鳥取大学 医学部附属病院
武中 篤 教授
神の手は無用。ロボット支援手術の現在と今後向かう先とは?

神の手を持つ名医ではなくても、精度の高い手術を誰でも受けられる。それを実現するのが今回のテーマである「ロボット支援手術」です。

そうしたロボット支援手術の現在や将来性について、日本のロボット支援手術の黎明期から牽引して来られた鳥取大学医学部附属病院の武中篤教授にお話を伺いました。

ロボット支援手術が本邦で始まった2010年頃から比べると、現在は一般市民への認知も進み、今や外科手術の中心的存在となっているそうです。

しかし、今後ロボット支援手術が発展するためには様々なハードルもあります。今回はロボット支援手術の概要だけではなく、将来に向けての課題や、ロボットを通して見える日本の医療界にある問題点などについても教えていただいています。

それでは早速、インタビュー本編をご覧ください。

取材にご協力頂いた方

鳥取大学 医学部附属病院 副病院長
武中 篤 (たけなか あつし)

1961年生まれ。1986年、山口大学医学部卒業。1991年神戸大学院研究科(外科系、泌尿器科学専攻)修了。医学博士。

神戸大学医学部附属病院、川崎医科大学医学部、米国コーネル大学医学部客員教授などを経て、2010年より鳥取大学医学部腎泌尿器科学分野教授に就任。2013年~2017年に低侵襲外科センター長、2017年4月より副病院長を併任。

専門は泌尿器悪性腫瘍、低侵襲手術、骨盤外科解剖。

ロボット支援手術とは?

エモーショナルリンク合同会社取材担当(以下EL):武中先生、本日はよろしくお願いいたします。

武中教授:よろしくお願いします。

EL:「ロボットが手術を支援する」と聞いても少々イメージしにくい部分もあるのですが、まず最初にロボット支援手術とはどのような手術の方法なのかを、簡単に教えていただけますか?

武中教授:元々手術はお腹や胸を大きく切開して行っていましたが、1980年代から腹腔鏡手術というものが始まりました。これはお腹に小さな穴をあけて、そこから鉗子(かんし)という器具とカメラを入れ、中の様子をモニターに映しながら手術をするというものです。腹腔鏡手術のように、お腹を切らない手術を低侵襲手術と言うんですが、開腹手術より体への負担が少なく、年々増えていきました。

それと同時に、1980年代に工学分野で遠隔操作のロボット技術が発展してきました。例えば人間が行けない深海を、遠隔でロボットを操作して調査するとかですね。そうしたロボット技術と腹腔鏡手術が融合したのがロボット支援手術です。

ロボット支援手術は、患者さんのお腹に5mm〜12mm程度の穴を複数箇所あけて、手術用ロボットのアームに鉗子を持たせて挿入し、同じ手術室内に設置されたコンソールを術者が操作して手術を行います。

EL:従来は医師が持って操っていた鉗子をロボットに持たせて、そのロボットを医師が操作するのがロボット支援手術なんですね。そうした手術用ロボットを作るメーカーは、たくさんあるのでしょうか?

武中教授:手術用ロボットにもいくつかメーカーや機種があるんですが、米国のインテュイティブサージカル社の「ダヴィンチ」という機種が圧倒的なシェアを持っています。その特許が数年前から切れてきたこともあり、徐々にいろんな会社が手術用ロボットを開発しています。例えば日本では川崎重工とシスメックスが共同出資したメディカロイドという会社が、「hinotori」という国産初の手術用ロボットを作りました。

それ以外にも世界には複数の手術用ロボットがあるんですが、日本では「薬機法」というものがありまして、法律的に臨床で使えるのは「ダヴィンチ」と「hinotori」の2機種だけだったんです。2022年の9月末に2機種追加になりまして、メドトロニック社の「Hugo」というロボットと、もう一つはインテュイティブサージカル社の「ダヴィンチSP」 というロボットで、今は4機種が使用可能になっています。

EL:法律によって、実際に手術で使えるロボットは限られているのですね。手術用ロボットの普及は、日本と海外とで違いはありますか?

