名古屋市立大学 大学院経済学研究科 准教授
坂和秀晃氏
日本経済の先行きに対する個人的見解

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名古屋市立大学 大学院経済学研究科 准教授
坂和秀晃(さかわ ひであき)

東京大学経済学部卒業後、大阪大学大学院、経済学研究科で博士(経済学)を取得。2009年より名古屋市立大学大学院経済学研究科 講師を経て、現職に就任。
2011-2012年にテンプル大学Foxビジネススクール客員研究員、2013-2014年に金融庁金融研究センター特別研究員、2017-2018年にコロンビア大学日本経済経営研究所において、フルブライトプログラム客員研究員等の実績がある。

「今後の経済の見通し」を考えることは非常に難しい。実際、数多くのエコノミストが年初に経済の見通しを報告するが、毎年のように連続して見通しが的中する人はほぼいない。たとえば、昨年(2022年)の「ロシアのウクライナ侵攻」やその侵攻の長期化により、「世界的なエネルギー価格の高騰」が起こることなどを織り込んで、2022年の経済見通しを予想できたエコノミストはほぼ皆無ではないかと思う。ある意味、ロシアのウクライナ侵攻のような不確実なことが起こる可能性もあるので、「今後の経済の見通し」を語ることは難しい。今回は、一人のファイナンス分野の経済学の研究者として、自分なりの見通しを考察したい。

 2023年の経済の見通しとして、政府は「コロナ渦」からの正常化を図る中でも「世界的な食料品などの物価高・エネルギー価格高」が続くことを予想している。一方で、そのような厳しい局面でも安定的な経済成長をもたらすための構造改革として、「構造的な賃金値上げ」と「成長のための投資を促進する」ことの2点が必要として、様々な処置を講じるとしている。「果たして、このような政府の経済見通しはその思惑通りに進むのだろうか?」。この政府の見通しが妥当かという点から、今後の経済の見通しを考える。

 そもそも、経済のグローバル化が進む現代の日本において「経済の見通し」を予想するためには、日本経済が世界経済から受ける影響を考える必要がある。たとえば、2023年の政府見通しにある経済の懸念材料としての「世界的な食料品などの物価高・エネルギー価格高」は持続するのだろうか?あるいは「円安による日本円での購買力低下」といった現象は今年も持続するのだろうか?これら2点の世界経済からの影響は、今後の経済の見通しを考える上で大きな問題となるので、その点について自分なりの見通しを考えることで「経済の見通し」を予想する。

第一に、「世界的な食料品・エネルギー価格などのインフレ傾向」は、ロシアのウクライナ侵攻の長期化が大きいと言われている。そもそも、食料品・エネルギーといった生活必需品に関しては、世界全体での大きな「需要」がある。その中で、世界的な穀倉地帯であるウクライナでの農産品の出荷が難しいこと、あるいはロシア産の天然ガスの輸入が困難になることといった状況が続けば世界全体での「供給量」は減少するので、世界的には必要な量が不足する。しかしながら、どうしても生活や企業活動には必須になるので、購買価格を上げてでも買う必要があるということになり、インフレが進む可能性が高い。そのように考えると、ウクライナ危機が無事に終了し世界の貿易枠組みが元に戻るといったことがないと、中々インフレ傾向は収まらないといえる。

次に、現在の円安傾向の影響について考えてみたい。日本経済は、輸出と輸入といった貿易関係の占める割合が大きいので、「円」の価値による影響を受けやすい。長年「輸出額」から「輸入額」を差し引いた貿易収支が「黒字」であることにより、「モノ作り」主導の経済とされてきた。1ドル100円のような「円高」になると輸入には有利な状況になるが、輸出したときの日本製品のドル建ての価格が上がる。したがって、海外での日本製品の売上が減ることから「輸出企業」にとっては不利なので、伝統的には「円安」が有利と言われてきた。しかしながら、日本企業の「モノ作り」も中国などの競争国の台頭や電気自動車に見られるような産業構造の変化などもあり、その輸出の競争力が下がっている状況である。このような状況の中で、昨今の世界的なインフレ傾向が続いていることもあり、エネルギー等の輸入金額は「インフレ効果」と「円安効果」により急激に増大してしまい、2022年には貿易収支の赤字は過去最大の約20兆円になった。

このような現在の「円安」傾向は持続するのだろうか?「円・ドル」レートのような為替レートを考える際には、それぞれの通貨を発行している日本と米国の間の「金利差」を考える必要がある。日本の10年満期の国債の金利は年利0.5%で公募売り出しされているが、10年満期の米国国債(財務省証券:Treasury Bill)は、年利3.5%などで公募売出されている。このような場合の影響を、為替手数料などを無視した簡単なケースで考えてみよう。1ドル150円だとすると、10000ドル分の米国債を買った投資家は、1年後に350ドル分の利子が得られる。一方、10000ドル分(150万円)分の日本国債を買った投資家は、1年後に、150万円の0.5%ということで7500円の利子が得られることになる。このような状況では、翌年も1ドルが150円のままだったとすると、米国債を買った投資家は、350ドル*150円の52500円分の利子が得られることになり、米国債を買った方が「得」ということになる。日本の投資家が米国債を買うためには、ドル建てなので円をドルに両替することになる。そのような動きがあると「ドル」の需要が大きくなるので、円安ドル高が進むことが予想される。したがって、現状の日本と米国の金利差が小さくならない限りは「円安」が進むと予想できる。

米国と日本の「金利差」を考えると、米国のFRBは「利上げ」を行う可能性が高いことをアナウンスしている。一方で、日本銀行の政策決定会合では「当面は長期金利について、0.5%を目処として、それ以上の利上げは考えず金融緩和政策を継続する」という方針を発表している。このような両国の金融政策の方針を考えると、「金利差」は大きいままで推移する可能性が高く、「円安」傾向は継続すると予想される。

以上をまとめると、第一に、ロシア危機の収束が見えないことから「インフレ傾向」は続く可能性が高く、第二に、円安傾向も当面持続すると考えられる。このような局面は、従来の「輸出主導型」の「モノ作り大国」の日本であれば有利であったが、貿易収支の赤字の大きさを見ると、日本経済全体にとっては厳しい局面であることが予想される。その意味では、「内需」を高めるために企業の従業員の賃金還元を求める現在の政府の「構造的な賃金値上げ」あるいは、第4次産業革命といわれるような時代に日本企業が対応するための「成長のための投資を促進する」改革などの進展が進むことが重要になると考えられる。