コロナショック以降、Zoomなどのオンラインコミュニケーションが広く利用されるようになりました。
しかし実は、オンラインでのコミュニケーションばかりを行っていると生産性が大きく低下してしまう場合がある、という研究結果が出ているのはご存知でしょうか。教育現場での学びはもちろん、仕事においても対策を講じないと業績悪化につながってしまうかもしれません。
そこで今回は、オンラインコミュニケーションによるデメリットやデジタル化の問題点について、東北大学の川島教授にインタビューしました!
取材にご協力頂いた方
東北大学 加齢医学研究所 所長
東北大学 スマート・エイジング学際重点研究センター長
川島 隆太(かわしま りゅうた)
昭和34年生れ。千葉県千葉市出身。昭和60年東北大学医学部卒業、平成元年東北大学大学院医学研究科修了、スウェーデン王国カロリンスカ研究所客員研究員、東北大学加齢医学研究所助手、同講師、東北大学未来科学技術共同研究センター教授を経て平成18年より東北大学加齢医学研究所教授。平成26年より東北大学加齢医学研究所所長。平成29年より東北大学学際重点研究センター長兼務。
主な受賞として、平成20年「情報通信月間」総務大臣表彰、平成21年度科学技術分野の文部科学大臣表彰「科学技術賞」、平成21年度井上春成賞。平成25年河北文化賞。査読付き英文学術論文400編以上、著書に「スマホが学力を破壊する」(集英社新書)「さらば脳ブーム」(新潮新書)など、300冊以上を出版。
脳科学でQuality of Lifeの向上に貢献する株式会社NeU取締役も務める。
対面とオンラインでのコミュニケーションの違いとは?
佐藤:それでは早速オンラインコミュニケーションについてお聞きしたいのですが、他者とのコミュニケーションにおいて、対面とオンラインではどういった違いが出るのでしょうか?
川島教授:結論からいうと、脳活動として見た場合、オンラインコミュニケーションは1人でぼーっとしている時と何ら変わりません。
私は、いろいろな機械を使って人間の脳の働きを測定することを専門としています。その研究の中で今注目しているのが、大脳の中でも相手の気持ちを理解したりするコミュニケーションの領域です。専門用語では「背内足前頭前野」といって、大体額の中央、生え際の少し下の真下にあります。
そして、脳活動というのは状況によって上がったり下がったり、ゆらゆらと揺らいでいるんですが、実験の中で脳活動のシンクロが見つかったんですね。
佐藤:脳活動のシンクロとは、具体的にはどういったことなのでしょうか?
川島教授:相手とのコミュニケーションがうまくいっている時や、相手の気持ちが理解できている時に起こる現象だと理解してください。
シンクロする条件については、他者と共感できている非常に良いコミュニケーション状態であったり、親子のような普段から良い関係性の人同士が、一緒に共同作業をする時だと実験の中でわかりました。
そこでコロナ禍が始まった時、全く同じメンバーが同じような会話をする場合でも、オンラインでコミュニケーションしている時と対面でコミュニケーションしている時で、脳活動に同期が生じるかという実験を行ったんです。その結果、対面で会話していると確かに脳活動の同期が起きている、つまり共感が生じているという証拠が取れました。
ところが、Zoomのようなオンラインコミュニケーションを使って会話すると、全く同期が生じないんですね。「全く生じない」がどの程度かというと、会話も何もしないでぼんやりと座っている時、つまり全然インタラクションがない時と変わらない、とわかりました。もちろんZoomでも会話は成立するんですが、共感は生じない。なので、オンラインコミュニケーションだと共感が生じないというのは、実験結果から証明されているんです。
佐藤:それは驚きというか、衝撃的な事実ですね。オンライン会議などの導入は時間と場所に縛られない便利さが注目されがちですが、実は心の通ったコミュニケーションが取れていなかった、とは思いもしませんでした。
心理学から見るオンラインコミュニケーションの落とし穴
川島教授:心理学的に見ると、オンラインコミュニケーションにはたくさんの穴があるんです。
ひとつは視線で、私たちは他者と会話をする時に目を合わせて会話をしますよね。目を合わせるというのは人間だけが持つ特徴で、それによって自分の意図を伝えたり、相手の意図を読み取ったりします。つまり、言葉にない「行間を読む」ことも含めて高次のコミュニケーションをするんです。
佐藤:まさに、「目は口ほどにものを言う」のことわざの通りですね。
川島教授:そうなんです。例えば今、こうして(※インタビューはZoomのオンラインミーティングにて実施)会話をしていますが、お互いに全く目が合っていないですよね。
視線を合わせようとすると相手の顔が見えないし、相手の顔を見ようとすれば視線がずれてしまう。お互いそっぽを向いて話をしているような感覚なので、信頼できる相手と話をしている関係とは全く違う、といった状況になるんです。
また、この先ネットワークがどんなに高速化して、6Gや7G、10Gが普及したとしても、音声と画像の間にはずれが生じます。しかも、その画像自体のフレームも非常に遅いので、私たちの脳はテレビの映像であってもコマ送りの紙芝居としか認識していない、ということがこれまでの脳科学ではっきりわかっているんです。
なので、オンラインコミュニケーションの問題点として相手の動きも紙芝居のようにぎくしゃくしているし、声と映像とのずれもあって、視線も合わない。結論として、コミュニケーションとしては成立していないと考えられるわけです。
佐藤:相手の顔が見えるZoomでも成立しないとなれば、LINEなどを通しての非対面でのコミュニケーションもやはり同様なのでしょうか?
