企業に投資する際は、企業の状態を知っておくことはとても大切です。しかし、「どのように企業の状態を測定しているのか?」という基準を知っておくことも重要でしょう。
そこで、今回は愛知学院大学の西海学教授に会計基準と投資判断についてお尋ねしています。
取材にご協力頂いた方
愛知学院大学 経営学部 教授 西海 学(にしうみ さとる)
博士(経営学)
2004年横浜国立大学大学院国際社会科学研究科修了後、福井工業大学専任講師、愛知学院大学経営学部准教授、University of Victoria Visiting Scholarを経て現職。
これまでに独立行政法人大学入試センター委員等を歴任。
専門は、財務会計、財務管理。
会計基準とは?
エモーショナルリンク合同会社取材担当(以下EL):そもそも会計とは?といったところから教えていただけますか。
西海教授:会計(Accounting)とは、一般的に計算するとか、といった意味がメインのように捉えられているかと思いますが、Accountingという原語から推し量れるように「説明する」ということが主要な意味になります。
EL:「説明する」ということについて、具体的におしえてください。
西海教授:株式や債権に投資を行う投資家や、資金を融資する金融機関、様々な取引先、雇用関係を結ぶ従業員といった多くの外部利害関係者と、企業との間には、企業に関する情報量に違いがあります。
いわゆる「情報の非対称性」が存在しています。
EL:確かに、内部の人間と外部の人間とでは、持っている情報の量に差がありますね。
情報量の差は投資において、どのような影響を及ぼすのでしょうか?
西海教授:外部者は情報のない状態では、投資や取引を行うことに躊躇してしまい、市場が活性化しません。
EL:普通に考えると、どんな企業かわからなければ、投資するのに躊躇してしまいますよね。
でも、市場で取引されている企業であれば、価格情報は比較的簡単に手に入りますよね。
西海教授:確かに、知っている株価などの価格情報だけで投資を行うかもしれません。ただ、情報が不足しているために企業ごとの差異がわからないため、どの企業の株式も同じような株式だと捉えます。そうすると、投資家は同じような株式なら価格の安い方を選択しますので、株価の高い優良企業に資金が集まらず、株価の低い企業状況の悪い企業に資金が流れるという逆選択が起こってしまいます。
EL:なるほど、「情報の非対称性」があることで、入手しやすい価格情報だけに注目が集まり、結果的に価格が低い質の悪い企業だけが市場に残ってしまいますね。
西海教授:そこで、市場において健全かつ円滑な取引が行われるようにするために、会計が必要となります。
しかしながら、情報の非対称性がある以上、企業が出す情報の真偽を判断することはできませんので、そこでルールである会計基準が必要となり、上場企業には会計監査が必要となっています。
EL:会計基準と聞くと、どうしても難しいイメージばかりが先行するため、敬遠してしまいます。しかし、投資家にこそ、会計基準の知識は必要なもの、ともいえますね。
IFRS(国際会計基準)とは
EL:続いて、IFRS(国際会計基準)について教えてください。そもそも、日本の企業で
IFRSを採用している企業はどの程度存在するのでしょう。
西海教授:東京証券取引所のサイトによると、2022年8月末時点でのIFRS採用企業数は251社で、東京証券取引所上場企業数が3,825社(内訳:プライム1,837社、スタンダード1,448社、グロース483社、Tokyo Pro Market57社)ですので、東証で見れば6.6%、プライムに限定すれば13.7%です。
IFRSの特徴としては、
- グローバル基準であること
- 原則主義であること
- 貸借対照表重視であること
などがよく言われているかと思われます。
EL:IFRSを採用している企業は、思っていたよりも少ない印象です。グローバル基準や原則主義についてもう少し詳しく教えてください。
西海教授:IFRSは世界各国で採用されることを前提に設計され、基準設定過程も世界的に承認されているためグローバル基準であることは当たり前のことなのですが、それゆえ会計基準において、できるだけ基本的な原則的な規定を行い、詳細な規則は定めないという「原則主義」をとっています。
EL:なるほど、世界各国で採用されることを前提とするからこそ、詳細な規定を定めない原則主義にならざるを得ないということですね。
詳細な規則を定めすぎると、世界各国で使うとなると扱いにくい基準になってしまいますね。
では、詳細な規則が定められた基準を採用している国も教えていただけますか?
