ケンブリッジ大学 教授
ブリギッテ・シテーガ氏
ジェンダーへの理解を深めることは、今後ビジネスで成功を収めるには不可欠

SDGsの目標のひとつにもなっているように、「ジェンダー平等」には世界的に注目が集まっています。

しかし日本のジェンダーギャップ指数は世界でも最低レベルに位置しており、ビジネスにおいても男女間の格差は未だ大きいままです。だからこそ、これからの社会では企業に対してもジェンダー格差の是正に真剣に取り組む姿勢が求められるでしょう。

そこで今回は、日本のジェンダーについて研究されているケンブリッジ大学のブリギッテ先生に、日本のジェンダーギャップが抱える問題点と解決策についてお話を伺いました。

取材にご協力頂いた方

ケンブリッジ大学教授
ブリギッテ・シテーガ

日本学研究者、文化人類学者。オーストリア出身。ウィーン大学で修士号及び博士号を取得。現在、ケンブリッジ大学教授。日本社会について教鞭を執っている。専門は、日常生活の中で当たり前と思っていること、例えばジェンダー、時間の使い方、眠り、清潔感、ゴミ分別などであり、これらは文化や社会による影響や人々の価値観を反映している。また、ケンブリッジ大学日本ジェンダー研究会の代表を務めており『Manga Girl Seeks Herbivore Boy』(2013)『Cool Japanese Men』(2017)『Beyond Kawaii』(2020)を編集。

日本語による出版:2013年著『世界が認めたニッポンの居眠り』(阪急こっミュニケーションズ)、2013年共編『東日本大震災の人類学』(人文書院)、「電車の中の居眠り」車内空間とジェンダーを考察する『21世紀アジア学研究』第15号(2017年)

日本のジェンダーギャップで問題なのは「経済」と「政治」

佐藤:毎年発表されるジェンダーギャップ指数では、日本はいつも非常に低い順位となっています。女性の社会進出や活躍が叫ばれながら、世界的に見ても男女間の格差が全くと言っていいほど縮まらない理由は、どこにあるのでしょうか?

シテーガ先生:世界経済フォーラム(WEF)から発表された2023年の「Global Gender Gap Report」(世界男女格差報告書)によると、日本のジェンダーギャップ指数は146ヵ国中125位でした。2022年の116位から9位下がり、過去最低です。

ただ、「Global Gender Gap Report」には以下の4つのカテゴリーがあります。

  • 経済への参加と好機(economic participation and opportunity)
  • 教育達成度(educational attainment)
  • 健康と生存(health and survival)
  • 政治的権限(political empowerment)

日本の場合、「健康」と「教育」に関しての格差はそれほどありません。一方で、「経済」や「政治」の面ではギャップが見られ、特に「政治」は138位と世界最低クラスでした。つまり、教育や健康については平等といえますが、経済や政治に目を向けると格差があると言わざるを得ないのです。

佐藤:経済や政治における男女間の格差というと、具体的にはどういったケースになるのでしょうか?

シテーガ先生:ジェンダーギャップ指数のカテゴリーのうち、「政治」については周知の事実かもしれませんが、「経済」での格差要因は女性管理職の登用率の低さです。最もわかりやすい例は、出産・育児を理由とした離職と再就職でしょう。産休や育休の後の仕事復帰は、日本とヨーロッパで最も差がついている部分でもあります。今では、20代での就職時におけるジェンダー格差はある程度なくなってきていますが、30代になると女性は途端に就職がしにくくなります。パートや派遣社員、小さな会社や自営業なら働き口は見つかるかもしれませんが、大企業への就職となるとなかなか難しく、キャリア形成を考える上ではあまりフレキシブルな状況とはいえません。なぜかと言うと、日本の組織では、仕事の実力よりも、時間・忠誠心・ロイヤリティによって評価されることが多いからです。

さらに、大企業に入社し在籍し続けている女性であっても、子育てや病気、親の介護などで1年間休みに入ったり、いつも定時に帰っていたりすると、大きな仕事を任せてもらえなくなってキャリアを諦めなければいけなくなってしまうこともある。実際のところ、子どもができたら会社に100%の時間をかけられる女性は少ないでしょう。

