近畿大学特別招聘教授
夏野剛氏
今後は好きなことを見つけとことん追求した者が生き残り・幸せになる時代

今後は好きなことを見つけとことん追求した者が生き残り・幸せになる時代

現代の日本は時代が変わってきたとはいえ、今なお組織の中で決められたタスクをこなし、気の合わない人間関係の中でも我慢しつつ働いている、という方がほとんどではないでしょうか。

しかし今後も急速なIT化が進むであろう将来においては、好きなことにとことん取り組む人が重宝されてくるであろう、という見方が台頭してきています。また人間関係においても、気の合う人・合わない人関係なく誰とでも付き合うより、好きな人・信頼できる人だけと付き合う方が自己成長につながるという見方もあるようです。

そのヒントに迫るべく、今回「自分イノベーション」の著者である近畿大学の夏野剛先生にお話を伺いました。

取材にご協力頂いた方

近畿大学 情報学研究所長 特別招聘教授
夏野 剛(なつの たけし)

早稲田大学政治経済学部卒、東京ガス入社。ペンシルバニア大学経営大学院(ウォートンスクール)卒。ベンチャー企業副社長を経て、NTTドコモへ。「iモード」「おサイフケータイ」などの多くのサービスを立ち上げ、ドコモ執行役員を務めた。

現在は近畿大学の特別招聘教授、情報学研究所長のほか、株式会社KADOKAWA代表取締役社長、株式会社ドワンゴ代表取締役社長、そして、トランスコスモス、グリー、USEN-NEXT HOLDINGS、日本オラクルの社外取締役を兼任。このほか経済産業省の未踏IT人材発掘・育成事業の統括プロジェクトマネージャー、内閣府クールジャパン官民連携プラットフォーム共同会長なども務める。

目次

今は自分視点を持ち発信できる者が評価される時代

佐藤:過去20年以上に渡り日本のGDPは伸び悩み、停滞した経済をはじめとした日本社会において、私たち個人の生き方は否応なく見直しを迫られる状況にあります。こういった中で、過去から現在までにどういった事が変化し、どんな事が評価されるようになったのでしょうか?

夏野教授:大きな流れで言うと、インターネットの普及によりIT革命が起こった事で膨大な情報を、組織に属さなくても個人で手に入れることができるようになった。それによって、個人が常に自身の側からの視点を持ち、あらゆることを自分事として捉える事が非常に重要になり評価される時代になってきたんですね。

インターネットが出てくる前は「とりあえず大学に行って学んでおけば一通りのことが分かる」といったノウハウ的な情報の取り方が通用したのですが、今は大量の情報が溢れ、それが通用しなくなってしまいました。つまり、全員が共通で一から十まで知っていることというのは、どんどん少なくなっている時代になっているのです。何か情報を得て理解するには、まず該当する情報の全体像を自分なりの観点で観察するということをしないと、そもそも知りたい情報について何も分からない、ということになってきたんです。

では自分なりの観点で情報を見られるようになるためにはどうすればいいのかと言うと、まず自分が一番得意とするもの、あるいは自分が一番関心が持てる情報・事柄について、自分から調べていくという習慣をつけることです。「こういうふうにやったらいい」という他人の意見を参考にするのはやめましょう。この繰り返しを通して、物事を自分視点で理解できるようになるのです。

佐藤:インターネットがもたらしたIT革命こそが、個人の生き方を変えた大きな要因だったんですね。

夏野教授:そもそもなぜ情報がこんなに膨大に増えてしまったかというと、ツイッターなどのSNSをはじめ、あらゆる人が情報発信できるようになったからです。今まではメディアに所属している人しか自分の意見を表明することができなかったものが、現代では誰でも自分の意見をいくらでも表明できる時代になっています。

じゃあ、何でもかんでも発信すれば評価されるのかというと、別に個人の感想のようなものをただ発信しても誰も見てくれません。つまり、問われるのは発信する意見の中身なわけで、「自分なりの視点で考えた意見」ということが大事になってきます。例えば、何かに対するコメントの切り口が新しく、それによって他者から共感を呼ぶということができた時に初めて、メディアよりも大きな発信力を持つといったことが可能になるのです。一個人が発信力を持ち世の中に認知された典型としては、インフルエンサーやユーチューバーなどがまさにそうですね。したがって、これからの時代を生き抜くには、「自分で物事を判断する目を養う」、そして「その意見を発信していく習慣を身につける」ことが何よりも大事な要素と言えるでしょう。

自分視点を持つために必要な5つのこと

佐藤:なるほど。自分視点を持つためには、どのようなことを意識したら良いのでしょうか?

