スタンフォード大学医学部 教授
西野精治氏
「良質な睡眠」こそが仕事のパフォーマンス向上の軸!睡眠の質を上げる鍵は「最初の90分」

エモーショナルリンク合同会社代表の佐藤直人とスタンフォード大学医学部教授の西野精治氏のインタビュー画像

昨今、睡眠不足の影響でもたらされる様々なデメリットが取り上げられるようになっています。

しかし現代社会において睡眠不足は日常的に起こりやすく、あまりにも身近過ぎるためか深刻に捉えていないケースも少なくありません。様々な病気の疾患リスクが高まり、寿命を縮めることにもなりかねない睡眠不足は、ビジネスにおいても早急に対処すべき問題です。

そこで今回は、「スタンフォード式 最高の睡眠」の著者であり、スタンフォード大学医学部教授の西野先生にお話を伺いました。

取材にご協力頂いた方

スタンフォード大学 医学部 教授
西野精治(にしの せいじ)

1955年生まれ。大阪府出身。スタンフォード大学医学部精神科教授、同大学睡眠生体リズム研究所所長。医師、医学博士。大阪医科大学卒業。1987年、大阪医科大学大学院4年在学中にスタンフォード大学精神科睡眠研究所へ留学。過眠症「ナルコレプシー」の原因究明に全力を注ぎ、その発生メカニズムを突き止めた。2005年、スタンフォード大学睡眠生体リズム研究所所長に就任。株式会社ブレインスリープ、創業者兼最高研究顧問。著書に「睡眠負債」の実態と対策を明らかにしベストセラーとなった『スタンフォード式最高の睡眠』(サンマーク出版)、『スタンフォード式 お金と人材が集まる仕事術』(文藝新書)等がある。

目次

睡眠不足は健康を害し疾患リスクを上げるなど様々なデメリットをもたらす

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佐藤直人(左)と西野精治氏(右) 撮影/ヨシダ タカユキ


佐藤:それでは、まず最初に睡眠不足による悪影響にはどのようなものがあるか、教えていただけますか?

西野先生:睡眠中には、記憶の整理や定着、さらには自律神経やホルモンバランスの調節が行われていることもわかっています。身体の新陳代謝を担う成長ホルモンが生成されるほか、免疫が強化されることも判明しています。つまり、コロナやがんのかかりやすさにも関係する話なんです。

最近、私たちのラボで行った実験では、睡眠不足のマウスはアルツハイマーの原因物質が溜まりやすくなることも明らかになりました。この原因物質とは、通常なら排出されるはずの脳の老廃物のことなんですが、睡眠にはこういった老廃物を新しい脊髄液によって洗い流すという効果もあるんです。事実、睡眠中は覚醒時に比べて数倍も老廃物の除去が活発になっていることがわかっています。寝ないでいると様々な障害が起こることは、最早明確な事実といえるでしょう。

佐藤:免疫力の低下やアルツハイマー、認知症のなりやすさにも関係するとなると、やはり睡眠不足は軽視できませんね。仕事や勉強のパフォーマンスについても、やはり影響は大きいのでしょうか?

西野先生:パフォーマンスについて掘り下げるなら、まず前提として体内の体温というのは昼間が高く、夜間は低いことを理解しておく必要があります。言い換えれば、夜に体温が低くないと、睡眠が取れません。逆に、徹夜をして体温が低い時に無理矢理仕事や勉強をしても、それほど能率は上がりません。知識の詰め込みで何とかなるテスト勉強では、一夜漬けでも多少は良い点数が取れるかもしれません。ですが、創造力が必要な作業ですと、寝ないで考えた方が良い成果につながる、なんてことはないですね。むしろ十分な睡眠を取る方がパフォーマンスは上がります。

睡眠不足によるパフォーマンスの低下は、見方によっては飲酒運転よりも危険なものです。この事実は、以前アメリカの学会誌で発表された実験での、夜勤のある医師と夜勤がない医師を対象に行われたテスト結果でも明らかにされています。タブレットにランダムに表示される図形を押していくテストなんですが、眠気がある対象者は、この間隔が長くなるとうつらうつらして反応できない。図形が90回表示されたうち、夜勤明けの医師は、3~4回は数秒間反応できない時間があったんです。同じテストで、飲酒運転で免許取り消し、すなわち血中アルコール濃度が0.05%以上の状態では、お酒を飲んでいない時に比べて反応性は数%落ちています。別の実験で、18時間以上寝ないでいる状態では、飲酒運転で免許取り消しになるくらいまでパフォーマンスが落ちることが示されています。これにより、アメリカのニュージャージーでは24時間連続して寝ないで車を運転すると、刑事罰が問われるようになりました。

佐藤:飲酒運転に対する社会全体の意識がようやく高まってきた一方で、睡眠不足による反応性の低下などに未だあまり危機感を持っていない人が多いことは、とても恐ろしく感じますね。ちなみに、昨今では「睡眠負債」という言葉もよく聞かれるようになりましたが、睡眠負債もやはりパフォーマンスの低下に大きく影響するのでしょうか?

