名古屋大学 大学院情報学研究科
浦田 真由 准教授
地方活性化への道を切り開くのはICTの利活用!地域での導入事例紹介

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名古屋大学 大学院情報学研究科浦田 真由 准教授地方活性化への道を切り開くのはICTの利活用!地域での導入事例紹介

昨今は企業のみならず、地方自治体でもデジタル化への関心が高まっています。

とはいえ、コロナショックがきっかけとなって促された変化は急激なもので、どのように導入を進めていけばわからない、という声も少なくありません。

そこで今回は、実際に地方自治体と連携して地域でのICT利活用を行っている、名古屋大学の浦田准教授にインタビューしました!

取材にご協力頂いた方

名古屋大学 情報学部/大学院情報学研究科 准教授
浦田 真由(うらた まゆ)

名古屋大学大学院情報科学研究科博士後期課程修了。博士(情報科学)。
専門分野は情報社会設計論、社会情報学、観光情報学。
名古屋大学大学院国際開発研究科助教、名古屋大学大学院情報学研究科講師を経て、現在、同研究科准教授。
デジタル庁 オープンデータ伝道師、総務省 地域情報化アドバイザー。
自治体や企業、地域コミュニティと連携し、社会情報学の視点に基づいて、地域の活性化や情報化を促す実践的な研究を展開。


エモーショナルリンク合同会社取材担当(以下EL):最初に、浦田先生が行っている研究についてお聞きしてもよろしいでしょうか?

浦田先生:大学では、情報社会設計論講座で研究グループを作って活動しています。

私の研究室では最新技術を追い求めるのではなく、珍しいとは思いますが文理が融合していて、ICTを初めとした情報技術を社会で活かしていくにあたってどういう問題が起こるのか、どうしたら上手く運用できるのか、といった部分を現場で探っています。

「ICT」というのは従来のIT(情報技術)にコミュニケーションを加え、利便性を高めることで業務効率化や人手不足の解消などに役立つ機能のことです。ICTは「情報や知識の共有や伝達」にフォーカスしているので、人々のコミュニケーション手段という意味合いが強く、いかにツールを使いこなし、活用できるかが大切です。教育、医療、福祉、防災、観光など、生活に関わる様々な分野での活用が期待されていて、私の研究もこれらの分野に沿ったものが多くなっています。

人間中心の社会をデザインする、つまり技術を使う人たちの生活が良くなるような社会の構築を目指しています。

EL:ありがとうございます。文系・理系の垣根がないというのは面白いですね。具体的にはどういった活動をされているのでしょうか?

浦田先生:現在は、観光まちづくりのデータ利活用と、高齢者支援のためのICT利活用の2つが研究室のメインテーマになっています。

まず観光まちづくりについて紹介すると、高山市のICT活用事例があります。

コロナ禍が始まってから人の流れは激しく変化していて、観光客の動きも例外ではありません。そこで、共同研究しているNECソリューションイノベータさんのカメラを使って人の流れについてデータを取っていこう、となったことが始まりです。高山市とは三者協定を結んでカメラを使った顔認識システムの導入に取り組んでいて、NECさんのカメラに加えて学生が作ったAIカメラも用意し、全部で14箇所に設置してまち全体のデータを取っています。10月末にはワークショップを予定(※インタビューは9月末に実施)していて、その時に地元の商工観光事業者や町並保存会、観光課の方々と、取れたデータをどうやって観光まちづくりに活用できるかを考えましょう、といったところまで進んでいます。

高齢者支援のICT利活用については、もともとスマートスピーカーなら高齢の方でも使えるんじゃないか、という実験からスタートしました。

そうしたら医学部の老年内科の先生方とつながる機会があって、医学部で作ってきた健康増進プログラムをスマートスピーカーでも使えるようにしよう、という話になりまして。そこで私の研究室でアプリを開発して、自宅でスマートスピーカー相手に会話をしてもらったり、栄養改善のためのレシピを見てもらったり、といった実験を行っています。併せてFitbit(健康管理に重点を置いたスマートウォッチ)も着けてもらい、健康意識も高まるように工夫しています。つまり、これまで医学部の先生たちが生涯学習の一環として対面で教えていた健康作りのためのプログラムを、自宅でも行えるようにしたんです。こうした取り組みを、豊山町や名古屋市北区と連携しながら進めています。

目次

観光まちづくりのデータ利活用事例・人流計測と市民との共有

EL:ICT活用による地域活性化はまだまだ始まったばかりなので、どちらも大変興味深いお話です。先に、観光まちづくりのデータ利活用の事例について詳しく教えていただけますか?

