近年、多くの企業が人手不足をどのように解決するかで頭を悩ませています。
そこで注目を浴びているのが、ADHDをはじめとした発達障害の方々の雇用拡大です。しかし、「大人の発達障害」とも呼ばれるADHDの方を中心にトラブルが起こるケースもあり、採用側としては不安な面も多いかもしれません。
そのため、今回は産業医科大学の永田准教授にADHDの方の特徴や、能力を活かすための職場環境作りについてインタビューしました!
取材にご協力頂いた方
産業医科大学 医学部 両立支援科学 准教授
永田 昌子(ながた まさこ)
医学博士。専門は産業医学と有病者の就労支援。
平成13年産業医科大学医学部卒業、企業の専属産業医の経験を経て、平成20年より産業医科大学 令和4年1月より現職。
共著「おとなの発達障がいマネジメントハンドブック」(労働調査会)など。
ADHDは分類としては「発達障害」の中に含まれている
エモーショナルリンク合同会社取材担当(以下EL):まず最初に、ADHDとは何か教えていただけますか?
永田先生:ADHDは、脳機能から生じる不注意と多動・衝動を特徴とする障害です。不注意が強く出る人も、多動・衝動が強い方も症状は多彩で、診断される子どもの割合は3〜7%程度です。脳機能からくる特性は一生涯変わらないと考えられている一方で、大人になると多動の傾向は目立たなくなることが多いといわれています。
EL:ADHDにはASDや発達障害と似たイメージもありますが、実際には全く異なる障害なのでしょうか?
永田先生:分類としては、発達障害という中に自閉症スペクトラム障害やADHD、学習障がい、知的発達障害などが含まれています。発達障害という大きなまとまりの中にASDという一群、ADHDという一群があるとイメージしてください。診断名はもうなくなっていますが、最も有名と思われるアスペルガー症候群や、最近よく話題になる自閉症スペクトラム障害はASDにあたります。以前はこれらの症状は完全に別物だと考えられていましたが、実はかなりの部分で重なりがあることがわかり、診断基準としても認められてきたという状況です。自閉症スペクトラム障害というと空気が読めない、ADHDだとそそっかしくてバタバタしている他動的な人、といったイメージも強いですが、実際にはそれらの特徴がどちらも見られる方もいるわけです。
EL:なるほど、ADHDは発達障害の中でのひとつの括りなのですね。先ほど、大人になると多動の傾向は目立たなくなるというお話がありましたが、大人になるとADHDであることが日常生活に支障をきたすようなケースは少ないのでしょうか?
ADHD気質がある方は「段取り」が苦手なことが多い
永田先生:不注意などの特性に対して学生時代は本人の工夫などで大きな問題にならず、就職するケースもありますね。ただし、働き始めてからは「段取り」が苦手なことから職場で困るケースが考えられます。ここでいう「段取り」というのは、何をどういう順番でやるか見積もりを立てても何らかの理由で中断され、優先順位が次々と変わっていくような状況でも物事を進めていくことです。まず、何かをやろうとする時にはどういうことが必要なのか、どんな順番でやれば良いかという見積もりを立てますよね。例えば専業主婦の方なら、朝5時に起きてお弁当を作り、6時になったら子どもを起こして、7時になったら朝食を出して、と順序立てて動きます。
ですが、現実には全て見積もり通りにはいかずに、途中で余計な情報が入ってきます。旦那さんが「あの青のネクタイはどこにあるの?」「マフラーどこにあるの?」と聞いてきたら、場所を説明してわかるだろうか、それとも自分が見つけてこないと駄目だろうか、と中断される項目に対しても優先順位をつけなければいけません。事前の見積もりが中断されるたびに同じ作業を繰り返して、優先順位を付け直す必要があるわけです。しかも、子どもが「国語のノートがないから買ってきて」と言っていたら「午後買いに行こう」と記憶しておかなければいけない。そうやってワーキングメモリーを使い、タスクを柔軟に切り分けていることを考えれば、家事をするだけでもいろいろな”段取り”をしていることがわかります。
EL:こうしてお聞きすると、日常生活の中だけでも非常に複雑な情報の処理を行っているのだなと実感します。
永田先生:はい。そして、こういった段取りの能力は人によって得手不得手がりますが、ADHDの方は段取り能力である「実行機能障害」を持っていることが多いんです。なので、例えば社長秘書のような細かい段取りが重要で、応対する人に合わせた対応が求められる職業にはADADの方はあまり向いていない、と考えられるかもしれません。来訪された方の特徴を覚えておいて、コーヒーはあまり好きではなかったから紅茶にしよう、といった気遣いが求められると、段取りが苦手な人にとっては非常に難しい仕事になってしまいます。
「裁量度」の高い仕事だとADHDの方の能力を活かしやすい
EL:逆に、ADHDの方が能力を発揮しやすい仕事としては、どのようなものが考えられるのでしょうか?
