九州大学 歯学研究院 教授
西村英紀氏
歯周病が糖尿病を悪化させる!現代人が取り組むべき健康への備え

歯周病が糖尿病を悪化させる!現代人が取り組むべき健康への備え

健康経営が注目を浴びる近年、企業における社員の健康はますます重要になってきています。

人的資本を大切にするためにも、起業家・経営者の立場としては社員の健康への意識を高めることが欠かせません。特に、比較的軽視されがちな歯周病は肥満や糖尿病を重症化させるリスクがあるため、組織全体として啓発していく必要もあります。

そこで今回は、九州大学の西村教授に歯周病が肥満や糖尿病を悪化させる仕組み、予防方法についてインタビューしました!

取材にご協力頂いた方

九州大学 歯学研究院 教授
西村 英紀(にしむら ふさのり)

昭和35年生れ。山口県萩市出身。昭和60年九州大学歯学部卒業、岡山大学歯学部助手、米国コロンビア大学ポストドクトラルリサーチフェロー、岡山大学歯学部附属病院講師、岡山大学医歯学総合研究科助教授、広島大学医歯薬学総合研究科教授を経て平成25年より九州大学歯学研究院教授。令和3年より九州大学病院 統括・歯科担当副病院長(令和5年3月31日まで)、令和5年4月1日より歯学研究院長。

主な受賞として、平成11年「日本歯科保存学会奨励賞」、平成17年「日本歯周病学会学術賞」。査読付き英文学術論文200編以上、Springer Nature社が発行する学術誌2誌の編集委員。

目次

歯周病は歯の病気ではなく口内の粘膜部分への細菌感染で起こる

エモーショナルリンク合同会社取材担当(以下EL):それでは、まず最初に歯周病についておさらいする意味で、歯周病とはどのような病気か教えていただけますか?

西村教授:前提として、歯周病というのは歯の周りと書くだけに、歯そのものの病気ではありません。

では歯の周りとはどこか、なんですが、人の歯はタケノコのように粘膜を突き破って出てきているものなんです。なので実は放っておくとどんどん伸びていくんですが、上の歯と下の歯が噛み合うから伸びない、という仕組みになっています。反面、上の歯がなくなったりすれば、下の歯は止め処なく粘膜を突き破りながら伸びていきます。重要なのは、歯と歯茎の付着部分はいつも突き破られ続けているために、非常に脆く、弱くなっているということです。そして、そこへ細菌が付着して感染する病気が歯周病なんです。

ただ、細菌は口の中にいるので、普段は体内へ大量に入ってくることはありません。しかし、細菌が増えれば身体の中へ強引に入ってこようとするので、なんとかして防がなければいけない。そうすると炎症が起こるわけですが、炎症というのは簡単にいうと感染した細菌を殺して正常な状態に戻すことを意味します。そのために強力な殺菌作用を持つ活性酸素などを作り出すんですが、この時に活性酸素は自分の身体も壊してしまうんですよ。

EL:昔、傷ができたらオキシドールを塗ったりしていましたが、自分の身体でも同じようなものを作っている、ということでしょうか?

西村教授:その通りです。私たちの身体の中で、白血球が同じようなものを作って細菌を殺してくれています。

ただ、活性酸素が必要以上に作られてしまうと老化の進行につながったり、血管の病気になることもあります。この現象はサイトカインストームといって、言い方を変えると免疫の暴走です。例えば、新型コロナウィルスでは肥満や糖尿病の方が重症化しやすいといわれていますが、その理由はサイトカインストームによって炎症が激しく起こり過ぎるためなんです。炎症が起こると白血球からサイトカインという生理活性物質がたくさん出て、それが嵐のように身体の中を吹き荒れることで身体がダメージを受ける、と考えられています。

そういう場合、ステロイドなどの免疫を抑える薬を使ってサイトカインストームを落ち着かせるわけですが、免疫を落とせば当然、ウィルスを殺せなくなります。その上であえてステロイドを使っているのは、激し過ぎる炎症を抑えて、身体のダメージを防ぐためです。つまり、炎症というのは身体を守ってくれている反面、激しくなり過ぎると身体を壊す諸刃の剣なんですね。

歯周病になると感染による炎症で弱い組織から徐々に壊されていく

EL:すると、歯周病にも同じことが当てはまるのでしょうか?

