日本の中小企業には海外市場参入が強く求められています。政策的な後押しや円安もその傾向を強めていると言えるでしょう。
海外市場に参入するメリットの代表といえば、マーケット拡大による売上の向上です。
でも実は、海外市場参入には売上拡大以外にもメリットがあるのだそう。
海外市場参入におけるメリットや参入方法について、東洋大学 経営学部の山本聡教授にお話を伺いました。
海外に拠点を置くことや輸出する以外にも海外市場への参入方法があるそうですよ。
取材にご協力頂いた方
東洋大学 経営学部 経営学科 教授
山本聡(やまもと さとし)
東洋大学 経営学部経営学科教授。博士(経済学)。専門分野は、中小企業経営論、アントレプレナーシップ研究、国際的アントレプレナーシップ研究。機械振興協会経済研究所で研究員として活動後、
東京経済大学准教授を経て、現職。学術論文や書籍の執筆だけでなく、東京都の中小企業振興を考える有識者会議委員など、
政府・自治体の中小企業政策に関する有識者委員や企業経営者や技術者向けの産業・企業動向に関する講演やレポート寄稿を数多く行う。
海外市場参入における売上アップ以外の5つのメリット
エモーショナルリンク合同会社取材担当(以下EL):企業が海外市場に参入するとマーケットが広がることによる売上アップが期待できるかと思うのですが、それ以外にもメリットがあるようでしたら伺いたいです。
山本先生:海外市場に参入するメリットとしては、次の5つが挙げられます。
- 新たな学びの場になる
- 新しい人脈・ネットワーク作りができる
- 海外で売れたことがステータスになる
- 中小企業の経営者の起業家(企業家)精神にも良い影響がある
- 技術力やモチベーションの向上
EL:1つずつ詳しく伺いたいです。
山本先生:マーケットが広がって売り上げがアップすることは基本事項になりますが、大企業だけでなく、比較的小規模の企業にも売り上げの向上や利益の増大に加えた、だ様々なメリットがあります。
1つは学習が挙げられるでしょう。
文化や取引慣行や商習慣の違うところで物を売るという行為は、やはり極めて難しいわけですよね。
日本の市場では「当然」だとされている考え方とは違った発想が求められたり、新たな人脈が求められたりすることがあります。
EL:これまで国内でやってきたことをそのままに、海外進出することは難しいということですね。
山本先生:現地の状況に合わせて改善が必要になります。
たとえば、海外市場で物を売るために異文化に適応した新たな製品開発が必要になったりします。そうした製品開発を通して新たな気づきを得て、国内の製品開発や市場開拓にフィードバックするみたいなことが起きたりします
EL:日本国内のユーザーをターゲットにした商品も、市場価値を高められる可能性があるのですね。
山本先生:2つ目は新しい人脈・ネットワーク作りができることです。
海外展開をすることによって、さまざまな新たな人脈を作る必要が出てきますし、それが可能になります。
これは一般的な人でもそうかと思いますが、たとえばアメリカ留学する場合に、日本人があまりいないところに行くと、極少数の日本人の中で極めて密接な関係性が生まれますよね。
EL:たしかに、少ない人数で集まると密な関係を築きやすい気がします。
山本先生:そうでしょう?
普通は出会わないような偉い大企業の社長と会えたり、そこで関係ができたりという、人脈をうまく構築しやすいメリットがあります。
そういった新たなネットワーク作り・海外での人間関係の構築といったことも、海外展開で成し遂げられるでしょう。
EL:親密な関係性を築けると、海外市場における優位性も高まりそうですね。
山本先生:海外で売れたこと、評価されたことがステータスになるというのも、海外市場参入のメリットです。
「海外で売れている」というものも、日本やその他の海外において広告になりますよね。
たとえば、イギリスのプレミアリーグで活躍したサッカー選手は、日本のサッカー市場の中でも相当のブランドを持つわけじゃないですか。
つまり、中小企業が海外で勝負して、海外でライバル企業と戦って、海外で何らかの成果を得るというのは、日本国内における自社の評判・評価を高めるわけですよ。
EL:「イギリスで人気」のような謳い文句の商品を見かけると「すごい商品なのかな」と興味を惹かれます。
山本先生:さらに政策的な支援の対象にもなりやすいです。
特に今の日本政府は、海外で活躍する中小企業やスタートアップを生み出したい、増やしたいと一生懸命考えていますから。
そうすると、海外で活躍することは日本において政策的な支援を受けやすくなる素地になるということはありますね。
EL:海外で売られているという宣伝効果を期待できるだけでなく、日本の公的支援を受けられる可能性があることは心強いメリットに感じます。
山本先生:それから、よりミクロな面で見ると、中小企業の経営者の起業家精神にとっても良い影響をもたらすと言えます。
そもそも「海外市場に挑戦しよう」という発想自体が、背景に旺盛な起業家精神があることで生まれるものです。
海外市場における何らかの成功体験を持てば、新たな製品開発や市場開拓、国多角化など、国内における新たな事業展開に対して良い影響が生じるでしょう。
EL:海外に進出することで新しい知見を得られて、起業家精神を刺激されそうですね。
山本先生:技術力やモチベーションの向上も期待できますよ。
私が過去に研究した例だと、海外の顧客と取引することでさまざまな新しい能力を持つことができます。。
たとえばドイツ自動車部品企業は、日本の企業に比べて“エンジニアリング”をすごく重視していて、サプライヤーと対等な関係で共同開発や取引をしようという考え方を強く持っていることが多いです。
そういった企業と取引をすることによって、社内で技術開発の着想を得たり、産業連携をすべきだといったモチベーションに繋がったりします。
EL:取引先からの影響で社内の士気が上がったら、経営者としても喜ばしいことですね。
海外市場に参入するきっかけ
EL:そもそも海外市場に参入するきっかけはどうしてなのでしょうか?