夏野教授:自分視点を強化するために必要な要素は、主に5つあります。

  1. なんでも試してみる
  2. 日々感じる不平不満を意識する
  3. 多様性を受け入れる
  4. 情報に疑問を持つ
  5. 論理と直感の両方で考える

一つずつ説明していきますね。

①なんでも試してみる

夏野教授:まずこの「何でも試してみる」というのがすごく大事です。なぜなら、新しい発見を阻害するのは「食わず嫌い」なのです。例えば、iPhoneが出た時に「ボタンが無くなって全部タッチパネルでやるなんて嫌だよ」と思ってしまった人は、恐らく長い間スマホの良さを全く理解できず時代に乗り遅れてしまったでしょう。だから、新しく出てきたもので、なおかつ「ああ、すごいね」とか「ああ、これは素晴らしい」と言われているようなものは、やはり一回試してみたほうが良いのです。

他にも、「今の時代はプログラミングだ」ということを世の中ですごく言われているのであれば、自分も一回プログラミングやってみようと考えることがすごく大事です。一方で、プログラミングをやったことのない人の中には「別にプログラミングなんて」と言い出す人がいます。でも、やったことがないのに、どうして「◯◯なんて」と言うのか、不思議に思いませんか?これはすごく自分の考えを制約してしまうことになってしまうんですね。でも、そういう人は多いんですよ。

「サッカーなんて」と野球をする人が言うとき、その時点でサッカーの良さは理解できないというか、体験する前に拒絶してしまうことがあります。でも、そんなもったいないことはないですよね。やってないのに否定する、見てない映画を「そんなの」っていう人、いっぱい居るじゃないですか。それはすごくいいチャンスかもしれないのに。もしかしたら新しい発見があるかもしれないのに。自らその機会を阻害してしまうのは本当にもったいないです。

②日々感じる不平不満を意識する

佐藤:確かに、何事もやりもしない内から否定してしまう事は、役立つものや機会を自ら捨てているようでもったいないですね。是非気をつけたいところです。

夏野教授:また、「日々感じる不平不満を意識する」ということも、ぜひ習慣づけてみてください。例えば、未だに現金しか使えないお店があって、このお店で何か買いたい物があった時に自分が現金しか現金持ってなかったらすごい困りますよね?その時に、自分が感じる不平不満から先のことを考えてみることが大事です。例えば、この現金が使えないお店の場合、

  • 「もしこのお店で現金以外の決済手段を使えるようにしたら、もっと売上増えるのにな」
  • 「このお店が現金以外の決済手段を採用しないのは、何か理由があるんだろうか?」
  • 「どうしたらこのお店は、他の決済手段を採用するようになるんだろう?」

といったことを考えることで、思考が一気に膨らんでいくんですよ。ちなみに、現金しか使えないお店というのは、世の中にまだまだ存在します。そして思考を膨らませていくと、それがビジネスの種になることもあるかもしれないですよね?「現金決済のみのお店が取り入れられるキャッシュレス決済とはなんだろう?」といったようなことが考えられるわけです。

例えば、駄菓子屋さんなども未だに現金での決済のみのお店が多かったりしますが、そういう駄菓子屋さんみたいなお店にもPayPayは普及しつつあります。すると「なんでPayPayはよくてクレジットカードは駄目なんだろう?」と考えることもできますよね。そのように疑問・興味を持って調べていくと、各決済手段の決済手数料はどれくらいかかるとか、それぞれの決済手段の承認のプロセスがどうなっているかとかいろんなことが分かってくるんですよ。

