東京都立大学大学院経営学研究科
吉羽要直 教授
投資のリスクについて

投資のリスクについて

「投資にはどのようなリスクがあるの?」と気になる方も多いでしょう。

投資にはリターンがある一方で、リスクも存在しています。しかし、ついついリターンばかりに目が行ってしまいます。

そこで、東京都立大学の吉羽要直教授に投資のリスクについてお伺いしてみました。

取材にご協力頂いた方

東京都立大学 大学院経営学研究科 教授
吉羽要直(よしば としなお)

東京大学大学院工学系研究科修了(修士(工学))、総合研究大学院大学博士(統計科学)。日本銀行金融研究 所ファイナンス研究グループ長、金融機構局企画役等を経て、現職。

目次

リスクとリターンについての考え方

エモーショナルリンク合同会社取材担当(以下EL):投資初心者は多くの注意をリターンに向ける傾向にあると思いますが、リスクとリターンについての先生の考えをお聞かせください。

吉羽教授:まず、リターン、すなわち、期待収益が見込めるということは、それだけリスクを負っているという認識が大切だと思います。

EL:つまり、収益が見込める一方で、損失も認識しておく必要があるということでしょうか?

吉羽教授:単純に金銭的なリターン、リスクとは違う要素が大切かもしれません。

EL:具体的に教えていただけますか?

吉羽教授:機関投資家であればESGに配慮した投資が求められると思いますが、個人投資家であれば各個人の考え方に従った投資が考えられると思います。

例えば、企業戦略の成長性に共鳴することで、投資するなどです。

EL:機関投資家であれば業績だけでなく、環境や社会などに配慮した企業への投資を行う必要がある一方で、個人投資家なら自分の得意分野やよく理解している企業を選べるといった側面も投資に影響を与えますね。

吉羽教授:ファイナンス理論の根幹は、裁定機会はない、すなわち、濡れ手で粟の状況はない、ということです。

EL:確かに、楽して稼げるような機会はありませんね。

吉羽教授:リスクを負わずに絶対に儲かる裁定機会が仮に生じたとしても、それはその状況をいち早く見つけられるごく一部の参加者がその機会をなくすような投資をするため、他の多くの参加者には裁定機会はないということです。

EL:儲かる機会があれば、目ざとい機関投資家がすぐに参入するため、個人の参入する余地はなくなってしまいますね。

吉羽教授:そうですね。以上をまとめると、安全利子率を超過するリターンを得るにはリスクを負う必要があるということです。

EL:安全利子率の代表格ともいえる銀行預金金利だけでは満足するリターンは望めないため、やはりリスクを負う必要がありますね。

では、リスクを負いつつも、どの程度のリターンを求めているのかも考える必要があるのでしょうか?

吉羽教授:まず、投資のパフォーマンスはリターンだけで測るものではありません。通常はリスクに対してどれだけリターンが得られたかで計測します。

EL:リターンだけでなく、リスクに対するリターンを測る必要があるということですね。

吉羽教授:一般的に金融機関を含めた企業はリスクに対して資本(capital)を持つのが原則ですので、資本対比のリターン(RAROC:Risk-Adjusted Return on Capital)でパフォーマンスを測るとされています。

EL:なるほど、リスクリターンの関係性だけでなく、リスクに応じた資金の配分も考える必要があるということですね。

吉羽教授:金融機関のリスク管理でもリスクアペタイトフレームワーク(※リスク管理の枠組み)が謳われるようになりましたが、個人投資家もどのようなリスクを許容して何を期待して投資するかを考えながら投資したいところです。

EL:つまり、個人投資家であっても、どんなリスクが許容でき、どんなリターンを期待して投資するのかの枠組みが必要ということですね。

投資する際に意識するリスクとは?