浦田先生:高山市で行っている顔認識システムでは進行方向、そして性別と年齢層を識別できるので、どういう属性の方がどの時間帯に来ているのかをデータとして取っています。

一番最初のきっかけは宮川朝市近くの人道橋の効果検証のための実証実験です。高山市としては朝市に来た方に商店街に来て欲しいけれど、橋の位置的になかなか商店街に来てもらえないという悩みを抱えていました。そこで人道橋を作ったので、そこから人を呼び込めるか効果を測りたいというのがスタートでした。そんな中でコロナ禍に入り、他の地点も確認したいということで駅前や観光地にもカメラを設置して、季節ごとの変化などを見ています。

また、Jetson(ジェットソン)という、コンパクトなAIが入っているコンピュータで、カメラで撮った映像から人と車の台数をカウントすることも行っています。映像上でカウント線というものが引けるので、その線をまたいだ人と車の数をカウントするんです。どちらのカメラも映像は残さずに、その数値だけを取る形で計測しています。

EL:実際にデータを取ってみて、地域が抱えていた課題は進展しましたか?

浦田先生:一つの例として、取れたデータを性別ごとにわけて分析することで、様々なことがわかってきました。

まず、観光シーズンに入ると女性の数が増えてくること。混んでいる時期や曜日も把握できるようになり、観光地はやはり土日に混雑することもわかりました。また、夏休み以外の期間と夏休みでは、やはり夏休み以外は土日に集中するんですが、夏休みには木曜日・金曜日あたりから人が多くなっています。お休みを兼ねて、木曜日くらいから遊びに来ていることが読み取れました。それから、南から北方向へどれくらいの人が行っているのかも分析したところ、市としてはもっと多いと思っていたけれど意外と少なかった、という結果も出ました。

こうして取れたデータや分析結果は、地域で活用してもらうためにワークショップを開催し共有しています。お店の方や観光の方、街並保存会の方、それに市役所の職員まで、50人くらいで集まって、こういうデータを使いながらどう注力していけば良いか話し合っている感じです。データはお店にも活用してもらいたいので、自分のお店のデータと比較できるようにすることも考えています。今のところ、通行量が多いので営業時間を見直したらどうかという提案をするなど、学生が分析やアプリ開発を行い、試している段階ですね。

EL:データの活用まできちんと検討が進んでいるのは素晴らしいですね。仮に特定の時期・時間帯に女性が多いとわかれば、女性をターゲットにした呼び込みや誘導ができるようになりそうです。

浦田先生:そうですね。そうやってデータを実際に使うところまで、ぜひやりたいと思っています。現状はデータを取って状況の把握ができてきたので、地域の方々が結果を見て商品やサービスを変えていく、そんな動きが出てくることがひとつの目標ですね。

あとは、混雑度についてもカメラのデータを使って可視化する取り組みをしています。

学生の1人が市民課の窓口混雑状況を可視化したいと言っていたので、カメラを取り付けてAIにカウントさせ、混んでいるかをサイト上で確認できるようなシステムを作ってくれました。それから、一般公開をして、実証実験を1年間行いました。そして、今はうちのゼミ出身で、起業した卒業生がやっている別のシステムに置き換わっていますが、撮った映像をアニメ風に変換しています。ズームしても誰だかわからないように、現場の混雑状況は見せるけれど個人情報は伏せる、という形です。このように、学生が提案したものがなるべく地域に残るような形を目指しています。