西野先生:睡眠負債というのは、睡眠不足が知らないうちに借金のように積み重なり、簡単に抜け出せない状態を指します。もっとも、睡眠負債は正式な医学用語ではないので、はっきりした定義はありませんが、睡眠不足よりも深刻な状態といえます。

昔、8人の健康な被験者の方々を毎日14時間無理矢理ベッドに入れる、という実験があったんです。その人たちは実験に入る前は毎日7.5時間くらい寝ていた方々なんですが、実験初日は13時間くらい寝ていた。2日目も3日目も13時間くらい寝るのですが、その後、だんだん睡眠時間が短くなって1週間で10時間まで減りました。そして、3週間経った頃に睡眠時間が8.2時間になり、そこから増減がない状態になったんですね。つまり、8.2時間が実験に参加した人たちの最適な睡眠時間であり、それまでに溜まった睡眠負債を全て返済するためには3週間かかってしまった、ということなんです。

この実験結果が示しているように、睡眠負債は解消が難しい上に、睡眠不足によるパフォーマンスの低下、疾患リスクの増大などが伴います。寝溜めしても解消できません。仕事がない日に寝不足でいつもより2時間長く寝ている、というような人は睡眠負債が溜まっている証と考えて、危機感を持って対処する必要があると思います。

佐藤:毎日7.5時間寝ている人でも足りていない、というのは衝撃的な結果です。睡眠負債があると考えられる場合は、意識的に睡眠時間を確保していく必要がありますね。

西野先生:ただし、個人差はありますし、また例え長く寝ることができていたとしても、睡眠時無呼吸症候群などのケースではあまり意味がありません。睡眠時無呼吸症候群の方は断続的に呼吸が止まって覚醒反応が起こるから、深い眠りを持続的に取ることができないんです。だから明け方になっても熟睡感がなく、日中も眠たい。睡眠負債も同様で、十分に睡眠を取ってリフレッシュができていないから目覚めがすっきりしないんです。

さらにリモートワークで夜更かしする傾向が強くなると、寝る時間も遅くなり体内リズムがどんどん後ろにずれ込んでいってしまう。朝の目覚めに関係する体温やコルチゾールの上昇も後ろ倒しになる。こうしたことが子どもに起こると、不登校の原因になることもあります。

加えて、睡眠は湿度が高かったり、騒音や心配事、身体の痛みなど、外的な要因からも多大な悪影響を受けます。なので、そういった外的要因を排除しつつ、健康な睡眠パターンを実践することが大切になりますね。

睡眠習慣の改善は仕事のパフォーマンスを向上させ健康経営にもつながる

佐藤:仕事への影響という面でも、睡眠負債を抱え込まないような睡眠習慣を社員に促すことが、パフォーマンス改善につながると考えて良いのでしょうか?

西野先生:経営利益などを考えれば、会社的には無理して働くよりも休養を取って健康を維持し、パフォーマンスを上げてもらう方が絶対にいいでしょう。しかし、高度経済成長期を経てきた日本という国では、受験でも4時間睡眠だと受かるけど5時間寝たら落ちる、なんていわれていた時代がありました。会社でもそういう時代を生きてきた人たちが重役になったりしているので、睡眠時間を削っても問題ないというような認識が根強いところがあります。

そんな中、最近、睡眠が注目されるきっかけとなったのは、職場に来ていても心身の状態が悪く、能率が上がらない人が増えたことが問題になっていたからです。そこから健康経営が意識され、睡眠の重要性も見直されるようになった。毎日元気に働いている人と、仕事に行くことが嫌で憂鬱な気分でいる人とを比べると、後者の方が睡眠状態が非常に悪い、といったことがわかったんです。睡眠障害があると精神疾患の発症率も高く、うつ病や不安障害、アルコール依存などのリスクも高くなってしまいますから、マイナスにはなってもプラスになることはないでしょう。