さらにその領域に詳しくなると次の新たな可能性へとつながっていくこともあります。全く新しい決済手段を作れるかもしれないし、デジタルマネーを作れるかもしれません。この一連の流れを日々繰り返していくことで、自分の視点を通してビジネスのチャンスが入って来る事も十分あり得るのです。

③多様性を受け入れる

佐藤:なるほど。不平不満の中にビジネスチャンスがあるかもしれないと思うと、日々感じるどんなこともポジティブに捉えて過ごせていけそうです。

夏野教授:そして「多様性を受け入れる」ことも自分視点を持つために大切なポイントです。これは、多様性を受け入れる事が自分に新しい発見を与えてくれる、ということですね。

例えば、自分が最高に良いアイディアだと思っていることに対して、誰かから「あんまり良いアイディアだと思わないな」と言われたとします。そこで怒るのではなく、「あれ?なんでこの人は良いアイディアだと思わないんだろう?」と思って話を聞いてみるんです。相手の話を聞いてみる事で、自分の説明が足りなかったとか、あるいは自分の案に対してちょっと抜け落ちている視点があったとか、自分では気付きえなかった所に気付ける可能性があるのです。

したがって、他人の意見というのは、自分と同じではない=「多様性」という意味で、自分に気づきを与えてくれるんですね。ですので、自分とは異なる意見をしてきた相手には、怒るのではなくラッキーだと思わなければいけません。その上で、根掘り葉掘り「何でダメなの?」「何で?」「何で同じ意見ではないの?」と聞いていったらいいですね。そこに問題解決の糸口が必ずありますから。

佐藤:ある意味、批判を受けたらそれはチャンス、という考えでしょうか?

夏野教授:批判というか、意見の違いなんですよ。それを「批判」と考えるか、「素晴らしい前向きな指摘」と考えるか、ですね。それから、意見の違いを受け入れると言っても、それを馬鹿正直に全て受け入れましょう、という事ではないんです。元々相手の立場を決めてかかって攻撃してくる人というのもよくいるので、そういう人は何の気付きも与えてくれないでしょう。

そういった中でも、多様性という意味での自分にとって新たな視点や全く別の方向からの意見というのは、後々の宝になります。なるべく自分とは違うバックグラウンドを持っている人と意識的に話をすることは、自分に新たな気づきを与えてくれることが多いと思いますよ。そもそも、会社内やいずれの場でも「会議」というのは、そのためにやっているわけです。みんな同じ意見を持っていて、異論や異なる意見が出ない会議はやる意味が無いんです。

佐藤:ちなみに、日本の企業では割と会社に対する忠誠心の高い人間が多く集まっていて異論などは出にくい組織が多いという印象ですが、実際のところはどうなのでしょうか?

夏野教授:確かに、特に日本の大企業のように新卒からのプロパー社員が多く、外部からの中途入社の社員が少ない会社だと、会議の際に異論を持っていても発言する人が少ないという傾向はありますね。なぜこんなことが起きるのかと言うと、他の社員と異なる発言をすることで異端児扱いされるとか、仲間外れにされるといった不安から、異論を言う人がほとんどいないんですよ。なので今自分のいる会社が、中途入社の社員がほとんどおらず年功序列で終身雇用の塊みたいな組織だったら、早くそこから抜け出した方がいいと思います。そんな組織に長く居続けると、自分がどんどんどんどん一面的にしかものを見れない偏屈な人間になってしまいかねません。

私は会社と個人の関係性というものも、対等であるべきだと思っています。社員(個人)がいなければ会社は成立しないし、個人ももちろん会社がなければ給料を貰えないわけですから、そこにはウィンウィンの関係があるべきです。これからの社会で生き残っていこうとするならば、自分とウィンウィンの関係が成立しない組織に所属していると感じた時は、もう絶対やめた方がいいです。特に、自分を磨きたいとか、将来起業したいという具体的なビジョンをすでに持っている方であれば、断然中途入社の人が多い会社に勤める方が成長できることは間違いありません。実際、そういった会社の代表格であるリクルートやサイバーエージェントなどでは、そこから独立してる人も実際多いですしね。

