今回は桃山学院大学の宮津和弘教授にインタビューをしてきました。
宮津教授は、大学の経営学部に所属されていて、マーケティングを専門に研究をされています。
そんな宮津教授に、法人設立を検討している方や個人事業主などが気になる「マーケティングで必要な考え方」についてお尋ねしました。
「マーケティングでは具体的にどういうことを学ぶの?」
「マーケティングの考え方がビジネスにどう活かせるのか知りたい」
そんな疑問を抱えた方に向けた内容になっています。
では早速見ていきましょう。
取材にご協力頂いた方
桃山学院大学 経営学部 教授 宮津和弘(みやつ かずひろ)
東京工業大学卒業後、イリノイ大学大学院へ留学。
外資系企業において、R&D、マーケティング、コンサルティングなどに従事。
早稲田大学ファイナンス研究科(MBA)では在学中に高頻度データ分析に従事。
2019年に筑波大学で博士(経営学)取得後,専任教員として従事。
専門は、マーケティング、データサイエンス、ファイナンス
ちなみに、日本におけるBluetooth黎明期の第一人者でもある。
著書として「Bluetoothガイドブック」日刊工業新聞社がある。
マーケティングとは「モノを売るための仕組み作り」
エモーショナルリンク取材担当(以下EL):宮津教授、本日は宜しくお願いいたします!本日はマーケティングを専門とされている宮津教授に、マーケティングの概要や必要な考え方などについてお話を伺いたいと思います。
宮津教授:こちらこそよろしくお願いします!
EL:そもそも「マーケティング」とは何でしょうか?ビジネスに興味のある人や、これからビジネスを開始しようとしている人に向けて、マーケティングの基礎を伝えられればと考えています。
宮津教授:マーケティングとは簡単に言うと、「商品やサービスが売れるための仕組み作り」です。別の見方をすると「欲しい人に欲しいものを効率良く届けるための仕組み作り」とも言えます。
そのための考え方のフレームワークとしてマーケティングミックス4Pというものがあり、Product、Price、Place、Promotionの観点からターゲット層に商品やサービスの提供が整合的になるように考えます。
EL:マーケティングミックス4Pとは、Productが製品、Priceが製品の価格、Placeが製品を売る場所、そしてPromotionは製品の販売促進方法のことでしょうか?
宮津教授:その通りです。
EL:マーケティングミックス4Pで考えれば、欲しい人に欲しいものを届けるための仕組みを考えられるんですね。
宮津教授:そうです、この4つの視点で売れるにはどうすれば良いかを考えます。ただ、マーケティングミックス4Pを考える前に、そもそも消費者に対して「どのような商品やサービスを届けるのか」を決めることが重要となります。
この製品企画の考え方に、プロダクトアウトとマーケットインがあります。
EL:「プロダクトアウト」「マーケットイン」という言葉があるんですね。
それぞれどういった考え方なのか、マーケティングを知らない人向けに教えていただけますでしょうか?
宮津教授:マーケットインとは、消費者の要望を調査して、それに合う製品を市場投入する考え方で、ほとんどの商品やサービスはプロダクトインのアプローチを取ります。
一方でプロダクトアウトは、「消費者はニーズを明確に認識していないが、こういうものが役立つはずだ」と考える企業側からの製品の市場投入です。
例えば、スティーブジョブズのようなカリスマ的人物が、主導でiPhoneを世に出した事例が挙げられるでしょう。
現在はモノが有り余るほど出回っているため、いかに消費者ニーズに応える製品をタイムリーに提供できるかが重要です。一方で、消費者が気づいていないニーズを先取りしたプロダクトアウトによりブレイクする、iPhoneのようなケースもあります。
EL:なるほど、つまりプロダクトアウトとマーケットインで製品企画の考え方をまとめた後で、マーケティングミックス4Pでどのように欲しい人に欲しいものを届けるのかという仕組みを作るんですね。
マーケティングはビジネスでどのように役に立つのか
EL:マーケティングは「商品・サービスを売るための仕組み作り」というお話を伺いました。
続いて、マーケティングの知識や考え方がビジネスでどのように活用できるのか教えてください。
宮津教授:マーケティングは「自身のビジネスに対してのストーリーを可視化する」ことにも役立ちます。
ストーリーを可視化できれば、自分軸を有することになるため、時流に流されないで長い間市場で生き抜くための信念を立てられるのです。
もし企業理念が表せていないと、コロナ禍などの困難に遭遇したときに取るべき行動に迷いが生じます。
行き当たりばったりのビジネスを行うのではなく、自身がビジネスを実施する意味をきちんと理解し、市場と消費者に説明することができれば、企業として存在するための意義に通じます。そのためにも、マーケティングミックス4Pを考える前提となる企業理念を明確にする必要があります。
EL:マーケティングを実践するということは、自分(企業)のビジネスのストーリー・理念を作るころから始めるんですね。
実際に良いストーリーを持っている企業はありますか?
