横浜国立大学 都市科学部長
藤掛 洋子 教授
社会的弱者のエンパワーメント〜企業ができる働きかけとは〜
 

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南米の国の一つに、パラグアイという国があります。この国に、多大な貢献をされている日本人の方がいらっしゃることをご存じでしょうか?今回お話を伺う藤掛洋子先生は、正にそのパラグアイで約30年という長い期間、様々な社会活動に貢献されてきた方です。

2015年、国連サミットにおいてSDGsという「持続可能な開発目標」ができ、世界の国々は互いに協力しながらこの一つの目標に向かって歩むことになりました。今回はそのSDGsという目標に繋がるような話題提供という形で、パラグアイの現状と藤掛先生が行ってきた活動について、また、企業が途上国支援についてどのようなことができるのか、多面的にお話を伺いました。

取材にご協力頂いた方

横浜国立大学 都市科学部長・教授
藤掛 洋子(ふじかけ ようこ)

横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院教授、認定特定非営利活動法人ミタイ・ミタクニャイ子ども基金理事長、独立行政法人国際協力機構青年海外協力隊事務局技術顧問、慶応義塾大学非常勤講師としても活躍。お茶の水女子大学大学院人間文化研究科博士後期課程修了・博士(学術)パラグアイ共和国カアグアス国立大学名誉博士(地域開発)パラグアイ共和国NihonGakko大学名誉博士(教育)。

途上国・新興国及び日本国内における社会的弱者、特にパラグアイ共和国にて農村女性のエンパワーメントのための生活改善プロジェクトやスラムの若者たちとの協働とそこから紡がれる関係性についての研究実践に取り組む。また、認定NPO法人の理事長として、パラグアイ農村部に学校を4校建設するとともに、スラムや農村部で国際協力事業を展開中。

パラグアイ国会上院議会表彰、パラグアイ共和国下院議会表彰、JICA理事長表彰、パラグアイ共和国イタグア市名誉市民表彰、Newsweek『世界が尊敬する日本人100人~国境を超えて世界を動かす逸材たち~』選出、その他受賞多数。

主な著書に、「パラグアイのスラム『バニャード・スール』におけるリスクとジェンダーーCOVID-19禍におけるカテウラ地域住民の日常実践にかかる一考察ー」、国際ジェンダー学会編『国際ジェンダー学会誌』Vol.19:9-31、『開発援助と人類学:冷戦・蜜月・パートナーシップ』(編著、明石書店)、『実践と感情: 開発人類学の新展開』(共著、春風社)、『ジェンダーで読む健康・ジェンダー・セクシュアリティ:健康とジェンダーⅡ』(共著、明石書店)、『フィールドワークの技法と実際 II—分析・解釈編』(共著、ミネルヴァ書房)、『青年海外協力隊は何をもたらしたか:開発協力とグローバル人材育成50年の成果』(共著、ミネルヴァ書房)、『ブラジルの歴史を知るための50章』(共著、明石書店)、『ラテンアメリカ文化事典』(共著、丸善出版)、『都市科学事典』などがある。

藤掛洋子研究室
認定特活ミタイ・ミタクニャイ子ども基金
横浜国立大学 JICA草の根技術協力事業

目次

パラグアイの農村女性達は向上心が極めて高い

佐藤:藤掛先生は『パラグアイ農村女性生活改善プロジェクト~横浜から夢を紡ぐ~』というパラグアイ農村部に住む女性たちの生活の質の向上を目指した活動を2016年から2021年まで行われてきました。この活動の内容やプロジェクトを始めようと思い至った背景について、教えていただけますか?