永田先生:ADHDによる労働損失を評価したアメリカの論文では、最も損失が低いのは専門職でした。そういった意味では、私たちのような研究者も含め、専門職としてADHDの方を採用することはおすすめできるかもしれません。また、ADHDの方は新しいものへのチャレンジ精神が強いことから、起業や経営などに向いているのでは、と指摘している論文もあります。ですが、ADHDの特性的に他者の管理を行うマネジメントは必ずしも得意とはいえないので、管理だけは別の方にお願いするなどの分業は必要かもしれません。私たちの調査でも、異動前は問題なく働けていたのに、管理的な仕事が増えたり、上司が変わったことで問題が生じた事例もあったりします。
そのため、向き不向きとしては、管理的な仕事の少ない裁量度の高い仕事が向いていると考えて良いと思います。裁量度は自分で仕事の順番や、やり方を決められるという意味で、私たちが行った調査では仕事の裁量度が低いほどADHDの傾向がある人は精神的なストレスも高くなることがわかりました。もちろん、ADHDでなくても裁量度が低いとストレスを感じやすくなりますが、ADHDの方はより悪化する傾向にあるんです。なので、ADHDの方が能力を発揮するには、仕事の順番ややり方について裁量度・自由度が高いことが大切です。ただ、中には自分で順番を決めることが苦手だったり、他人に決められることが苦手だったりという方もいるので、あまり型にはめ過ぎるのも良くありません。本人の裁量を残した上で進捗管理は周囲が行うなど、工夫が必要でしょう。
EL:職場としても、ADHDの方が働きやすいような環境を整えることが求められるのですね。
永田先生:一律に裁量度を上げれば良いか、といえば少し違います。確かに、個人の仕事の裁量度は会社全体の人事制度などを変えることに比べれば調整しやすい部分ですが、職種によっては変更できないこともあります。例えばクリエイティビティが求められる創造的な仕事なら、比較的職場のマネジメントで裁量が与えられることもあるでしょう。ですが、工場のライン作業をしている人に裁量権を与える、ということはなかなかできません。会社全体、部門、職場といったフェーズごとに仕事の資源があり、それぞれが密接に関係しているわけですから、このあたりは仕事の性質を見てどの資源を高めていくかを考えるべきです。
EL:裁量権を与えづらい職種に関しては、事前にお互いのミスマッチがないよう意識することも大切ですね。
永田先生:はい。それに、「ADHDだからこの業務は得意なはず」といった思い込みにも注意しなければいけません。例えば、IT業界ではASDの方が活躍しやすいといわれることが増えていますよね。ですが、私は厳密にはASDだからIT系に強い、とは言い切れないと考えています。確かに相対的には適性が高いかもしれませんが、どちらかといえばその人自身の数学的な能力などに依存する部分が大きい様に感じます。ASDの方であってもIT系の仕事が苦手というケースもあるので、仮に医療機関で診断されたからといって「ASDならこの部署に」など簡単に決めてはいけないと思います。ADHDであれば症状を緩和する薬もあるので、もし職場などで困っているなら治療で不注意が減る可能性もあります。このあたりは、誰にでも当てはまることですが本人のやる気、働きぶりを見て判断すべきでしょう。ADHDの特性も含めてその人の能力を評価し、どのような配慮をすれば能力が活かせるかを周囲が考え、環境を作ることが重要になると思います。
トラブルが起きた時は冷静かつ事実に基づいて論理的に説明する
EL:周囲がADHDの方にとって働きやすい環境を意識する時に、気をつけるべきこととしては何が挙げられるのでしょうか?
永田先生:まず、最初にも少し触れたように、ADHDの方は意外と身近にいると知ることです。幼少期にADHDと診断される割合は3〜7%ほどで、私が以前ある会社さんでASRSというADHDのスクリーニングテストを行った時も、ADHDの方の割合は5%くらいでした。調査の内容は仕事の量的負担、質的負担という観点から活き活きと仕事ができているか、ワークエンゲージメントを計ったり、職場の支援という意味で上司からの支援が得られているかどうか。あるいは同僚から支援が得られているか、といったものです。結果として、自分自身でADHDだと自覚していなくても、調査を通して明らかになったケースが結構あります。つまり、本人が自覚していなくても、ADHD気質である方は20人に1人はいるという計算になるんです。
EL:20人に1人というと、職場にも1人か2人はいておかしくありませんよね。ADHDをはじめ、発達障害のある方に対しては振り回されてしまったり、どう接すれば良いかがわからないという声もよく聞かれますが、どうすればスムーズにコミュニケーションが取れるでしょうか?
