神奈川大学 経済学部
奥山 聡子 准教授
世界経済と日本経済の関係性、今後の経済との向き合い方について

コロナショックやロシア・ウクライナ問題などにより、経済は大きな打撃を受けています。

しかも、グローバル化が進む中で世界経済と日本経済は切り離せません。複雑化する経済が今どういった状況にあるのかは、非常に気になるところではないでしょうか。

そこで今回は、神奈川大学の奥山准教授に世界経済と日本経済の現状、そして今後どのように経済と向き合えば良いかインタビューしました!

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取材にご協力頂いた方

神奈川大学 経済学部 奥山 聡子 准教授

東北大学大学院経済学研究科博士課程後期3年の課程修了
博士(経済学)

専門分野:国際経済学、国際金融論

研究テーマ:通貨危機、金融危機、金融セーフティーネット

世界経済と日本経済との関係性は?

エモーショナルリンク合同会社取材担当(以下EL):それでは最初に、世界経済と日本経済との関係性について教えていただけますか?

奥山准教授:経済は基本的に、供給面(生産面)と需要面の両方から見る必要があります。

供給面では、質の良い製品をどうやってより安く作るか。需要面では、自分の会社の製品を誰にどれだけ売るか。グローバル化が進んだ現代では、日本は供給面からも需要面からも世界経済の影響を受けています。

まずは供給面から見ていきましょう。最も広範囲に影響を与えるのは原油です。全ての生産活動には電気が必要ですが、日本は原発の発電量が低いので、発電は火力発電に依存しています。

そのため、火力発電の燃料として石油や天然ガスなどの資源が必要となり、資源価格の上昇が発電コストに直結するわけです。かつてのように、日本だけで生産が完結する時代ではないので、世界の中での自分たちの優位性を見つけていかなければいけません。

一方、需要面で見ると日本は地理的にアジア地域に属しています。近隣には中国、ASEAN諸国、インドなど今後の経済成長が見込める国が多くあり、こうした国は経済成長するにつれて所得水準が上昇してきます。

所得水準が上がってくれば皆良いものを使いたくなりますから、日本の製品に対する需要が高まることが期待されます。いわゆる、中国人の「爆買い」がそうですね。そうした現象が起きた時に需要をつかみ、取り込むことが大切です。

EL:なるほど。需要を取り込むには、具体的にはどうすれば良いのでしょうか?

奥山准教授:需要をつかむ際に重要になるのは、製品の付加価値の高さです。

途上国に比べれば日本はまだまだ賃金水準が高いので、大量生産や大量販売では勝負できません。単純な組み立て作業のようなシンプルな仕事であればあるほど、競争では不利になってしまいます。

なので、例えば化粧品や赤ちゃん用品、おむつやミルクなどの製品なら、日本製品の品質の良さが付加価値になると思います。日本特有という視点でいえば、マンガやアニメもまさに日本の競争力が高いコンテンツです。こういったコンテンツを取っ掛かりにして観光需要を引きつけていくことも、今後は重要になってくるでしょう。

コロナショックは働き方と消費者の意識を大きく変えた

EL:ありがとうございます。続いて、コロナショックが世界経済・日本経済に与えた影響についても教えていただけますか?

奥山准教授:供給面で見ると、オンラインの普及によって働き方の柔軟性が増し、企業の働き方改革が進むきっかけとなった点は大きな変化ですね。

先ほど日本だけで生産が完結する時代ではない、とお話ししましたが、世界経済の視点からいえばオンラインの普及は国際ビジネスの発展につながります。日本経済としても、オンラインサービスを使えば海外の需要を取り込むことができますし、海外の企業との業務連携もこれまでより容易になるでしょう。

働き方の面から見た場合、日本でも転職を行う人が年々増加傾向にあります。コロナショックの影響としてはテレワークなども転職の動向に関係してきますが、重要なのは労働者がひとつの企業に長期間勤務するスタイルが変わりつつあるということです。

経済学の用語では「労働市場の流動性」といいますが、次の仕事をすぐに見つけやすい環境になれば、労働者がひとつの企業にこだわる必要がなくなるんですね。企業側も労働環境をきちんと整えないと労働者離れが加速してしまうので、ブラック企業は生き残りにくくなるでしょう。

それに、労働環境が外部から見えるようになっていれば、企業が評価される基準にもなりますし、労働環境改善による生産性の向上も期待できます。ぜひ、従来の枠組みに囚われることなく労働時間の短縮化や効率化につなげて欲しいと思います。

EL:確かに、コロナショックによって働き方は大きく変わり、働く人の意識にも変化が生じているのが実感できます。需要面での影響としては、何が挙げられるのでしょうか?