宮津教授:だいぶ前ですが、「ビジョナリーカンパニー」というベストセラー本がありました。100年以上存続している企業を調べ、共通していることが述べられています。
その本では、100年以上存続している企業の共通点として、「企業理念が会社全体に浸透している企業」であることが挙げられていました。
多くの大企業では各企業のストーリー(信念)があります。例えば、江崎グリコという会社は今年でちょうど100周年を迎えます。100年前に腸チフスが流行して幼い子供たちが亡くなっていく状況で、創業者の江崎利一さんは牡蠣の煮汁エキスから得られたグリコーゲンを腸チフスに罹った息子に与えて回復させたという経験を持ちます。
そして江崎利一さんは美味しさだけでなく、栄養も充分取れるお菓子を子供たちに提供したいという信念のもと、企業経営しています。
つまり製菓を市場投入する場合、江崎グリコは「美味しく、栄養が充分取れるお菓子を子供たちに提供する」というブレない信念に基づいてビジネスしていると思います。
現代において、医学がこれほどまで発展していなかったら、新型コロナで弱っていく子供たちに栄養満点な食品を江崎グリコは生産していたのではないかと思います。
EL:ありがとうございます。江崎グリコは決してブレることのない信念を持っていたんですね。
ストーリーや理念を作れることの他に、マーケティングがビジネスに活かせることはありますか?
宮津教授:マーケティング的な考え方を身に付ければ、物事がどのような価値観やインセンティブで動いているかを考えるようになり、様々なことの全体感を捉えやすくなります。
先ほど、「マーケティングとは商品やサービスが売れる仕組みを考え、欲しい人に欲しいものを効率良く届けること」と言いましたが、売るための仕組みを構築する際に重要な要素は、そのときの社会と消費者がどのような考え方・価値観を有しているのかを理解することです。
例えば高度経済成長期と現代のマーケティングでは、商品やサービスが売れる仕組みが異なります。
EL:時代によって社会と消費者の価値観が違うため、時代ごとの価値観を理解し、商品・サービスを売るための仕組み作りが重要なんですね。
高度経済成長期と現代では、具体的にどのように価値観が異なるのでしょうか?
宮津教授:高度経済成長期では、現代のようにモノが溢れておらず、「消費者はとにかく働いて豊かになろう」というのが社会全体の価値観でした。
日本国民全体が一生懸命に働いて、みんなで豊かになろうと考えていました。
この時期は、欲しいものがみんな同じ(三種の神器)であり、余暇の過ごし方も通り一遍的なもの(夏は海水浴、冬はスキー)でした。
一方、Japan as number #1といわれる80年代には社会全体が豊かになり、バブル期を迎えます。そこでは、消費者の欲しいものは人それぞれで異なります。企業は異なる消費者ニーズに対してタイムリーに応える必要があります。この頃のマーケティングが現代の基本となっており、いわゆるSTP(Segmentation,Targeting,Positioning)により企業は自分たちの独自性を打ち出していく必要があったのです。
EL:なるほど、時代によって消費者の好みが多様化していったんですね。
優秀なマーケッターになるために必要な2つのポイント
EL:マーケティングの考え方があれば、ビジネスのストーリーや理念を作ること、時代ごとの価値観を理解することに役立てることが分かりました。
それでは、これからマーケティングを学ぶ際に意識するべきことや、注意するべきことはありますか?