藤掛教授:はい。私の専門は、文化人類学、開発人類学、ジェンダーと開発学になります。特に開発人類学という観点から、「途上国」あるいは新興国で暮らす女性や子どもたちの支援と実践について研究するとともに、GO/NGO(※)の活動もしております。社会的弱者と言われる方たちは、チャンスさえあれば力を付けていくことができる、エンパワーすることができる、そういう思いで30年間実践と研究に携わってきました。日本でも横浜と福岡で子どもの居場所づくりのプロジェクトを行っております。

GO
Governmental OrganizationとしてJICA専門家やJICA/JOCV技術顧問として国際協力に関わる

NGO
Non-Governmental Organizationとして認定特定非営利活動法人ミタイ・ミタクニャイ子ども基金理事長として国際協力活動に関わる

途上国(新興国)で支援を開始したきっかけは、若い頃に少し滞在した米国では感じなかった強いエネルギーをメキシコやエジプト、ギリシャなどを訪問した際に強く感じ、自分の身体の中に電気が走ったからです。同時に、とあるご縁によりパラグアイ農村部で働く機会を頂いたわけですが、農村部に残っていたジェンダー問題も目の当たりにしたことで、当時の日本におけるジェンダー問題との共通点を見出したからでもあります。「これから成長して行く国で、そこで生きる方たちとともに仕事をしたい」と強く感じました。結婚していたのですが、JICA青年海外協力隊(当時、既婚女性が参加することは珍しかった、現JICA海外協力隊)としてパラグアイ共和国農牧省農業普及局で勤務する機会を頂きました。

佐藤:なるほど、パラグアイとのご縁は、最初にJICAで派遣された国がそこだったというわけですね。

藤掛教授:そうですね。ODA(Official Development Assistance:政府開発援助、日本政府が開発途上国に行う資金や技術協力)事業の一環であるJICA青年海外協力隊として1993年から95年までの間、パラグアイ農牧省農業普及局で生活改良普及員(※)として活動しました。

生活改良普及員
アメリカの農村社会で開発されてきた普及事業活動がモデルである。生活に関する適切かつ実用的な知識や技術の普及指導を直接農村女性に対し行うもの。日本でも戦後GHQ指導の下、生活の質の向上のため各地域に生活改良普及員が配属された。

パラグアイ農村部での活動は、普及局事務所での計画立案に加え、農村37ケ村を巡回し、農村女性たちのニーズを丁寧に聞き取り、栄養や衛生指導から、所得創出のための多面的な活動を支援していくというものでした。地道な活動で、降雨後は村に通じるテラロッサといわれる赤土道がぬかるみ、巡回指導も大変でしたが、それでもとてもやりがいがありました。栄養講習会や衛生指導、加工食品の製造などを村の女性たちとの話し合いを通じ計画・実施していく中で農村女性たちが、「昨日はできなかったことが今日はできるようになって嬉しい」と語ってくれるようになりました。また、村の女性たちのニーズを聞き、二つの村にジャム加工場を、一つの村に保育所を作りました。地域の方々と対話を重ね、ともにより良い生活を作り上げていく、ステップ・バイ・ステップで実施していく、これが私の中の国際協力だと思いました。

当時、パラグアイの農村部では、野菜を食する習慣がなかったのですが、メルコスール(Mercosur:南米南部共同市場)(※)が始まり、農村の人々は野菜を栽培するようになりました。農村女性に対し、野菜を活用した調理方法なども指導しました。農村女性たちは講習会で学んだ技術を生かし、収穫した野菜を調理し、家庭のテーブルに野菜料理の品目が増えていったこと、子どもたちに健康的な食事を提供できるようになったことをとても喜んでくれました。

メルコスール(MERCOSUR:南米南部協同市場)
南米諸国において、自由にモノやサービス、投資などが行き交う一つの経済圏を構築し、その経済圏内の経済発展を目指す貿易圏。関税障壁を撤廃し、貿易を自由化する取り組みは1995年より始まった。

