大手前大学 現代社会学部
坂本 理郎 教授
初期のキャリア形成に重要なポイントとは?

将来のキャリアをどうしたら良いか分からない、就活でどの会社や業界に行けば良いのか分からないというのはよくある悩みですよね。

悩んだ時は、その道の専門家に聞くのが一番です。

ということで、今回は大手前大学現代社会学部の坂本 理郎(サカモト マサオ)教授にキャリア開発について伺いました。

取材にご協力頂いた方

大手前大学現代社会学部教授 坂本理郎

大手前大学現代社会学部教授。通信教育部長。
株式会社三和総合研究所、株式会社ライトジャパンなどを経て、2006年大手前大学に着任。専門はキャリア心理学、組織心理学。シニア産業カウンセラー。Career Development Advisor(CDA)。博士(社会学)。

初期のキャリア開発に重要なポイントとは?

エモーショナルリンク合同会社取材担当(以下EL):坂本先生は経営組織におけるキャリア開発についてご研究なさっていますが、初期のキャリア開発において重要なポイントは何だと思いますか?

坂本教授:初期のキャリア開発に重要なポイントですね、それは多種多様に議論されていますが、ここでは「職場の人間関係」から話したいと思います。

EL:非常に広いテーマの話だと思います。それでは職場の人間関係はなぜ重要なのでしょうか?

坂本教授:はい、まず「メンター(より年長の経験豊かな人物)」との関係の重要性は、これまで学術的にも実践的にも指摘されているとおりです。

EL:そうですね。弊社でも新人には必ずメンターを付けていますし実務的にも明らかだと思います。

坂本教授:メンターに加えて、さらに私が重視しているのが、職場に存在する「デベロップメンタル・ネットワーク(Developmental Network:DN)」の存在です。これは、学術的には、「プロテジェのキャリア促進に関心を持ち、プロテジェが発達的支援を提供してくれる人であると名前を挙げた人々によって形成された、エゴセントリックなネットワーク」(Higgins & Kram,2001, p.268)と定義されますが、簡単に言えば「複数のメンターの束」あるいは「メンタリング関係のネットワーク」と表現することができます。

EL:複数のメンターの束、つまりより多くの人との繋がりということでしょうか?

坂本教授:1人のメンターに自身の成長のすべてを依存するのではなく、職場や社外のステークホルダーの多様な人々から成長に必要な支援や情報といった機能を少しずつ獲得する関係性と言えます。見方を変えれば、特に新人や若手などの1人の人物を周囲の人物が「よってたかって」育てていく、そういう関係性がイメージできると思います。

EL:なるほど、確かに複数の先輩に囲まれていた方が成長は早くなりそうですね。

坂本教授:実際に私が造船企業で調査・研究した結果によれば、DNで提供される機能が豊富(量的に多い)であるほど、若手従業員は成長を実感しやすく、社内でのキャリア形成に関するモチベーション(昇進や勤続の希望)が高まることが分かっています。また、DNで提供される機能の量が多くなるには、DNの人数が影響することも分かりました。さらに、DNの人数が増えるには、職務特性としてのタスク多様性(作業や求められる技能・知識の多様さ)や相互依存性(集団的問題解決、相互援助、目標共有)が影響することも分かりました。

EL:タスク多様性と相互依存性とはどういったことでしょうか?

坂本教授:はい、これら2つの職務特性は、いわゆるチームワークの特性を示しています。また、ある程度は職場内でマネジメントできるものと考えられます。したがって、職場内でのチームワークを積極的に取り入れることによって、新人や若手従業員を育てる職場につながると考えられます。

EL:なるほど、単調な業務であったとしてもチームを組んでやってもらうなど工夫はできそうですね。お答えいただきありがとうございます。初期のキャリア形成では職場の人間関係が重要なのですね。それでは、初めての就職を希望する求職者は、「職場の人間関係が良好かどうか」を大きな基準として就職先を選ぶべきなのでしょうか?

