愛知学院大学 商学部
梶浦雅已 教授
起業する人が狙うべきビジネスと知的財産権の関係とは?

副業などをきっかけに起業する人が増えている現在。

これから参入するべきビジネスが分かれば独立も怖くないかもしれませんね。

今回は起業する人が狙うべきビジネスと、知的財産権(IPR)の関係について愛知学院大学の梶浦雅已教授にお話を伺いました。

自分の考えたアイデアやデザインを守るために大切な「知的財産権」も、必ず取得すべきものではないそうですよ。

取材にご協力頂いた方

愛知学院大学 商学部 大学院商学研究科教授 梶浦雅已(かじうらまさみ)

博士(商学)、博士(学術)
専門:国際ビジネス・マーケティング、多国籍企業戦略、国際標準
ネスレ、ユニリーバなど多国籍企業ビジネス実務経験。横浜国立大学大学院国際開発研究科博士課程後期修了
受賞:2018 ALBERT NELSON MARQUIS LIFETIME ACHIEVEMENT AWARD、日本貿易学会奨励賞

起業するならどのようなジャンルが良いのか

エモーショナルリンク合同会社取材担当(以下EL):働き方改革などのライフスタイルの変化をきっかけに、起業する人が増えている印象があります。

梶浦教授から見て、どのようなジャンルのビジネスがおすすめでしょうか?

梶浦教授:チャンスが増えるのは海外を視野に入れたビジネスですね。

意外かもしれませんが、日本企業は大手〜中堅にかけて海外でビジネスをしている企業が多いんです。

GDPも高止まりしている日本に比べてアメリカや中国などは伸びているため、利益の半分以上を海外のビジネスで出している企業もあるくらいなんですよ。

EL:やはりグローバルなビジネスを狙っていくと良いんですね。

梶浦教授:そうですね、具体的にはゲートキーパーとして機能するビジネスを見つけてください。

そのためにはグローバルな視点からチャンスを見つけることが必要です。

EL:情報の伝達をする役割が「ゲートキーパー」ですよね。

海外企業と日本企業の間に入る役割を目指すべきということでしょうか?

梶浦教授:ゲートキーパーは、単に間に入るばかりでなく機能的な役割を果たすという意味です。

消費者や利用者にこれまでの不便を解消する機能を提供しなければ、ゲートキーパーとして成功しません。

日本は島国であるため、インフラや金利、距離や知識不足などの影響でグローバルなアプローチがしづらい側面がこれまではありましたが、コロナ禍以降、Web上でのビジネスが活発になっていますよね?

こうしてお話できているのもWebの発達によるものが大きいでしょう(※本取材はオンラインで実施)。

EL:たしかにコロナ禍以前はオフライン(対面)でのやりとりや取材がメインでした。

梶浦教授:そうでしょう?

コロナ禍がもたらしたライフスタイル変化は社会の停滞をもたらしましたよね。

一方で、それまでに見られない在宅勤務や自宅需要などに関連して、新たなビジネスカルチャー・新たなビジネスチャンスを生み出しています。

コロナ禍以前はインターネット社会が虚業・リスク・仮想など否定的な側面が強調されてきましたが、コロナ以降は肯定的な側面が実感されたはずです。

EL:オンラインでの作業や手続き、ビジネスが盛んになった印象がありますね。

梶浦教授:現実的なモノのサプライチェーンはコロナで停滞を招きましたが、インターネットによる交流は盛んになりましたよね。

ネットの発展の流れに乗っかって、これまで日本人がアプローチの難しかった分野に取り組むと事業の幅が広がるのではと思います。

EL:距離的な問題で厳しかったビジネスに参入するチャンスということですね。

梶浦教授:日本と海外を結ぶビジネスは、誰かがやらないと身近にはなりません。

たとえば、海外証券を簡単に買えるようになったのはネット証券会社が参入してからでしょう?

だれでもインターネットを介して米国株式や債券、ETFへ簡単に投資できるようになったのは、ネット証券が普及してからのことで、ごく最近です。

ただ、米国証券企業に比べればまだ不便でしょう。 

外国居住の日本人がネット経由で日本のネット証券に投資することには今でも制約がありますし、決済や送金などで障壁が高いです。

これを解消すれば有望なベンチャービジネスとなります。

EL:最近では大学生でも株を購入できるようになりましたよね。

梶浦教授:以前は、米国株式を日本に住む個人が購入することはかなり手間のかかることだったんですよ。

これは一例ですが、障壁を解消したうえで、消費者が便利感や達成感など満足を実感できるビジネスを見つけてください。

これこそ新しいビジネスカルチャーと言えるでしょう。

EL:これまで距離やインフラといった障壁があった分野で、インターネットを中心にしたビジネスができると良いということでしょうか?