西海教授:アメリカや我が国の会計基準は、自国内での採用だけを前提にしておりますので、詳細な規則まで定める「細則主義」を採っています。
EL:つまり、両者の基準は設計段階での前提自体が異なるということですね。貸借対照表重視ということについても教えてください。
西海教授:一般的に貸借対照表重視であると言われているのを目にしますが、おそらく、日本基準と比してということなのかと思います。しかし、これについてはそうは言えないと考えています。
EL:「貸借対照表重視」という言葉自体があいまいで、解釈によるところがおおきそうですね。
企業がIFRSを導入することのメリット
EL:IFRSの特徴を大まかに押さえたところで、企業がIFRSを導入するメリットについて教えてください。
西海教授:企業の真の実態は1つですので、会計基準によって数値が異なったとしても、表現の仕方が違うだけということになりますので、どちらの方がより実態を反映しているかということになります。
この点については、IFRSを採用した会計数値の方がより企業実態を反映しているのであれば、情報利用者側のメリットの話になるかと思います。ただ、IFRSを採用した方が、利益数値や純資産額が大きくなると言った有利な数値が出る場合、企業側は採用するメリットがあると判断するかもしれません。
EL:詳しく教えていただけますか?
西海教授:M&Aの際に公正価値以上で買収すると、その差額として「のれん」が発生しますが、この会計上の取り扱いが、IFRSと日本基準で異なります。IFRSではのれんを規則的に償却(費用化)しません。
EL:のれん、つまり、買収された企業のプレミアム分などを、IFRSでは費用化しないということですね。
西海教授:そうですね。一方の日本基準では規則的に償却(費用化)します。
その結果、IFRSを採用した方が、利益が大きくなりメリットがあるという話を見聞きします。
EL:確かに、ざっくりと考えると売上-費用=利益になるため、費用が少なければ利益は大きくなりますね。
西海教授:しかし、同じ実態を異なる方法で示しただけですので、その処理方法について情報利用者側が分かっていれば、同じ評価を行うことになりますので、特段メリットとは言えないでしょう。
EL:情報利用者側で、処理方法の違いを理解できていれば、同じ評価を下すことになるので、企業側にはメリットがないということでしょうか?
西海教授:そうですね。例えば、車のバックミラーが、同じ大きさ、同じ投影範囲で普通のミラーと、ブルーミラーとデジタルミラーで若干見え方が違うのと同じ程度の話と言えます。
EL:なるほど、見ている対象は同じものなのに、違うミラーを通してみると見え方に若干の違いが出てくるということですね。
しかし、この違いがミラーによるものだと分かっていれば、多少の違いはあっても同じものを見ているという認識ができますね。
ただ、企業側としては、情報利用者に違った印象を与えることができそうですけどね。
西海教授:確かに、企業側としては情報利用者の目先を変えるという意味で、メリットはあると思うかもしれませんが、ナイーブではない投資家には通用しないことなので、実質的には効果はないと考えられます。
EL:さすがに相場のプロには通用しませんよね。
西海教授:しかし、会計情報として取り扱う範囲が異なるとなれば、話は違います。
IFRS以外の会計基準では、会計情報としていなかった企業内容(いわゆるオフバランス項目)を、IFRSでは会計情報として取り扱っているならば、その分だけ情報量がリッチになり、情報の非対称性の緩和に大きく貢献することとなります。
EL:情報の処理方法、つまり情報の見せ方ではなく、情報の範囲、どこまでの情報を見せるかによって外部者と内部者の情報格差は少なくなっていきますね。
具体例などはありますか?
