学習院大学 経済学部
守島 基博 教授
これからの企業生き残りのカギは組織開発

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従来より日本企業の抱える大きな課題の一つである人材不足。

更に昨今、新型コロナ感染拡大の影響により新たな働き方の導入を余儀なくされるなど新たな変化もあるなか、各企業はいかに人材を確保し、生き残っていくためにどのように対応していけば良いのか?

そのためのカギについて、人的資源管理論の権威である学習院大学の守島基博教授は、組織開発であると提唱されています。

そこで今回、守島教授にインタビューをさせていただきました。

取材にご協力頂いた方

学習院大学経済学部 教授・一橋大学 名誉教授

守島 基博 (もりしま もとひろ)

米国イリノイ大学産業労使関係研究所博士課程修了。人的資源管理論でPh.D.を取得後、カナダ国サイモン・フレーザー大学経営学部Assistant Professor。
慶應義塾大学総合政策学部助教授、同大大学院経営管理研究科助教授・教授、一橋大学大学院商学研究科教授を経て、2017年より現職。厚生労働省労働政策審議会委員、中央労働委員会公益委員などを兼任。2020年より一橋大学名誉教授。著書に『人材マネジメント入門』、『人材の複雑方程式』、『全員戦力化 戦略人材不足と組織力開発』(以上、日本経済新聞出版)、『人事と法の対話』(有斐閣)などがある。

目次

コロナ以前から起こっていた人材不足とその変化

エモーショナルリンク合同会社取材担当(以下EL):ここ数年、新型コロナ感染症の拡大を発端として、労働市場における人材不足が加速したように思われます。この背景について先生のご見解をお聞かせいただけますか?

守島教授:コロナによって企業の経済活動が停滞し、収益が下がるということはあったのですが、コロナが人材不足を加速したというのはあまりないものと見ています。

EL:そうなんですね。つまりコロナだけによって人材不足が加速されたわけではないと?

守島教授:そういうことです。実際は、コロナによって一時的に経済活動が停滞したことによって、企業がそれほど多くの人材を必要としなくなったため、人材不足という状態は一瞬弱まったんですね。

けれども、現在は経済が回復するなかで、コロナ以前の2019年辺りに起こっていた人材不足の状況が更に複雑化したような状態だと思うんです。

EL:それはどういう状態なのでしょうか?

守島教授:まず2019年当時と比較して、コロナ禍の影響もあって、DX(デジタルトランスフォーメーション)といった業務・製造プロセスのデジタル化やビジネスモデルなどの変革を行う企業、さらにはこれまでの事業構造自体を見直す企業が増え、そうした変化に対応する人材が求められています。DX人材や新たな事業を担う人材を、現時点で内部にかかえている企業は少ないので、人材不足を強化する結果となります。

加えて、コロナ禍によって、労働者の方でもこれまでの働き方について疑問を持つ人が増え、例えば、地方移住や仕事ともう少し距離を置いた人生を重視していきたいと考える人たちが増えてきたことも、人材不足の新たな背景となっています。

こうした傾向が出てきたのは、リモートワーク導入で自分の仕事や会社を見つめ直す機会ができ、例えば、毎日出社して働くなど、これまでの自分の働き方に疑問を持つ人が多くなってきたということです。

よって、現在は、これまでに比べて人材不足の内容自体が複雑化していると思います。

EL:なるほど、人材不足自体は以前からあり、コロナだけが原因だけではなかったということですね。

現在企業が抱える人事の問題点

EL:このような状況下で、経営側や人事は現在の人材不足の状況を深く理解しているのでしょうか?

