カリスマ性やリーダーシップのある話し方はそれだけで他者を引きつけ、心を動かせる強力な武器になります。
ただ、リーダーシップが感じられる話し方は意識して取り組んでもなかなか上手くできるものではありません。時には才能がないから無理だと感じてしまうかもしれませんが、実は人を動かす話し方は後天的に鍛えることができるスキルです。
そこで今回は、長崎大学の矢野先生に、リーダーシップの取れる話し方についてインタビューしました!
取材にご協力頂いた方
長崎大学 准教授
矢野 香(やの かおり)
専門は、心理学・コミュニケーション論。
NHKでのキャスター歴17年を経て、2014年4月より現職。おもにニュース報道番組を担当し、NHK在局中からスピーチ研究に取り組み、博士号取得(総合社会文化)。
大学教員として研究をつづけながら、スピーチコンサルタントとして上場大手企業役員、経営者、政治家などエグゼクティブクラスに指導。記者会見や株主総会、政治家の演説、有識者・著者の講演やメディア出演など、「ここぞ」という失敗できない場面を成功に導く実践的な指導に定評がある。著書に『最強リーダーの「話す力」』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『その話し方では軽すぎます!』(すばる舎)、『【NHK式+心理学】一分で一生の信頼を勝ち取る法』(ダイヤモンド社)など、ベストセラー多数。
エモーショナルリンク合同会社取材担当(以下EL):まず最初にお聞きしたいのですが、リーダーシップは訓練することで身につけられるものなのでしょうか?
矢野先生:「スキル」として身につけることが可能です。心理学では、リーダーシップに必要なコミュニケーションは「スキル」、つまり技術として鍛えられる能力だと考えられています。リーダーという役割・立場にいる方々の中には、一生懸命話をしているのに、なかなか周りが動かないという経験をした方も多いでしょう。もともと自分にはリーダーシップがないんじゃないか、と悩んでしまうかもしれません。しかし実は、リーダーシップは生まれ持ったセンスや場数によって決まるものではなく、トレーニングによってコミュニケーション能力として開発ができるという学術的な根拠があるのです。私の専門は、その中でもスピーチやプレゼンテーション、いわゆるオーラル(口語)コミュニケーションです。今回は「話す力」によってどうやってリーダーシップを取っていけば良いのか、についてお話します。
リーダーとして話すなら「目的」を明確にする
EL:ありがとうございます。話す力というと、リーダーの役割としてはスピーチやプレゼンテーションが浮かびますが、人前で話す場合には何を意識すべきなのでしょうか?
矢野先生:前提として、「上手に話そう」と思うことが大きな間違いです。上手に話したいと思うと、ジェスチャーをつけてみたり、大きな声で滑舌よくはっきり発音するよう意識してみたり、あるいはスライドにアニメーションをつけて音楽もかけてみたりと、様々な工夫をしますよね。しかし、これらは全て手段であって目的ではありません。スピーチやプレゼンテーションをするなら、まずは目的を意識する必要があります。なぜなら、ヒトという動物は目的がなければ口を開かない、コミュニケーションを取らない生き物だからです。
EL:目的がなければ口を開かない、というのは今までにない視点でした。言われてみれば、何かを伝えようとする以上は目的がありますよね。
矢野先生:はい。リーダーが口を開く時は絶対に何か目的があるはずです。なのに、「では一言お願いします」と突然求められると「え、何話そう?」「うまく話せるかな?」と不安になってしまいます。これは、目的そのものが上手く話すことになってしまっているためです。突き詰めると「話す」以外の最終目的が必ず存在します。例えば、リーダーとして自分が話すことで、チームの団結力を高めて士気を上げようとか、新しいプロジェクトに対する内容を正しく理解してもらおう、とか。
こうして考えると、上手い話し方というのは決まった型があるわけではありません。目的を達成したかどうかによります。何もアナウンサーのように流ちょうに話さなければならないとか、凝ったスライドを用意しなければ上手な話し方にならない、なんてことはないのです。営業担当のビジネスパーソンで、とつとつと話す大人しい方なのに、すごく成績が良いということもありますよね。目的を果たすことができていれば、必ずしも「上手に話す」必要はないんです。つまり、人前で話すとなったら、まずは自分自身が話す目的を明確にしましょう。何のために話すのかを自覚することからスタートです。
EL:もし話す目的がはっきりと見つからなかった場合は、どうすべきでしょうか?