坂本教授:それに関しては、そもそも職場の人間関係を就職先の選択基準にしない方が良いというのが私の基本的考え方です。なぜなら、職場の人間関係は外部からはなかなか理解しづらいからです。また、組織が大きいほど部署や職場ごとに大きく異なる場合がありますので、入社前にその一部が見えたからといって、それが組織全体に当てはまるとは限りません。さらにいえば、職場の人間関係は、ある程度は個人でマネジメントすることも可能です。自分自身の成果や成長にとって有益となる人間関係を、自身の努力によって構築することも可能です。

EL:確かに、おっしゃる通りですね。求職者からの見え方を考えて取り繕っている可能性もありますよね。それでは、就職活動において、ここは見ておいた方が良いというものはありますか?

坂本教授:就職後に何をするのか、自分にそれが合っているのか、など職務については知っておくべきでしょう。職務の特性は、企業など組織のビジネスモデルや戦略からも影響を受けており、職場の人間関係と比べて簡単には変えることはできません。だからこそ、就職後に自身がどのような特性を有する職務に携わることになるのかについては、事前にしっかりと調べておく必要があると思います。ただし、大企業の総合職として、なおかつ新規学卒者として就職する場合には、自身がどのような職務に従事するのか見通しがつかないことが多いので、この点についても判断が難しい面もあるのは確かです。

EL:なるほど、大企業は職務が細分化されているので希望と違う部署に行ったりなど難しい部分はありますよね。人間関係や職務で選べないという状況になった場合に重要なのは何だと思われますか?

坂本教授:はい、最近の私は、自分の価値観が企業の経営理念に共感できるかどうか、そのために働こうと思えるかどうかを最も重視してはどうかと、学生に言うようにしています。また、キャリア初期には自分の職業的な自己概念も変化しますので、あまり仕事の選り好みをせず、どんな職務でもまずはやってみようという気持ちが大事だとも思っています。

EL:そうですね、キャリア初期に選り好みをしないというのは同感です。やってみないと分からないこともありますよね。

キャリア形成に影響を与える要因とは?

EL:人間関係以外にも、キャリア形成に影響を与える大きな要因は何があげられますか?

坂本教授:それは社会・経済的状況、企業の文化や制度、家族関係、趣味やプライベートでの活動、民族や性別といった個人の属性など、挙げればキリがありません。ただ、アメリカのキャリア心理学者であるクランボルツ博士は、キャリア形成の80%は偶然の産物だと唱えています。

EL:キャリアが偶然の産物ですか!それは面白い主張ですね。

坂本教授:80%が妥当かどうかは別として、私たちのキャリアや人生が偶然に大きな影響を受けていることは、実感として理解できます。私自身のキャリアも偶然の連続でした。多種多様な要因がランダムに影響している、その結果がキャリアなのだということができるでしょう。

EL:クランボルツ博士の主張は、「キャリアは偶然の産物」とのことですが、そうであればキャリア形成のために何かをするのは無駄ということなのでしょうか?

坂本教授:いえ、そうではなく、ポジティブな気持ちを持って、いつどこからやって来るか分からない様々な出来事に柔軟に適応しながら、自身の夢やビジョンに向かって一歩ずつ歩んでいく、そういう姿勢が重要だとクランボルツ博士は言います。実際そうでなければ、偶然のできごとに翻弄されるばかりで、漂流するキャリアになってしまいます。たとえ夢やビジョンが期待どおりに実現しなかったとしても、自分の意思を持って前進を続ける、そのこと自体に生きる意味や喜びを感じられると私は思います。

EL:たとえキャリアが偶然の産物であっても、自分で選択した結果の産物かそうでないかでは違うということですね。

坂本教授:はい、自分自身がデザインし、何かイベントが起こる度に自分で判断し、選択を続けた結果のキャリアであれば、たとえ失敗や挫折の連続であったとしても振り返った時に自分なりに意味を見出すことができるのではないでしょうか。

中長期のキャリア開発の重要なポイントとは?