また、地域の女性たち・男性たちとともに建設した保育所に、村の女性たちが集まってコミュニティの改善のための話し合いをするような新たな動きも見ることができました。収入面での大きな変化をすぐに認めることはできませんでしたが、小さな成功体験を積み重ねていくことで農村女性たちがどんどんと変化していきました。私にとっては大きな感動でした。丁度、その頃、女性のエンパワーメントの重要性ということが問われ、北京女性会議(1995年)では女性のエンパワーメントに関する議題として行動綱領が策定されました。パラグアイの農村女性たちの間で起きていることこそがまさにエンパワーメントだと思い、農村女性のエンパワーメントに関する論文や書籍を執筆しました。

佐藤:なるほど。藤掛先生をはじめ、現地の生活改良普及員の方のとても熱心なご指導によって、現地の女性達の間に素晴らしい変化が起こったんですね。

藤掛教授:はい、いくつかの村は現地の生活改良普及員の方々と一緒に巡回しました。しかし、農村女性たちがとてもエンパワーした村にはパラグアイの生活改良普及員の方がいなかった地域なのです。あまりにも町から遠かったため、また、丁度隣の市との境界線に位置していたため、パラグアイの行政より十分なサポートを受けることができていない地域でした。そのような事情もあり、私がその村に呼ばれたわけです。村の女性たちは私が行う講習会をチャンスとしてしっかりと受け止めてくれたのだと思います。

JICA青年海外協力隊の活動期間は2年ですが、私は3ヶ月間活動を延長して1995年3月まで勤務した後、パラグアイから日本に帰国しました。その半年後だったと思います。私が活動していた村のことを良く知っているパラグアイ人の農業改良普及員の方が四国に研修に来ていると聞き、会いに行きました。その方より、「Yokoが帰国してから、現地の村の女性達がとても悲しんで泣いていたよ。でも村でYokoと共に作り上げた色々な改善活動の動きを途絶えさせたくない、Yokoたちと作った保育園もしっかり完成させ、運営したいと、とにかくみんなで頑張って日々奮闘しているんだよ」と話してくれました。これがまた大変嬉しい驚きで、いつかまた村に帰って自分の目で村の変化を見たい、女性たちに会いたいと強く思いました。

決意して、1997年にパラグアイの村に戻りました。成田空港を飛び立ち、米国とブラジルを経由して、アスンシオンに到着、そのまま村に向かいました。村の女性たちと作った保育園は完成し、村の女性達が一生懸命努力して運営していました。彼女達は「自分達がしっかり働くためには、自分たちの子どもを預ける学びの場所はとても大切だ」という思いで行政にも働きかけていました。

このように頑張っている女性たちの姿から、これこそがエンパワーメントだと感じ、当時国際協力の分野で言われていた数量・数字を用いた評価の在り方への疑問を確かなものにしました。農村女性たちがとても前向きに生きており、この国の女性たちの生きざまを可視化したいと感じました。「援助」という言葉以外の関係性もあると考えました。ここでの経験知や実践知を通じ、私の研究論文は人々の意識変容など、質的な変化を可視化しようとするものが多いです。農村女性達ができるようになった数々のことで数値化できないものは多くあります。ステップ・バイ・ステップで少しずつ女性たちが村社会を変えていこうとしていることが、本当に素晴らしいと思いました。

このような女性たちのエンパワーメント(エージェンシーの発動)について是非研究しないといけないという思いから、博士論文やその後の研究論文を執筆してきました。そして、ここでの経験知・実践知の蓄積の集大成となったものが私がプロジェクトマネージャーをしていた「パラグアイ農村女性生活改善プロジェクト~横浜から夢を紡ぐ」になります。このプロジェクトは、横浜国立大学よりJICA草の根技術協力事業に申請したもので、横浜国立大学第一号として採択されました。プロジェクトは多くの方々の協力を得、達成率234%という大きな成功をおさめることができました。2022年4月より第二フェーズ「パラグアイ共和国複合的農村開発プロジェクト~アグリツーリズムの展開にむけて~」を実施しています。

パラグアイの魅力:若い労働人口の多さ・関税の安さ

佐藤:なるほど。「パラグアイ農村女性生活改善プロジェクト」は2021年に終了し、一区切りついたわけですね。現在のパラグアイは以前と比較してどのように変わってきたのか、また今なお残る問題点や課題等がありましたら、合わせて教えていただけますか?