矢野先生:私の経験上、リーダーの立場にありながら話す目的が無かったという方はほとんどいらっしゃいません。拙著『最強リーダーの話す力』でもご紹介したように、伝える目的は主に、
- 好感獲得
- 情報提供
- 行動変容
の三つです。自分の目的を見つける目安にしてください。
さらに、リーダーが自ら語る必要がないことを話してしまっている事例も多く見受けられるので注意が必要です。ビジネス現場でよくあるのは、本来なら担当者が説明すれば済むような内容を社長自ら話すようなケースです。例えば、来年度から人事制度改革を行うとしましょう。「評価制度が変わります。新しい制度ではここを評価します」といったことを社長自ら言う必要はありません。
リーダーが伝えるべきなのは「私たちは重大な決断を下しました。来年度から人事制度改革を行います。これは、人生100年時代にあった働き方・生き方をしていただくためです。私たち一人ひとりが仕事を通して社会に貢献し、誇りを持って充実した人生を送るためです。」で良いんです。この場合、話す目的は、制度改革に対する不安を払拭すること、そして上層部の本当の狙いを理解してもらうことです。制度の詳細をリーダー自ら説明する必要はありません。何かを話すとなったら「リーダー自らが言うべきことなのか」という点も検討することが大切です。
用いるべき非言語のスキルは話す目的によって変わる
EL:なるほど。目的が明確になったら次のステップとして具体的な話し方になっていくかと思いますが、目的に沿った話し方というのは具体的にどのようなものなのでしょうか?
矢野先生:目的を果たすために必要なスキルのみを取り入れた話し方です。リーダーの方々からよくある質問が「声は低めで、ゆっくりと話した方が良いんですよね」というものです。しかし、声や話す速さなど、どう話すべきかは目的によって変わります。
例えば、士気を上げたいのであれば、低い声でゆっくりと話しているだけでは聞き手のテンションは上がりません。むしろ少し高い声で、早口で「私たちならできると信じています。思い出してください。あの時はできましたよね!だから今回も必ず成功するはずです!」と、どんどんテンションを高くしていく。すると、その場にいる人たちの高揚感が高まります。
反対に、皆がすごく落ち込み自信をなくしているような雰囲気のなかで、同じような伝え方をすると逆効果。「自分たちの気持ちを理解していないリーダーだ」と思われて距離感を作ってしまいます。そういった場面では、まずは共感を示すために自分も落ち込んだ様子で低い声でゆっくりしたテンポで話し出します。「不安に思うよね。現状はこうなっている。確かに厳しい状況だ。しかし、まだこんなに支援者がいる。お客様からもこんな声をいただいている!だから、もう一度頑張ってみないか!」と途中から声を上げていくんです。
EL:確かに、その場に合った話し方でないと、どんなにスキルがあっても意味を成しませんね。
矢野先生:伝え方のうち、どのように話すかという非言語の部分は、このように何を目的に話すのかを軸に決めていきます。声が高い方が良いのか、低い方が良いのか。話すスピードは速い方が良いのか、ゆっくりの方が良いのか。ジェスチャーは両手か、片手か、などなど。これらの使い分けは目的によって全て変わります。だから、目的なしでは決められないのです。
薬でも風邪症状のための総合薬よりも、鼻水が出ている時は鼻水止めの薬を、咳が出ているなら咳止めの薬を飲みますよね。より狙った効果を得ようとするからです。上手に話すスキルというのも総合薬のようなものなんです。だからこそ、話す目的を明確にした上で目的にあった社会心理学をもとにしたコミュニケーションスキルを使えば、より伝わる話し方ができることを知っていただきたいのです。
話し方には3つの階層がありリーダーには第3階層が求められる
EL:すると、世の中にはネットでも書籍でも「こう話すとコミュニケーションが取りやすい」という情報が山ほど溢れていますが、その時々の目的に応じて学んでいくことが最善なのでしょうか?
