メタボリックシンドロームは予備群も合わせると約3割といわれています。
しかも、メタボが原因となって発症する病気には脳卒中や心筋梗塞など命に関わるものが多く、放置しておくことはあまりに危険です。さらに、メタボから発生するリスクは個人だけでなく、企業にも悪影響を及ぼす可能性があります。
そこで今回は熊本大学の都竹教授に、メタボの効果的な予防方法や企業が取れる対策についてインタビューしました!
取材にご協力頂いた方
熊本大学 教授システム学研究センター 教授
都竹 茂樹(つづく しげき)
昭和41年生まれ。アメリカ・ニューヨーク州出身。平成3年高知医科大学医学部卒業。平成7年名古屋大学大学院医学研究科修了、平成18年ハーバード大学公衆衛生大学院修了。
スポーツ医学の臨床医、国立長寿医療研究センター、ハワイ骨粗鬆症財団、ホノルルハートプログラム研究員、高知大学医学部准教授を経て、平成23年より熊本大学政策創造研究教育センター教授、平成29年より現職。
専門は、ヘルスプロモーション、トレーニング科学、教育工学。教育工学の一分野であるインストラクショナルデザインの手法を活用した行動変容、とくに糖尿病や高血圧症、肥満、メタボなどの慢性疾患の予防改善プログラムの開発や指導者の育成を行っている。ヤマハ健康保険組合では、オンラインを活用した健康支援を10数年にわたり実施。また兵庫県豊岡市では平成24年より「玄さん元気教室」を監修。地域在住高齢者の10人に1人が毎週参加し、医療費も1人あたり年間10万円以上の削減効果を出している。
メタボの基準と考えられる疾病リスクとは?
エモーショナルリンク合同会社取材担当(以下EL):それでは最初に、メタボリックシンドロームの判断方法について教えていただけますか?
都竹教授:メタボとは、男性ならお腹周りが85cm、女性ならお腹周りが90cm以上、かつ血圧・血糖・脂質(コレステロール)3項目のうち2項目、もしくは3項目すべてが基準値から外れた状態をいいます。男性よりも女性の方が数値が大きいのは、皮下脂肪がつきやすいためですね。メタボがどのような状態かは、画像を見てもらうとわかりやすいと思います。
これは上向きに寝てもらった状態で、おへその位置で輪切りにしたお腹のCT画像で、右と左は別々の人の写真です。赤い部分が内臓脂肪です。いわゆるビール腹になるのは左のCT画像のように内臓脂肪が多いタイプの方で、内臓脂肪が多いと血圧や脂質(コレステロール)、血糖値も高くなりやすく、動脈硬化、ひいては脳梗塞、心筋梗塞になるリスクも上がります。こうした一連の症状が、まとめてメタボリックシンドロームと呼ばれているわけです。
メタボの原因は、主に食生活と運動です。つまりは食べ過ぎ、カロリーの摂り過ぎ、運動不足によって徐々にメタボの要因である内臓脂肪が蓄積されていくので、保健指導は食事と運動の両輪で進めていきます。
EL:なるほど。メタボというと中年太りのようなイメージもありますが、病気になるリスクも含めた大きな枠組みを指すのですね。
都竹教授:そうです。メタボを放置した場合に考えられるリスクは、多くの場合、メタボになるようなライフスタイルによって引き起こされるものです。なので、発症する病気も本人のライフスタイルと深く関係しています。乱れた食生活や運動不足が続いていると、やはりコレステロール値や尿酸値が高くなるので、様々な病気にもかかりやすくなります。代表的なものを挙げると、糖尿病、高血圧症、高尿酸血症(痛風)、脂肪肝、脳梗塞や脳出血といった脳卒中、狭心症、心筋梗塞などですね。
適切な食事と適度な運動が必要なことを、小学校から中学校、高校まで、私たちは断片的な知識でしか教わっていません。結局何をすれば良いのか、具体的な内容を習っていないのだから当然疾病リスクは高くなるわけです。
EL:近年は糖質制限ダイエットのように、様々なダイエット方法が注目を集めていますが、例えば短期集中的なやり方でメタボは予防できるのでしょうか?