川島教授:そうですね。高次のコミュニケーションという意味では、ZoomもLINEも全く同じ経験です。
確かに、LINEは短い文章を切って送るだけの端的なやり取りに対して、Zoomは映像がついているからより良いコミュニケーションだと思っている方も多いです。しかしそれは勘違いで、脳の計測からいえばどちらも脳活動のシンクロは起こっていません。どちらも共感の生じないコミュニケーションとなってしまいます。
ただ、コミュニケーションといってもいろいろな種類があって、情報伝達・業務伝達に関してはオンラインでも問題ありません。誰かに情報を渡す、もしくは情報に対する答えを聞くだけであれば、ZoomでもLINEでも伝わるわけですから。むしろ、オンラインで行うことで時間や場所の制約を受けなくなるというメリットがあります。
ですが、単なる情報伝達ではなく気持ちを通じ合わせる、共感や相互理解の上に成り立つコミュニケーションも人間は行います。ZoomやLINEだと、それができないんです。
佐藤:確かにコロナ禍が始まってから、私生活でも周りとのコミュニケーションが減って、どんどん疎遠になっていく感覚がありますね。
川島教授:そういった感覚は、おそらくどの職場でも感じていますし、大学の研究者の間でも同じですね。
コロナ禍が始まってオンラインで会議をするようになってから、相手のことがよくわからなくなってしまった、という声がよく聞かれたんですよ。相手との関係性が薄くなってしまったんです。その結果として、相手と何か共同でブレインストーム(インスピレーション、ひらめき)を起こして新しい活動をする、ということがほとんど止まってしまったんです。なので当研究所でも、今は対面でのコミュニケーションを基本にしています。コロナショック以前には普通だったことですが、対面にするとZoomに慣れた人たちでもたった5分、10分で新しい気づきがたくさん出てくるんですよ。
コロナ禍ではオンラインコミュニケーションが標準となった影響で、低いレベルでのコミュニケーションしかできなかった。ですが、やはり対面のコミュニケーションに戻したことで情報が多くなり、ブレインストームも簡単に起こるようになった、という新鮮な経験でしたね。
「教育」の現場でも対面の重要性が意識されている
佐藤:Zoomから対面に切り替えたら5分で新しい発見があった、というのは大変興味深いですね。
ところで大学というと、コロナ禍ではオンライン授業の導入が行われましたが、現在では対面での授業に戻っている大学が多い印象です。この流れも、やはりオンラインコミュニケーションの弊害が一因なのでしょうか?
川島教授:そうですね。私は「教育」の現場でオンラインを使うことは無謀だと思っています。
まず前提として、「教育」と「学習」はわけて考えなければいけません。先に「学習」について説明しますが、「学習」とは自分自身の努力で何らかの知識や技術を学ぶことですよね。だから学習に関しては、デジタル端末を使った学びは成立する可能性はあります。
ただし、同じ文章でも紙で読んだ時とデジタル端末で読んだ時では、理解のしやすさや内容の把握、操作に関しても紙の方が圧倒的に有利です。これはもう研究結果から確定していることで、世界中でたくさんの論文が出ています。なので現状、教科書をデジタル化する話も出ていますが、そうすると理解も操作も難しい媒体にわざわざ切り換えることになってしまうんですよ。
佐藤:私自身もKindleなどで電子書籍は読むのですが、思い返してみると、やはり紙の本に比べて内容を覚えていないことが多いと感じます。
川島教授:これに関しては、十分な議論がなされていないのが実情です。だからこそ、電子教科書にしても大丈夫なのか、と疑問を持たなければいけません。
そしてもっと疑問を持つべきなのが「教育」で、「教育」は単なる学習ではないんです。教師と生徒の間のコミュニケーションというベースがあり、その上に学びがある。つまり、コミュニケーションの上に成り立つのが「教育」なんですよ。
佐藤:コミュニケーションありきとなれば、やはりオンラインでは成立しにくい部分ということですね。
川島教授:実際、学生たちの声を聞くと、非対面だと何のために大学に行っているのかわからない、というくらいの大きな不満や孤立感を抱えていることがわかりますよ。
オンラインコミュニケーションを主体にしていた時には、かなりの割合の学生がうつ的状態にあるのが現実でした。ですが、オンラインから対面に切り替えただけで学生たちは劇的に変化して、非常に活き活きと生徒・学生同士、あるいは生徒と教師の間で交流しています。こういった実例から見ても、オンライン授業は「教育」としては成立していない、というのが私たちの認識です。
また、学びプラスアルファの部分で人としての生き方を学ぶといった、教育の最も重要なところも対面で初めて達成できます。これは教育現場全ての人が感じていると思いますね。
企業の業務内容によっては対面への切り換えが必須になる
佐藤:対面でのコミュニケーションにそれほどの効果があるとは、正直意外でした。
すると、イーロン・マスク氏のテスラ社など、大企業でテレワークを辞める、もしくはテレワークと出社のハイブリッドにする動きが見られることも、やはりオンラインコミュニケーションで共感や相互理解がしにくい影響でしょうか?