藤掛教授:そうですね。目に見える形でも見えない形でも、パラグアイは大きく変化しています。経済成長著しい国であり、メルコスールの結節点ともいわれています。当初は弱小国と言われていたパラグアイも今や「パラグアイなくしてメルコスールはない」と言われるほどに成長してきています。

佐藤:具体的にはどのような点が特徴でしょうか?

藤掛教授:パラグアイにはマキラ制度(maquiladora de Exportación)という投資誘致インセンティブがあります。マキラ制度を活用すれば税金が一定の割合で免除され、ブラジルを含めたメルコスール諸国に製品を輸出できます。関税の安さから南米の他国からパラグアイに多国籍企業が移転してくるといった現象も起きています。また、パラグアイは労働力人口が豊富で、綺麗な人口ピラミッドを形成しています。農業立国でもあり、大豆の生産は世界第四位です。戦前・戦後、日本から移住した日本人がパラグアイ社会と融合した日系社会を形成し、日系人は現在10,000人といわれています。日本語と日本文化を理解する日系人の方々の存在は日系企業にとってはとても重要です。パラグアイは、「関税の安さ」「労働力人口の豊富さ」「農業立国」「日系人の存在」など、企業にとっては魅力的な国であるといえるでしょう。

パラグアイの課題①:男女の思想感の違い

佐藤:なるほどですね。逆に課題としてはどんなことが挙げられますか?

藤掛教授:ラテンアメリカに特徴的なシングルマザー問題とジェンダー課題があると考えます。世界経済フォーラム(WEF)が2022年7月13日公表した「ジェンダーギャップ(男女格差)リポート」で、日本は146カ国中116位でしたが、パラグアイの農村でもいまだ男性優位(マチスモ)思想が残っていると思います。もちろん30年前と比較しますとジェンダー構造はとても変わってきていますし、パラグアイの若い男女の意識も一昔前とは異なります。とはいえ様々なジェンダー問題を考えた時、日本もそんなに簡単に変わらない部分があるように、パラグアイでも同様のことがいえると思います。

佐藤:と言いますと?

藤掛教授:まず、パラグアイでは性別役割分業が非常に強固にあります。女性は子どもを産み育てながら家事労働もし、親の介護もします。そして私がやっているような社会開発プロジェクトでは農村女性たちがステークホルダーとして活躍するわけですから、様々な労働負荷が女性のみに増えている部分もあると考えます。

また、一夫多妻制は宗教的に許されていませんが、複数の戦争により男性の数が著しく減少し、男女の人口比率の不均衡が過去に長く続いたことから、疑似的一夫多妻制が生まれたと私は考えております。農村女性の地位が低いこと、収入が低いこと、それを良しとする社会規範は農村女性の脆弱性を強化します。女性のインフォーマルセクターでの労働も多いことから、農村女性の収入が安定しないことにもつながります。

パラグアイの課題②:ゴミ分別・リサイクル習慣の欠如

佐藤:なるほど。ジェンダー問題については、日本よりもはるかに深刻な問題があったんですね。

藤掛教授:その他、パラグアイではゴミの分別やリサイクルをする習慣がない、ということも課題だと思います。パラグアイの首都アスンシオン郊外にはカテウラというゴミの集積地があり、1日当たり1500〜2000トン近くものゴミがカテウラ地区に運びこまれてきます。ゴミ分別の文化がないので、油缶やプラスチックごみ等ありとあらゆるゴミが混ざったまま集められ、このカテウラに運び込まれます。