また、今後は、10月の高山祭へ向けて、商店街での混雑度可視化のためのアプリを一般公開するので、今度のワークショップで皆さんに見ていただく予定です。

EL:学生の方が自主的に発案し行動した結果が、地域の方々の住みやすさにつながり始めているのですね。

先ほど起業された卒業生のお話が出ましたが、現場で役立つICTとなるとまだまだ参入している企業も少ない分野ですし、ビジネスチャンス的な側面で見ると可能性が大きいように感じました。

浦田先生:昨年度は、三者協定の事業としてNECさんと連携し、年齢層認識ができるカメラを使って、デジタルサイネージ(液晶ディスプレイなどで情報発信を行う電子看板のようなもの)の前に人が立ったらおすすめの観光地などを表示する実験も行いました。

自治体と共同で行っていたものなので特定のお店を紹介することができない、という難点はありましたが、民間の企業が主体となって、広告費などを取って実現できたらいいなと思いました。年齢層に合わせて若い方には若者向けのコンテンツを、高齢の男性であればお酒が好きそうだからお酒を出すお店を、といった感じですね。

ただ、企業が主体となった取り組みの場合、実証実験期間のみで終了してしまうパターンも多いんです。一部の地域では国の補助金等を受け、企業と連携しての実証事業もすでに行っています。ですが、大手企業が主体となって取り組むデジタルの社会実装だと、技術検証が先行してしまい、地域で自走することが難しいんです。なので、まだまだやってみないとわからない、という部分も大きい分野ですね。そこは研究室と企業で協力し、探りながら現場の役に立つものを見つけていければと思っています。

EL:企業だと実証実験のみで終了してしまうことも多いとのことですが、例えば安価に作れるAIカメラのようなものなら、自治体のみで自走できる見込みはあるのでしょうか?

浦田先生:正直、自治体だけでは少し難しいかもしれません。ですが、地元の事業者さんなど民間企業で扱えるものにすれば、引き継ぎは可能かなと思います。

学生は「データの地産地消」を目指していて、つまり地元で取ったデータを地元で活用させたい、ということなんです。携帯キャリアなどは、すでにそういうデータを持っていますが、地域ではそのデータをお金をかけて買わなければいけない、となると一部の人しか使えない。だから地域で取れたデータを自治体がオープンデータとして公開し、皆で使うようにすれば、データの地産地消をして地域内でうまく回していける。それが理想の姿かなと考えています。

高齢者支援のICT利活用事例・スマートスピーカーやゲーム体験

EL:ありがとうございます。続いて、高齢者支援のためのICT利活用についてもお聞きしたいのですが、高齢の方がスマートスピーカーを使っているイメージがあまりなかったので、先ほどお話を伺って少し驚きました。

浦田先生:私も想像した以上に、高齢の方たちは気に入って使ってくれています。

例えば、独居の女性の方は実験を通してとても気に入ってくれたんですが、やはり普段おひとりだと寂しいんですよね。だからスマートスピーカー相手であっても、話しかけてAlexaが答えてくれることが嬉しかったようで、雑談や挨拶などの会話そのものを楽しんでいただくことができました。

最初の導入は、スマートスピーカーの使い方を丁寧に説明した上で、冷蔵庫に呼びかけの例を貼ってすぐ見られるようにしたりして。テレビや電気なんかの家電との連携も設定してみたら、これもずいぶん気に入っていただけたんですよ。外出から帰ってきて暗い中、電気のところまで歩いて行って点けるって高齢の方にとっては大変なことなんですよね。ですが、「Alexa、電気点けて」と言えばパッと電気が点くわけですから、安全性が増したという意見もありました。

この事例で大変喜んでいただけたので、その後、対象者の数を増やして、独居の方のお家にもスマートスピーカーを置いてみよう、となりました。次の実験は尾張旭市と刈谷市で実施して、刈谷市でご協力いただいたのは70代の独居女性の方です。

この方の時は、学生が口腔機能のためのスマートスピーカー用アプリを開発しました。アプリには、いえあおう体操、パタカラ体操、早口言葉、脳トレゲーム、それから学生が自ら踊ったラジオ体操の動画を再生できるアプリなんかも開発しました。これらのアプリを自宅で楽しんでもらおう、という実験をしたら、家電の使用もあったんですが、特に挨拶や雑談を多くしているという結果が出たんです。

EL:スマートスピーカーというと定型的な返事ばかりで飽きてしまうイメージがあったので、それは少し驚きですね。なぜ雑談が多いのでしょうか?