梶浦教授:そうですね。米国企業のGAFAM(Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoftの頭文字)の成長も、インターネットを基盤にして成功した事例です。

また、コロナ禍以前からここ10年ほどインターネットによるBtoB、BtoC、CtoCが活発化しています。

これまで日本人がアプローチできなかったことを、ネットなどを駆使してできるように工夫することが必要だと思いますね。

EL:海外を視野に入れたビジネスの実現に力を入れるべきということでしょうか?

梶浦教授:多くの日本企業は貿易障壁の解消のために必要に迫られて海外へ進出しましたが、結果として、現時点ではそうした日本企業の中で生き残った例は少なくありません。

国内に拠点を持っていてもグローバルなビジネス市場に結び付いて活動しない企業は、ここ30年間停滞している日本社会では成功しづらいでしょうね。

EL:最初におっしゃっていたように、日本と海外のゲートキーパーの役割を担えれば事業成功の確率は高いということですか?

梶浦教授:そうですね。日本企業が外国消費者獲得を目指す場合は、日本のブランド・洗練された技術といった独自性を意識することで個人でも可能性はあります。

反対に、外国ビジネスを日本消費者へ導入する場合は、日本消費者が非関税障壁によって手に入らない、思いつかないまたは知らない外国のビジネスを仲介できるようなビジネスを見つけることが重要です。

これも個人レベルから始められます。アイデアと実行力次第です。

EL:まさに「海外企業と日本企業の間に入る役割を担うこと」ですね。

知的財産権を取得するかどうかの判断基準とは

EL:たとえば日本のビジネスを海外に進出させる場合、日本人ならではのアイデアやデザインによって、海外でも注目される可能性が考えられます。

特許の取得や特許を出願しないといった判断は、どのように決めたら良いのでしょうか?

梶浦教授:知的財産権(IPR)は、考案や発明をした権利を守るためのものです。

出願に関しては「必要ならする・不必要ならばしない」といった見極めをしないと難しいでしょうね。

EL:具体的にはどのような見極めが必要なのでしょうか?

梶浦教授:IPRに関しては、国や地域ごとに出願する必要もあり、コストもかかります。

商品やサービスなどがヒットしなければ収益に結びつかないため、費用ばかりがかかり、マイナスが大きくなってしまう。これでは出願しても無駄でしょう?

EL:たしかに“権利”として資産にはなるものの、費用対効果が悪ければ意味がありませんね……。

梶浦教授:その通り。それから「資産にはなる」とおっしゃいましたけど、必ずしも資産になるとは限らないんですよ。

EL:権利を取得することは資産になる気がしますが、どういうことでしょうか?

梶浦教授:権利を持つことはできるものの、取得しようとすると詳細が公開されてしまうことになります。

その結果、海外から模倣されてしまう可能性があるというデメリットが存在するんですよ。

企業の戦略として「あえて出願しない」という手を取る場合もあるくらい。

EL:なるほど、「〇〇のような内容で特許が取得された」と公になることで、適用されない地域や海外から真似されてしまう恐れがあるのですね。

権利を守るために取得した知的財産権が、かえって情報を公開してしまう……本末転倒です。

梶浦教授:ビジネス分野によっては出願することが必須であることも、もちろんありますよ。医薬品関係は特許を取得しないと逸失利益の問題になることもあります。

たとえばデザインに関する「意匠権」ですと、電子通信、日用品、事務用品分野は出願数が多いです。

この分野は意匠権が商品価値を決定づけるポイントなのだと思います。

類似の製品によってビジネスに支障がある分野であり、独自性が高く、パネル調査で好評ならば出願したほうが良いでしょう。

EL:似たような商品・製品が出てしまうと、購入者が分散してしまう可能性がありますもんね。それを避けるためにも意匠権が必要なのですね。

梶浦教授:ただし、技術にかかわる知的財産権ですと公表されることによって、秘かに他社によって分析調査されて、秘密裏に違法利用されてしまうかもしれません。

ですから大手企業では総合的に判断して、知的財産権を取得するのか・ノウハウとして秘匿するのか、出願するにしても、どのように、どの部分を出願するのが最適なのかを検討していますよ。

知的財産権で守るべきか、無償化で認知を広げるか?