守島教授:先ほど申し上げたようなDX人材が欲しいとか、働く人の変化や人生を大切にする志向性に対して、もうちょっとケアしてあげないと人々が働いてくれないといった状況は、人事も確実に認識しているとは思います。

けれども、いま企業が非常に苦戦しているのは特にDXとかそういうものも含めて、どうやって人材を見つければいいのかという点ではないでしょうか。

例えばある程度新卒一括採用を行うことは、企業にとって必要だと考えるので急激に止めるということはなかなかできない。そのため、現場は即戦力が欲しいのですが、中途採用できる人材の数は、限られてくる。

かといって中途採用が上手くいっているかというとそうでもない。欲しい人材が確保できないのです。または採用しても辞めてしまう。労働市場をみると、多くの企業が同様の人材を求めているので、欲しい人材の質、量というのは極めて少ない、というのが実情ですね。

つまり各企業は、人材不足の状況は認識できているが、どう人集めをしていけば、現場も満足し、将来の中核人材の確保もできるバランスが保てるのかがわからない、というのが今の実態じゃないかと思います。

EL:なるほど。人材確保のやり方が分からない中でも、各企業は何か試みを行っているのでしょうか?

守島教授:こういった中で今様々な企業が飛びついているのが、いわゆるジョブ型雇用(※)です。

※ジョブ型雇用:一般的に職務内容や責任の範囲、労働時間、勤務地などを明記したジョブ・ディスクリプション(職務記述書)を作成し、その条件にマッチした労働者と合意の上で契約を結ぶ雇用形態。

ただ、ジョブ型雇用を答えにしようというしっかりした計画を持って導入しようと考えている企業というのはあまりなくて、多くの企業が、流行りだから、他の企業もやってるから、ちょっと調べてみよう、というような段階にあるように思います。

もちろん、いくつかの企業では、既にジョブ型雇用に大きく舵を切っています。今後こうした企業が増えれば、ある程度日本の人材マネジメントのあり方も変化し、上記の問題への対応も一定程度可能になるのではないかと思います。

組織開発①:綿密な人材ポートフォリオの作成

EL:日本の企業がこのような中で行っていく有効な施策として、まずはじめに企業は何をしたら良いのでしょうか?

守島教授:やはり一番最初にやるべきことは、人材ポートフォリオをしっかりと組んでいくということが必要なのだと思います。

人材ポートフォリオを作るというのは、これからの戦略の方向性を考えて、戦略目標を実現するための人材のスペック、背景、経験を確定し、そうした人材を確保するための人材マネジメントを戦略的に計画して行くことです。

ご存知のように、今現在行われている新卒採用というのは、別に何をやってくれという形で取るわけではありません。

職種を特定して採るわけではないので、入ってから適正に応じて育てていこうということなのですが、人の育成というのは時間がかかるので、新卒から育てていこうとすると、人材の確保を戦略実現に合わせたスピードで行うのはきわめて難しいと思われます。

ですので、採用する人材と育成する人材を区別して扱うなどの、「戦略に合わせた人材ポートフォリオを組んでいく」ということをやっていかないといけないのではないかと思います。

EL:人材ポートフォリオ作成において最も重要なポイントを教えていただけますか?

守島教授:うち(自社)で必要な人材像は何で、その数はどのぐらいなのかを具体的に明確化しておくことです。

例えば、今度グローバル展開するのだから、こういう風なスペックのグローバル人材が、これだけの数必要だというようなことを考えていくわけです。同時に例えば、経営層に育てていく人材は、どういう資質が必要で、またどういうキャリアを歩ませるのかなどの計画も必要です。ちなみ、個別のジョブ(職務)の定義が戦略をもとにして明確化されるジョブ型雇用では、これまでのやり方に比べて人材ポートフォリオが組みやすいと思われます。

EL:人材ポートフォリオを作成し、うまく機能させている企業としてはどんなところがありますか?

守島教授:例えば日立さんは、もう10年以上前からやっているんですね。

日立さんは元々は冷蔵庫や洗濯機などの家電などを扱う企業で知られていましたが、今や社会インフラの企業になっていますからね。

そういった点で、社会のニーズをとらえ、それに寄り添った視点で仕事ができる営業マンのようなものを確保する事が重要になってきたのでしょう。

他にも、富士通さんやソニーさんなど、戦略に合わせた人事と人材確保ということをやっている企業は数社あります。

組織開発②:若手育成と配置転換での説明と尊重

EL:人材ポートフォリオに基づいた人材確保ができたら、次はその若手を育成していくことが必要だと思いますが、そこで念頭に置いておくべきことは何ですか?

