今回は関西大学の高屋定美先生にインタビューをしてきました。
高屋先生は大学の商学部商学科に所属されていて、国際金融論・欧州経済論を専攻されている教授です。
そんな高屋先生に伺った話は、FXトレーダーによく取り扱われるヨーロッパの通貨「ユーロ」についてです。
「ユーロってどんな経緯で作られた通貨?」
「ユーロの価値はどういう時に変動する?」
そんな疑問を抱えた方に向けた内容になっています。
では早速見ていきましょう。
取材にご協力頂いた方
関西大学商学部教授 高屋定美(たかや さだよし)
1963年京都市生まれ。
神戸大学経済学部卒業、神戸大学大学院経済学研究科修了後、近畿大学教授、カリフォルニア大学バークレー校客員研究員を経て2004年より現職。
専門は国際金融論、欧州経済論。
著書『EU通貨統合とマクロ経済政策』『ユーロと国際金融の経済分析』『欧州危機の真実』『検証 欧州債務危機』(いずれも単著)、その他。
ユーロが作られた歴史的背景とは
エモーショナルリンク取材担当(以下EL):高屋先生、本日はよろしくお願いいたします!本日は財政学・金融論を専門とされている高屋先生に、ユーロについてお話を伺いたいと思います。
高屋先生:こちらこそよろしくお願いします。
EL:そもそもユーロとはどういった通貨なのでしょうか?当メディアではFX初心者・入門者が多いため、最初にユーロの基本的な解説をしていただければと存じます。
高屋先生:ユーロという通貨は、EU(欧州連合)に加盟している国々の間での共通通貨であり、「国境を越えても同じ通貨を使える」という特徴を持っています。
EUがユーロを発行したのは1999年であり、紙幣・硬貨が流通したのが2001年です。
EL:ユーロができてから、まだ20年ほどしか経っていないんですね。なぜEUはユーロを作ったのでしょうか?
高屋先生:EUがユーロを発行した理由について解説するためには、まずEUが発足した背景から説明する必要があります。
そもそもEUとは、第二次世界大戦後にヨーロッパの国々が「今後は戦争を繰り返さない」という反省に立って、発足しました。
当初はEUという名前ではなく「ECSC(欧州石炭鉄鋼共同体)」と呼ばれていましたが、そこから発展していって今のEU、欧州連合という形になっていったのです。
そのEUの役割の一つは、「各国の市場経済を統一する」というものであり、「経済統合」と呼ばれています。それまではヨーロッパの国々の経済はバラバラでしたが、「経済を一つに統合し、国家間での戦争をなくそう」という意識が生まれたのです。
EL:元々は戦争を無くすためにEUを発足させたんですね。
高屋先生:そうですね。経済的な繋がりが深まれば、戦争をするためのコストが高くなります。例えば、国境を越えて工場や支店が増えていった状態で、他国に戦争を仕掛けた国があったとしましょう。この時に戦争を仕掛けた国は、相手方を攻撃しているつもりが、実は自分の国の国民や企業を攻めることになりかねません。
このようにEUは、戦争のコストを高めるためにも、まずは経済的な相互依存を強めることを意識していたのです。
EL:たしかに、経済的なつながりが強ければ、敵対するよりも協力し合うほうが合理的ですね。
高屋先生:しかし経済統合を進めるにあたって、各国別々の通貨を使用していることが障壁になりました。
現在の日本でもそうですが、アメリカや中国と経済取引をする時は、互いの通貨単位が違うので、通貨を交換しなければならないですよね。
ところが通貨の交換には手数料が発生してしまい、昔のヨーロッパにとって手数料負担は大きな障壁になっていたのです。
経済的な交流を深めるためには、手数料の負担ができる大企業に限られていて、中小零細企業や農家は海外から物を輸入するハードルが高めでした。
こうしたハードルを取り除くためにも、「通貨は統一した方が良いのではないか」という考えが生まれ、ユーロが発行されるようになったのです。
EL:通貨が異なることは、統一した経済を作っていく中で大きな障壁だったんですね。
同じユーロ圏でもユーロに対する考え方が異なる
EL:ユーロとは、EUがヨーロッパの国々を経済統合する経緯で発行された通貨であることが分かりました。
他の国の通貨とユーロの異なる点は、やはり「複数の国々で使用されているかどうか」なのでしょうか?