武中教授:「ダヴィンチ」が世界のトップシェアを占めています。

日本国内でいうと、「ダヴィンチ」が95%以上の圧倒的なシェアを持っていて、およそ400施設に導入されており、現在600台くらいが稼働しているのではないでしょうか。これは世界で2番目の導入数ですね。国産の「hinotori」は、国内で今20〜30台くらいなので、「ダヴィンチ」と比べると、まだ少ないですね。

EL:いろいろなメーカーから出ているロボットを操作して手術をするとなると、車の運転のように訓練や免許のようなものが必要なように思えますが、ロボット支援手術には専門医のような医師がいるのでしょうか?

武中教授:ロボット手術に専門医というカテゴリーはないんです。腹腔鏡手術では技術認定制度というものがありまして、例えば泌尿器科だったら1,800名くらいが認定を受けています。ロボット手術は腹腔鏡手術の延長線上にはあるものですが、ロボット支援手術の認定医制度に対する認定医制度は今まさに整備中で、1、2年後には新制度ができる予定です。

一方、ロボット支援手術には「プロクター制度」というものがあります。プロクターというのは指導医のことで、新たな術式を開始する際には、必ず指導資格を有するプロクターを呼んで指導を受けることになっています。これは医療安全のためです。こういうガイドラインが、外科系の各診療科で決められているんですね。泌尿器科ではすでに800名くらいの人がプロクター資格を持っていて、今もどんどん増えています。

保険で認められなければ、ロボット支援手術は普及しにくい

EL:先ほど、泌尿器科ではプロクターの数が圧倒的に多い、というお話をいただきましたが、他の診療科に比べて泌尿器科のロボット支援手術が発展している理由は何でしょうか?

武中教授:ロボット手術は、米国で2000年から始まりました。日本でも実験的なものは少し行なわれていましたが、実際の臨床として始まったのは2010年頃で、保険診療として初めて認められたのは2012年です。それが泌尿器科の前立腺がん手術に対する術式だったのです。ロボット支援手術なら全部何でも保険で認められているかというと、そうではなく一術式ずつ認められるんです。

前立腺がんが最初でしたが、その次に腎臓がん、膀胱がん。それから胃がん、大腸がんと、少しずつ保険適用の術式が拡大され、いろいろな診療科にロボット支援手術が広がっていきました。日本のロボット支援手術で、圧倒的に泌尿器科の症例が多いのは、初期に保険診療として認められたからです。現在、日本で実施されている前立腺がんの手術の約9割はロボット支援手術で行われています。この手術に関しては、ロボット支援手術がもう標準的治療になっていると言えます。

EL:なるほど。ロボット支援手術の発展は、保険診療に認められるか否かに関係するのですね。

武中教授:日本では国民皆保険制度があります。保険診療というのは、100万円の手術の場合、3割負担の方は30万円で済む。でも保険適用外の手術の場合は、自由診療となり全額が自己負担です。

ロボット支援手術も、自由診療で行っている限りは、普及はなかなか難しいです。だから保険診療になるかどうかはとても大きなことなんですが、一つの術式を保険で認めるまでには、すごく時間がかかるんです。

本院では「このロボット支援手術は将来、日本の医療の中心になるだろう」ということを確信して、2010年に導入し、保険適用となるまでの数年間、病院の公費という形で手術をさせていただきました。このようにロボット支援手術を牽引する病院が先駆けて手術症例を積み重ね、安全性などを検証して保険診療につなげているのです。

EL:民間の生命保険会社のいわゆる「高度先進医療特約」などは、国の保険で認められる前のロボット支援手術に対して有効ではないのでしょうか?

武中教授:「先進医療」というのは、とらえ方が難しい言葉なんですよね。「先進的な医療」という漠然としたものではなくて、厚生労働大臣が承認した先進医療のリストがあるんです。そして、先進医療に承認されるということ自体、すごくハードルが高いんです。

一般の人は、「先進的な医療だったら全部保険会社の特約でカバーできる」と思われているかもしれませんが、そうではなく、承認された先進医療が対象となります。

ロボット支援手術が優れている点

EL:ここまで、手術はお腹を切って行う開腹手術から、より体への負担が少ない低侵襲手術へ移行が進んでおり、その最先端にあるのがロボット支援手術であるというお話を伺ってきました。

ここからは、そうしたロボット支援手術の優れている点について教えていただきたいと思います。

武中教授:以前まで低侵襲手術といえば腹腔鏡手術でした。先ほども言いましたが、腹腔鏡手術というのは腹部に小さな穴をあけて、細長い手術器具を挿入し、医師が持って操作します。でも、自分の指で米粒をつまむのと、細長い手術器具を使って先にある米粒をつまむのとでは、後者の方が難しそうに思いませんか?