EL:知的財産権を駆使してアイディアを独り占めすることで“特別感”を出すことはできますが、一方で広がりが狭くなってしまう恐れがあると考えます。

企業戦略として、知的財産権の利用料を徴収するスタイルと、無償化することで広く認知してもらうスタイル、どちらのほうが有効だとお考えですか?

梶浦教授:我々が調査研究した範囲では、知的財産権において現在の戦略的な選択肢としては3つあります。

  1. 無償化
  2. 有償化
  3. 取得しない(ブラックボックス化)

1つの企業でも上記の各手段を併用しているのが現状です。

EL:どの選択を選ぶかというよりは、状況に応じて対応を変えていくのですね?

梶浦教授:そうですね。かつては単独でIPRを獲得して市場を独占化することが可能で、2つの有力企業が違ったタイプを発売することで市場で競争していました。

デファクトスタンダード(市場での企業間の競争によって認められる標準規格)の獲得としてとらえられますね。

とはいえ強い企業が少なくなり、技術寿命も短命化する現在では、競争して市場独占することは費用対効果の面からも難しくなりました。

したがって市場を大きく成長させて一定のシェアを取るために「IPR権利を無償化していく戦略が良い」と判断する傾向が、私が経済産業省や日本学術振興会から得た研究機会ではみられていますね。

EL:一つの企業でシェアを独占するよりも、市場規模を大きくすることに注力しているイメージですね。

梶浦教授:または、自社のIPRをISOやIEC、ITUなどの国際機関に提案して国際標準化し、広く普及させるような仕掛けを行う方法もあります。

パブリックドメインとしてIPRが実用化されて広く利用されるなら、そのほうが望ましいとも言えます。

利用料を取るのみというのは、戦略としては十分ではなく中途半端な感じで、市場が伸びなければ大きな収益にはなりにくいと思われますから。

EL:なるほど、利用料の徴収だけではあまり大きな利益は期待できないのですね。

梶浦教授:近年では、他社のIPRを無償で利用できるような契約(クロスライセンシング)も費用対効果の良さから積極的に行われています。

EL:クロスライセンシングを利用してお互いの権利を無償で利用する代わりに、一緒に一つの目標(製品の開発など)に向かっていく取り組みが盛んということでしょうか。

梶浦教授:そうですね、たとえばアジアや日本、米国、欧州といった単位で陣営を形成することが多くなりました。

チームリーダー企業を頂点にして数百の分野企業が集結する、いわばプロジェクトチーム化といってもいいでしょう。

EL:どうして企業ごとではなく、国や地域単位でのチーム化が進んでいるのでしょうか?

梶浦教授:なぜ陣営を張るのかというと、研究開発から製品化までに多くの技術やIPRが関連した巨大なシステムとなる場合が多いからです。

たとえばEV自動車などの例では、自動運転、通信、AI、道路交通、関連の法律・行政はすべて関連しているため、切り離して構築することはできませんよね。

国の産業政策とも結びつくわけです。

つまり、パートナーとして信頼できる複数の大きな企業が協力しなければ実施できません。

EL:そのために「うちの権利を使わせる代わりに、あなたの企業の権利も無料で使わせてね」といったシステムを導入して、協力してチームとして作業するということですね。

「権利が絡むから」と手続きを都度行っていたら、多くの事業が前に進まなくなる恐れが考えられますし、そもそも面倒です……。

梶浦教授:そうでしょう?大きな事業では、グループごと、つまり国単位の競争となる傾向にあるため、競争に勝ち残るためにグループ内では無償化にしておいたほうがスムーズ。

ただ国家間、地域間では国益もあることから、各陣営は政策・政治の観点から陣を作ります。

こうした陣内にメンバーとして入り込めない企業は、新たなビジネスチャンスを得ることは難しくなるでしょうね。

メンバーとして入り込むのは大手でなくても、ベンチャー企業であっても可能性はありますよ。

日本国内で生き残りたい場合に取るべき姿勢とは

EL:先生は知的財産の無償化についての戦略的意義をご研究なさっているとお伺いしました。

そこで、知財を無償化する意義や、どのような企業戦略において有効なのか教えていただきたいです。

梶浦教授:先ほどもお伝えしたように、有望な大きなビジネスを創るためには、大きなチームを、国単位・業界単位で作っていかないと生き残っていけない。

個別の商品で他社と戦うというよりも、グループ・国ごとにチームを組んで「協同企業体」として一つのサービスを作っていくシステムを作ることを目標にしないと、今後は難しいでしょう。

小さな会社であっても、他社と協力しあっていく世界になってきていると考えています。

EL:日本は中小企業が多いですが、それぞれが個別に競争するのではなく、協力してもっと大きな相手と戦うことが求められてくるのですね。

しかし、中には「日本国内で生き残りたい」と考えている企業もあるかと思います。

その場合は、どのような戦略を考えれば良いのでしょうか?