矢野先生:そうおすすめします。様々なコミュニケーションスキルは、目的によって分類することができます。社会で求められる人の話し方には3つの階層があると知っておくことが重要だと考えます。
順番に説明すると、第1階層は全ての人が対象で、誰でも身につけておくべき社会人としての基礎力です。例えば、相手の話をよく聞くことや、好感度を上げるための笑顔といった、相手に対して良い印象を与える話し方です。社会的動物である人間として、他者と関わるには絶対に必要な能力といえます。
第2階層はいわゆるビジネスパーソン向けの話し方。わかりやすく伝える力や論理的に話す力、相手を説得する力です。結論から話す、短くまとめるといったスキルが代表的です。ビジネススキルとして紹介されている多くが、第2階層に含まれます。ビジネスパーソンが現場の中で身につけていく能力ともいえます。
そして、そのさらに上にあるのが第3階層。影響力を持って他者を動かすための話し方です。第3階層では、やる気がない人にやる気を出させる、NOと言っていた人にYESと言わせる、あるいは他者を導いていくといったことが目的になります。階層はピラミッド型になっていて、上の階層は下の階層の内容を兼ねています。第1階層と第2階層ができた上で、第3階層である「影響力を与えるスキル」を習得する、というイメージです。
EL:リーダーシップを取るために必要になるのは、第3階層ですね。
矢野先生:その通りです。第3階層のスキルを身につけるには、どういうリーダーになりたいかを決め、そのリーダー像に合った表現を選ぶことが求められます。そのため、自分が話す目的はどの階層に当てはまるのかを見極める。そのうえで、まずは手にした情報が第1階層向けなのか第2階層向けなのか、自分で取捨選択できるようになることが大切です。全ての情報を鵜呑みにしてスキルジプシーのようになってしまわないために、自分に必要な階層のスキルを集中的にトレーニングすることをおすすめします。
理想のリーダー像が決まれば話し方も自然と導き出される
EL:では、リーダーシップを取れるような第3階層の話し方を身につけるには、どのような取り組みをすれば良いのでしょうか?
矢野先生:思い出していただきたいのは、最初にお話しした、目的によって話し方は変わるということです。声が低い方が良い、ジェスチャーを入れると良い、と一概にいえないからこそ私たちのようなスピーチコンサルタントがいます。そして、1対1でコンサルティングをしながら、そのリーダーが伝える目的のためにはどんな表現にするのが良いか、さながら演出家のように決定していくわけです。
スピーチコンサルタントがいない状況では、自分で自分のプロデュースをすると良いでしょう。そこで必要になるのが、心理学では自己呈示と呼ばれる方法。英語ではセルフ・プレゼンテーションといいます。拙著『最強リーダーの「話す力」誰から見てもリーダーらしく見える「話し方」の秘密』の中では「セルフ・パペット」と表現しました。
この「セルフ・パペット」は、いわゆるキャラ設定のようなものです。リーダーとしての自分を操り人形のように操っているイメージを持つのです。そして、操り人形にどんな言葉を喋らせるか、どんな服を着せるか、どんなジェスチャーをさせるかを決める時には、「こういう人になりたいな」というロールモデルを見つけることが近道です。
EL:ロールモデルはどのように決めるべき、といった法則などはあるのでしょうか?