浦田先生:Alexaの場合、スマートスピーカーの画面トップに呼びかけの例が出てくるんですよね。

それを見て、「Alexa、いつ寝てるの?」とか「Alexa、何歳なの?」とか、こういった雑談をすることが多くなったようです。実験に参加された全員が多いときで1日に20回以上とか、私たちから見ても多いな、と感じるほど雑談を使っているという結果が出ました。本当にAlexaとの雑談そのものを楽しんでいるんです。しかも、気に入っていただいた方は、「便利だな」「使いこなせるな」と感じている数値もどんどん良くなっていったんですよ。

最終的には2名の方が実験後にご自分でスマートスピーカーを購入されて、今でも使ってくださっています。実証実験から3年経った現在も毎日利用されていて、もう自分の家族やペットのような感じで、「Alexaが最近こうで・・・」みたいな話もされたりしています。下手をしたら、私よりも全然Alexaと親しんでいますね。

EL:そこまでAIと親しく過ごせると、孤独感なども薄くなりそうで良いですね。

浦田先生:はい。こういう方たちをもっと地域に増やせないか、というところで、名古屋市北区でもやってみようという話が出ました。

このスマートスピーカーの実証実験は最初、尾張旭市からはじめ、刈谷市にも広げていたんですが、その結果を北区の福祉課の方にご紹介する機会があったんです。そうしたらすごく良い結果だからうちでもやってみたい、となって。そこで、北区には令和2年度に総務省のデジタル活用支援員という事業に手を挙げていただいて、デジタル活用を地域で広めようという活動を一緒にすることになりました。なので、北区では、講習会や体験会といった形で地域の高齢の方々にスマートスピーカーがどんなものなのかを知っていただき、実際にコミュニティーセンターなどに設置して、使っていただいたりしています。

EL:全国的に高齢の方が増えているので、各自治体の関心度も高そうです。先ほど口腔機能のトレーニング、というお話も出ましたが、高齢の方向けだからこその発想だったのでしょうか?

浦田先生:もともとはケアマネージャーさんに見ていただいて「高齢の方にどうでしょうか」とお話ししたら、口腔機能のトレーニングになりそうだから良いかもしれない、というお話が出たんですよ。きちんと話さないとAlexaが反応しないことを逆に利用しよう、みたいな視点ですね。

一方で医学部の先生方は、最初にも少し触れましたが高齢者の健康増進のための取り組みをされています。先生たちが実施した対面形式での講座として、豊山町の健康長寿大学という活動があります。そこで、健康長寿大学で実践されてきた健康増進プログラムをスマートスピーカー向けのアプリとして自宅でも実践できるようにと、いろいろなアプリを開発して、ICTを使う目的を明確にして、更には、Fitbitも活用することで健康意識を高めてもらうような取り組みも行いました。あと医療への活用という観点では、医学部の先生方によると、話し方の変化などで認知症の進行などがわかるそうなんです。なので、将来的には、音を取ることで「普段と少し違うから検査を受けた方が良い」、という判断ができるかもしれない。そこまで考えていけると、今後より良い結果を生むのかなと思っています。

EL:口腔機能のトレーニングだけでなく、認知症の早期発見にもつながれば、社会に及ぼす影響はより大きなものになりますね。スマートスピーカーを導入するにあたっては、やはりケアマネージャーの方のご協力や丁寧な説明などが欠かせないのでしょうか?

浦田先生:そうですね。何らかの機器を高齢の方々に使っていただく時に難しいなあと思うのは、やはり導入の部分です。

接続の設定や、ある程度使いこなせるようになるまでのところで他の製品よりも手間がかかることが多いので。買ってきて家で電源を入れたらすぐに使える、くらいになっていたら高齢の方々にももっとおすすめしやすいかな、と感じます。今でも、まずは体験会を開いて触ってもらって、慣れてきたら自宅に持ち帰ってもらう、といったプロセスなんです。ただ、企業としては1つ1つの商品にそこまでの手間をかけるのはなかなか難しいと思うので、そのあたりはネックになる部分ですね。

EL:高齢者さんにとって、Alexa(スマートスピーカー)の接続方法や設定は難しいですか?