EL:初期だけでなく、中期・長期のキャリア開発にも、それぞれ強く影響する要因はあるのでしょうか?特筆すべき点があれば、ぜひお聞かせください。

坂本教授:中期以降のキャリア形成が、初期キャリアと比べて重要性が劣るとは思いません。ただ、私の研究の範囲を超えているので、きちんとコメントできることがありません。実証研究をしていないので推察にすぎませんが、中期以降も職場の人間関係がキャリア形成に重要であることは同じなのだと思います。

EL:なるほど、それはどういった部分で重要なのでしょうか?

坂本教授:おそらく、職務や責任の範囲が拡大するのにともなって、所属する職場や組織を超えたDNがより重要となるでしょう。また、人間としての視野も広がっているので、家族や友人、趣味や地域での人間関係も重要になると思います。そういった全方位的な人間関係を構築し、それぞれの領域でいろいろな自己概念を持って、それらが互いに影響しあって全体として1つの人生を生きる。それがキャリア中期以降の生き方なのかなと思っています。

EL:なるほど、自分に当てはめて考えてみるととても納得がいきます。

企業や上司が従業員の初期のキャリア開発に良い影響を与えるためには?

EL:初期のキャリア開発に好影響を及ぼす場合、企業にとっても大きなメリットになりうると思います。求職者に対して、企業や上司はどのような対策を取ることが重要だと考えられますか?

坂本教授:前述した考えに従えば、「わが社には良い人間関係があります」とPRして人材を集めるのは違うように思います。

EL:求職者側も人間関係で職場を選ばない方が良いというお話でしたね。

坂本教授:はい、有益なDNは企業と個人の双方が努力して構築するものだと思います。そういう努力を行っていることは、企業として求職者にアピールすることは可能だと思います。その際、私の研究成果にしたがえばですが、チームワークを重視した職務設計をしていることが具体的な努力の1つの方法として挙げることができると思います。

EL:なるほど、単に「人間関係が良好」と言われるより分かりやすいかもしれませんね。

坂本教授:また、上司の関わり行動がDNの形成に影響するのではないかという仮説も持っています。たとえば、部下が自律するように仕事を任せたり、社内外の人脈を紹介するような行動を取れば、DNは拡大することが促進されるでしょう。せっかく採用した人材が成長できるように、部下のDNの形成を支援するような行動をすることが、上司に求められると思います。

EL:たしかに、上司がどう接するかはDNの拡大に非常に重要な気がしますね。本人の特性もあるかと思いますが、自分もメンターになった際にはDNの形成を促せるようにしていきたいと思います。

まとめ

キャリア形成において、メンターの存在が重要になるというのは既にご存知の方も多かったと思います。

しかし、デベロップメンタル・ネットワーク(Developmental Network:DN)という概念に関しては今回初めて知ったという方が多いのではないでしょうか?

DNの形成によって若手人材の成長や、モチベーションの向上が図れるということなので、上司や人事部などにとっても非常に重要な概念だと思います。

ぜひ若手の部下を抱えている方や、メンターの担当者の方はご参考にしていただき、若手のキャリア開発を支援してみてはいかがでしょうか。

*本文の参考文献

Higgins, M.C. & Kram, K.E. (2001).  “Reconceptualizing mentoring at work: A developmental network perspective.” Academy of Management Review, 26(2), 264-288.

最後に、坂本先生が通信教育部長を務める、大手前大学通信教育学部と、著書をご紹介いたします。

『人材育成と職場の人間関係』中央経済社(坂本 理郎 著)
https://www.biz-book.jp/isbn/978-4-502-33141-1

大手前大学通信教育部教員紹介ページ
https://dec.otemae.ac.jp/teacher/

(取材・執筆・編集/エモーショナルリンク合同会社)