都竹教授:糖質制限ダイエットに関しては、脂肪を落とす目的なら効果はあります。とはいえ、私たちは子どもの頃から炭水化物中心の食生活を送ってきているので、長く続けてきた食生活をいきなりやめられるかというと難しいですよね。なので、糖質制限ダイエットについては、実施するとしても時々やるくらいで良いと思いますし、むしろ間食やジュースを控えるだけでも糖質を大幅に抑えることはできます。また、糖質を制限したとしてもカロリーを摂取し過ぎると余った分が脂肪になりますから、カロリーの管理もしながら少しずつ工夫することが大切です。とはいえ、20代や30代の頃から10年、20年かけてつけた脂肪を2〜3ヶ月で落とそうというのはさすがに無理がありますから、極端なダイエットはおすすめしません。
メタボ予防の取り組みを継続させる「ARCS動機づけモデル」
EL:そうなると、やはり継続的にメタボ予防に取り組む必要がありそうですが、習慣づけのためには何が有効なのでしょうか?
都竹教授:私は習慣づけのために、「ARCS(アークス)動機づけモデル」というものを使っています。ARCS動機づけモデルは元々はメタボ対策ではなく、学生や社会人の学びをモチベートするために心理学を基に開発されたものです。
- A:Attention(注意喚起、あれ?これって何?)
- R:Relevance(関連性、これ自分に関係ありそう)
- C:Confidence(自信、これくらいならできそう)
- S:Satisfaction(満足感、やって良かった。これからも続けよう)
私はこれらをベースに、メタボに応用して使っています。習慣化のためには、まずその人にとっていかにメリットがあるか、自分ごとだと思わせるか(Attention、Relevance)が重要です。しかし、いくら面白そうなカリキュラムを作ったとしてもハードルが高ければやりません。そこで、最初は「これくらいならできるかな」と感じられる程度のものを1日10分続けるだけ、といったアバウトな内容に留めておくんです。そうすると「続けられそうだな」という実感が持ててくる(自信、Confidence)。ただそこで3日で終わっては結果はでません。また気合いと根性では続けられません。そこで継続の仕組みを様々用いて(後述)、結果を出して最後にはやって良かったと感じられる満足感(Satisfaction)を得ることで、更なる継続につながるのです。
EL:確かに、それなら続けることが苦手な人でも継続できそうですね。
都竹教授:正直、メタボの方たちの習慣を変えることは一筋縄ではいきません。興味を持ってもらうこと自体難しいし、行動もなかなかしてくれない。例えば、週末に「生活習慣病予防教室」を開いてもメタボの方たちは来ませんし、来るメンバーは大体いつも同じ人になります。そこでメタボの方たちになぜ来ないのか聞いてみると、「生活習慣病やメタボ、糖尿病と自分は無縁だと思っている」といった言葉が返ってくるんです。
現時点では痛くもかゆくもないし、今すぐどうこうなるものではないので、正直なところ他人事で優先順位は低いんですね。そんな状況で「このままいくと、将来あなたの身体はこうなりますよ」と言っても全く響きません。保健指導をしている方々は正攻法でアプローチしますが、間違ってはいなくても行動させることは難しいわけです。
では響かない人に響かせるにはどうしたら良いか、となった時に考えたのが先ほどのARCS動機づけモデルです。まず最初に、自分に関係があると思わせる話題を持ってくることが大切です(Attention, Relevance)。例えば、「お腹を引き締めたい」というのは老若男女問わず皆さんよく仰います。外見を今よりもっとひどくしたい、という人はいませんから、できるなら変わりたいと思っている。でも実は、メタボ対策の食事や運動と、身体を引き締めるための食事や運動でやることは基本的には一緒なんです。
だから、同じ内容のカリキュラムであってもメタボ対策とするより、「外見を引き締めましょう」という部分を前面に出した方が反響があります。実際、私があるメディアで連載していた時、外見引き締めをうたって読者モデルの募集をしたら一晩で300人くらい応募があったんです。しかし、「生活習慣病予防教室やメタボ教室だったら応募しましたか」と聞いたら90%以上の人がノーと答えたんですよ。大事なのは、ターゲット層が何に興味を持つかを明確にして呼びかけることなんです。
EL:最初のきっかけ作りを意識するだけで、それほどまでに大きな変化が見られるのですね。