西村教授:そうなんです。歯周病というのは、本来細菌がいるのは口の中で、身体にとっては外側です。だから身体の中に入ろうとしてきた時に激しい炎症が起こるんですが、サイトカインストームが発生すると自分の身体を壊してしまいます。

少し壊れただけなら炎症が起きて赤く腫れ上がるくらいで済むので、歯ブラシなどで細菌を除去すれば健康な状態に戻すことができます。しかし、放っておくとサイトカインストームによって歯を支える組織はどんどん壊れていってしまう。そして、具体的に壊される組織がどこかといえば歯の周りにある一層柔らかい組織なんです。歯は堅い組織なので壊されにくいですし、歯を支えている骨もすぐには壊れません。なので、歯根膜という物を噛んだ時のクッションの役割を果たしているやわらかい組織が真っ先に壊されていきます。すると歯の根と骨を結合する組織が壊れて溝がどんどん深くなり、歯周ポケットになってしまうんです。

EL:こうしてお話を聞くと、歯周病が感染症であるという実感が沸いてきますね。

西村教授:炎症が起きると内側の粘膜部分が壊れるので、組織は脆弱になっていきます。

そうなると細菌が身体の中まで入ってくるような状況になり、さらに炎症が悪化して、最終的には骨をも溶かしてしまう事態になります。歯周病では歯のぐらつきが特徴的な症状として挙げられますが、歯周ポケットを放置していると膿もどんどん溜まっていきます。膿というのは、歯周ポケットの中にいる細菌を白血球が食べて死んだものなので、細胞の死骸です。なので、増えてくれば臭いも出るようになり、口臭につながるわけです。しかも、歯周ポケットが深くなればなるほど、底の方は酸素濃度が下がります。そのため歯周病の菌の特徴である酸素を嫌う性質の細菌でも生息しやすい環境になり、さらに病気が進む要因になってしまうんです。

ただ逆にいえば、歯周ポケットを浅くして酸素濃度を上げてあげれば歯周病は改善に向かいます。歯ブラシをして歯茎から出血すると口内の細菌が血中に入るといわれていますが、実は30分以内には細菌はなくなるということがわかっています。つまり、細菌そのものが私たちの身体を壊しているわけではなく、感染によって私たちの身体が反応し、炎症が起こることで組織が壊れている状態が歯周病の症状なんです。

肥満や糖尿病がある人が歯周病になると炎症がより激しくなり様々な悪影響が出る

EL:なるほど。では、なぜ歯周病が肥満や糖尿病の悪化につながるのでしょうか?

西村教授:肥満や糖尿病の方の場合、炎症が通常よりも激しく起こってしまうことが重症化の原因といわれています。

例えば、人間の歯は全部残っていると仮定すると親知らずを除いて28本あります。歯周ポケットに関しては3ミリ以内が正常ですが、仮に5~6ミリあれば中等度の歯周病で、それが28本全てにあるとしたら、細菌が絶えず身体の中に入ってきているような状態です。そして、その細菌と接する粘膜の面積を全て足すと掌サイズにまでなるんです。つまり、掌サイズの傷口から絶えず歯周病を起こしている細菌が入り続けているわけですから、当然、身体は激しい炎症を起こします。

ここまでは先ほどお話ししましたが、実はこの時生成されるサイトカインにはインシュリンの働きを弱める作用があります。インシュリンは血糖値を下げるホルモンで、普段食事をした時にはインシュリンが分泌されて血液中の糖分がブドウ糖として細胞に取り込まれるわけですが、インシュリンの働きが阻害されれば血糖値を下げることができません。するとブドウ糖が血液中をぐるぐる循環したまま身体が使えない状況になり、むしろブドウ糖毒性という毒性を発揮するようになってしまうんです。