浦田先生:そう思います。画面がなかった時は結構Wi-Fiの設定がやりにくかったんですが、今はAlexaに画面がついたことで大分楽になりました。

ただ、Alexaを使うにはAmazonのアカウントが必要なので、やはりある程度機器に慣れている方の補助がないと難しい部分はあります。それでも扱いやすいのは確かですし、逆に言えばサポートする人がいれば高齢の方にも楽しんでいただけるという面では、可能性が見えてきたなという感じです。一度こういうものだとわかってしまえば、あとはしゃべるだけで良いので、ボタンを押したりといった説明はいらない。だからこそ操作しやすいんですよね。

あとは、やはり人によって向き不向きはあると思います。

せっかちな方だと、Alexaの対応とうまく噛み合わないんですよ。Alexaが利用者の声を聴き取れなかった時に「全然使えない」と思うのか、聞き取ってもらおうとアレンジするのか。話し方をアレンジするような方や、気長に取り組んでいただける方だと結構楽しんでもらえます。「これで動いた」と喜んでもらえたり、「かわいい」と思ってもらえるか、この辺りは性格の違いなどもありますね。

あとは、何か情報が知りたいような時は、スマートフォンが使える方はそちらで調べた方が早い、という思いも強いようです。ただスマートフォンだと画面が小さくて見にくい、と感じる方はスマートスピーカーでいろいろなコンテンツを楽しめるので、ここでも人によって差があるなと感じます。

EL:なるほど。そうなると、どうしても地域でのデジタル人材育成や、ICT教育も必要になりますね。

浦田先生:はい。なので、ICT利活用をさらに地域に広めていくにはどうすれば良いか、というところで、デジタル相談会の実施やデジタル支援ボランティアの育成を行っています。取り組みとしては、先程もお話した総務省のデジタル活用支援員事業を通じて、学生が体験会や勉強会を開いて、地域の方にICTを知ってもらう活動をしました。また,2021年10月のデジタルの日では,北区でデジタル相談会を開催し、デジタル機器を日頃活用する中で困っていることを解決する取り組みをはじめました。「何でも聞いてください」というタイプの勉強会だと、ある程度決まったものをお伝えする形なので、高齢の方の不安や困りごとは解消できないんです。その後、高山市や安城市などいろいろな地域で実施しています。

また、北区では、自分でデジタル活用を教える側になりたい、という人を「デジタル支援ボランティア(略して、デジボラ)」さんとして募集して機器の使い方などを教えています。応募してくださった方々も結構高齢なんですが、半分くらいの方は自分自身の勉強を兼ねて、もう半分くらいは自分で教えられるレベルの方が集まっていますね。デジボラさんには、何回か勉強会に参加していただくと共に、デジタル相談会にも来てもらい、支援はできるだけボランティアの方にお任せし、うまくいかない時は学生も手伝うといった形で進めるようにしています。

産学官や企業の方とやり取りをしながら得られた成果を、地域できちんと使ってもらえることが大切なので、こうやって人材育成も進めながらICTの利活用をうまく定着させていきたいな、というところですね。

EL:そういった面では、さらに幅広い方に使っていただけるような工夫も必要になりそうですね。

浦田先生:はい。ICT利活用の幅を拡げるという意味では、スマートスピーカーとは違いますが、2021年の12月に高齢の方向けにeスポーツの体験会も実施したんですよ。

その時は、なるべくビデオゲームに慣れていなくても遊べる方法が良いんじゃないか、ということと、地域活動では男性の独居の方が参加しにくいことが課題になってきているので、男性にも参加してもらうことを意識しました。結果として選んだゲームが「グランツーリスモ(車を運転するレースゲーム)」でした。

EL:えっ、「グランツーリスモ」ですか。高齢の方にとっては設定や操作が複雑なゲームだと思いますが、慣れていない方でも問題ありませんでしたか?