佐藤:確かに、それでは仕事の能率は上がりようがないですね。仕事に関しては、近年は昼寝の重要性も見直されてきているように見受けられます。

西野先生:短い昼寝をするとパフォーマンスが向上するということは、昔から分かってはいたんですよ。ただ、昼寝をしていると怠けているように見えるとか、寝過ぎて起きた後に頭がぼーっとしてしまうとか、そういうことをいわれて職場ではなかなか取り入れられませんでした。ですが、ある研究では昼寝の習慣がある人とない人を比較したところ、毎日30分未満の昼寝をする人はそうでない人に比べて認知症の発症率が1/7だったんです。糖尿病など他の病気でも同様の研究結果が出ているので、疾患リスクを下げるためにも昼寝をした方が良いことは証明されています。

データが出たからといって即解決とはならないものの、考え方の変化を促すようなデータがあることを知るのは大事だと思いますね。睡眠不足による経済損失は日本だけでも17兆円にのぼるともいわれていて、社会全体の損失から考えても、睡眠は運動不足解消やダイエットを上回る影響力を持っているといっても過言ではないと思います。

佐藤:先ほど、運動不足やダイエットというお話も出ましたが、睡眠不足だとダイエットしづらいという話も耳にします。やはり、睡眠や運動の改善はどちらも意識的に取り組むことが健康づくりのためには大切なのでしょうか?

西野先生:そうですね。睡眠不足の女性は、平均的な睡眠時間の女性に比べて太りやすいことがわかっています。男性にも同様の傾向はありますが女性は特に顕著で、理由としては睡眠不足だと不適切な時間に食事をして、エネルギーとして消費されないことが挙げられます。肥満になると通常、脂肪細胞から食欲を抑えるホルモンが出るんですが、睡眠不足では、そういうネガティブフィードバックがうまくいかなくて、夜中の0時を回ってからもたくさん食べたりしてしまう。しかも太るとインスリンの分泌が悪くなって高血圧になるし、様々な病気にもかかりやすくなります。肥満などで悩んでいる方は、睡眠習慣の改善によって好転する可能性もあるでしょう。

睡眠は量も大切だが「質」を高めることで睡眠作用の大部分をカバーできる

佐藤:睡眠不足がもたらす様々なリスクをこうしてお聞きすると、あらためて睡眠の重要性を痛感します。とはいえ、現代人はなかなか十分な睡眠時間が確保できないのが実情だと思いますが、どのように睡眠習慣を改善していけば良いのでしょうか?

西野先生:睡眠は以前、長く寝ないと駄目だといわれていました。ですが、現代人の睡眠時間が昔に比べて短くなっていることは間違いないので、今では質を高めることの重要性にも着目した研究が進んでいます。もちろん量も質も両方大切なんですが、量を確保しづらい方は質を高めて対処する、というのがひとつの対策として挙げられるんです。

ではどういうパターンが良いかなんですが、入眠すると最初に一番深い睡眠、ノンレム睡眠というものがくる。ノンレム睡眠は脳も身体も眠っている状態で、個人差はあるものの、入眠からおよそ90~120分ほど続きます。その後、浅い眠りであるレム睡眠がきて、明け方までノンレム睡眠とレム睡眠の周期が繰り返されるんです。最初に睡眠の作用について説明しましたが、それらの作用は最初の深いノンレム睡眠の時に大部分がまかなわれるといっても言い過ぎではありません。もちろん、どの睡眠段階も大事なんですが、どこを重点的に確保すべきかという話になると、圧倒的に入眠後最初の90分になるわけです。

佐藤:すると、8時間など長めの睡眠時間が確保できない場合は、最初の深いノンレム睡眠をいかに確実に確保できるかが最も重要となるのでしょうか?

西野先生:そうです。たとえ何時間寝ても、入眠後最初の90分の質が悪ければ、残りの睡眠時間も総崩れになってしまいます。だからこそ、スムーズに眠りにつくための工夫が大切になってきます。ポイントは、体温と脳の眠りのスイッチを入れることです。体温というのは非常に重要で、寝ている時に体温が下がっていないと良質な睡眠は確保できないんです。そこで、就寝90分前に入浴して深部体温を上げ、入眠時に下がるようにあらかじめ準備しておく。深部体温は上がった分だけ大きく低下する性質があるため、入浴によって意図的に上げておくことで自然とスイッチが入り、スムーズに入眠しやすくなります。