西海教授:例えば、以前、IFRS導入時のカナダの企業を調査したことですと、ある企業は旧カナダ基準では黒字で当然純資産が欠損状態ではなかったのですが、カナダ基準ではオフバランスとなっていた一部の退職給付債務(企業年金や退職金)が、IFRSだとオンバランスされることとなり、負債の増加により純資産は欠損状態、損益計算も大きな赤字となっています。
EL:少し話をまとめさせてください。先ほどの話にあてはめると、
- 旧カナダ基準では、情報の取り扱い範囲が狭かったため、一部の負債が計上されずにいた。その結果、資本の減少はなく、黒字となっていた。
しかし、
- IFRS基準を採用すると、情報の取り扱い範囲が広がったため、旧カナダ基準では計上していなかった負債が計上されることになった。その結果、資本の減少を招き、赤字も発生していた。
企業情報の範囲によって、企業の状態が180度変わってしまうのは、ある意味恐ろしいですね。
西海教授:他にも、連結の範囲として、カナダ基準では子会社とされずにオフバランスだった関係会社が、IFRSでは子会社として会計情報に組み込まれることとなったケースも多く見受けられます。
EL:投資するうえで、会計基準についても学んでおく必要があるかもしれませんね。
西海教授:そうですね。以上の内容をまとめると、投資家などの情報利用者にとって、会計の情報内容がリッチになる傾向があるというのであれば、IFRSの導入は大きなメリットと言えるかもしれません。
EL:では、IFRS導入による、企業側のメリットを教えていただけますか?
西海教授:企業側のメリットとしては、グローバル基準ですので他国の投資家にとっても理解可能であるため、資金調達のターゲットや取引相手が格段に広がるということが言えます。
また、在外子会社などを多く抱える企業にとっては、IFRSに統一することで経営管理を容易にするメリットもあります。
企業がIFRSを導入することのデメリット
EL:では、IFRS導入によるデメリットも教えていただけますか?
西海教授:企業側としては、これまでとは会計数値の作成方法が変更されるため、そのためのシステム構築などコストがかかります。
また、原則主義であるために、多くの注記が必要となります。さらに、会社法上では、日本基準に基づいた会計数値が求められるため、複数の会計決算手続きが必要となります。
EL:企業側では、導入コストや手続きの煩雑さなどがデメリットとなってしまいますね。
西海教授:先ほどの例でも登場したカナダなどでは、上場しているがそれほど規模が大きくない企業は、企業単独でIFRSに対応した事務を行うことが困難であったため、州の証券委員会などからの支援などが行われ、IFRS導入企業が増加していくと、社会全体でもコスト負担はあると言えます。
EL:会計基準の導入による社会全体への影響も考えると、非常に慎重かつ繊細な判断が求められそうですね。
日本企業によるIFRSの導入は?
EL:まず、世界各国の、IFRS導入状況を教えてください。
西海教授:EUは2005年以降に域内で上場する企業に対して連結財務諸表にIFRS遵守が義務付けられました。
その他の国々でも採用がなされていきましたが、多くの場合、自国基準を作成、維持していくこととIFRSを導入することの経済的合理性を比較し、IFRSを導入したと考えられます。
EL:様々な国が集まるEUでは、IFRS導入による経済的合理性がありそうですね。その他の国ではどうでしょう?
西海教授:アメリカのように大きな市場がある国は、会計基準設定主体であるFASB(財務会計基準審議会)に潤沢な資金が流れ込みますが、それほど証券市場が大きくない国はアメリカのような資金はありませんので、アメリカ基準やIFRSほどの高品質な会計基準を準備・維持することは困難であろうと考えられます。
その意味で、アメリカがIFRSを導入することは考えにくいです。
EL:先ほどのカナダの事例を考えると、導入時におけるコスト面の障壁は高いと考えられそうですね。
また、経済的合理性を考えるのであれば、すでに高品質な基準のあるアメリカでのIFRS導入の可能性は低そうですね。
西海教授:カナダやオーストラリアはIFRSを導入しましたが、ニーヨーク証券取引所と時価総額で比べると、トロント証券取引所は1/10程度、オーストラリア証券取引所は1/20強程度の規模であり、カナダは経済合理性からIFRSを導入しています。
また、カナダ、オーストラリアは英国連邦の国で、かつての独自基準は旧イギリス基準をベースに設定されていました。
EL:なるほど、市場規模からIFRS導入の経済合理性を考えると、今後の日本のおおまかな指針が見えてきそうですね。
西海教授:東京証券取引所はニューヨーク証券取引所の1/4弱程度の規模があり、またこれまでも自国でオリジナルの基準を設定してきています。
また、2015年に修正国際基準というものをASBJ(企業会計基準委員会)が公表しています。
日本では、自国基準の開発・維持が、市場規模や会計基準設定の資金面などから見て、十分に可能であると考えられ、IFRS導入に経済的合理性が、現段階では特にあるわけではないと判断されている面もあるのだろうと思われます。
今後の日本企業によるIFRS導入と投資判断
EL:今後日本企業でIFRS導入がされるとしたら、どのような点に違いがでてくるのでしょうか?