矢野先生:ロールモデルは、スピーチが上手いといわれている政治家や経営者などの著名人、またはご自身の身近にいる上司などでも構いません。具体的な人物が思い浮かばないときは、自分が理想とするリーダー像のイメージを言語化します。「堂々としたリーダー」「頼りになるリーダー」「信頼されるリーダー」など、目指すリーダー像を決めてください。特定人物として定めても、言語化のみでも、イメージを映像として鮮明にしていくのです。そうすると、「頼りになる人ならこの場面で、おそらく一生懸命高く大きな声を出すんじゃないか」「堂々とした人なら、ここはゆっくり歩いていくだろう」といった非言語の動きも見えてきます。
具体的なイメージさえできていれば、私たちは今までのコミュニケーション経験をもとに答えを自然と探し出すことができます。言語化、映像化ができていないから「どんな話し方をすれば良いんだろう」というひとつの正解を求めてしまいます。「この人のようになりたい」という明確なイメージさえあれば、データはもうすでに各自の経験則の中にあるのです。
1人でできる最高のトレーニングは「ものまね」をすること
EL:本当に、具体的に特定の人物をイメージするとジェスチャーなどの動きが目に浮かんできますね。
矢野先生:スピーチコンサルタントという意味での心理学者は、誤解を恐れずに言えば、この声の高さで、この速さで話す人はこういうイメージを持たれることが多い、といったデータに詳しいだけです。
自分自身の経験の中にある理想のリーダーを想像することで、スキルトレーニングは1人でもできます。若手のリーダーの方におすすめしたいのは、自分が出席する必要のないミーティングやプレゼンテーションにも勉強として全て参加することです。様々な人の話し方を実際に見て、「ここで手を上げるんだな」「ここで資料を見せるんだな」と分析していく。
そういった機会がない場合は、インターネットなどでいろいろな人のプレゼンテーションを見てみましょう。YouTubeなどで日本語のプレゼンの動画をたくさん見てみてください。英語のプレゼン動画も参考にはなりますが、やはり日本語で話したいなら日本語でプレゼンテーションをしているリーダーの動画が最適です。私のおすすめはトヨタ自動車の豊田章男社長です。株主総会でのプレゼンテーションやインタビューなどの映像も出ています。資料で困ることはありません。
EL:資料が豊富にあるからこそ、あとは実践が物を言いますね。動画でのプレゼン練習で効果的な方法があれば教えていただけますか?
矢野先生:1人で話し方をトレーニングする時の最も良い方法は「ものまね」です。以前クライアントに、ある政治家の先生をロールモデルにしたいという経営者がいらっしゃいました。Youtubeに公開されていたその政治家の応援演説のジェスチャーを全て真似してもらったところ、約20分もの間、腕を肩より下に1回も下げていなくて目から鱗だったと仰っていました。私がNHKでキャスターを務めていたときも、憧れている先輩のニュースを見ながら、真似をして練習をしていました。これらは、心理学で「モデリング」というトレーニング方法です。スピーチにおけるモデリングは、私の研究でもその効果を立証しています。
ロールモデルを作ってものまねをする時は、ぜひ自分よりも歳上や、立場が上の人を対象にしてください。同じ年代の人を真似するより、10年後にはこうなっていたい、と思うような未来の自分をロールモデルにするのです。「あの人だったら今なんて声をかけるだろう」「あの人だったらどんなプレゼンテーションをするだろう」ということを想像しながら真似して、スキルを先取りしてしまいましょう。
最適な話し方が目的によって変わることから、リーダーシップを取れる話し方の具体例まで、非常に参考になる内容でした。
特に、理想のロールモデルを徹底的に真似るという練習方法は、ネット環境さえあれば今すぐにでも始めることができます。企業経営者の方や起業家を志している方は、日常的に意識して取り組んでいきたいですね。
なお、記事内で触れられていた「話す力3段階説」や「セルフ・パペット」の詳細ほか、さらに実践的な話し方の数々は、矢野先生の著書『最強リーダーの「話す力」誰から見てもリーダーらしく見える「話し方」の秘密』でご覧いただけます。
(取材・執筆・編集/エモーショナルリンク合同会社)