また、脳の睡眠スイッチを入れることも非常に大切です。仕事やスマホ、ゲームなどをしていてベッドに入る直前まで脳が興奮状態にあると、どうしても眠りにくくなってしまいます。なので、寝る前にスマホを見たり明るいライトの前で仕事をすることは控えるべきです。ある実験では、環境の変化によってマウスに不眠症の傾向が見られました。マウスよりはるかに脳が大きい人間なら、より強い影響を受けても不思議ではありません。それこそ、旅先で枕が変わると眠れないという経験をした方は多いでしょう。質の良い睡眠を促進するためには、良い寝具を使ったり、音楽をかけたりと、自分がリラックスできる環境を整えておくことが大事です。

最適な眠り方や睡眠時間は人によって異なるので自分に合った方法を見つけるべき

佐藤:なるほど。こうしてエビデンスをもとにお話しいただくと、深く納得できます。スムーズに入眠しやすくする方法として、世間一般でいわれていることはあながち的外れでもないのですね。

西野先生:ただし、睡眠というものは個人差が激しく、絶対的な正解がないことには注意しなければいけません。正解がないために誤った情報も蔓延し、都市伝説のようなものまで生まれてしまっている。世の中の睡眠指南本には、迷信じみたことや、裏付けのない情報も含まれていたりします。しかし、睡眠に関しては誰かがうまくいったことをそのまま自分に当てはめても、必ずしもうまくいくとは限らないんです。なので、できるだけフレキシブルに理解して、あまり神経質になり過ぎないことが大切です。

例えば、騒音がなくなると眠れる人もいれば、静寂すぎると落ち着かない人もいる。同様に明るいと眠れない人がいる一方で、真っ暗だと不安で寝つけなくなるという人もいるわけです。だから、一般的によくいわれていることは一度試してみる価値はあると思います。全てのやり方がうまくいくとは限らないという前提のもとで、自分に合ったものを取捨選択することが大切です。

佐藤:確かに、人によって眠りやすい環境は全く異なるなと周囲の人を見ていても感じます。絶対的な正解を探してしまいがちですが、そもそも正解は存在しない、と知ることは非常に大切なことですね。

西野先生:その通りです。誤った認識を改め、そして行動へとつなげていくには、まず正しい知識を得ることが必要不可欠なんです。先ほどお話しした睡眠と体温の関係のように、睡眠に関連する生理現象まで含めて、科学的に研究されている裏付けのある情報をもとに勉強する。知識が身につけば自分の睡眠状態を良くしよう、と思うので、それから睡眠日誌をつけたり、ウェアラブルデバイスなどを活用するとより効果的でしょう。

そして、実践するうちに体調面などで調子が上向いてくれば、経験的に続けていこうというモチベーションも生まれる。個人差があることはどうしても、うまくいく場合がある一方でうまくいかないことも起こります。だから、良い結果が出たものを覚えて継続し、意識と行動を改めていくのが良いと思いますね。

佐藤:貴重なお話、ありがとうございます。最後に読者の方へ向けてメッセージをお願いできますか?

西野先生:様々な統計が出ている中で、いずれの結果でも日本は世界でもかなり睡眠時間が短い国となっています。OECD(経済協力開発機構)の国際比較調査では、加盟国の中で最も睡眠時間が短いという結果も出ている。アメリカ、フランス、イギリスなどの欧米先進諸国と比較しても、平均的な睡眠時間が1時間も短いんです。大人も子どももそんな状態だと、パフォーマンスの低下だけでなく疾患リスクも高くなってしまう。そこでようやく一般の人の睡眠に対する関心も高まったんですが、実際にどうしたらいいのかは知識として浸透しておらず、企業の人たちもそう簡単には切り替えができず、まだまだ理解は進んでいない状況です。

重要なのは、睡眠時間を削ってまで不適切な時間に仕事や勉強に取り組んでも、効率が上がるわけではないと理解することです。むしろ睡眠不足が慢性化すれば自分の持っている本来の実力、パフォーマンスが発揮できなくなる。しかもそれが徐々に進行するから、本人も気づけないといったことが起こります。ある保険会社が協力して6年間追跡調査を行った結果を見ると、睡眠時間が平均的な人が一番死亡率が低くて、数値的に両端に位置する人、つまり寝なさ過ぎ・寝過ぎの人も1.4~1.5倍くらい死亡率が高くなっていました。そういったデータを見ると、適切な睡眠時間を確保しないと寿命にも影響を及ぼすことは明白になっています。今回お話ししたことは、すでにエビデンスがたくさん出ているので、何のために眠るのかを今一度見直して、睡眠習慣の改善に取り組んでみてください。

(対談/佐藤 直人

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