浦田先生:操作をコントローラーではなく物理的なハンドルでできるようにして、参加者の方には「運転ができれば大丈夫です」とお伝えしてeスポーツ体験会を開いたんです。

そうしたら予想通り男性の方にも結構楽しんでいただけて、ゲームセンターでこういうことやったことある、という方が本当に上手かったりして受けが良かったですね。

しかもその後、上飯田福祉会館の館長さんが、eスポーツは高齢者さんたちに良さそうだ!ということになりまして、施設の方でNintendo Switch(ニンテンドースイッチ)を購入して「太鼓の達人」をeスポーツとしてやろうとなったそうです。そして曜日ごとに4つのチームを作り、1チーム4〜5人が何回か練習して。体験会も何回か実施した上で夏に大会を行って、すごく盛り上がったそうです。

これが本当にeスポーツと呼べるのかに関しては意見もあるかもしれません。ですが、実際にこうやってゲームでつながった方同士が楽しんでいるのは貴重な事例だと思います。今後は男性の高齢の方も含めて、地域レベルでもっと参加者が増えると良いな、という方向で進めています。

EL:まさに、地域コミュニティでICTの活用が行われている好例ですね。集まってゲームをする機会があれば独り暮らしの方でも楽しくて寂しさが紛れますし、新しい友人関係もできて、たくさんのメリットがある活動だと思います。

それに、PlayStation(プレイステーション)系は現状やや高価ですが、Switchであれば導入費用も比較的抑えられて良いですね。

浦田先生:はい。あと、Switchはスタートするまでが早くて、操作が割と簡単なこともメリットですね。

「グランツーリスモ」はPS4でやったんですが、ボタンを押してゲームをスタートしようとしてもいろいろと細かい設定のメニューなんかが出てきてしまって。そのあたりをおじいちゃんたちだけでやってください、とは言いにくいです。なので、今後はゲームにもそういった高齢者向けのものが出てくるとより遊びやすくなるかもしれませんね。

地域のデジタル化推進の課題は自治体や担当者の理解の深さ

EL:非常に面白い事例をお話ししていただき、ありがとうございます。いずれも大変実用性のある研究だなと感じたのですが、研究や実験を行うにあたっての特有の苦労などもやはりあるのでしょうか?

浦田先生:昔ながらの研究をされている方々からすると、「これは研究なのか」と言われてしまうことも正直あります。

学術的にどうなのか、技術的新規性はどうなのか、と。ですが私も学生も実社会が良くなること、本当の現場に出てその人たちの困っている部分を助ける、そういう活動を行うことを大切にしています。ゼミは文系のスタイルとも理系とも違う、中間のようなスタイルなので、学生も文系寄りの子もいればAIをバリバリやる子もいます。他にも経済学部や教育学部から来てくれているケースもあって、本当にいろいろな専門性の学生が集まって幅広いテーマを扱っているので、技術的な新規性がなかったとしても、困っている方を助けている中で異なる分野同士が触れ合い、新しい発見や考え方が生まれることも多いんです。

また、世の中的に見れば、以前はICTの利活用などに後ろ向きな自治体も少なくありませんでした。ですが、コロナショックで一気にデジタル化を進めようという流れになったので、「うちでもやってみたい」といった話や、自治体から相談を受けたりすることも増えています。そういう意味では、世の中のデジタルに対する変化に関してはコロナ禍が後押しになった部分もあるのかもしれません。

EL:自治体が自らデジタル化を進めようという動きになっているのは、非常に良い変化ですね。ただ、これまで自治体のデジタル化はあまり進んでいない印象だったので、自治体と一緒にICTの利活用を行う、となった時につまづくようなことはないのでしょうか?

