えて頂けますか。

松本教授:手法としては、「ターゲットの経営陣と合意の上で行う友好的買収」と「経営陣と合意のない敵対的買収」があります。日本企業の海外M&Aはほとんどが友好的買収です。

ターゲットが上場企業の場合は公開買付けによって買収することになります。

EL:TOB(株式公開買付け)なんかは、敵対的買収でよく耳にしますね。

海外M&Aの利点

EL:海外M&Aについて大まかにご解説頂きました。では、海外M&Aの売り手側、買い手側には、それぞれどういった利点があるのかを教えていただけますか。

松本教授:M&Aは買い手、売り手の両方に利点があります。

売り手は自社の非中核事業を売却することで現金を手にし、注力する事業に投資することで集中と選択を更に進めることになります。

買い手は、現地事業を手に入れることでオーガニックな事業展開と比べ早く成長を実現することができます。

また、日立製作所のように、海外での大型買収と既存事業の売却を同時に進めることで、事業ポートフォリオの入れ替えを急ぐ企業もあります。

買い手の利点には相乗効果創出もありますが、買収後の経営で計画通りに効果を実現できず、多額ののれん減損を計上するケースもあります。

EL:買い手、売り手には、それぞれの思惑や利点が存在しているわけですね。

一点気になったのですが、事業ポートフォリオの入れ替えを急いでいる企業もある、とご解説頂きました。

企業が事業ポートフォリオを入れ替える理由には、どういったものがあるのでしょうか。

松本教授:今まで経営してきた事業に成長が見込めないことを理由に、新たな事業を買収するケースはよくあります。

しかし、成長が期待できない既存事業を保有しながら、新たな事業を買収で加えたとしても、全体として規模が大きくなるばかりで、経営資源の配分が散漫になってしまうのです。

よって、新たな事業の買収と中核ではなくなった事業の売却を並行して行うことで、事業ポートフォリオを入れ替えて、利益率の改善を企図していくことになります。

EL:なるほど、買収で規模を大きくすればいいというだけでなく、経営資源を配分する意義のない事業を、他社に売却していく必要もあるわけですね。

海外M&Aが増えている理由

EL:現在、円安がかなり進んでいる状況であるにもかかわらず、海外M&Aが増加している理由もお聞かせいただけますか。

また、今後も海外M&Aは増加していくのでしょうか。

松本教授:今世紀に入った2001年から2020年の20年間で、日本企業による海外M&Aは合計9390件、総額120兆円に上ります。

年間で500件近くの海外M&Aが実行されています。また、1兆円を超える買収も珍しくなくなりました。この動きは今後も続くと見ています。

EL:今後も海外M&Aは増加傾向にあると。では、その理由も教えていただけますか。

松本教授:国内市場が成熟する中で、海外市場を成長のフロンティアとする企業経営者が増え、また有力なスタートアップなど新たなビジネスモデル獲得を目的とする買収も海外が中心となりつつあります。

また、海外M&Aで経験を積んだ企業では、現地で買収した企業を通じた追加買収も増加しています。

EL:海外M&Aの増加傾向が継続するであろう理由のひとつとして、国内市場の成熟が挙げられるわけですね。

ただ、現在のように大幅な円安が進んでいる中で、買収を進めるのはタイミングとしてはよくないように思うのですが。

松本教授:確かに現在は、円安の状況ではありますが、為替の動向で買収のタイミングを決めることは適切ではありません。

EL:なるべく安く買収したほうが、買収後の経営に資金的な余裕が出てきそうなものと、考えてしまいますが・・・。

松本教授:例えば、現在のドル円の為替レートである1ドル150円近辺で買収したとしましょう。しかし、数年後には、170円になっているかもしれません。

仮に、買収後、更に円安が進んだ場合、ドル建てでの利益を、円で連結すると利益は大きくなりますが、逆に現地事業で損失が出た場合、連結する損失額が大きくなります。

一方、買収後に円高に振れた場合、ドル建ての利益や損失は円での連結で小さくなります。買収後も為替相場は変動するのです。

私のリサーチでは、過去、円高の時期に海外M&Aの件数は多くなっていますが、買収した案件が失敗する比率は、円高でない時期の買収と比較しても同じでした。

EL:おっしゃる通りで、買収後も為替相場が変動することを考えると、さらに円安が進行しているとも考えられますからね。もちろん、その逆も然りですよね

また、円高時の買収の失敗比率が他の時期と比べて変わらないとすれば、為替動向によって買収タイミングを計るメリットはあまりなさそうですね。

海外M&Aの成否

EL:為替の動向が海外M&Aの成否に影響がないとすると、海外M&Aの成否を分ける要因はどういったものになるのでしょうか。

松本教授:買収の成功と失敗とは何か。買収も企業戦略の手段のひとつなので、買収後に戦略の目的である持続的な利益成長を実現できれば成功、損失を伴って事業の売却や撤退となれば失敗と判定して良いでしょう。この成否を分ける要因を1つ挙げると、買収時点での規模の優位性があります。