守島教授:若手を育成する活動は、先ほど述べた、人材に求められるスペックや人材ポートフォリオ上の位置づけによって違ってきます。

例えばAIの分野に関してはもう世界一です、というような高い専門性を持った若手もいれば、私が今、大学で教えているような、入社時点では何もできない若者たちもいるわけです。

ここで育成のあり方を決めるのは、いずれの若者であったとしても、戦略に合わせた人材の確保を目指した育成です。

まず前者の場合は、極端に言えば、会社による育成はしない。本人がキャリア上の目標をもっており、自分で自分を育てていく、キャリア自律(※)をした人が多いので、年齢的に若手でああっても、学習の機会を提供する以上のことはせず、会社がこういう風に育てるというような意識は持たない方でよいと思います。

※キャリア自律:変化する環境において自らのキャリア構築と学習を主体的かつ継続的に取り組む姿勢

一方で、後者のまっさらな状態で会社に入ってくる若者たちを育てて中核人材にしていくという戦略を取る場合、ある程度は、会社主導で育てていくことは必要でしょう。ただし、これまでに比べて、若手の意識や考え方に寄り添うことが必要になるようになるでしょう。

EL:なるほど。ちなみに多くの若手は転勤には抵抗感を示すと思いますが、若手の考え方に寄り添うことが重要となると、これからは転勤などの辞令は控えた方が良いのでしょうか?

守島教授:転勤であるとか、配置転換、異動というのは、育成上ものすごく重要なメカニズムなのですが、それをやると若者が辞めてしまうのではないかと考えていらっしゃる人事の方が多いようですね。

でも、重要なのは転勤を止めるのではなく、転勤にあたって、その意図やそのあとのキャリア計画などをしっかりと対象者に説明してあげることです。

EL:具体的にはどういったことになりますか?

守島教授:今までの日本企業の異動というのは、一ヶ月前位に上司に呼ばれて、「今度君、北海道になったけど大丈夫かい?」って言われて、ほとんど何の説明もない状態で行くケースが多かったんですね。

けれども、これからはその理由をちゃんと説明してあげないと、今の若い人たちは、異動を告げられたら、東京にいられる会社であるとか、自分が望むキャリアが展開できる会社に移ってしまうかもしれない、という状況が出てくると思います。

ですから、ある意味で企業の勝手な論理での人事管理みたいなものを押し付けることは、若い人を育てていこうと思ったら、もうそれはできないんです。

いうなれば、転勤などの具体的な施策ができないという訳ではなくて、ちゃんとそこに説明と情報が提供されていれば、できるのではないかと思います。

EL:そうなんですね。では、若手だけでなく全体として配置転換を行う際に注意することはどんなことがあるでしょうか?

守島教授:若手と同様に、どのような方に対しても先ほどの仕事上やキャリア上の意味や会社の意図を説明することはもちろん大切です。

加えて、配置転換を指示された人の中には、転勤時の本人や家族に対する生活面での支援や情報提供、また本人が住宅を購入したばかりであったり、介護をしながら働いている方もおられます。

そういった働く人のニーズに対して柔軟に対応してあげることも、企業として今までよりも更に重視されてきていると思いますね。

説明や個別事情への配慮などを行った上で出した辞令でも、中には会社を離れていく人もいるかもしれませんが、ポイントは、そうした人をゼロにすることではなく、どれだけ減らせるかです。いずれにせよ配置転換という場面において、今までのような会社の辞令一本のみで人を動かすようなことはもうなくなっていくと思いますね。

組織開発③:リモートワークを続けるための擦り合わせ

EL:ちなみに、コロナ禍以降リモートワークの普及により組織内での円滑なコミュニケーションが難しくなり、組織開発上の弊害が起こっているように思います。これについてはどう思われますか?

