阪南大学 経営情報学部
中條良美 教授
経営者の利益予測に誤差が生じる理由と対策方法とは

経営者の利益予測に誤差が生じる理由と対策方法とは

定期的に各部署から報告を受けているはずなのに、経営者が行う利益予測と実績の結果には誤差が出ることがしばしばあります。

そこで今回は、経営者の利益予測と実績の間に誤差が出る原因や対処法に関して、阪南大学 経営情報学部の中條良美教授にお話を伺いました。

結果を踏まえた経営判断ができていない経営者は意外にも多いようです。

予測誤差を小さくするためには、各部署からの情報を自分に合った方法で受け取る必要があります。

取材にご協力頂いた方

阪南大学 経営情報学部 教授 中條良美 (ちゅうじょう よしみ)

1998年に名古屋大学経済学部卒業、2004年に名古屋大学大学院経済学研究科博士後期課程修了(博士:経済学)。北陸大学未来創造学部専任講師、阪南大学経営情報学部准教授を経て現職。
専門は財務会計。
著書:『経営と情報の融合と深化』(共著:2014年:税務経理協会)、『現代企業論』(共著:2008年:実教出版)など。

目次

利益予測に誤差が出る5つの理由

エモーショナルリンク合同会社取材担当(以下EL):経営者は月次や四半期など定期的に財務情報を見たうえで、部署長などから事業経営に関する報告を受けると思います。

それにもかかわらず経営者の予測に誤差が生じるのはなぜでしょうか?

中條先生:経営者予測に誤差が生じる原因はいくつか考えられます。

第一に、当たり前の話ですが、経営者は全知全能ではありませんので、将来を完全に予見することはできません。

予測がピッタリ実現することはもともと考えにくいです。

EL:あくまでも予測ですから当然ですね。

中條先生:第二に、現場から報告される情報が不正確な場合、経営者は判断を誤ることになります。

これは単純に企業全体としての内部統制や情報システムの問題です。

EL:経営者への忖度や、低い数値を見せて怒られたくない気持ちから、会計の数字や報告内容を部下が良く言いすぎていることが考えられますね。

経営判断に必要な情報が与えられていないとも言えます。

中條先生:第三に、経営者自身の将来見通しに、楽観的あるいは悲観的なバイアスがあると、たとえ現場からの情報が正確でもできあがった予測が上振れしたり下振れしたりします。

EL:バイアスとは偏りのことですね。

中條先生:その通りです。そうでないと経営者は務まらないのでしょうが、やはり自信過剰な経営者が多く、楽観的なバイアスがかかった評価が見受けられます。

EL:経営者予測が実際に当たっていたかどうかというのは、どのように見ているのでしょうか?

中條先生:予測から実績値を引いて予測誤差を計算します。

誤差がプラスであれば楽観的な予測をしている、マイナスであれば悲観的な予測をしていることになります。

おもしろいことに、いろいろな研究によって、全上場企業の平均値をとると誤差が基本的にプラスになることが知られています。

だからやはり実績よりも高い、楽観的な予測を立てる人が多いのかなと思います。

中條先生:第四に、楽観的・悲観的なバイアスがなくても、経営者の情報処理能力に問題がある場合です。

なぜ予測が外れたのかを客観的に分析できておらず、次回の予測にフィードバックできていないケースが見受けられます。

普通、予測誤差が「今回はプラスでした」となると「楽観的すぎたな」と反省し、次はちょっと控えめな予測を出すでしょう?

今度は逆に悲観的に振れすぎてしまって誤差がマイナスになったりして、要するに誤差がジグザグになりつつ縮小していく感じが一般的な変化だと思うんです。

EL:前回の反省を活かして調整した結果、誤差が上下してしまうということですね。

中條先生:普通そうなると思うでしょう?

これは研究していて自分でも驚いたんですけれど、実はね、同じ方向の誤差が割と何年も連続するんですよ。

しかも一部の企業だけじゃなく、平均値をとっても持続性があるんです。

EL:誤差が発生しても調整していないということなのでしょうか?

中條先生:おそらくこれは予測誤差の要因分析がやっぱり足りないのかなと思います。

「平均回帰」という言葉を聞いたことありますか?