また、ゴミの分別をしない文化は都市にあるスラムに限られたことではなく農村部でも同様です。自然豊かで綺麗な景観を有する村でも人々は簡単に赤土道(テラロッサ)にゴミを捨てます。私のNPOが建設した小学校の近くにコミュニティのゴミ捨て場がありますが、病院で使用されたと思われる血の付いたままの注射針が無造作に捨てられていたりします。感染症の危険性があちらこちらにあり、すぐにでも対処しなければならない問題だと思います。SDGs11では「住み続けられるまちづくり」、12では「つくる責任・つかう責任」があり、ゴミ問題も関連してくると思います。パラグアイをはじめとした途上国・新興国においては、ゴミを資源にすることはこれから取り組むべき課題であります。

パラグアイが求める支援①:貧困層への経済・社会的支援

佐藤:パラグアイでのゴミ問題の解決は、環境面での課題としては非常に緊急性を感じますね。とはいえ2023年現在では、SDGsによって目標が明確になり企業からも支援が受けやすい環境になってきたのではないかと思います。パラグアイの女性たちの自立支援をより一層促進する上で、どんなことが期待できそうでしょうか?

藤掛教授:第一に、企業や個人の方から直接資金面でご支援頂くということ、第二に企業の方たちに雇用の場を創出して頂くということかと思います。

まず、資金面でご支援いただいた事例としては二つ。一つは、先程お話しました貧困層の方々が多く住むスラム地域:カテウラにおける生活改善のため、私が設立した認定特定非営利活動法人ミタイ・ミタクニャイ基金(以下、ミタイ基金)がクラウドファンディグを行い、スラムで生活する方々への生活改善プロジェクトを実施させて頂いたことです。もう一つ、スラムで活動するカテウラ楽団の日本公演のサポートした際に、資金面でご協力頂いたこともありました。カテウラにゴミ処理場があることは先程お話いたしましたが、このゴミから作られた楽器を使って演奏する活動をしている世界的に有名な「カテウラ楽団」というオーケストラがあります。この楽団は、ドラム缶やフォークで作られたチェロやバイオリン、水道管とスプーンに古いコインから作られたフルートなど、全て廃材から作られた楽器を使用しています。この楽団の日本への招聘のお手伝いを2013年2018年に行いました。現地では、COVID-19で渡航できなかった2020年と2021年を除いて毎年交流しています。

佐藤:ゴミで楽器を作って、楽団として世界に発信していく活動はすごく魅力的であり、途上国への一つのロールモデルとしても良い例ですね。

藤掛教授:夢や希望を発信していますね。ウィズコロナ時代になりましたので、また日本にカテウラ楽団を招聘したいです。続いて、第二番目の雇用創出についてもお話します。ミタイ基金は助成金を得て、カテウラ地域への支援として、シングルマザーやスラムでゴミ拾いをする女性たちを対象に技術指導を行う複数のプロジェクトを行っています。2019年度〜2022年度にかけて、ネイル細工プロジェクトと髪結いプロジェクトを行ってきました。パラグアイの職業訓練局の方やその他専門家に来て頂き、技術指導を行いました。女性たちは、ゴミ拾いのみではなく、ネイルやヘアの施術を通して収入を得ることができるようになってきました。また、農村部では、先にお話した通り私がプロジェクトマネージャーを務める事業があり、加工食品の技術指導や衛生管理指導、マーケティング・ブランディング指導を行ってきました。スラムや農村で暮らす貧困層の方々には、教育を十分に受けることができない現状があり、女性がフォーマルセクターで働くことは困難です。就ける仕事といえば農業であったり、低賃金の家政婦、ゴミ拾いといった仕事に限定される傾向が強いですが、技術と知識を身に着け、手に職をつけることで小規模起業家として収入を得るなど、仕事の幅と可能性は飛躍的に拡大します。

若くしてシングルマザーになってしまう女性も少なくない中、シングルマザーを直接雇用して下さる企業もあります。このような企業がもっと増えていくといいなと思います。

パラグアイが求める支援②:アグリツーリズム

佐藤:シングルマザー支援は、女性たちにとって非常にありがたい支援ですね。他にも何か期待される企業支援などはあるのでしょうか?