④情報に疑問を持つ

佐藤:確かに、多様性を受け入れない風土を持った会社に長く居続けても、これからの社会を生き抜く力が身に付くことは無いのかもしれないですね。

夏野教授:加えて「情報に疑問を持つ」意識も、自分視点を持つためには重要です。ニュース番組などで解説者が「◯◯総理がこういうことを言ってる背景にはこういうことがあるんだと思います」とか言った時に、「ええ、本当かな?」と疑問に思うことってあると思うんですよ。そんな時は「でもまあテレビで言ってるんだからそうなのだろう」と簡単に片付けるのではなく、自分なりにストンと納得できない事については疑問を持ってその周辺情報を調べてみることがすごく大事です。なぜなら、それを行うことで、自分の情報に対する感覚というものが磨かれていくからです。「本当かな?」と思って調べてみることで、「ああ、やっぱり本当だった」という事実が分かると、調べたことは自分の新しい知識になりますよね。

例えば、コロナワクチンの話題においても「4回目なんて打たなくていいっていう意見があるけど本当かな?」と思ってインターネットで様々な情報を調べてみると、「3回で充分だ」という意見のお医者さんがいたりしますよね。その一方で「4回目はオミクロンのBA.1とBA.2に対応してるから、打たないと駄目だ」という意見も見つかったりします。そのような様々な意見を踏まえた上で「反論もあるけど、自分としてはやっぱり打った方がいいのかな」と、最終的に自分で判断を下す事ができるのではないでしょうか。

このように、正しいと直感的に思えないことは、まず調べてみましょう。調べてみたけれども、その情報はやっぱり正しかったということもあれば、やはり自分の意見の方が正しかった、ということもあります。しかしながら、このプロセスを繰り返すとだんだん知識が増えていくし、全体像が見えにくい世の中の断面をスパッと切って把握することができるのです。たとえそこまではできなくとも、ある程度の部分までは正しく理解することが出来ますしね。誰々さんが言っているからとか、あんな偉い人が言ってるんだから間違いないとか、そういう盲目的に信じることはやめましょう。

⑤論理と直感は両方必要

佐藤:自分視点を持つための最後の要素として「論理と直感の両方で考える」ことも挙げられていらっしゃいましたが、これはどういったことなのでしょうか?

夏野教授:これは先ほどの話に近いところがあるのですが、物事には直感的に理解できることと、直感では理解できないのでちゃんと調べた方が良いことの両方があります。このどちらにしても論理的に正しいか否かを検証することが大事だということです。「直感があるからこそ人間は素早く行動できる」のは確かですが、自分が直感的に「これはいいな」と思うことを人に伝える時には、やはり論理的な説明なくして納得してもらうことは難しいです。したがって直感的に分かる感覚は大事にしつつ、併せてそれを論理的に説明するというプロセスを常に繰り返していくことが大事です。

佐藤:直感によって得た自分なりの発見や有効となることを人に伝えるには、次の段階として論理的な説明が必要になってくる、ということでしょうか?

夏野教授:おっしゃる通りですね。特に事業化を考えるときには、一人でできることってほとんど無いので、そうすると仲間にも動いてもらわなければいけません。となると、なおさら論理的な思考というものが必須となってくるでしょう。

また人に伝える必要性がない場面であっても、この「論理的に説明できるようにする」というプロセスを繰り返すことで「自分はなぜ直感的にそれはいいと思ったのか」、自身の直感をさらに研ぎ澄ませていくことができます。もし直感的にピンとこないことがあれば、「なぜにピンとこないんだろう?」「なんでそれが駄目なんだろう?」と論理的に考えてみることです。そのように論理的に検証をした上で「あ、自分の直感でこれがピンと来なかったのは正しかったんだ」と結論づけるべきなのです。