永田先生:発達障害を有している本人が困っていなくても周りが困っている場合は、本人にもわかってもらう工夫が必要です。ASDのパートナーがいる方だとカサンドラ症候群になってしまうこともあり、全然わかり合えない、振り回されている、孤独を感じる、といった悩みを抱えがちです。しかし、だからといって本人を病院に連れて行くわけにもいかないことが多いので、まずは周りが困っていると本人に伝えることが解決に向けた第一歩です。
EL:本人に言うことをためらってしまうことも多いと思いますが、直接伝えてしまっても良いのですね。
永田先生:ただし、伝える時に本人を責めるような言い方にしないことが非常に重要です。「なんであなたはこんなことがわからないの?」といった伝え方をしてしまうと、なかなか理解は得られません。例えば、片付けができないことに困っているなら「物が散らかっているから、足を引っ掛けて転んでしまいそう。けがをしないか心配している」という感じで、何に対して困っているのかを冷静に提示しましょう。様々なシチュエーションがあるので全てに当てはまるわけではありませんが、私たちが相談を受けた時に必ず言うのは、発達障害がある方は周りが困っていることに気づけていない可能性があることです。「ここまでやっているんだから、気づいて当然でしょう」と思うかもしれませんが、発達障害がある方は自分を客観的に見ることが苦手な方も多いので、明確に説明することが欠かせないんです。
EL:確かに、責められているような言い方をされるとどうしても素直に受け取りづらいです。何かトラブルがあった時に理由も含めて冷静に話すべきというのは、日常生活でもいえることですね。
永田先生:お互いの理解を深めるには、発達障害かどうかというより、人間の認知の多様性として捉えるとわかりやすいかもしれません。身近な人であっても考え方は全く違いますが、さらに突き詰めれば物事を認知するところから異なっています。例えば「ルビンの壺」が壺に見えるか、人に見えるかは人によって違いますよね。人間の認識の仕方は本当に幅広くて、論理的に考えているように見えて意外と論理的ではないんです。私たちは100分の1秒くらいの単位で「この人は好き」「この人は嫌い」と考えるわけですが、そこに論理はありません。例えば話している相手を「真面目で良い人そう」と思うのは主観であって、論理的な説明はできないですよね。論理がなく主観で捉えていることは、他人からすれば「なんでそんなことがわかるの?」となるんです。それと同じで、発達障害の方からとってみると「なんであなたは空気を読めないの?」と言われても「なんでわかるの?」となってしまう。こういった認知の多様性を理解しておくと、発達障害がある方と接しやすくなるのではないでしょうか。
発達障害は仕事と噛み合えば強みになる
EL:貴重なお話、ありがとうございます。最後に、読者の方に向けてメッセージをお願いできますか?
永田先生:ASDやADHDなどの発達障害を有していることは、ハンディキャップになることもあれば強みになることもあります。多動症や衝動性が強いことはいわゆる定型発達にはない特性ですから、普通の人なら怖くて止まってしまうところにもチャレンジできる可能性もあります。空気が読めないというのは特性であって、弱みでない場合もあります。なので、発達障害の有無そのものは大きな問題ではありません。
気をつけなければならないのは、特性を活かせる仕事もあれば活かしづらい仕事もあるということです。ADHDの特性があるかどうかに関わらず、仕事が出来るかどうかは、その仕事に必要な能力、本人が元々持っている能力、性格、これまでの本人の経験、上司や同僚との関係性など、他の要素によって大きく影響を受けます。同じ能力、同じ特性を持っていても、仕事に向いていない場合は役に立たない人として扱われてしまうこともあります。大切なのはその人がやっている仕事と持っている能力、特性との組み合わせが噛み合っているかどうかなんです。ASDでもADHDでも、どんな人であっても、能力と特性に合わせた仕事ができる環境を構築することが大切です。
「障害」という言葉が使われているだけに、発達障害にはネガティブなイメージもあります。
しかし、永田先生が仰るようにADHDの特性はある種の傾向であり、一般の方では踏み込めないところにチャレンジできるといった強みがあります。
起業を志している方や経営者の方は、ADHDの特性を理解した上で就業環境を整えることで人手不足の解消へとつながる可能性が高くなるでしょう。
(取材・執筆・編集/エモーショナルリンク合同会社)