奥山准教授:需要面では、新型コロナウイルスの感染拡大は消費者の需要構造を大きく変えました。

観光業や飲食業が大きなダメージを受けた一方、インターネット関連のビジネスは拡大しています。大きな構造変化が起きる時は、新たなビジネスのチャンスです。Uber Eats(ウーバーイーツ)のバイクが頻繁に道路を走る姿を見ても、新しい産業が急速に拡大したことがよくわかります。

それに、今までは現金払いしかできなかったお店でキャッシュレス化が進んだり、といったことも構造変化による影響といえます。縮小を余儀なくされる業界であっても、新たな需要を起こす機会と捉えれば、様々なビジネスを創造するチャンスがあるはずです。

そのためにも、新しいものを取り入れる時に「これはだめ」「これはできない」と考えるのではなく、「どうやったらできるか」と想像できる環境が重要です。

新しいことにチャレンジして失敗してしまった時のセーフティネットは、日本では残念ながら充実しているとはいえません。ですが、一昔前に比べるとクラウドファンディングなど、お金の集め方にも銀行から借りる以外の様々な選択肢が出てきているので、既存の形式に囚われずに考えることが大切ですね。

ロシア・ウクライナ問題では地政学的リスクが浮き彫りに

EL:なるほど。消費者側の意識が変わったことで、企業も対応する必要があるのですね。昨今の世界的な事件としてはロシア・ウクライナ問題も外せませんが、世界経済や日本経済への影響はやはり大きいのでしょうか?

奥山准教授:そうですね。最初にお話ししたように、原油をはじめとした資源価格が日本経済に与える影響は非常に大きいです。現状、日本の企業は大きな負担を抱えていると言わざるを得ません。

もうひとつ、ロシア・ウクライナ問題は世界が地政学的リスクの高さを目の当たりにした出来事であることも大きな意味があります。現在のグローバル・サプライチェーン(製品の原料調達から消費までに至る流れを、海外拠点も含め最適化する仕組み)は中国を中心としています。

ですが、ロシアによるウクライナ侵攻をきっかけとして、今後は製品の生産を日本で行う流れになる可能性があります。中国から全て日本へシフトするわけではありませんが、中国に対する依存度を減らしていろいろな地域に分散させる、ということです。実はこの構造変化は、日本にとってはチャンスでもあります。

EL:チャンスとは、経済面、ビジネス面でということでしょうか?

奥山准教授:はい。よくいわれることに、日本企業は外国に出て行くけれども、外国企業は日本に入ってこないという指摘があるんです。だからこそ、外国企業に来てもらうことも含めて、日本を生産拠点にしていくことが日本経済としては必要になります。

現在のインフレは消費者にとって大きな負担ですし、賃金が上がらない日本では、インフレは実質的な賃金の低下に直結して生活が苦しくなります。このままスタグフレーション(賃金が上がらず、物価だけが上昇していく現象)が長期化すれば、さらなる景気の悪化につながるでしょう。

ですが、ずっと低成長が続いてこの先の大幅な人口増加が期待できない中でも、日本での生産が増えれば経済成長につながり、所得水準が増して需要も増加します。企業としても、大きな構造変化が起きるタイミングはビジネスチャンスでもありますから、いかに製品を日本で生産して付加価値をつけるか、が鍵になってきます。

EL:構造変化が起こる可能性に備えて、付加価値のある製品作りができる体制を整えなければいけないのですね。

奥山准教授:そうです。先ほど付加価値についてお話ししましたが、企業が消費者の需要を考える上で注目すべきは「上流分野」と「下流分野」です。

「上流分野」は簡単にいうと技術力が必要な製品で、この企業でしか作れない素材であるとか、この企業しか持っていない技術、といったものには非常に高い付加価値がつくわけです。iPhoneをイメージしてもらうとわかりやすいと思うんですが、すごく高くても皆買っている。iPhoneには最先端の技術を用いた部品ががたくさん詰め込まれています。高い技術力で付加価値を高めていくのが「上流分野」の製品です。