高屋先生:そのような違いはありますね。ただ、同じヨーロッパでも国同士で状況が異なるケースもあります。ヨーロッパの国々の経済構造を見てみると、実際は同じような所得・産業ではなく、格差が見られます。
例えばユーロを使用している国の中で、ルクセンブルクは最も一人あたりの所得が高く、一方でポルトガルやスペイン、ギリシャなどは低めです。
この経済格差は、日本の県別所得よりも大きい数字となっていて、それほど経済状況が異なる国家間で同一の通貨を使用しても良いのかどうかという意見もあります。
EL:同じユーロ圏でも、国によって経済状況が違うんですね。
高屋先生:たしかにユーロはEUの通貨とされていますが、ユーロ圏の全ての国がユーロを使っているわけではありません。
実際は、「ユーロを使いたいけど使えない国」もある一方で、「ユーロを使えるけど使いたくない国」もあります。
ユーロを使うための条件は「マーストリヒト条約」という条約にまとめられていて、一定の基準を満たすことができる国がユーロを使えるようになります。
その条約には「経済の発展度合いがユーロ圏の平均的なところに達しているかどうか」または「今後その水準に達する見込みがあるかどうか」といったような条件が定められています。来年の1月からは、クロアチアがユーロを使えるようになる予定ですね。
EL:なるほど、マーストリヒト条約で定められているルールをクリアしないと、ユーロを使うことができないんですね。
反対に、ユーロを使えるにもかかわらず使いたくない国というのは、どういうところなのでしょうか?
高屋先生:例えばスウェーデンやデンマークはユーロを使える条件を満たしていますが、ユーロを使いたがりません。
その理由は、他のEUの国々のように、同一的な経済構造になるのを嫌がっているためです。かつてイギリスもそうだったんですが、スウェーデンやデンマークはEUに加盟は続けながらも、あえてユーロを使わないでいますね。
このように同じユーロ圏といっても、ユーロに対する考え方は国によって温度差の違いがあるのも、ユーロの特徴といえるでしょう。
ECB(欧州中央銀行)の方針は物価安定
EL:ユーロがどういった通貨であるのかが理解できました。
実際にユーロを取引している投資家にとって、今後ユーロがどのような値動きをしていくのかが気になるところだと思いますが、ECB(欧州中央銀行)は、どのような考えでユーロを管理し、金融政策を実施しようとしているのでしょうか?
高屋先生:ECBが重視しているのは、物価の安定です。
つまり、ユーロを使用している国々であるユーロ圏の消費者物価指数を安定させることを目指していて、インフレ率2%を目標としてきました。
EL:なるほど、ECBはユーロ圏の物価上昇率をキープしていくような金融政策を実施しているんですね。
高屋先生:そうですね。ただ、現在はロシア・ウクライナの戦争の影響により、ヨーロッパでは天然ガスや原油といった資源価格が上昇しており、このことが消費者物価指数を引き上げる要因になっています。
2022年7月には、前年比で約10%の物価上昇率を付けていますので、現在のECBはそのインフレを抑えなければなりません。
そのためにECBは金利を引き上げ、金融引き締め政策に転換しています。
EL:ECBはインフレ対策として、金利の引き上げをしているのですね。
高屋先生:アメリカの中央銀行であるFRBも、ECBと同じく物価上昇を抑えることをしているのですが、FRBの場合は物価安定だけではなく、雇用の安定も同時に重視しています。
ECBはユーロ圏の平均物価を安定させることを目指しているので、加盟国の物価上昇のバランスは重視していません。飽くまでも、「平均の消費者物価上昇率を見る」というのがECBのスタンスです。
EL:そうなんですね。物価の上昇というと雇用にも密接してくるのではないかと思われますが、物価安定だけに着目することで、何か悪影響は無いのでしょうか?