都竹教授:例えばメタボの方を100人集めて、このままいくと最終的には目が見えなくなりますよ、脳梗塞になりますよ、と言っても実際動く人は10〜20%しかいないんです。そして、残念ながら現時点では何を言っても響かない人も10〜20%います。ターゲットにしたいのはそれ以外の中間層で、メタボに関しては他人事に聞こえるが、外見を引き締めることには興味がある、という方たちです。中間層に響かせるためには外見引き締めや、よくあるビフォーアフターのように比較を示すことも有効ですね。例えば1ヶ月や1年単位で、体重が8キロ減りました、お腹周りが11cm減りました、といった実例を出せば動いてくれる可能性が高くなります。
そして、「外見を引き締めよう」とやる気を出してくれたら、最初は少しずつ変えていくんです。1日10分で良いから、簡単なスクワットをする。早くやるんじゃなくて椅子からゆっくり立ち上がってまた座る、というのを4秒くらいかけて繰り返すんです(お勧めの自体重筋トレ3種目)。これくらいなら、多くの人はやってみようかな、と思ってくれます(Confidence)。
食事に関しても私が最初にお伝えしているのは3つだけで、1つ目は和食中心にすること。迷ったら和食にしてください、と。2つ目はよく噛んで食べること。よく噛んで食べれば自然と量が減りますからね。そして、3つ目は飲み物に含まれている砂糖を控えることジュースといったソフトドリンクや炭酸飲料はもちろん、微糖のコーヒーや栄養ドリンクなんかでも砂糖は結構入っていますから、飲み物はお茶などに切り替えることをおすすめしています。ちなみに、缶コーヒーには1本3gの砂糖が入っているスティックシュガー5本分くらいの砂糖が入っています。500ccのソフトドリンク(ジュース)になれば、20本ほど入っています。またソフトドリンクや炭酸飲料を控えることは、メタボ、肥満の予防改善だけでなく、がん予防などにも有効だとアメリカの研究でもいわれています。なので、このあたりの食生活を変えるだけでも全然違いますね。
EL:500mlのペットボトル1本で20本のスティックシュガーが入っているとは、言われなければ想像もしませんでした。本当に、少しずつでもライフスタイルを変えていく必要があると痛感します。
仲間と刺激を与え合いフィードバックで振り返る
都竹教授:ただ、今日やったから、あるいは3日やったからといってすぐに変化が見られるわけではありません。1日2日ではわからない分、モチベーションも下がりやすい。そういう時に気合いと根性で「頑張りましょう」と言われても絶対に続きませんから、続くような仕組みをいかに作ってあげるのかが大切です。その仕組みとして、私はまず最初にゴールを設定してもらいます。「引き締めて自慢したい」「夏にビーチで水着を着る」「Six Pack」など自分にとってワクワクするゴールを設定しておいて、それを毎日確認するようにしてもらっています。また記録も大切です。ただ日報のように時間のかかる記録はつづかないので、目安としては1分で終わるような内容、運動と食事の〇×だけでも良いので毎日記録をつける。本当にシンプルな内容で良いので続けやすいですし、後々の振り返りにも使えます。記録が貯まっていくことに対する満足感も生まれるでしょう。
プラスして、ほどよい距離感にある仲間を作ることも大切です。1人では続けられなくても、一緒に頑張っている仲間がいれば競争意識も生まれて、モチベーションにもつながります。人はやはり、一緒に頑張っている相手がいるとやる気が出ますからね。LINEでも良いですし、健康系のアプリを入れておけばこの人は今日何歩歩いた、みたいなものが見えることもあります。まだLINEがなかった頃の話ですが、私が以前、読者モデルを募集してメタボ予防の講座を行っていた時は、掲示板のようなものにいろいろ報告してもらう形を取っていました。お互いの進捗を見える化して誰がどこまでやっているか共有すると、「あの人も頑張っているのか。よし、自分も」となっていく。「お昼休みの和食が難しいのですが、皆さんはどうしていますか?」といった情報交換もできるわけです。中には全く投稿しない方もいて心配していたんですが、後でお話を伺ったら掲示板を読んで救われていた、と。掲示板を通してやり取りをしている方がいたことで、会話に参加していない方にも励みになっていたんですね。こういった専門家からのサポートではない、同じレベルで一緒に頑張っている仲間の存在は継続の大きな助けになります。
EL:ある種のコミュニティのような形で、継続の仕組みが出来上がっているというのは取り組む側としては非常に有難いですね。