一方の「下流分野」は消費者と身近なところにある製品で、具体的にいえばユニクロなどです。消費者が求めるニーズを吸収して、ニーズに応える製品を提案していく。安いのに質が良くてファッション感覚も優れている、という部分で消費者の心を掴んでいますよね。つまり技術力ではなく、消費者の需要に対してピンポイントに応える力が「下流分野」における付加価値といえます。

高い付加価値がつくのは「上流分野」か「下流分野」のどちらかなんですが、大事なのはやはり新しいものを作っていく環境です。なので、「上流分野」か「下流分野」のどちらかに重点を置いた上でアメリカやヨーロッパの企業のように新しい技術やサービスを積極的に開発し、付加価値をつけることに力を入れるべきだと思います。

今後の世界経済・日本経済の動向で注目すべきことは?

EL:コロナショックやロシア・ウクライナ問題で、供給面も需要面も変化を余儀なくされているのですね。すると、起業家や経営者の立場からは、今後の世界経済・日本経済の動向に関しては何に注目すべきでしょうか?

奥山准教授:日本の金融政策が今後どう変わっていくかは注視しておくべきです。

アメリカや欧州など、主要先進国がインフレ撲滅のために金利を上げている中、日本だけが金融緩和、それもマイナス金利政策を続けています。そのため、円安が続き、スタグフレーションの一因ともなっています。日本がどこまで現在の金融政策を維持できるかが焦点ですが、現在の金融緩和を続けた場合、円安がさらに進み、インフレの悪化は免れないでしょう。

円安によって日本からの輸出が増えるという人もいますが、多くの輸出企業は海外生産をしているので、日本からの輸出増加はあまり期待できません。このまま円安が続けば、いずれは日本の生産が増えるかもしれませんが、短期的には難しいと思います。

一方で、金融緩和をやめて金利を上げた場合は、日本の国債金利の上昇が心配です。国債金利が上がると、日本の借金は急激に増えることが予想され、日本の財政に対する信用が失われる恐れがあります。

どちらに転んだとしても、資金繰りが困難になる可能性は考えられます。その時に備えて、資金のリスク管理を学んだり、資金調達の方法をいくつか持っておくことが大切です。

企業の状況によっては銀行借入や社債など、使える手段が限られることもありますが、現在はクラウドファンディングなども選択肢に入れられます。また、今回のコロナショックのように、政府が様々な支援策を出すケースもあるので、常に情報収集する姿勢を持つべきですね。

EL:変化していく環境に適応するためには、自分から動くことを忘れてはいけませんね。

奥山准教授:はい。世界全体の流れをつかむためにも、日々の情報収集は大切ですね。

特に環境についての規制は目まぐるしく変わるので、今、世界がどういうルールで動いているのかを知っておかなければいけません。近年は機関投資家も含め、ESG投資への投資枠が大きくなっています。

そして、投資家からの支援を集めるためには、投資家が何を求めているのか、どういう基準で評価しているのかを知ることが重要です。昨今では財務諸表だけでなく、SDGsなどへの取り組みや、書面では見えない企業の活動が評価される時代になってきました。なので、SDGsや環境問題に関するルールや世界の動向を知ることで、評価されるポイントも見えてきます。

それだけでなく、自分たちがどういう取り組みをしているのか、情報を正しく開示する必要もあります。せっかくSDGsを意識した取り組みをしていても、なんとなく雰囲気で伝わるだろう、と構えているだけでは表には見えません。評価されている企業がどこを評価されているのかをきちんと時間をかけて分析しながら、できるだけ具体的に適切な情報開示を行うことが企業を成長させる第一歩となるでしょう。


お話をお聞きする中で、日本経済が世界経済から受けている影響は非常に大きいのだと改めて感じました。

そんな中で日本企業が発展していくには、世界の企業と戦える武器が必要です。特に「上流分野」や「下流分野」に着目した付加価値の付与は、新製品・サービスの開発に欠かせないものとなりそうです。

加えてSDGsやESG投資を意識した活動・情報開示や、金融政策による影響の対策などにも、ひとつずつ取り組んでいくことが大切ですね。

(取材・執筆・編集/エモーショナルリンク合同会社)

※当記事は、神奈川大学公式サイトでもご紹介いただきました。