藤掛教授:そうですね、農村女性生活改善プロジェクトは現在第二フェーズに入っており、2022年4月よりアグリツーリズムの展開に向けた事業を行っております。

佐藤:アグリツーリズムとは、どのような活動なのでしょうか?

藤掛教授:アグリツーリズムとは、農村地域への滞在や実際の農作業と観光業をセットにした新たな取り組みのことで、欧州などでは多く展開されています。私がパラグアイで展開しているアグリツーリズムは、自然との共生、農業体験、農村の伝統食を経験することを強く意識して行っています。美しい自然を守り、二酸化炭素の排出量を減らしながら、都会で暮らす人々が農業で暮らしている人々の生活に触れる機会を提供する、ということを実践しています。

アグリツーリズムの取り組みは多様で、コテージの建設も目指しています。また、作物や土壌に影響が無い形で排泄物を肥料として活用することを目指した「バイオトイレ」の実証実験を行っています。アイディアは横浜国立大学の学生から生まれたもので、パラグアイの農家女性や現地の大学の先生の協力を得て行っているものです。パラグアイでは乾季に著しく水が不足するため灌漑用水が枯渇してしまうことと、生活排水を垂れ流すため、水の汚染も課題として挙げられます。バイオトイレの社会実装がうまくいけば、将来的には水を使わず、循環型社会を作ることが可能となります。また、化学肥料を使わず、自然界に存在する唐辛子やニンニクなどを使用した農薬の研究なども、研究室出身の大学研究者と共同で行っていきたいと考えています。アグリツーリズムにパラグアイの都市住民や海外の方々にも参画して頂きたいので、将来的にはソーラーパネルの設置やEVモトクロスバイクや四輪駆動車などの利用もできるようになると良いと思います。こうしたアグリツーリズムの活動に対し、支援してくださる企業があるととても嬉しいです。

パラグアイが求める支援③:教育環境の充実

佐藤:なるほど。現地の美しい自然と共生、環境を考えた取り組みを行いながら、国内外海からの観光客の集客も行うというのは一石二鳥といえる素晴らしい取り組みですね。その他に何かありますか?

藤掛教授:ありがとうございます。その他、村の小学校に通う子どもたちへの学校給食についても、支援をお願いできたらと思います。日本では、給食は決まった時間に当たり前のように配膳されて何も問題なく食べることができていると思うのですが、パラグアイでは給食のようなものが村の小学校にはありません。

大きな学校では、メニューと食材が提供され、調理員の方が給食を作る場合もありますが、私が支援をしている4つの学校には日本の学校のように給食室が学校の中にあるわけではないんです。もちろん地域に給食センターもないため、コミュニティの保護者がボランティアで給食を作ったり、政府により不定期でジュースとクッキーなどが配布されたりします。ですので、子どもたちが集中して勉強できるように給食を作る施設整備や食材提供のための予算など、ご支援いただけたらいいなと思います。

パラグアイの学校の先生方や子どもたち、そして保護者の方々に許可を得た上でですが、学習に対する集中力の向上にかかる調査なども企業と共同でできる可能性があります。様々な活動を通して、パラグアイの村の子どもたちにとっても企業の方にとっても、ウィン・ウィンの関係になれば良いなと。是非一緒に行っていきたいと考えています。

佐藤:親御さんからすれば第三者から子どもたちに給食を提供してもらえることは貴重な機会でしょうし、子どもへの教育的観点からも非常に重要なことですよね。

藤掛教授:お腹が減って勉強に集中できない子どもたちも多くいますので、そのような支援は是非ともお願いしたいです。また、学校に対しては物資支援としてパソコンやプリンターなどを提供していただけると、現地の先生方は大変助かると思います。農村部の小学校にはパソコンやプリンターは支給されていない場合が多く、私のNPOでサポートをしていますが、限界があります。先生方は、各種書類をワードやエクセルファイルで作成するよう求められているため、先生方がバスを乗り継いで地方都市まで行き、入力作業を行い、印刷し、教育省地方局に紙で書類を提出されているのが現状です。