守島教授:コロナ禍で上司と部下がなんの準備も無く、突然リモートワークの世界に放り込まれました。そしてそれが上司と部下や、同僚間のコミュニケーションの低下や混乱を招き、職場管理の混乱や生産性が低い状況を作りだしたケースも多くありました。

ただ言えるのは、そのなかで、働く人の多くは、リモートにおける利点に気が付いてしまったことです。例えば、ワークライフバランスに良い点、通勤がなくなる点、必要な時に、家庭や自分のことをちょっとだけできる点などです。事実、リモートワークを許容した企業では、そうでない企業に比べて、従業員エンゲージメントが高くなるなどのデータが見られています。

つまり、働く方は、今後もリモートワークを続けてほしいと考えているケースが多いのです。そうした希望にある程度は寄り添ってあげないと、辞めてしまう人も出てくるでしょう。だだ、組織としての生産性や仕事の成果のためには、すべてリモートワークというわけにもいかない状況も多いはずかもしれません。

そこが組織開発の出番で、例えば、リモートワークでコミュニケーションが阻害されるのであれば、対面でなくても必要なコミュニケーションがとれるような組織を作り上げればよいのです。それが組織開発活動です。

例えば、これまでのように毎日オフィスで顔を合わせていなくても、一定のルール作りをし、どこかで対面の機会を作って了解事項を確認しておけば、その後のコミュニケーションは、電子ツールなどを使っても十分できるはずです。そうした一定の基盤のある組織を作り上げる活動が組織開発です。

つまり、組織に何か困難が生じた時にその環境において会社と社員の双方にとっての利点を最大化する解を探り、それに到達しようする組織を作り上げる活動、つまり組織開発が大切です。リモートワークの弊害だけを見るのではなく、働く人の希望と会社側の希望を擦り合わせた組織を作り上げるということです。

EL:なるほど。その上でリモートワーク下において組織をまとめるには、どのように部下を管理したら良いのでしょうか?

守島教授:やはり一番有効なのは、そもそも自発的に働けるように部下を育成することですね。

自発的に働ける部下が社内にいなければ、現在の部下を自発的に働けるような人材に育成することでしょう。またはそのような人材を採用して、組織内でモデルとすることでしょう。

でもこれは、これまでのやり方に慣れた上司にとっては、つらいことかもしれません。ある意味、今までの上司というのは甘やかされていたからです。

EL:と言いますと?

守島教授:これまでのオフィスでは、部下の立場に立つと、机に座っている時に視線を感じてちょっと目を上げると「なんか上司が睨んでる」という、監視されているような緊張感がありました。

これは上司から見ると、いつでも部下がどういうふうに行動しているのかがわかる状態で、これによって部下をコントロールできていたということです。

これが上司にとってのアドバンテージだったし、裏を返せば、部下を簡単にコントロールできるんだという甘えに繋がっていたんだと思うんですね。でもリモートワークになってからは、オフィスで顔を付き合わせている時のように管理することはできなくなりました。

頻繁に電話やメールなどで進捗や状況報告を求めることである程度緊張感を与えることはできるでしょうが、それにも限界はあります。

また、一週間に一定回は出社するというルールを作るのも良いかとは思いますが、それでも毎日出社していた時ほどの緊張感を発揮させることはできません。

ですから、リモートワーク下においてもチームや企業全体を組織として機能させていくには、そもそも自発的に仕事を行える部下を育てるという方法が最も最善策ではないでしょうか。言い方を変えれば、理想の人材というのは、監視や管理をしなくても、きちんとした成果を出してくれる人材で、自分のいうことを聞いてくれる部下ではないということです。

まとめ

今回は、学習院大学の守島基博先生にお話を伺いました。

昨今の人材不足の現状に対して組織開発を行っていく上では、まず戦略的人材ポートフォリオの作成が重要です。

合わせて、配置転換などにおいては、働く人たちの個々のニーズを汲み取りながら会社の戦略での位置づけや意図を説明し納得してもらうという丁寧な対応も必要ですね。

さらには、人材の自律性を尊重し、自律的に働いて目標を達成してくれる人材を確保することが重要です。そうした人材が真の意味での「人財」であり、人材不足の時代には、最も求められています。

これらを行うことで組織力を高め、企業全体、社員全員が戦力になることが、今後企業が生き残っていくために必須なことでしょう。

(取材・執筆・編集/エモーショナルリンク合同会社)

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