山本先生:
大企業、中小企業を問わず、企業がさらなる成長のためにはどうすればいいのかを考えると、海外展開が選択肢に浮上します。。
国際経営論の視点では、企業が相対する国内市場が飽和状態に達したときの次の段階として、4つのステージで海外に出ると言われます。
- 間接輸出
- 直接輸出
- 海外生産展開
- 研究開発機能の海外移転
EL:最初から海外拠点を構えるというよりも、少しずつ海外に製品などを持っていくイメージですね。
山本先生:それ以外にも、海外の方を雇用する、そして人的管理をするといったことも海外展開の一つの方法として挙げられます。
海外人材を雇用することで、言語を同一にしない通じない・文化も違う方々をどのようにマネジメントをするかという能力も身につきますよね。
人材の多様性を進めて、企業がよりダイバーシティ(多様性)を持つようになることは企業経営にとって、プラスの要素が多くなります。。
EL:たしかに、男性だけの企業より男女揃った企業のほうが、どちらかに偏った意見を回避できる可能性が高そうですね。
山本先生:それと同じように日本人だけでなく、たくさんの国籍のスタッフがいたほうが多種多様な文化や言語を前提にした上での、より効率的な仕事の仕方をみんな考えるわけですよ。
それは生産性の向上に繋がっていきます。
企業の目的売上の向上と利益率の増大ですが、海外市場参入を試行錯誤する中で新たな営業能力やマーケティング力、人事管理のやり方、あるいは視野の拡大などが生じることになります。
海外市場への参入方法とは
EL:海外市場へ参入することのメリットはよく理解できました。
海外市場参入を希望していても海外と関わりのない企業の場合、具体的にはどのような動きをするのがベストなのでしょうか?
山本先生:例えば、商社を活用すれば、間接輸出が可能ですなど。
その後に、経験を積み重ねる中で、海外営業拠点を作ったりしていくことがよいのではないでしょうか?
Eただし、海外展開は、リスクが大きくあるわけですよ。
商習慣も法制度も言語も違うし、それにお金がかかるわけですよね。
その時どうすればいいかというと、公的な機関をうまく活用していくことだと思います。
EL:公的機関を活用したほうが良いんですね。
山本先生:自分で起業家精神を発揮して飛び込んでいきながら、同時にいかに協力者/支援者を獲得していくかが重要です。
「協力者を得る」という面でいくと、中小企業やスタートアップがやりやすいのは日本に数多ある公的機関を活用していくことだと思いますね。
EL:具体的にはどのような公的機関を活用できるのでしょうか?
山本先生:たとえば、東京都中小企業振興公社とかさいたま市産業創造財団、横浜企業経営支援財団とか、そういう地域密着の産業支援機関です。
EL:どうして公的機関の活用がおすすめなのですか?
山本先生:例えば、日本の展示会や見本市に海外企業が出展していて、「○○国支援機構」とか「XX国支援財団」といった公的機関がサポートしていたら、信頼できると思いますよね。
EL:たしかに公的機関からの支援を受けられているということは、怪しげな企業ではないのだなと判断します。
山本先生:そうでしょう?公的機関の持つ信頼や評判を有効活用しない手はありません。
公的機関との関係性を適切に活用すること、公的支援機関からヒト・モノ・カネに関する経営資源を搬入して、海外展開していくっていうのが良い方法ですよね。
公的支援機関には様々なコーディネーターも擁しているし、補助金プログラムや世界中の展示会関係者との人脈もあったりします。
そういう「資源」を活用して、海外の展示会にまずは打って出ることが第一歩です。
EL:海外の展示会に参加することで市場参入は叶うのでしょうか?
山本先生:中小企業にとって、海外展示会に参加するだけでは海外市場参入はできないことが多いです。
自社の技術とか製品が求められる、“ニッチなマーケット”を探して、どうすれば文化や商習慣が違う海外の消費者あるいは企業に売れるのか、そのコツを探していくことになります。
EL:海外の人に受け入れてもらうためのサービス展開方法を考えていく、ということですね。
山本先生:そうですね、売り方を考えていくこともビジネスとして重要になります。
たとえば伝統工芸品を売りたいのなら、日本の歴史や“自社の歴史”を示すことが大切だったりします。
あるいは食品だったら、海外で受け入れられやすいようにする必要があります。
EL:海外で受け入れられやすいように、ですか?