EL:すると、歯周病を放置しておくと肥満や糖尿病の症状がさらに強く出てしまうような面があるのですね。

西村教授:はい。ですが逆に、歯周病に由来する感染を絶つと、サイトカインストームが軽減するので症状も改善されていきます。

もちろん、糖尿病そのものをきちんと治療すれば炎症が起こりにくくなりますから、両方しっかり治すことが一番大切です。ただ、肥満や糖尿病の人は歯周病によって症状が悪化する可能性がある、ということは知っておくべきだと思いますね。

これは国を守る仕組みに置き換えて考えると、よそからミサイルが飛んできたとしたら一発迎撃ミサイルがあれば本来は良いわけです。

しかし、肥満になっている人は身体にたくさんの栄養があるので、国でいえばお金が有り余っている状態です。そこで100発の迎撃ミサイルを日本全国各地に配備して、一発ミサイルが飛んできたらそれらを全て発射するんですが、一発は迎撃で命中しても残りの99発は自分の国に落ちてしまう。逆に、栄養が全然足りていない人は国にお金が全くなくて迎撃ミサイルを一発も配備できないような状況なので、少し感染しただけでもすぐに身体がやられてしまいます。それが高齢者の方の誤嚥性肺炎で、つまりは全ての人が同じように炎症を起こすわけではなく、起こしやすいか、起こしにくいかは人によって異なるということです。

歯周病予防は歯科での指導を受けた上でセルフケアを継続することが大切

EL:ありがとうございます。では、歯周病を予防するにはどのような方法が効果的なのでしょうか?

西村教授:歯周病の効果的な予防方法としては、やはり歯医者さんで指導してもらうことが一番です。

一人ひとり歯並びや口の大きさは違いますし、歯ブラシが入るスペースも異なるので、自分に合った歯ブラシと磨き方を教えてもらわないとなかなか上手くは磨けません。もし歯石ができてしまっていたら自分では取れないので、歯医者さんに行って除去をしてもらう必要があります。歯医者さんがよく3ヶ月後や半年後に来てください、と言っているのは、そうした口内の状態のチェックのためです。

あとは、利用者側としては行政の整備を待つ必要はありますが、マイナンバーも積極的に活用すると良いと思います。情報の一括管理ができれば定期的な検診結果から糖尿病の有無が申告なしでもわかるようになりますし、来院間隔を狭めるべきかどうかの判断材料としても使えますからね。

EL:やはり、歯周病予防に対する強い意識を持って自主的に取り組むことが大切ですね。

西村教授:そうですね。セルフケアの質を高めるには、ぜひ歯ブラシを主体にしてください。

フロスなども口内ケアにはなりますが、歯と歯の間や生え際は掃除できても歯の前後の汚れまでは取れません。それに、歯磨きには歯周病以外に虫歯予防の意味もあるので、歯周病とは違い歯の表面にできる虫歯は歯ブラシでないと防げないんです。なので、あくまでも歯ブラシの補助としてフロスを使うようにすると、より良い口内環境の維持につながります。

また、企業の経営者の方々は、定期検診の中に歯科を組み込むことも検討していただけたらと思います。何もトラブルがないのに口の中を誰かに見せるというのは、どうしても精神的なハードルが高いものです。それに、働き盛りだとどうしてもストレスを抱えやすくなったり、タバコ、発散のための食べ過ぎなど健康を害する要素も増えがちです。なので、企業内で定期的に口内環境をチェックする機会を設けるだけでも、歯周病予防、そして肥満や糖尿病の症状悪化を防げる可能性が高くなるでしょう。


歯の病気と思われがちな歯周病ですが、感染症であることからあまり深刻に考えず症状が悪化するケースも見られます。

しかし、西村先生も仰っていたように、歯周病を放置すれば糖尿病の悪化などを引き起こすリスクがあります。

歯周病についても個人でケアするだけでなく、経営者や起業家としての立場から社員の健康を支えることができると、組織全体としての生産性向上にもつながるでしょう。

(取材・執筆・編集/エモーショナルリンク合同会社)

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