EL:リスク、リターンについての考え方を教えて頂いたところで、具体的なリスクについても教えていただきます。

一般的によくあげられるリスクとして、次のようなリスクがあげられます。

  • 信用リスク
  • 価格変動リスク
  • 為替変動リスク
  • 金利変動リスク
  • 流動性リスク
  • カントリーリスク

それぞれのリスクについて、どの程度考慮して投資する必要があると思われますか?

吉羽教授:投資のスタイルに依ると思うので一概には言えないように思います。

例えば、金融機関の債券投資で時価会計を行っている場合、金利変動リスクは大きくなりますが、信用リスクが顕現化しないとして満期まで保有すれば、元本と利息は保証されるので金利変動リスクは負わないとも考えられます。

EL:確かに、国債や社債などの債券を時価で評価している場合、金利変動リスクが占める割合は大きくなりますね。

一方で、企業が倒産するなどの信用リスクが限りなく低く、満期まで保有できる場合、金利変動リスクはあまり考える必要はなくなりますね。

吉羽教授:また、為替変動リスクも同様で、円安時に投資して円高時に償還された場合、そのまま外貨を円に戻せば為替変動リスクを負うことになりますが、個人投資であれば、外貨で運用し円安時に戻せばよいと考えれば、為替変動リスクを許容できます。

EL:なるほど、個人投資家であれば、保有する期間やどのタイミングで円に戻すかなど自由に調整できるため、投資スタイルにより考慮すべきリスクは変わってきますね。

しかし、投資初心者は明確に投資スタイルが定まっていないと思うので、吉羽教授ならどのリスクを一番に考慮するべきだと思いますか?

吉羽教授:信用リスクではないでしょうか。通常、リターンとリスクと表現した場合、リターンは期待損益を表し、リスクは損益のブレを指します。

その観点では、信用リスクは期待損失に相当する部分と損失のブレに相当する部分とが混在しています。最低限意識すべき点は「期待損失」の部分です。

EL:特に信用リスクを考えるべきとのことですね。つまり、株式を発行する企業が倒産して、投資した資金がなくなってしまうようなリスクがあるということを、まずは考える必要があると。

また、どの程度の損失が発生するのか、損失の見込み額の把握も必要だということですね。

となると、リスクの把握さえできていれば、大きなリターンが期待できる商品に投資したくなりますね。

吉羽教授:確かに、利回りが高い債券に投資したくなりますが、利回りが高いのはそれなりの期待損失が見込まれるためであり、利回りには信用コストが含まれていると認識する必要があります。

EL:通常なら楽して儲けられる機会はなくなってしまうのに、利回りが高い商品を購入できる機会があるということは、それなりの理由があると考える必要がありそうですね。

吉羽教授:なお、先ほどのリスク一覧にあるカントリーリスクは、国家に対する信用リスクと考えることができます。

EL:確かに、国家が破綻してしまうようなリスクも考えておく必要はありますね。

リスクの高い国には、それなりに高い金利が設定されていることが多いのも頷けます。

吉羽教授:また、売買を頻繁に行う可能性がある場合、売りたいときに売れない、あるいはかなり減価してしまうという流動性リスクを理解することも大切かもしれません。

EL:リスクの高い株や債券を売買する場合、企業や国が破綻するとみんなが一斉に売りに走るため、売ることができなくなるような事態もあるということを理解しておくべきですね。

以上のようなリスクは、信用リスクから派生するリスクだと考えると、根底にある信用リスクをしっかり認識して投資することは重要ですね。

リスクを抑えて投資するには?

EL:では、さらにお聞きします。リスクを低下させつつ投資する方法はありますか?

吉羽教授:一般的に申し上げれば、価格変動の相関が負あるいは低い資産に分散投資することです。

EL:具体的に教えていただけますか?