川島教授:そう思います。オンラインでは対面の代替手段になり得ない職種は間違いなくありますから、経営者の中にはそれを感じ取っている方もいるようです。
イーロン・マスク氏に限らず、アメリカのIBMであったり、Yahoo!、日本ではホンダや楽天も出勤の方に切り替えてきています。こういった企業は、オンラインコミュニケーションの危うさに経営陣が気づいてきたのではないでしょうか。
顧客と、もしくは社員同士でのコミュニケーションの上に企業活動が成り立つ場合は、対面でないと意味がなくなってしまいます。そのため、職種によっては対面、フェイストゥフェイスに強引に切り替えなければいけないでしょう。
ですが逆に、同じ企業の中でもタスクの仕事、例えばプログラムを組んで成否をチェックしてもらう、といった業務であればオンラインでも全く問題ありません。このあたりは事業内容によっても違いますし、社員の中でもオンラインでもできる仕事をしている人、オフラインで対面でないとできない仕事をしている人がいるので、本当にケースバイケースです。
佐藤:なるほど。ですが、企業がテレワークを辞める動きをしていることに対して反発が見られることを考えると、オンラインコミュニケーションの危うさは一般にはまだ浸透していないようにも思えます。
川島教授:コミュニケーションが希薄になるなど、肌感覚としては皆さん感じてらっしゃると思います。
ただ、オンラインコミュニケーションって楽なんですよ。質は低くてもすごく楽で便利で、それに慣れ親しんだ人にとってはオフラインの通常のコミュニケーションがつらく感じます。昔は対面が当たり前だったのに、レベルの低いコミュニケーションが標準になったので、コロナ前の水準の生活に戻すことが苦痛になってしまうんです。そういう意味では、わかってはいても面倒くさいからやりたくない、という気持ちが勝ってしまうでしょうね。
ですが、経営側からすると業績は間違いなく上がりません。業績悪化という形で結果が出てきますから、どうしても新型コロナとの折り合いをつけて対面でのコミュニケーション機会を失わないようにする必要があります。もしくは、対面がマストの職場では出勤を業務命令として出さざるを得ない、というところまで追い詰められているんだと思いますね。
佐藤:貴重なお話、ありがとうございます。それでは最後に、オンラインコミュニケーションの導入やデジタル化の推進について、読者の方に向けてメッセージをお願いできますか?
川島教授:オンラインコミュニケーションも「教育」の話にしても、本当に成り立つかどうかを考えずに「楽で便利だから」というだけで切り替えていくのは、リスクが大きいと思います。
今後、デジタルネイティブな子どもたちが大人になった時は違うかもしれません。しかし、少なくとも現状では「楽で便利だから」と人が低きに流れる部分を利用し、世の中を動かしていこう、となっているのは正直末恐ろしいものを感じています。皆さんにも、そういった危機感を持っていただきたいなと。
オンラインコミュニケーションの弊害については、今回お話しした研究結果や、世界の大企業の動きを見ても明らかです。デジタルの悪い部分についても、すでに世界中で研究され、論文なども多数出ています。まずはオンラインやデジタルの弱点を解決する、新しい仕組みを作らなければいけません。そして、それを使えば少なくとも紙と同等か、紙以上の効果があることをきちんと示す必要があります。
皆さんにはその上で、オンラインコミュニケーションやデジタル化について、あらためて考えていただきたいですね。
コロナショックを機にリモートワークを行う企業が増加し、世の中はオンラインコンテンツやデジタル化の導入・推進に向けて動いています。
しかし、川島先生が指摘されたオンラインコミュニケーションによる弊害は、経営層からすると見逃せない問題です。それだけでなく、人間性を育てる意味でも対面での交流が不可欠となれば、1人ひとりがオンライン依存のリスクを自覚する必要が出てくるでしょう。
オンラインコミュニケーションによるデメリットを理解した上で、対面との使い分けをしていきたいですね。
(対談/佐藤 直人)