先ほど「なんでも試してみる」の例にも挙げましたが、「スマホなんか無理だよ」という直感を「いや、それ正しいのかな?」と立ち止まって、論理的に一回検証してみることが大事ですね。その検証する過程で「自分の直感が間違っていた」ということが分かるかもしれません。それは大きな発見で、自らの検証によって自分の判断の間違いを未然に防ぐことができる、すごく良い習慣となるんですよ。

自己成長につながる人間関係のあり方

佐藤:これからの社会で生き抜く上で、自分視点を身につけるための意識とともに避けて通れないものが人間関係かと思われます。夏野先生は人間関係についてどのように考えていらっしゃいますか?。

夏野教授:私なりの考えとしては、気の合わない人とは表層の関係として割り切ってしまう。その代わり、気の合う人とはどんどん深いコミュニケーションを深めていく、ということです。

佐藤:それは、世間一般で言われていることとは真逆のような感じですね。

夏野教授:そうかもしれません。ただ、皆さんも自分の人生を振り返ってみていただくと、どうしても合わない、あるいはなんとなく波長が合わないし、話していてもなんか心から楽しめない人っていると思うんですよ。

確かに、学校教育や人生の指南書みたいなものには「そういう人とこそ付き合いなさい」というようなことがよく書かれています。でも、皆さんそれを実際にやってみて、そういう人と十回コミュニケーションしても、ずっと進展がないままではないでしょうか。いつもなんとなく気まずい後味の悪い雰囲気で、学びもない。一方で、すごく気が合う人とか話がポンポンと展開できる人と十回会うと、本当に話が進みます。「そういえばこの間言ってた話ってさ」なんて言いながら、どんどん話が展開していきますよね。

つまり、浅い付き合いの人とはどんなに長く一緒にいても何の学びもないのに、深いコミュニケーションをする人とは会話を進めると更にお互いを深く知り得たり、もっと違う面を見る事ができたりするのです。ということは、気の合わない人というのは、敵に回す必要はありませんが、表層の関係として割りきる。逆に、気の合う人とは更に深いコミュニケーションをとっていく。こうした方が、よっぽど勉強にもなるし、お互いがお互いの味方になるし、生涯にわたって信頼できる人間関係となる可能性もあるでしょう。

この例として、10年あるいは20年ぶりに大学の同窓会があり、当時から気が合っていた人と会った時、時を忘れその場ですぐに打ち解けて話せることってあると思います。対して、当時から気が合わなかった人とは、コミュニケーションをとろうとしても、なんとなく20年前と変わらずぎこちないままだったりしませんか?

これは本当によくあることで、より深いレベルで共感している人とは時間的なブランクがあってもまたすぐに打ち解けられるのです。ところが、深いレベルでのコミュニケーションをとろうと思わない人と何十時間一緒にいようとも、人間関係は深まりません。私はこれが人間関係の真理だと思っているので、このことに気づき始めてからは、自分と合わない人に自分を理解してもらうよう努めることはしませんし、一緒に過ごす時間を取ろうと働きかけることも一切止めました。そうしたら、本当に気が楽になりましたね。精神衛生上も本当にいいです。

佐藤:つまり、コミュニケーションにおいては、それ自体がそもそも深くないと自己成長につながらないという事ですね。

夏野教授:そう思います。それに深いコミュニケーションが取れる相手との信頼関係というのは、状況が変わった時にかなりの助けにもなりますよ。例えばSNSなどで大炎上して大変なことになった時でも、そういう深いコミュニケーションで信頼関係が築けている人というのは、「まあ誤解されることもあるから」と励ましてくれるんですね。けれども、浅い人間関係の人というのは、場合によっては陰口を叩く方に回ったりする可能性もゼロではないわけです。そういう意味で、信頼関係のある人は必ず味方になります。

友人とか、友人でなくても深い信頼関係のある仲間というのは、やっぱり逆境になった時にもの凄い助けになりますね。特に起業家というのは必ず順風満帆の人生を送るわけではないので、苦しい時には助けとなってくれたり、うまく行ってる時にはさらに自分自身を伸ばしてくれる頼りになる存在がいる事はとても心強いと思うんですね。そういう相手というのは自分の資産ですから、深いコミュニケーションができる人、または過去にそうしたコミュニケーションが取れた人との関係は、どんどん広げていくといいですね。