世の中の出来事の大半が、だいたい平均水準に近づくという統計学で有名な話。

たとえば、背が高い両親の子どもは親より低くなり、背が低い両親の子どもは親より高くなって、長期的に平均水準に寄せていくというイメージです。

EL:アップダウンを繰り返していても、いずれは“平均値”になるような感じですね。

中條先生:そうですね。それが経営者予測の場合には、プラスのままであることが多いんです。

やはりフィードバックというか、過去にどうして予測を外したのかという要因分析をもう少し慎重にやったほうが良いのではないかなと思います。

EL:情報処理能力が低く、客観的な要因分析を苦手としている人は経営者に向いていないということになるのでしょうか?

それとも、経営者の能力を補完できるような人材が近くにいれば、誤差を小さくすることは可能なのでしょうか?

中條先生:一人で判断できない場合は、優秀なブレーンを持つことが、誤差を小さくする有力な手立てになるかもしれません。

優秀なブレーンを持つのであれば、将来予測の精度を上げるために、誤差の原因を分析して次回の予測にフィードバックできることが資質として重要じゃないかなと思います。

EL:なるほど、前回の予測を外した原因を分析できる人材を近くに置ければ安心ですね。

中條先生:利益予測に誤差が出る理由の第五としては、利益予測をわざと低めに設定している可能性が指摘されます。

実績値が予測より低いと投資家をガッカリさせることになりますから、なるべく達成可能な予測を最初に提示しておくわけです。

EL:利益予測を低めにしてることで「達成できるだろう」と投資家をがっかりさせないことはできるかと思うんですけれど、一方で「利益予測が低いから投資を避けておこうと」考える投資家もいるのではないかなと感じます。

  • がっかりさせないこと
  • 投資しようと思ってくれている投資家を逃がさないこと

この2つを両立させたほうがいいのか、それともすでに投資してくれている投資家をがっかりさせないことを優先したほうがいいのか、どちらが良いと思われますか?

中條先生:これは欧米でもよく報告されているところで、どちらがいいか悪いかというのは企業の状況によると思いますね。

たとえば、資金調達を円滑にしたい企業であれば、実績値が予想を達成していたほうが投資家に対して嬉しいサプライズになるので、資金を集めやすくなります。

逆にそうでない企業であれば、予想を高めにして企業の成長性をアピールするというようなことも可能です。

企業が直面している状況に応じて、戦略的に使い分けてる経営者も多いのではないでしょうか。

EL:なるほど、自社がどのような状況に置かれているのか・投資家に対してどう見せたいのかによって調整しているのですね。

予測誤差を小さくするための報告の頻度・仕組みとは

EL:予測誤差を小さくするには報告の頻度も重要になるかと思います。

部下からの報告は月次や四半期単位で十分なのでしょうか?

それとも、もっと頻繁に受け取ったほうが良いのでしょうか?

中條先生:ちょっと古い言葉ですが、「報連相」は企業の規模を問わず成立するはずです。

経営者は現場からの報告が少なすぎても状況把握に困りますし、逆に頻繁すぎてもキャパオーバーで訳が分からなくなってしまいます。

問題なのは、経営者のキャパシティに応じて報告を受ける仕組みが、組織に備わっているかということです。

EL:経営者自身が必要な情報量(キャパシティ)を理解していない場合、どうすれば良いのでしょうか?