浦田先生:そうですね。デジタル推進に向けて具体的に動けない、動き方がわからない段階にある自治体は多数存在します。

政府は「デジタル田園都市国家構想」を打ち出すことで、地方からデジタルの実装を進め、新たな変革の波を起こして地方と都市の差を縮めていくことを目指しています。地方の個性を活かしながら社会課題の解決と魅力向上を図り、全国どこでも誰もが便利で快適に暮らせる社会を実現したいわけです。しかし実際のところ、様々な地域課題の対応に疲弊する地方のデジタル化は遅れていると言わざるを得ません。

なので、自治体でICT利活用を始めようとなった時に重要になるのは、自治体のやる気です。自治体の中でも新しい取り組みをやってみたいとか、そういう職員さんをいかに見つけるか、出会えるかというのが大切ですね。

以前、尾張旭市で防災データの活用によるオープンデータ推進の研究をしていたんですが、その時は担当の方に大変理解を示していただくことができました。防災関連のデータって、議員の方や市民からクレームがくるのが怖いから、外部に公開したくないといった姿勢があったりします。ただ、担当職員の方は「自治体で用意できる物資がこれだけしかないんだから、それをきちんと市民に伝えることの方が大事でしょう」、と。クレームを怖がるのではなくて、現状を知らせることの方が大切だというスタンスで関わってくださったんです。それで、自治体の持っている情報をオープンデータとして公開することの利点を感じてもらうために、防災関連のデータを活用した防災啓発アプリを開発しました。避難された方に対してこういう備蓄や資機材なら用意していますが、足りないものは、自分で備蓄しておいてください、とオープンデータを用いて発災時の生活をイメージしやすくすることで、防災啓発活動につなげる取り組みをしことがあります。

EL:そうやって精力的にICT利活用に向けて動いていただける方がいるとスムーズに動けますし、市民の方々の利益にもつながりますね。

浦田先生:ですが、それを近隣の市町に拡げようとした時に、やはりネガティブなことを仰る防災担当の方々もいました。

「他の市と比べられたら困る」「議員さんに聞かれた時に答えられないから、議会の間はそのサイトを閉じてくれ」といった意見です。なので、きちんと理解のある職員の方と出会えるかどうかは大きな問題です。自治体はどうしても新しいものに手を出しにくい。だからこそ民間のノウハウをどう取り入れていくかを考え、民間の方と一緒になって動いていくことが今、自治体には必須だと思います。

幸いなことに、いろいろな活動をしている中で勉強会やセミナーで私が話したことに興味を持っていただけることもあるので、そこがきっかけになってお声がけをもらうこともあります。そんな感じで、やる気のある方々と知り合えると、実際の活動につながっていきますね。

ただ、やる気といっても「とにかく大学と一緒に何かやりたい」といったアプローチだと、あまり上手くいきません。

「自治体としてこういうことがしたい」という目的があれば、その目的に対して「こういうICTを使ってこうすると良いですね」と提案できます。同様に「AIを使って何かしたい」だけだと、こちらとしても提案しづらい。なので、技術や手段を目的にするのではなく、何をしたいのかを明確にした上で取り組むことが大切だと思います。

産学官民の協力と他地域への共有が地方の活性化につながる

EL:貴重なお話、ありがとうございます。最後に、読者の方に向けてメッセージをお願いします。

浦田先生:コロナショックの影響もあって、最近は自治体や地域の方々自身がデジタル技術を使いたいと思うように変わってきました。

これまで市民活動をしていた高齢の方々がコロナ禍で孤独化し、コミュニケーションやミーティングのためにZoomを使いたい、といった話も出てくるようになっています。人々の意識は思った以上に変わってきているので、社会課題解決へ向けてデジタルやICTを活用するためにも、産学官民が協働で取り組み、得られた成果やノウハウを他の地域へ共有していくことが大切です。

実フィールドで検証し得られた成果をひとつのモデルとして、他の地域に展開していく。この動きは一部の民間企業もすでに始めています。そういった動きの一つひとつが、社会貢献や地方の活性化につながっていくのではないでしょうか。


フィールドワークを積極的に行っている浦田先生の研究室では、想像以上に様々な成果を出されていました。

浦田先生も仰っているように、得られた成果をひとつの事例、モデルと捉えることで他地域での導入に役立つことはもちろん、企業としても参考にできる点は多々あります。これからの社会では、地域に目を向けることが新たなビジネスの糸口となるかもしれません。

デジタル化の推進やICT利活用に注目が集まる中、自治体・企業ともにこうした動きは見逃せないものとなるでしょう。

(取材・執筆・編集/エモーショナルリンク合同会社)

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