FXにおいて、分散投資はできない、あるいは意味がないと思っていませんか?
株式投資では分散投資によるリスクヘッジが有効というのは周知の事実。なのにFXではそれが語られないのはなぜなのでしょうか。
今回はFXでは分散投資によるリスクヘッジができないのか、あるいは意味がないものなのか岡山大学の酒本准教授に伺ってきました!
取材にご協力頂いた方
岡山大学経済学部准教授 酒本隆太
慶應義塾大学卒業、英国ヘリオット・ワット大学大学院博士課程修了(PhD)。
大和住銀投信投資顧問株式会社、ワイジェイFX株式会社を経て現職。現在、慶應義塾大学産業研究所の客員研究員を兼任。
論文に”The Time-Varying Risk Price of Currency Portfolios” Journal of International Money and Finance 124、2022年(共著)、”Carry Trades and Commodity Risk Factors” Journal of International Money and Finance 96、 2019年(共著)などがある。
FXでも分散投資は有効?その理由とは
エモーショナルリンク合同会社取材担当(以下EL):それでは単刀直入に伺いますが、FXで分散投資をすることは可能なのでしょうか?
酒本准教授:はい、FXでも株式投資と同じように投資対象を増やすことによってリスクを分散できることが研究により明らかになっています。
私の過去の研究でも、為替で分散投資した場合のリスク・リターンをシミュレーションしています。その結果、最もリスクあたりのリターンが良かったのは「3通貨のロングと3通貨のショート」のポジションを持つパターンでした。
EL:やはりFXでも分散投資が可能なのですね。リスク・リターンのシミュレーション、非常に興味深いですが、どのような条件で行ったのでしょう?
酒本准教授:シミュレーションは「1通貨をロング、1通貨をショート」「2通貨をロング、2通貨をショート」などのパターンで大体35年ほどの期間でシャープレシオを出しているものです。
※シャープレシオ:リスク当たりのリターンを表す数値。
「1通貨をロング、1通貨をショート」の場合、リターンは高く出ますがその分リスクも高くなります。
リスク当たりのリターンを考えると、「3通貨のロングと3通貨のショート」が最も良い結果になったということです。
EL:なるほど、FXでも分散投資をすることでリスクを抑えながらリターンを得ることができるということですね。ちなみにこの分散投資は一般の投資家でもできるのでしょうか?
酒本准教授:もちろん可能です。
ただ、分散投資をするということはそれだけ1ポジションの取引数量を落とすことにもなってしまいます。リスクを落とし、リターンを得ていくことはできるのですが、個人の資金量ではリターンがかなり限定的になってしまうかもしれません。
EL:資金量、確かにそれはそうですよね。機関投資家はこのような取引手法を取っているということですね。ちなみに、シミュレーションで結果の良かったのは、どのような通貨ペアなのか具体的に教えていただくことはできますか?
酒本准教授:実は、「この通貨ペアのパフォーマンスが良い」とはなかなか明言できません。
なぜかと言うと、どうしても特定の通貨ペアのパフォーマンスは期間に依存してしまうためです。
EL:つまりずっとパフォーマンスが良い通貨ペアはないということですね?
酒本准教授:その通りです。ただし、比較的パフォーマンスが良い通貨ペアの傾向はありますよ。
例えば、35年間のデータを見ると高金利通貨のリターンが大きくなっていたりします。
EL:それは面白い結果ですね!
取引戦略を分散させることも有効?
EL:それでは、基本的に高金利通貨でポートフォリオを組むのがおすすめということなのでしょうか?
酒本准教授:もちろんそういった側面はあります。しかしポートフォリオを組む際に意識して欲しいのは、複数のポイントを見て相対的に魅力のあるものに投資をするということです。
高金利というだけで投資をしても安定的なリターンは見込めません。複数の要素を指標として利用して投資対象を選ぶことでより勝率を上げることができるのです。
EL:複数の指標ですか。実際どのような物があるのでしょう?