たとえば「何でも知っておきたいから」とこまめな報連相を求めておきながら、経営者の頭の中では情報過多でパニックになっているようなことも考えられます。

中條先生:経営者が自分が欲しい情報を本当にちゃんともらえてるのかどうかが重要ですね。

大企業なんかだと情報をあげるシステムというのは、たいていすでに確立していますよね。

経営者が変わってもシステムが変わることはなく、継承しているだけだと思うんです。

EL:前任者の方針のまま、後任にも引き継がれることが多い印象があります。

中條先生:もう少し経営者自身が現場に対して「自分はこういう情報を、こういう頻度で必要としてるんだ」というのを訴えかけたほうが良いんじゃないかなと思います。

要するに、オーダーメイドの情報システムを作っていく必要があるのではないでしょうか。

EL:情報管理を各部署に委ねるだけでは、現場もどのような情報をどれだけの頻度で報告すべきか困ってしまいますよね。

中條先生:情報システムを含む内部統制のあり方は、経営者が変わるごとに柔軟に調整できることが望ましいと考えます。

大企業になるほど調整のコストが莫大になりますので、あくまで便益が費用を上回る範囲で、という制約はありますが……。

経営者の将来予測は企業の未来予想図と同義ですから、経営者は“自分に合った情報システム”を構築することにもう少しこだわってもよいでしょう。

利益予測の誤差による影響を避ける方法

EL:経営者の判断に誤差が生じると、その後の経営方針に影響があります。

影響を避けるための方法などがあれば教えていただきたいです。

中條先生:経営活動の成否は、経営者による正確な将来の見通しに高度に依存していますよね。

基本的に経営者は確定した会計情報を参照することで、微調整しながら、将来予測をより正確なものにする努力をしています。

しかし、先ほども述べたように経営者の信念にバイアスがあったり、情報処理能力に問題があったりすると、会計情報に含まれている意味を十分に汲み取ることができません。

EL:情報を汲み取って正しく判断することが難しいということですね。

中條先生:事実として利益の過大予想や過小予想は、繰り返し見られています。

投資家が経営者予想の的中に強い関心を寄せていることを考えると、この現象はあまり良いことではないように思われますよね。

つまり、何度もお伝えしているように、予想が外れた原因を真摯に受けとめて分析することが必要です。

経営者が報告を受ける際に意識すべき姿勢とは

EL:報告を受ける際に経営者が意識しておく姿勢には、どのようなものがありますでしょうか?

  • どんどん質問するような姿勢で向かう
  • すべてを聞いてから個別に呼び出して聞く

聞く姿勢にはいろいろあると思いますが、どのような姿勢が好ましいのでしょうか?

中條先生:報告の受け方には、経営者によっていろいろなスタイルがありますが、私は聞き上手が情報を効果的に収集するうえで一番効果的な態度だと考えています。

ただし、この問いに対しては、個人的な見解を超えるような一般的な解答はないのではないでしょうか。

たとえば、松下幸之助氏は聞き上手で相手から話を引き出すことに長けていましたし、江副浩正氏は人たらしで社員のモチベーションを上げる名手であったと聞きます。

2人に共通するのは「人を現実に動かすコミュニケーション能力の持ち主」であったということです。

EL:大事なのは人を動かすことができるかどうかですね。

中條先生:先ほどもお伝えしたように、大前提として、企業の情報システムは経営者の個性に合ったものである必要があります。

そうだとすれば、その設計を他人に任せておくのはあまりにも剣呑です。

もちろん、大企業では既成のシステムをそのまま継承するのが安上がりですが、そこにはもっとコストをかけてよいと考えます。

EL:そのためには経営者自身が「どのような情報を、どのような頻度で必要としているのか」を自分の言葉で明確に伝える必要がありますよね。

中條先生:その通りです。以心伝心で組織が作られるという考えは、甘いと断ぜざるをえません。

我々が想像する以上に企業には縦割りの構造が存在するようですので、こと情報システムに関してはトップダウンの意思決定がいっそう求められていると言えます。

まとめ

中條教授によると、経営者による利益予測に誤差が出る理由には5つあるようです。

  1. 将来を完全に予見することはできない
  2. 現場から報告される情報が不正確
  3. 経営者の見通しに楽観的・悲観的なバイアスがある
  4. 経営者の情報処理能力に問題がある
  5. 利益予測をわざと低めに設定している

傾向としては楽観的なバイアスがかかった評価が見受けられます。

このように利益予測に誤差が出ないようにするためには、オーダーメイドの情報システムを構築することが必要です。

経営者自身が「こういう情報を、こういう頻度で必要としてる」と自分の口で説明し、前任の経営者の情報システムのまま継承する状況は避けましょう。

また、過去の実績との差異が発生した理由についてしっかりと分析し、次回に活かす姿勢が大切です。

(取材・執筆・編集/エモーショナルリンク合同会社)

この記事を書いた人

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