しかしロボット支援手術では、ロボットが細長い鉗子を持つわけですから、絶対にブレませんし、人間の手首以上の可動域があります。だからとても精密です。それがメリットの一つです。

EL:人間が手で鉗子を持って、その先端をブレさせずに操作して手術するのは非常に難しく、訓練が必要であるというのは想像できます。鉗子を持つロボットを医師が操作することで、そうした問題は解決できそうですね。

武中教授:はい。ロボット支援手術は腹腔鏡手術と比べると、スキル習得までの期間が短いと言われています。

また、これは余談ですけれども、ロボット支援手術は外科医の寿命を延ばすことも期待できるという話があります。手術って60歳くらいになったら体力的にきついんですが、ロボット支援手術はコンソールに座って行うし、画像も肉眼で見るより遥かに鮮明。日本では定年制がありますが、海外では結構高齢な先生でも、現役バリバリで手術をしていると聞きます。ロボット支援手術は、医者にとってのメリットも結構あるんです。

EL:技術の習得や体力面で、ロボット支援手術は医師にとってのメリットがたくさんあるんですね。

武中教授:腹腔鏡の鉗子って、人間の手に比べると可動制限があって、トレーニングもかなり必要だった。しかしロボットの鉗子というのは多関節で、人間の手以上に自由に動くんです。自由に動ける上にそれが絶対にブレないわけですから、1mmとか0.5mmとかのミリ単位でもきっちりと切り分けることができるんです。血管があってもそれを避けて切るとか。ロボットが支援してくれることによって精緻な手術ができ、それが手術の成功に繋がる。これは患者さんにとっての一番のメリットですかね。

そして、医師もロボットを使えば誰でも高品質な低侵襲手術ができる。ロボット支援手術が普及すれば、多くの患者さんがこの高品質を享受できる。そういう意味ではロボット支援手術はすごい革命なんです。日本で一番とか、5本の指に入る外科医でなくてもいい。「神の手は無用」だと僕は思います。

EL:今、各分野で担い手不足が問題になっていますが、医療や手術における人材不足もロボット支援手術によって解消されると考えられますか?

武中教授:そうですね、ただそれが簡単にいくかと言うと、必ずしもそうではありません。全ての外科医がロボット支援手術に携わるチャンスがあるかというと、そうでもありませんし。

なぜならロボット支援手術の設備投資には億単位のお金がかかるからです。先ほど全国の約400施設に「ダヴィンチ」が導入されていると言いましたが、病床が600床以上の大規模病院には、ほぼ全部に入っています。しかし300床から600床くらいの中規模病院には、まだ半分も入っていません。

これまでは、インテュイティブサージカル社の「ダヴィンチ」しか使用が認められていなかったので、価格競争が起こらず、導入には多額の費用が必要でした。今は複数の機種が承認されたので、それによって今後価格が下がるという期待はあります。そうなれば導入のハードルも下がると思います。

ロボット支援手術の課題と、コロナで変わった医療界

EL:先ほど、設備投資には億単位のお金がかかる、というお話がありましたが、やはりロボット支援手術にとってコストの問題は大きいのでしょうか?

武中教授:かなり大きいですね。ロボットは機械ものなので、当然メンテナンス費はいりますよね。さらにロボットのアーム部分などは定期的に取り替えていかないといけないので、そういう消耗品費も結構かかります。消耗品費は、従来の外科手術より高いので、病院はロボットを入れたら必ずしも利益が出るというわけではないです。

ただ、手術用ロボットを導入しないと患者さんはロボットがある施設に流れる傾向があるので、ちょっと無理してでも入れようかと判断する病院が多いのが現状です。

EL:ロボット支援手術を期待して来院する患者さんは多いでしょうから、コスト面での課題があってもロボットを入れないといけないのは悩ましいですね。

武中教授:これは日本の病院の問題点でもあるんです。外国では病院間の機能分担ができていて、「この手術はこの病院がやる。こっちではやらない」というのがある意味はっきり決まっているわけです。日本は、病院間のすみ分けが曖昧で、どの病院でも同じような事をしようとする。だから、どこにでもロボットが入る。