梶浦先生:いつまで国内だけで戦えるのか、続けていけるのかを考えなければいけません。

“失われた30年”と言われるように日本は成長が鈍ってきているのが現実ですから、ふとした時に海外から有力企業が参入し、市場を独占される可能性も否定できないわけです。

EL:日本のおもてなしを重視している旅館の運営会社が、実は外国企業だったという話を聞いたことがあります。

梶浦教授:ですから日本国内で活動しても構いませんが、外国を意識しなければなりません。

いつの間にかグローバル世界から取り残されたガラパゴスになってしまいますから、海外も見据えた戦略を意識することが重要です。

意識したうえで企業独自のオリジナリティを出すことができれば、ブランド化などの特性が外国のそれよりも競争優位なら生き残っていけます。

今後ビジネス展開をする人におすすめの戦略とは

EL:最後に、今後起業を考えている人や海外でビジネスをしたい人におすすめの戦略・制度があれば教えてください。

梶浦教授:これからビジネスを展開するのであれば、伸びしろの大きい途上国へ注目してください。

政府開発援助(ODA)を基盤として活動している外務省所管の「独立行政法人国際協力機構(JICA/ジャイカ)」の活用も良いですね。

EL:JICA……名前は聞いたことがありますが、どのようなものなのでしょうか?

梶浦教授:JICAは、ODAを一元的に行う実施機関として開発途上国への国際協力を行っており、国内は東京、大阪、名古屋をはじめ15か所に拠点があります。

事業内容は多岐にわたっており、個人や法人を対象として多くの研修や教育、ビジネス展開のために必要な情報提供を実施している機関です。

もちろん、個人でも学習できますよ。

EL:発展途上国でのビジネスのために必要な情報提供をしてもらえるのですね。

梶浦教授:それだけでなく、開発途上国の現場において、直接、専門家や開発コンサルティング会社(開発コンサルタント)、ボランティアなどの養成や人選、派遣まで行っていますよ。

希望する対象地域や対象国、開発援助の課題などについての調査や研究について、幅広く活動しています。

EL:伸びしろがある発展途上国ではビジネスを伸ばしやすい一方で、文化や意識の違いなどで現場の温度との乖離が起こる可能性も考えられます。

現地で実際にサポートしてもらえるのは心強いですね。

梶浦教授:それから、日本が各国と締結している自由貿易協定や、20以上の経済連携協定「EPA/FTA」を知り、ビジネス展開に有利になるような外国環境を選択することが必要です。

EL:EPA/FTAとは、経済関係の強化のために貿易や投資の自由化・円滑化を進める協定のことですね。

具体的には関税の撤廃などの対応が話題になりますよね。

梶浦教授:米国が主導する新たな経済圏構想「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」の立ち上げが発表され、日本を含む14か国が参加を表明しています。

参加国間でのサプライチェーン強靭化や、脱炭素化に向けた連携強化、デジタル貿易やSDGsといった新たなコンセプトが論じられているところです。

​​こうした新分野でニュービジネスが開拓できるかもしれません。

これは起業するビジネスの外国展開に有利になる可能性を秘めていると考えられています。

個人起業家として参加すべく、ホームページを見て、国内拠点へコンタクトしてみてはどうでしょうか。これから起業したいという人にもおすすめです。

EL:これからは好きな国同士が手を取り合って、貿易やビジネスのやり取りをしていくことが一般的になるようですね。

まとめ

日本国内のビジネスだけでは今後も成長を続けられる確証がありません。

海外を視野に入れたビジネス展開を戦略として持っておきましょう。

これからはクロスライセンシング契約をしたチームごとの競争になる傾向が強いため、チームに組み込んでもらえるような起業づくりが必要です。

◆梶浦 雅己 教授:業績一覧
https://researchmap.jp/agumkc6633

(取材・執筆・編集/エモーショナルリンク合同会社)