都竹教授:ただ、1ヶ月やってみて変わる兆しのない方は2ヶ月続けても変わりません。適切な方法で継続しないと効果は出ないので、1ヶ月終わったところで振り返りを行って、できたこと、できなかったことを書き出してもらうことで軌道修正を行っています。この時に、もしうまくできていなかった場合は、できなかった言い訳をたくさん書いてもらうんです。やるための工夫を書いてくださいと言うと皆さんいろいろと書いてくれますが、「なぜできなかったんですか?」と責めるような聞き方をしてしまうとどうしても書きづらいんですよね。しかし、「言い訳を書いてください」とすれば受け入れてもらいやすい。自分の何が良くなかった、という話だけではなく、家族がケーキを買ってきてしまったから、といった理由も書きやすくなるんです。それを参加者同士で共有すると、良いなと思うやり方や、こういうことに気をつけたら上手くいきそうだな、といった様々な気づきが得られます。そうしていくうち、徐々に自分のスタイルができていって、独り立ちにつながっていくんです。
また頻繁でなくても良いので適切なタイミングでコメントやフィードバックをもらうと、継続する上でも成功しやすくなります。もちろん、フィードバックという意味では同じレベルの仲間からだけでなく、栄養の専門家や運動の専門家からの意見を求めることも効果的ですよ。
メタボ予防や健康管理は企業にとっても生産性向上の鍵になる
EL:専門家からのフィードバックを得る、となるとビジネス的にも新規事業の可能性が考えられそうです。
都竹教授:そうですね。最近は健康経営やウェルビーイング経営を掲げる企業も増えてきていますが、健康診断の受診率100%や禁煙支援という目標だけでは十分ではないと考えています。だからこそ、企業として見ればビジネスチャンスもあるのではないかな、とも思います。健康に対して意識が高い人、危機感のある一部の人は自分たちで調べて実践しますが、残りの8割、9割の方の意識をどうやって変え、行動変容に結びつけ、最終的に継続をして結果をだすか。このあたりの支援するサービスの提供が、今後企業には求められるでしょう。
それに、企業の健康管理の取り組みという意味では、会社の生産性を上げるために内部への働きかけも非常に重要です。私は企業の産業医もやっているんですが、やはり休職する人は年々増えてきています。病気になってメンタルを壊してしまう人もいるし、特に企業への影響が大きいのは、出勤はしているがパフォーマンスが非常に悪くなっているケースです。本人にはスキルもやる気もあるのに、例えば、偏頭痛や肩こりがひどいと今まで1時間でできていた仕事が2時間かかってしまう。生活習慣病も同じで、単に医療費が増えるだけではなく、能力を100%発揮できないなど、企業にとっての損失機会が増加しているわけです。
EL:メタボ予防、ひいては社員の健康管理が企業のパフォーマンス維持に必要に重要になっている、と。
都竹教授:はい。私が見ている限り、アントレプレナーや、若い経営者の方は健康への意識が高いと感じます。私がアメリカに留学していた時は、ハーバードやMIT、アントレプレナーの分野で有名なバブソンなどボストンにあるビジネススクールの方たちと一緒にランニングする会を主催していました。平日は勉強しなければならなくて心も身体もボロボロですから、週末くらい一緒に走ろう、とか。自分からそういうところに顔を出す人であれば、やはり健康の重要性も響きやすいです。アメリカのエグゼクティブのような人たちも、こういった部分に気を遣っている方が多いですね。
ただ、それがそのまま社員にまで運用できるかというと難しい。なので、誰か1人の社員にやってもらった上でビフォーアフターを見せる、といった手順を踏むと受け入れてもらいやすいかもしれません。やはり生産性が目に見えて向上し、会社全体としてのパフォーマンスが上がれば、企業としても真剣にメタボ対策に取り組みやすくなります。またこのような取り組みをしている企業は、社員を大切にしているというメッセージ、企業価値の向上にも繋がると思います。
EL:貴重なお話、ありがとうございます。最後に読者の方へ向けてメッセージをお願いできますか?
都竹教授:経産省によると、社員の健康管理には1人あたり30万円ほどの投資効果があるとされています。なので、単に国の法律で福利厚生が決められているからというだけでなく、社員のパフォーマンスを上げたり、会社の雰囲気を良くするという観点から健康への投資を行って欲しいと思っています。人間の身体は資本であり、健康管理に対する投資は確実に回収できる上にローリスクハイリターンです。
にも関わらず、メタボ予防をせずに様々な病気になり、リタイアした人を私はたくさん見てきました。食生活を正すことも運動も、やるなら早ければ早いほど効果的な予防につながります。個人でも、企業でも、意識してメタボ予防につながるようなライフスタイルの構築を目指してみてください。
メタボは単にお腹が出ているだけ、と思っていると将来背負う健康上のリスクはどんどん大きくなります。
特に企業経営者や起業家志望の方は、会社全体の生産性を上げるためにも社員のメタボ予防、ひいては健康維持に積極的に取り組まなければならないでしょう。
私たち一人ひとりも、身体が資本ということを忘れずに日々を過ごしていきたいですね。
(取材・執筆・編集/エモーショナルリンク合同会社)