高屋先生:そのことについても議論はされていて、ECBも雇用や景気の安定を考慮はしています。実際に物価のみをコントロールするだけではなく、ユーロ圏全体の景気もフォローすることを考えているようです。
しかし、今回のロシア・ウクライナの影響によるインフレなどのように、政策には大きな転換期があります。実際にECBは金融緩和から金融引き締めに転換しており、段階的に金利を引き上げていく姿勢を見せています。そのため現在は、物価安定を重視していると言えるでしょう。
過去のユーロの値動きについて
EL:ECBの動向を追えば、ユーロの値動きを分析する際の参考になりそうですね。
実際にユーロの価値は、これまでどのように変動してきたのでしょうか?
高屋先生:ユーロが発行された2000年代の始めは、ユーロに対する期待感が高まっていました。そのため多くの人によって、ユーロは買われていきます。
当時のユーロは、ドルに対して高い価格を示していたんですが、2007~2008年になるとユーロ危機や欧州債務危機が発生し、状況は変わっていきました。これらの危機の影響で、ユーロの信頼感は大きく損ねてしまいます。
その時には「ユーロ圏の銀行システムが本当に崩壊しないかどうか」「金融市場は混乱するんじゃないか」というような心配も大きく出ていたため、ユーロ売りが発生します。
EL:ユーロの登場初期は期待されて高値であったのに対して、その後の金融危機によって信頼感を失い、価格が下がったんですね。
高屋先生:金融危機以降は、ECBも含めてEU全体で金融市場を支える動きがありました。
結果的にユーロ危機は2014年には収まり、次第にユーロの価値は上がっていき、信頼感の回復につながっています。
EL:具体的にECBはどういった対策を打ったのですか?
高屋先生:ECBはユーロ危機以降、国債や社債の購入で経済対策をしていました。それまでECBは国債の購入をして来なかったのですが、各国の財政状況が悪い中で、国債の購入を宣言するようになります。
EL:国債を購入し、市場にお金を流通させるということですね。
高屋先生:それまでECBは、国債購入によって資金供給はやってこなかったんですが、段階的に国債・社債の購入を始めました。このような新たな金融緩和手段を取り始めて、次第に危機を収めていった背景があります。
2022年以降のユーロの値動きは?
EL:2014年には金融危機を収め、価値を取り戻していったユーロですが、ここ最近はどのような値動きを見せているのですか?
高屋先生:最近まで、ドルに対してユーロ高だったのですが、現在は同じ水準になってきています。為替レートが等価になるという、いわゆる「パリティ」と呼ばれる状況になっており、ドルに対するユーロの価値が少しずつ下がってきています。
その背景には資源価格の上昇と、それによるインフレがあるのですが、物価上昇は世界的に広がっていることです。アメリカでは物価上昇に加えて、ECB以上にFRBがまだまだ金利を引き上げていくのではないかという見方があるのです。
だからユーロを購入するより、もう少しドルに投資をする方が有利だというふうに考えている人が多いのでしょう。
EL:なるほど、アメリカはヨーロッパ以上に金利上昇していくと見込まれているんですね。金利の高い通貨にお金は流れやすいと言われていますし、対ドルでのユーロ安になっていく理由が分かりました。
それでは、今後のユーロがどうなっていくのかは、アメリカの動向次第ということになるのでしょうか?
高屋先生:たしかにアメリカ経済はユーロにも反映される側面は多いですが、FRBとECBは、両方ともマーケットを動かす要素になります。そのため、どちらが金利を引き上げるのが速いのかによって、為替レートがどう動くのかに影響を与えるでしょう。
ユーロがドルを超える可能性について
EL:ユーロの動きはアメリカ経済に影響を受けやすいですが、ECBの動きもまた、マーケットに影響を与えるんですね。
それでは、今後ユーロの価値が上がっていき、ドルに取って代わる存在になる可能性はあるのでしょうか?