酒本准教授:よく使われるのは「金利やスワップポイント」、「過去1週間や1ヶ月のチャート」、「物価上昇率からの乖離」などです。
この物価上昇率からの乖離の考え方は、物価上昇率が低い国の通貨が高くなるという考え方に基づいています。たとえばジュースが米国だと1ドル、日本だと100円とします。日本の物価上昇率が0%、米国が10%の場合、
次の年にジュースが米国だと1.1ドル、日本だと100円になります。
もし世界中同じものは同じ価格で買えると仮定すれば、これはドル安円高を意味します。
この考え方を応用すれば為替の理論価格は計算できるので、その価格より安いならロング、高いならショートを入れるという方法を取ればパフォーマンスは上がります。
EL:物価上昇率は何を参考に見れば良いのでしょうか?
酒本准教授:
物価上昇率は、CPI(消費者物価指数)で見ることができます。
これは各国が毎月発表している経済指標です。ファンダメンタルズ分析をしている投資家なら知っている方は多いのではないでしょうか。
EL:確かに、各国のCPIを相対的に見れば物価上昇率に違いがあることも見えてきますね。当たり前かもしれませんが、分散投資はただ複数の通貨ペアに分けて投資をするだけではないんですね。
酒本准教授:そうですね。そういう意味で言うと、私は分散投資には2段階あると思っています。
まず1段階目の分散投資が投資先を増やすこと、そして2段階目が通貨ペア選定の際に見るポイントを増やすことです。そうすることでただの分散投資からリスクリターンが最適化された分散投資になると考えています。
EL:分散投資も奥が深いということですね。お答えいただきありがとうございます。
EL:ここで少し話題が変わってしまうのですが、今までは通貨ペアを分散させる分散投資について伺ってきました。
ここからは銘柄ではなく「取引戦略を分散させることも有効な手法なのか」について伺います。
取引戦略の分散は例えばですが、「Aのポジションはトレンドフォロー、Bのポジションはリバーサル狙い」など通貨ペアだけでなく、そのポジションの意図を分散させるということです。この点について実際にうまくいった過去の例はありますか?
酒本准教授:先ほど、過去35年のデータを見ると高金利通貨のパフォーマンスが良いという話をしたと思います。
それは間違いないのですが、ある期間は極端にパフォーマンスを下げていることが研究者の間では知られています。それは金融危機です。
1998年の金融危機や2008年のグローバル金融危機の時にはパフォーマンスが低下し、高金利通貨は大きなマイナスのリターンを記録しているのです。
一方でパフォーマンスが良かったのは、物価上昇率から見ると割安な通貨。つまり理論価格から見ると乖離のある通貨でした。
このことを考えると、1つの戦略に固執するのではなく、複数の戦略を使って運用した方がよりリターンは安定すると言えるでしょう。
EL:やはり戦略も複数取っていた方がリターンも安定するのですね。また、時期によってパフォーマンスが出やすいということは分散していた方がリスクヘッジにも効果がありそうです。ちなみに、取引戦略にはどのような物があるのでしょうか?
酒本准教授:具体的な取引戦略を挙げると、「トレンドフォロー」「リバーサル狙い」「金利差・物価上昇率の乖離を狙う手法」「対象国のファンダメンタルズ分析を行う長期手法」「取引高を見ながら取引する方法」などがありますね。
EL:その中で実際に一般のトレーダーがやるとしたらどんな手法が良いのでしょうか?もっと言うと、どうすれば勝てますかね?
酒本准教授:「これをすれば勝てる」というのは明言することはできません。
ただ私が直近で行っていた研究でここ10年の負け筋を調査したものがあります。その調査結果では、米ドルのトレンドにあわせてトレンドフォローをしていく戦略はワークしませんでした。
ただ、調査はあくまで過去のデータで行っているので必ずしも未来を当てることはできません。そこはご了承ください。
EL:なるほど、自分は順張りばかりしているので深追いしすぎないよう気をつけます。今回のお話、これからのトレード戦略に活かしていきます。本日はありがとうございました!
まとめ
FXは分散投資しても意味がないという声もありましたが、今回お話を聞く中で「そうではない」と強く思いました。
リスクを取って大きなリターンを狙うべきか、リスクを抑えて少ないリターンを狙っていくかなど資金量によって調整する部分はもちろんあります。
ただ、さまざまな戦略を盛り込んでポートフォリオを構築することができればパフォーマンスは向上するということもお話いただきました。
FXは確率のゲームとも言われていますが、今回お話いただいた内容のように「より確率を高める分析」が必要なのかもしれませんね。
(取材・執筆・編集/エモーショナルリンク合同会社)