EL:規模の優位性について、もう少し詳しく教えていただけますか。

松本教授:規模の優位性とは、買収側の企業がターゲットと同じ事業で、売上高や生産規模で勝っていたということです。買収時点で事業規模が相手側よりも大きいという意味での規模の優位性です。

EL:なるほど、事業規模が海外M&Aの成否に影響を及ぼしていたということですね。

松本教授:買収の時点で、買収側の事業とターゲットとの間に売上高、または生産規模の間に2倍以上の差があったかどうかを条件として統計的検定を行ったところ、この規模の優位性が成否に影響を及ぼしていました。

実際に考えてみると、自分と同じ規模の企業、更には自分よりも大きい事業を買収すると、買収後の経営管理が難しくなることは想像できます。

EL:確かに、自分よりも小さな企業の方が、買収後の経営管理は易しそうですね。

経営管理の難易度は、規模の優位性が海外M&Aの成否に影響を与えることの、ひとつの根拠とも言えそうですね。

海外M&Aの事例

EL:では、実際に行われた海外M&Aの事例を教えていただけますか。

松本教授:最近の大型海外M&Aでは、セブン&アイ ホールディングスによる米国コンビニエンスストアのスピードウェイ買収があります。これは2兆円を超える買収で、同業者を水平に結合して、米国のコンビニエンスストア市場で更に市場占有率拡大を実現するものです。

パナソニックは、サプライチェーンソフトウエアを手がけるブルーヨンダーを約8000億円で買収しました。これは、隣接事業者の買収で、自社事業と組み合わせて新たな市場を形成していく買収です。

EL:冒頭でご解説頂いた、水平結合と混合結合が用いられた買収事例ですね。買収の類型を知っておくことで、企業の狙いも理解しやすくなりますね。

これらの企業は、異なる目的をもって買収を行っているわけですね。

松本教授:ただ、両社の間には共通点もあります。両社ともに大型海外M&Aに経営資源を投じると同時に、自社の既存事業の売却を進めている点です。

セブン&アイ ホールディングスは不振の百貨店事業売却を発表し、パナソニックも半導体やヘルスケアなど非中核事業の売却を進めています。

EL:これも、先ほどご解説頂いた、事業ポートフォリオの入れ替えにあたりますね。適切な事業ポートフォリオを組むにも、経営者の手腕が問われそうですね。

海外M&Aと経営戦略

EL:買収をひとつの経営戦略と考えた場合、どのようなことが見えてくるのでしょうか。

松本教授:結局、経営の戦略というのは、保有する経営資源をどこに配分するのかということに尽きると思います。

資金や人材といった資源をどの事業に投じるのか。その配分が一番はっきりと現れるのが、買収です。事業の買収と売却は企業にとって、経営資源の再配分でもあり、経営者の戦略が如実に表れることになります。

しかし、戦略に基づいた買収が、いつも成功するわけではありません。多額の「のれん」の減損計上や、買収した事業から撤退となると、経営陣の責任が問われることになります。

買収はその成否が明らかになる企業行動で、業績に大きな影響を及ぼすことになります

EL:なるほど、海外M&Aは、自社の経営資源を見直すきっかけにもなりそうですね。

まとめ

海外M&Aでは、国内企業が海外企業を買収することによって、海外市場を開拓することを目的としています。

M&Aには、水平結合・垂直結合・混合結合、3つの類型があり、目的や期待される効果は異なります。

また、海外M&Aの多くは株式譲渡によって行われますが、そのタイミングを為替動向に依存するのは、適切ではありません。

というのも、為替相場は動き続けるため、為替と買収は一時の関係性にあるからです。

為替動向よりも、むしろ、経営資源の配分をどうするのかという、戦略の方が重要です。

したがって、海外M&Aでは、経営者の手腕が試されるタイミングともいえるでしょう。

◆著書:海外M&A 新結合の経営戦略(2021年4月23日-東洋経済新報社)

https://str.toyokeizai.net/books/9784492534373/

(取材・執筆・編集/エモーショナルリンク合同会社)