佐藤:なるほど。人間関係で悩んだ場合に一つスマートに割り切る選択も有効であり、且つ長期的なお付き合いを考える人とは徹底的に深く付き合う、というのが人生戦略として適切であるという事ですね。

自分の生き方と働き方を重ね合わせられてこそ幸せな人生になる

佐藤:最後に、夏野先生が著書「自分イノベーション」のなかで語られていた「自分の好きなことで生きて行く」というテーマについてお聞きしたいのですが、そういった生き方を実現するためのコツなどお聞きしてもよろしいでしょうか?

夏野教授:「好きな事のために生きる」というのは、言い方を変えると、「向いている事のために生きる」ということです。「好きな事」というのは、好きかどうかある程度時間をかけてやってみないと分かりません。でも「向いている事」というのは、やってみれば結構簡単に分かるんですよ。「向いている事」とは、要は「人と同じようにやってるのに人よりも成果が出る」ことです。

例えば、みんなと同じように数学の勉強をしてても、なんか点数がみんなよりも良いという場合、それは数学が向いてるってことなんです。人間というのは個性の塊なので、やってみると人よりもうまくできてしまうことがあります。あとは「別にやっている時にきついとも思わず、結構長い時間その仕事ができた」とか、そういった事も同じですね。

また、「向いている事」というのは、最初はそれほど好きではなかったとしても、深く突き進んで行くと、必ず「好きな事」になります。もちろん、それは人よりうまくできてしまうからです。

ただ「好きな事は何?」と聞かれて「分かりません」と言う人は多いんですね。こういう人は、そもそも自分が「向いている事」が分かっていないんです。自分が「向いている事」を見つけるには、自分に向いていると思われる仕事やジャンルというものを色々と試してみて、自ら探していくことがすごく大事です。仕事であれば、色んな業種・職種に取り組んでみると、いずれは自分が向いてる仕事にどこかで出会います。それで出会った時に「じゃあこの仕事で行こう」と決めればいいのです。

ちなみに、同じ仕事をやっていても、環境が変化することによって状況が変わることもあります。私の場合はテクノロジーというものにものすごく興味があって、コンピューターが大好きでした。それが直接的に仕事に結びつくとは思わなかったのですが、ちょうど私が新卒で入った会社で、入社まもなくいきなりPCが一人一台にどんどん支給されて行ったんですね。このようにして、自分の好きなことと仕事がタイミングよく重なってくる、なんていうこともあります。

とはいえ、そうしたケースは運によるところもありますので、やはり自分に少しでも向いていそうだと思う仕事には、どんどん積極的に試していったらいいと思いますね。

まとめ

今回は、近畿大学の夏野剛先生にお話を伺いました。IT革命により誰もが情報発信できるようになったことから、劇的に情報量が増えた現代。そんなこれからの社会で生き抜いていくには、自分視点で物事を判断し、そして意見を発信していく力を持たなければなりません。

その自分視点を養うためには、「なんでも試してみる」「日々感じる不平不満を意識する」「多様性を受け入れる」「情報に疑問を持つ」「論理と直感の両方で考える」という5つを意識的に行い、習慣づける事が何よりも大切です。

加えて、誰とでも分け隔てなく接するスタンスを見直し、自分と波長の合う人との関係性・信頼性をより深めることにフォーカスしていくという夏野先生のスタンスは、今後の人との関わり方を改善する大きなヒントだと言えます。そして自分が向いている事をいち早く見つけることができれば、それはやがて好きだと思えるレベルへと転化し、自分の生き方と働き方が重なり合った幸せな人生を実現することができるでしょう。

個人の力が試される今だからこそ、これをチャンスだと思い、自分だけが作り出せる最高の価値を残りの人生をかけて磨き上げていく必要があるのではないでしょうか。

(対談/佐藤 直人、執筆・編集/佐藤 優)

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