西海教授:日本企業と海外企業の会計情報(財務諸表)の形式面で大きく違いがあるのは、まず損益計算書の区分です。
EL:区分の違いを具体的に教えていただけますか?
西海教授:日本では、売上総利益、営業利益、経常利益、当期純利益、さらに包括利益と計算区分が分かれて、それぞれの計算過程は決まっていますが、IFRS(というか他国の損益計算書)では営業利益と経常利益は掲載している企業もあれば、していない企業もあります。
EL:細則主義の日本では明確に定められていることでも、原則主義をとるIFRSでは企業の判断に委ねられるものが多くなってしまうのですね。
西海教授:また、日本で経常利益と呼ばれる利益数値が営業利益(operating earnings)と表示されていたりします。
海外では企業ごとに「営業利益(operating earnings)」の構成要素は変わると考えますので、海外企業と日本の企業を比較するときに、企業の営業活動の内容を考慮することは大切だと思います(IFRSと関係ないかもしれませんが)。
EL:区分が変わるだけで、それぞれの数値はガラリと変わりそうですね。では、IFRSを導入する企業に投資する際の注意点を教えてください。
西海教授:IFRSでも日本基準でも注意すべき点は特に変わりはないと思いますが、IFRSへ移行する企業については、その動機、理由を検討する必要はあると考えます。
EL:なぜ動機や理由を検討する必要があるのでしょうか?
西海教授:企業のグローバル化が進展していたり、同業他社がIFRSへ移行しているなどであれば、IFRSを導入することに特段問題はないと考えられますが、会計数値を変動させたいとか、特定の取引を行いたいとかと言った目的が裏にないか検討するためです。
EL:何か具体例はありますか?
西海教授:日本基準では必要な「のれん」の規則的償却(費用化)がIFRSでは不要ですので、M&Aを積極的に行おうとしている企業にとっては、IFRSの採用は、(見た目上ではありますが)損益計算上において有利に働きます。
EL:なるほど、先ほどの「のれん」の処理が会計基準により異なるため、違った印象を与えることができるということですね。
西海教授:ドメスティックな活動中心であるのに、IFRSを導入し、その後規模の大きいM&Aを行うと言った企業は、会計数値の操作目的で採用しているかもしれないという視点をどこかに持っておくことが、企業を見るにあたって大切でしょう。
EL:だからこそ、IFRS移行の動機や理由を検討する必要があるのですね。
西海教授:なお、のれんは資産として計上され、よく、のれんは将来の超過収益の現在価値であると言われます。
ただ、のれんは公正価値測定されるとは言え、その会計数値に近い額の支出を買収において行なっていることを意味します。
のれんが大きいということは、買収で収益力は上がっているかもしれないのですが、そのことだけを考慮するのではなく、かなりの投資支出をしているという視点も、持っておくことが大事であると考えられます。
のれんは、1929年の世界恐慌時の株価暴落の一因にもなっていますし、アメリカやIFRSでのれんが非償却となった後でも、エンロン社と同時期に破綻し経済不安を起こしたワールドコム社ものれんが問題となっています。
のれんの大きな企業については、M&Aがうまくいっているかどうか、セグメント情報や他のIR情報などで検討することが大切です。
EL:のれんのような、形のないブランド力や技術力などを評価する場合は、様々な情報を用いて、投資支出が妥当なものかどうかを考えなければなりませんね。
今回のお話をまとめると、
- 会計は外部者と内部者の情報格差を少なくするためのもの
- しかし、情報の見せ方や範囲によって数値の印象が異なることに注意する
- 企業が会計基準を変更する場合は、動機や理由も検討する
- 投資支出が妥当なものがどうかを、様々な角度から検討する
投資判断をする際は、以上のポイントを参考にするとよいでしょう。
(取材・執筆・編集/エモーショナルリンク合同会社)