佐藤:確かに、日本の環境では子育てなどで仕事に費やせる時間が男性と比べて低いことを考えると、女性管理職の比率は低くならざるを得ないのかもしれません。

ロールモデルが生まれる環境を整えることで後に続く女性が増える

シテーガ先生:こうした状況を変えていくには、まず日本でもロールモデルとなる存在が生まれなければいけません。日本でも、テレビドラマなどでは女性医師や女性社長が登場します。ですが、普段の生活の中でロールモデルになるような存在に出会うことはほとんどない。それは日本で認識されている「女性らしさ」が、ビジネスで成功する性格と矛盾しているためです。仕事で誰かと争う、戦う姿勢を見せたり、強くネゴシエーションをしたりするのは、女性らしくないと見られてしまいます。つまり、女性がビジネスで成功するには、女性としてはあまり認められないというジレンマがつきまとうのです。

すでにロールモデルがいれば「Aさんはビジネスで成功していながら、女性としての魅力もある。若い女性にとってもAさんを目指せばいい」となります。しかし、日本ではロールモデルが少なすぎるために「女性らしさ」「男性らしさ」の枠にはめて考え、成功できないと思って途中で諦めてしまうのです。所属している会社に女性部長が1人もいなければ、「女性だと昇進は無理なんだ」と感じるのも無理はないことでしょう。現状の日本では、制度としては男女対等とされていても精神的な障壁は取り払えておらず、先駆者がいないため女性たちの間でネットワークも作れない状況なのです。困難な状況でどのように対応するのがベストか、自分のキャリアに向けて戦略的に取り組むにはどうすればいいか、親身になってアドバイスしてくれる先輩がいることが重要です。セクハラなどの問題も減るはずです。

佐藤:ロールモデルとなる存在が生まれ、その人を目指せる社会になっていくためには、何が必要なのでしょうか?

シテーガ先生:日本のジェンダーギャップを埋めていくために重要なのは、フレキシビリティだと思います。ビジネスでいうなら、最も大きな問題点は、会社以外での体験やスキルが日本ではあまり認められていないことにあります。

先ほど挙げたように、日本では仕事において実力よりも忠誠心が重視されている。仕事のパフォーマンスの判断方法がロイヤリティの有無だと、朝早く起きて夜遅くまで長い時間仕事をしたり、組織のためにずっと働き続けているといった振る舞いが重視されてしまうことになります。すると、会社にあまりメリットがない人であっても、評価は実力のある人よりも高くなる、という事態になってしまうのです。このロイヤリティという指標では、男女の格差なく評価を行うことは難しく、実際のところ16時間ずっと集中し続けられる人はほぼいないでしょう。

だからこそ、できるだけスキルやパフォーマンスで評価すべきなのです。そして、パフォーマンスにも様々な種類があります。例えば子育てをするとマルチタスクの能力が伸びることがわかっていますし、マネージャーと近しい能力も身につきます。また、仕事の中では人間関係を良好に保ったり、母性が必要な場面もあります。こういった、会社以外の場所で身につけられるスキルは組織の中で非常に大切な能力なのですが、現状では評価基準としてほとんど捉えられていないのです。

佐藤:シテーガ先生にあげていただいた、マルチタスクの能力などは管理職など上に立つ人間ほど求められるように思いますが、なぜ評価される要素に入ってきていないのでしょうか?

シテーガ先生:そもそも、企業でも政治家でも、仕事以外の経験をしたことがない人が多いことが問題です。例えば、アルバイトしながら長期間海外での生活を体験する、あるいは博士号を取得するといった経験がない人は、そうした経験をしようとする人に対してマイナス評価を下しがちです。女性が組織の上層にいないということは、権力を持つ人の中に子育てや介護など、仕事以外のことを深く経験した人がいない可能性が高いことを意味します。管理職自身が経験したことがなければ、彼らにはその大変さ・起きうる事象も理解できませんから、仕事以外のことにも取り組む社員を高くは評価しないわけです。

戦後の日本では家事や子育て、親の世話、介護に加えて、コミュニティに関する仕事もほとんど女性がやっていました。男性は一家の大黒柱である反面、女性は結婚すれば税金を支払わなくて良いなど、経済に関わる働き手としては認識されていなかった面があります。お世辞にも男女平等とはいえない状況だったわけですが、フェミニズム運動などを通して女性の地位向上に目が向けられるようになり、人口減少による人手不足でも女性の活躍が注目されるようになりました。