高屋先生:国際的にどのような場面でユーロが使われるかによって、答えは変わってきます。例えば貿易の場面では、ユーロが使われるケースは少しずつ増えています。
現在はウクライナ戦争でロシアからヨーロッパへの輸入は滞ってますが、その前は、ロシアからヨーロッパに石油を輸出する際に、ユーロで支払われることが多かったのです。
石油は大体ドルで決済するのが世界的な慣行なんですが、近年はドルではなくて、ユーロで受け取る割合が増えつつあります。
同様のことは日本とアメリカでも起きていて、例えば40~50年前における日本とアメリカの貿易では、ほぼドルが使われていました。それ以降、次第に円の割合も高まってきています。
このように、世界で見ても貿易で使われるドルマネーはだんだん減っているので、ユーロがドルを凌ぐとは言わないまでも、ドルと同じような通貨になるのではないかと思われる場面はあるでしょう。
ただ、未だに金融の場面、特に銀行間決済などではドルがメインで使われていますので、他の通貨と比べると、ドルが支配的である状況には変わりありません。
EL:貿易では、ドルの利用が減っていくのに対してユーロの利用が増えていっているんですね。
貿易以外ですと、他にユーロが使われる割合が高くなってきた場面はあるのでしょうか?
高屋先生:他には「投資通貨」として、資産運用の場面で広く使われるようになってきています。
例えば株式投資や債券投資の際に、ヨーロッパを投資先とする流れが増えていますので、そういった意味でのユーロの利用は増えつつあるでしょう。
EL:なるほど、つまり今後のユーロの価値は、貿易など多くの場面で使われるようになるかどうかと、ヨーロッパへの投資が増えるかどうかにもよるんですね。
高屋先生:長期的に見るとそうですね。実体経済や景気の良さは、ユーロを利用しようというモチベーションになりますので、ユーロの信頼にもつながっていくのだと思います。
また、短期的な視点で見ると、やはりECBの金融政策がどのように進んでいくかにも注目したほうが良いでしょう。政策によって、ユーロの価値は変動するケースも見られます。
EL:ECBの動向は、FXトレーダーならチェックしたいところですね。
今後、短期的な視点でユーロの価格を見た場合、ECB以外ではどのような要因で値動きすると考えられますか?
高屋先生:短期的な視点で見ると、財政リスクはユーロに影響を及ぼすと考えられます。
例えば2022年9月、イタリアの総選挙の結果、右翼の政権が成立しました。イタリアの右翼政権は「インフレ対策を財政に頼らなければならない」と主張しているので、今後、イタリアを始めとして財政赤字になる国が出てくるかもしれません。
一方でEUは、財政赤字に対して厳しいルールを設けています。ところがイタリアなどでは、そういったルール自体に対しての疑問の声が出ているのです。
もしイタリアのような国々が増えていくと、財政赤字に歯止めが利かなくなってしまいます。その場合、ユーロへの信頼が失われて価値は下がるでしょう。
EL:ユーロ圏で各国がどういった財政状況なのかに注目するのも大切なんですね。
本日は取材に応じていただき、ありがとうございました!
まとめ
国際金融論・欧州経済論を専攻されている高屋先生に取材させていただきました。
ユーロはEUが経済を統一するために発行した通貨で、2000年代始めに使われるようになった通貨です。
2007年頃に金融危機によって一時期価値が下がりましたが、ECBの政策によって価値が戻りました。
ここ最近はロシア・ウクライナの戦争の影響を受け、ドルに対しての価値は低下しています。今後はECBやFRBの政策、そして各国の財政状況によってユーロが動いていくと考えられますので、ユーロをトレードすることを考えている方は、ユーロの値動きだけではなく、世界の経済や各国の政策に関する情報も追っていくことをおすすめします。
(取材・執筆・編集/エモーショナルリンク合同会社)