宮津教授:マーケティングを学ぶのに大切なポイントは2つあります。
1つ目は、日頃から人間と社会に興味を持つことが重要です。これまで私が出会った優秀なマーケッターは皆とても優しい方でした。気が利いて、相手のことを思いやる気持ちが人一倍大きな方々ばかりです。
彼らは意識的にではなく、無意識的にそのように振舞っているのだと思います。優秀なマーケッターは、日常生活でも人間が何を欲しているのかを自然と頭の中で思いめぐらせているのでしょう。
EL:なるほど、日常生活で人と社会に興味を持ち、何が求められているかを知ることが大切であると。これはきっと、ビジネス以外の様々な場面で役に立ちそうですね。
マーケティングを学ぶのに大切なもう1つのポイントはありますか?
宮津教授:もう1つのポイントは、適切なマーケティング・アナリティクスに関する知識を習得することです。
アナリティクスのアプローチには、数理モデルと機械学習がありますが、どのような場面で、どのように利用するかを理解しておく必要があります。難解な数式の詳細を知る必要はありませんが、いくつか利用ケースを知っておくと良いでしょう。そして、最も重要なのは、得られた分析結果をどのようにアクションへつなげるかです。アマーケティング・ナリティクスとは、より良いアクションを得るためのデータ分析とも言えます。
EL:データ分析にマーケティング・アナリティクスの知識が必要なんですね。
宮津教授:企業経営でもそうですが、最近ではデータに基づくマーケティング実践が行われています。購買履歴データの傾向などにより、マーケティング戦略を立案していくものです。
先ほど述べましたマーケティング・アナリティクスは、数理モデルや機械学習の手法を利用したマーケティング意思決定を行うのですが、その際に統計手法や機械学習の適用において、きちんとデータを精査し、適切な手順で実行しなければ、得られた分析結果に誤りが生じてしまいます。その結果、マーケティング・アクションも正しいとは言えず、ビジネスに何の貢献もしないで終わることさえも起こり得るのです。それを回避するためにも、適切なマーケティング・アナリティクスの知識を習得する必要があります。
単に、付け焼刃的な知識でデータ分析するのではなく、ある程度の専門的知識も必要となるでしょう。
最近のマーケティングのトレンドはSNS
EL:マーケティングの学習には、社会で何が流行しているのかを知ることも大切だと思いますが、最近のマーケティングのトレンドは何でしょうか?
宮津教授:流行っているのはSNSを利用したマーケティングです。特に、若年層ではTVを見る時間よりネットに接続している時間の方が圧倒的に長いので、活用メディアはTVからSNSへシフトしています。
しかしながら、いかなる状況においてもマーケティング理念として重要なのは「ブランド理念」だと思います。10年近く前の本ですが、元P&GグローバルCMOであるJim Stengel氏の「GROW本当のブランド理念について語ろう」(2013年)に書かれています。出版当時、以前米国マーケティングアナリティクス関連のベンチャー企業で仕事していた時に、その企業のアドバイザーにJim Stengelがいて、直接話す機会がありました。先ほど挙げてた、江崎グリコの例のそうです。コロナ禍だからこそ、SNSマーケティングでも、企業が本当に実現したいことを消費者に理解してもらうことで、ビジネスを安定的に維持できることなのだと思います。単にバズるだけではなく、そこに企業の信念があってバズることが大切だと思われます。
EL:時代が変化しても、理念が大切である点は変わらないんですね。
最後にこれからマーケティングを学ぶ人へのアドバイスをお願い致します。
宮津教授:マーケティング・アナリティクスでは、数理モデルと機械学習の知識は必須ですので、必ず習得するようにしましょう。そして、得られた分析結果をどのようにアクションにつなげられるかまで考えられるにすることが大切です。
EL:正しくデータを解析するためには、数理モデルと機械学習の知識と分析結果をどうアクションにつなげるかが欠かせないんですね。また、ご紹介いただいた「GROW本当のブランド理念について語ろう」(2013年)もこれから起業する人に大切なメッセージが書かれていると感じました。
取材にお答えいただきありがとうございました!
まとめ
今回は桃山学院大学の宮津和弘教授にお話を伺いました。
マーケティングは商品を売るための仕組み作りであり、時代ごとの社会全体の価値観を把握するのが大切です。
また、「企業理念を明確にする」といったように、何年経っても変わらない大切な考え方もあります。
これからマーケティングを学ぼうと考えている方は、日常生活で人と社会に興味を持ち、何が社会に求められているのかを考えることから始めるのをお勧めします。そして、アクションにつながるデータ分析が必要です。
(取材・執筆・編集/エモーショナルリンク合同会社)