しかし、それでも女性が中心になって家事や育児、介護をするといった基本的な構造は変わっていません。本当は男性でも子育てをすべきですし、ただ手伝うのではなく、分担するとよりいろいろな体験ができます。その過程で子育てにも多様な能力が必要で、子育てによって身につくスキルがあると理解できるでしょう。これからは男性も積極的に子育てに参加し、「わかる」範囲を増やしていくことが、フレキシビリティな考え方を根付かせるためには欠かせないのです。

実体験がフレキシブルな働き方を実現する鍵

佐藤:なるほど。制度としての仕組みを作るだけではなく、これまで女性の担当とされてきた仕事以外の仕事を男性自身も体験することで、フレキシビリティに富んだ働き方の実現へとつながるのですね。

シテーガ先生:そうです。そうやって少しずつ男性が「わかる」範囲を増やし、もっと多くの女性が組織の中で管理職として登用されていかないと、組織全体の見方が狭くなり多様性も生まれません。男性が女性の視点を持つことで視野が広がり、今までのやり方がもっと良くなることも多いので、ヨーロッパでは女性社長や女性部長が少しずつ増えています。しかし日本にはほとんどいない。だから仕事で生じる様々な問題も、根本的な原因の解決まで至らず、表面的な問題を直していくだけになってしまうのです。

もちろん、意識的な変革だけでなく制度面でも不十分な部分はまだまだ残っています。そもそも日本では、女性に限らず休暇を取ることがとても難しく、ここは力を入れて改善していくべきだと思います。休暇を取ることでキャリアが閉ざされ、諦めざるを得ないような状況が解消されない限りは、最初にお話したジェンダーギャップ指数はずっと低いままでしょう。大切なのは、子どもの教育や自身の勉強のために取る休暇が、仕事の面でもスキルアップにつながることを認識し、その時間を積極的に取ろうという意識を持つことです。フレキシビリティな体制にするためにも、もっといろいろな休暇制度を作るべきでしょう。

佐藤:海外だと、どのような休暇制度があるのでしょうか?

シテーガ先生:例えば、私の母国であるオーストリアでは15年間ずっと勤めている人は自分のためにやりたいことを上司に話して、5年間の80%の給料で4年働いて1年休んだり、90%の給料で4.5年働いて半年休んだりできるといった形です。ショートタイマーになるのではなく、旅行が趣味でずっと旅行がしたかったけれど時間がなかった、という人にも仕事を辞めずに自分の時間を取る選択肢を提示するのです。オーストリアではそういう制度はとても人気がありますし、休みを取ってリフレッシュしつつ、仕事をしているだけでは身につかない様々なスキルを身につけることができます。

一方、日本ではそういった休暇制度がないので、バーンアウトしてしまう人が多いですよね。もしくは自分の趣味、やりたいことを優先するには仕事を辞めざるを得ないこともあります。また、もともと教員だった女性が子育てのために仕事を辞めて、子どもが大きくなってから教職に戻りたいと思っても叶わないケースもある。そういう多様な人たちの働き方を受け入れるためのフレキシブルな制度を作るべきです。

育児休暇にしても、みんなが取れる状況ならそこまでマイナスにはなりません。もし一部の人だけが勝手に休んでいて周りにしわ寄せがいってしまっているなら、不満の種にもなります。ですが制度として育児休暇があって、自分も周りも自由に育児休暇を取得できるようになっていれば、お互いに理解し合った上で制度を有効に活用できるでしょう。

佐藤:貴重なお話、ありがとうございます。最後に読者の方に向けてメッセージをお願いします。

シテーガ先生:男女平等が実現しても、男性にとって悪い社会になるわけではありません。

企業内で権力が分散すれば、確かに男性の握る権力は少なくなるかもしれませんが、確実により人間的な職場へと変わっていきます。ただ、日本の女性は能力があっても自分から「できる」とは言い出しづらいと感じることも多いように感じます。やはり一歩目を踏み出すのは怖いもので、私自身もアメリカで教授になったロールモデルである同級生や、ウィーン大学でのメンタリンググループがなかったら、ケンブリッジ大学の今の仕事に応募する勇気やノウハウは出なかったと思います。

女性の管理職は確実に増えてきていますし、出版会社や化粧品会社など、一部の組織では女性が強いところもあります。性格的な面もあると思いますが、給料や休暇も含めてどうやってキャリアを進めるのか、何をすれば成功につながるかを考えてみてください。

(対談/佐藤 直人