佐藤:今や日本では子ども達一人一人にタブレットが支給されている状況ですが、パラグアイでは先生たちであってもパソコンが行き渡っていない状況なんですね。

藤掛教授:そうなんです。パラグアイでは手書き書類の提出が許可されなくなったので、先生方はパソコンで書類を作成しなければならないのですが、先に触れた通り、そもそもパソコンが村にないという状況です。ですので、パソコンを提供してくださる企業様・団体様、個人の方がいらっしゃれば、ご紹介していただけると本当に助かります。村にはまだアンテナがありませんが、近い将来は小学校にもWi-Fiなどが設置でき、少なくとも先生方がオンラインで書類を行政に提出できるようになると良いと思っています。

実はもう一つ、パラグアイ伝統工芸品ニャンドティのフェアトレード事業を行っております。また、生産者の技術指導プロジェクトも行っています。とても素晴らしい伝統工芸品ですが、作り手の減少やマーケティング・ブランディング力が不足していることから、私のNPOで作り手育成などの支援をしております。

パラグアイ農村部の方々も村の子どもたちも、日々前向きにがんばっています。スラムの女性たちも、生活の質の向上のために努力してネイルやヘア技術の習得をしています。私も現在は、スラム支援、伝統工芸品ニャンドティの生産者の方の技術支援に加え、大学ではアグリツーリズムといった人と自然との共生の在り方、行き過ぎた開発に対する新たな視座を踏まえた実践研究を行っております。今回の取材でお話しさせていただいたことを通じて、パラグアイの方々と企業の方々との橋渡しになることができましたら、大変嬉しく思います。

まとめ

今回は、横浜国立大学の藤掛洋子先生にお話を伺いました。

パラグアイ農村女性生活改善プロジェクトは、女性が外で働くことをあまり理解されないパラグアイ農村部において、現地の女性達を支援すべく始まったJICA青年海外協力隊やNPOミタイ・ミタクニャイ子ども基金での藤掛教授の草の根活動がベースとなっているものです。この活動は、現在多くのパラグアイの女性たちの意識を変え、自立した人間として社会で活躍できる立場にまで導いた、大変誇り高い活動となっています。

急速に発展していくパラグアイにおいては、他にも解決すべき課題は未だ多く存在しています。ジェンダー課題、ゴミ問題、そして教育の質の改善など、今後も日々地道に改善し続けていく必要があるでしょう。

しかしながらパラグアイの女性たちが自分達の時代を切り開くことができた事実を考えれば、その生き生きとした活力溢れるエネルギーによって今後もきっと多くの困難を乗り越えることでしょう。こうしたパラグアイの人々の姿は、私たち日本人にとっても、今取り組むべき諸々の問題に対し立ち向かうためのお手本といえるのではないでしょうか。

関連文献

  • 藤掛洋子(2021)「パラグアイのスラム『バニャード・スール』におけるリスクとジェンダーーCOVID-19禍におけるカテウラ地域住民の日常実践にかかる一考察ー」、国際ジェンダー学会編『国際ジェンダー学会誌』、Vol.19:9-31。
  • 藤掛洋子(2008)「農村女性のエンパワーメントとジェンダー構造の変容ーパラグアイ生活改善プロジェクトの評価事例よりー」国際ジェンダー学会誌、Vol.6:101-132。
  • 藤掛洋子(2009)「研究と実践の往還を超えて:パラグアイにおける開発援助と参加型アクションリサーチ」、箕浦康子編『フィールドワークの技法と実際Ⅱ-分析・解釈編』、ミネルヴァ書房、pp.240-258。

(対談/佐藤 直人、執筆・編集/佐藤 優)

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