吉羽教授:厳密にいえば、2つの資産に投資するとき、一方の資産の価値が下がるときに、もう一方の資産の価値が上がりやすいような資産を選んで投資するのがリスクを低下させる有効な方法です。

EL:なるほど、逆の値動きをするような資産に分けて投資した方が、リスクを抑えた投資ができますね。

もし、似たような2つの資産に投資していれば、価格が思っていたのとは逆に動いたとき2つの資産で含み損が発生してしまいます。

となれば、損失も大きくなってしまう可能性がありますね。

でも、逆の値動きをするような資産の組み合わせは、どうやって見つければよいのでしょうか?

吉羽教授:相関が低い資産をどのように見つけるかですが、通常は過去の変動から標本相関を算出してそれが将来も当てはまるとして考えます。

EL:過去の動きからパターンなどを見出し、見出したパターンが将来にも当てはまると考えて投資していくということですね。

では、相関の低い資産を見つけたとして、それらの資産に投資する際に何か注意点はありますか?

吉羽教授:資産価格は価格変動性を示すボラティリティが高い時期が続く(ボラティリティ・クラスタリング)などの特徴を有することが知られています。

ほかにも、欧州債務危機のように株価変動と債券価格変動は、通常は逆相関(負の相関)であるのに時期によっては正の相関になってしまうことがあるなど、単純には考えられない面もあることには留意が必要です。

EL:最後に注意点をまとめさせてください。相関の低い資産だとしても、次のような時期には相関関係が崩れることもある点に注意する必要があります。

  • 資産の値動きの変動幅が大きく、ボラティリティーが高くなると、その後も高いボラティリティーが継続しやすくなる
  • 特殊な状況下では、通常とは逆の相関が発生することもある

以上のように、投資には絶対がないことを常に念頭において、投資に挑む必要があるということです。

関連リンクのご紹介

東京都立大学大学院経営学研究科ファイナンスプログラム

吉羽教授は、東京都立大学大学院経営学研究科のファイナンスプログラムで大学院の学生の指導に当たっておられます。このプログラムは、東京都の成長戦略の一環として、グローバルに活躍できる高度金融専門人材を養成するために2016年4月から開設されたプログラムです。金融機関等での勤務経験がある実務家の皆さまや、金融機関の投資運用部門等への就職を希望する四年制大学卒業生の皆さまを対象に、世界的な金融都市の中で中核となって活躍できる金融専門人材を養成するプログラムです。4月入学が原則ですが、9月と2月の2回、書類提出と口頭試問による入試を行っています。皆さまの積極的な受験をお待ちしております。

東京都立大学金融工学研究センター

吉羽教授の所属するファイナンスプログラムでは、ファイナンスに関する最先端の研究を進めるため、金融工学研究センターを併設し、金融に興味のある実務家を対象とした東京ファイナンスフォーラムと呼ばれるセミナーやファイナンスの研究者を対象とした丸の内QFセミナーを随時開催しているほか、年1回程度、最先端の金融実務に関連したシンポジウムや研究ワークショップを無料で開催しています。特に、東京ファイナンスフォーラムやシンポジウムは金融に興味を持つ方を広く対象としていますので、皆さまの積極的なご参加をお待ちしております。

統計数理研究所リスク解析戦略研究センター

吉羽教授は、2006年に大学共同利用機関である統計数理研究所の中でリスク解析戦略研究センターが発足した当初から客員教員として、統計学の側面から金融リスクの研究を進めていらっしゃいます。主な研究対象は変量間の接合関数(コピュラ)です。多資産の投資を行う場合、価格変動間の相関に注意する必要があると上記記事にて申し上げましたが、「相関」という概念は資産価格が上昇している、あるいは、下落しているといった状況に依らない指標です。接合関数は、相関の概念を一般化して、資産価格が下落している場合に相関が強まりやすいといった関係性を関数として表現できるものです。金融機関のリスク管理でも様々な形で用いられており、統計学界では、多変量確率分布を扱う際の標準的な概念として注目されています。「接合関数(コピュラ)理論の新展開」という共同研究集会を企画・開催しています。

(取材・執筆・編集/エモーショナルリンク合同会社)

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