約400施設に「ダヴィンチ」が入っていると話しましたが、これは実はとても多い数なんです。国別のロボット1台当たりの手術症例数を見ると、日本はかなり少ない。日本では、ある病院に新しい治療装置が入ったら、隣の病院も入れるという風潮があります。MRI(磁気共鳴画像診断装置)の台数なんかも日本が一番多いです。企業側からしたら、おいしいマーケットかもしれませんけどね。

EL:各地の病院で平均的に良い機器が入っても、それが効率的に使えていないとなると、先ほどあったメンテナンス費の問題のように、経営を圧迫する要素になりかねませんね。その点では、病院ごとに役割分担する方が効率的に見えます。

武中教授:それは本当に日本の医療の弱点なので、是正していこうと、数十年前から言われていますが、なかなか進んでいません。けれども新型コロナ感染症への対応が、病院の機能、役割を明確にさせるきっかけになったと思います。感染患者を診ることのできる病院とそうでない病院。重症患者を受け入れる病院と軽症患者を受け入れる病院というように、機能が備わっている病院かどうか、ますます問われるようになってくると思います。

ロボット支援手術も、今後は実施する病院としない病院を明確に線引きし、「分担」ということが起こるんじゃないでしょうか。その方が病院側にとっても健全な経営につながると思います。

ロボット支援手術の向かう先とは?

EL:ここまでロボット支援手術の優れた点やコスト的な課題、そしてロボットから見えてくる日本の医療の問題点など、幅広くお話をいただいてきましたが、最後はロボット支援手術の将来や展望について伺いたいと思います。

武中教授:今はロボット手術じゃなくて「ロボット支援手術」ということなので、あくまでも人間が操作しているのを、力を変えてロボットに伝えているだけです。本当のロボット手術というのは、ロボットが自動的に操作する手術だと思います。ボタン押したらAIが考えて、ロボットが勝手にやるみたいに。

でもそれは簡単ではありません。実用化に至るにはまだまだ数十年かかるかもしれない。だから「完全ロボット手術」になるというのは将来の課題の一つだと思います。もちろん研究開発は既に始まっていますけどね。

EL:まるでSFに出てきそうな手術ですが、実現できたら医療の風景は今とは全く異なるものになりそうです。

武中教授: もう一つの課題は「完全遠隔手術」です。今は遠隔とはいえ、同じ手術室内でやってるわけです。でも医者は患者さんの傍ではなくて、離れた場所にあるコンソールで操縦しているので、一応、遠隔操作はしています。じゃあこれが別の手術室だったらどうか?100kmや 5000km離れた場所でもできるか?という問題。これが実現すれば、まさにプレイククスルー、医者不足も打開できるかもしれません。

EL:コロナ以降、リモートという言葉はよく聞くようになりましたが、ロボット支援手術でもリモートが可能になる日がやってくるのですね。

武中教授: これまでもいろんな実証実験が行われていますが、倫理面やセキュリティ、技術的なことなど課題はいろいろあります。

  • 実際に手術をしている人が室内にいなくていいのか?
  • 何か起こったらこれは誰の責任になるのか?
    (離れた場所で手術をしている医者の責任か、手術が行われている病院の責任か)
  • 誰かにその回線がジャックされたらどうするのか?
  • 手術の途中で通信状況が悪くなったらどうするのか?

このようにハードルがすごく高いのですが、少しずつ実用化に向かって前進しています。だから完全ロボット手術と完全遠隔手術、この二つがロボット手術の向かうべき方向だと思います。

EL:武中先生、今回はお忙しい中取材に応じていただき、ありがとうございました。

まとめ

今回は鳥取大学医学部の武中篤教授に、ロボット支援手術の現状や将来の課題などについて様々なお話を伺いました。

日本でロボット支援手術が行われ始めた2010年頃は、「ロボットが勝手にやるのではないか」とか、「無機質で危ないんじゃないか」といった不安や抵抗感が患者さん側にあったそうです。しかし現在では、むしろロボット支援手術を受けたいと言って来られる方が多いそうで、一般市民のロボット支援手術に対する認知度も上がってきているとのことでした。

現在すでに、完全ロボット手術や完全遠隔手術などの研究は進んでおり、今ある日本医療の問題点の克服とともに、今後のロボット支援手術の発展が期待されますね。

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(取材・執筆・編集/エモーショナルリンク合同会社)