山本先生:そのためには、たとえば食品の触感をちょっとアレンジしたりとか、あるいは現地の文化に対応した製品にしたり、海外の消費者にウケるキャッチフレーズや商品名、商品コンセプトを作ったりという工夫が必要です。
たとえば、とある製麺企業が海外展開した際の話ですが、パッケージに「グルテンフリー」と示した瞬間に自社商品が売れるようになったなんてこともあるんですよ。
EL:たった1つのワードを付け加えるだけで売れ行きが変わるのですね。
山本先生:それから、自分の製品や技術みたいなものを高く評価してくれるような展示会を見つけることも重要です。
たとえば、岐阜の企業でラッピングする会社が海外市場参入しようと思って、社長自ら展示会で開催されたラッピングのコンテストに参加しました。
そこで優勝することによって、海外の業界の中での信頼と評判を獲得して輸出を実現した例もあります。
EL:評判を展示会の中で獲得した例ですね。
山本先生:海外市場へ参入するためには公的機関を活用したうえで、次のようなことを考えて進めていけると良いでしょうね。
- 自社の技術や製品が売れるニッチ市場をいかに探すのか
- どのように信頼・評価を得ていくのか
- どのように業界のネットワークを作っていくのか
日本から海外に進出する企業が意識すべきこと
EL:日本から海外に進出する場合に意識しておくべきことがあれば教えていただきたいです。
山本先生:1つは海外進出がすべてだととらえないことですね。
日本はまだまだ大きな国内市場があります。、安定している国内市場を主軸にすることもしていくことが一番です。
海外市場への進出というのは結局リスク分散だとも言えます。
EL:リスク分散ですか?
山本先生:世の中には、海外事業がうまくいかなくなって、経営が芳しくなくなる企業も存在します。
情勢の不安定な国の市場を開拓しようとしたり、予想していたよりも事業がうまくいかなかったりということもあったりして、必ずしも成功するとは限りません。。
そして、日本市場でも同じように事業が停滞する可能性があります。、こうしたそれぞれのリスクを回避するために海外展開するという意識を持っておいてほしいですね。
EL:なるほど、海外進出はリスク分散のうちの一つなんですね。
山本先生:もう一つは、直接輸出しなくてもさまざまな形で海外需要を獲得していくことができます。
たとえばインバウンド・日本に来てくれる外国人旅行者に対して、自社の製品・サービスを売る、これも良いわけですよね。
日本酒企業だと「弊社は輸出しませんが、外国人旅行者に販売します。来それが私たちの海外展開のやり方です」という会社もあります。
EL:海外市場参入=海外に商品を送り出したり、拠点を作ったりすることをイメージしていましたが、日本国内で外国の人向けに売るのも海外市場参入に含まれるのですね。
山本先生:もうコロナも落ち着いてきましたし、円安を受けて、インバウンドの大きな波がくるでしょう。
今まで以上に中小企業の輸出という話も話題に出てくると思います。
それぞれの中小企業が持っている製品とか技術とか企歴史とか、あるいは経営者の考え方を踏まえたうえで、どこまでリスクを取れるかを考え、製品や業種の特性にあった海外市場参入の方法を選べばいいんじゃないかなと思いますね。
EL:自分の製品と技術を踏まえたうえで、自社企業ならではのやり方を見つけていくのが重要ということですね。
山本先生:それと、海外拠点を作った場合には、海外顧客との関係性をいかに強くしていくかということも考えるべきではないかと思います。
特に自動車部品のような部品系の企業に言えることですけれども、やはり海外の企業との強いパイプを持つことも重要ですね。
EL:仲介企業を挟むのではなく、海外企業と直接取引をすべきということですか?
山本先生:自動車部品企業だったら、海外の顧客企業との直接的な取引が重要になります。
日本酒ならば現地の優秀な代理店やディストリビューターとの関係性をいかに強くするかということが重要です。、それも「少しリスクが高いな」と思ったらインバウンドで来てくれる外国人の方々にに売るためにはどうすればいいのかを考えていくと。
EL:リスクを考えたうえで、どのような舵を切るかを考えれば良いのですね。
まとめ
山本先生によると、海外市場へ参入するメリットは売上の向上以外にも5つ挙げられるそうです。
海外市場参入をする過程の中で新たな営業能力やマーケティング力、人事管理のやり方や視野の増大なども期待できます。
海外市場へ参入する際に押さえておくべきポイントは次の3つです。
- 公的機関を活用する
- 文化に対応した商品にする
- 高く評価される展示会への参加
必ずしも海外へ進出する必要はなく、インバウンド需要に応える形での海外市場参入も一つの手です。
海外市場参入はリスク分散として取り組むべきことのため、自社製品・技術を踏まえたうえで自社企業ならではのやり方を模索しましょう。
◆研究者情報:山本 聡
(取材・執筆・編集/エモーショナルリンク合同会社)