少子化は歯止めのきかない状態であり、明解な解決策を見出すことが難しい問題です。
政府も「異次元の少子化対策」など様々な少子化対策を打ち出してはいるものの、対症療法にしかなっていないという指摘も少なくありません。
しかし、そんな大きな問題があるところにこそビジネスチャンスも見つかるものです。そこで今回はシンクタンク、山猫総合研究所を主宰されている三浦瑠麗先生に、少子化の背景や現状、あるべき対策についてお伺いすべく、インタビューさせていただきました。
取材にご協力頂いた方
株式会社山猫総合研究所 代表取締役
三浦 瑠麗(みうら るり)
東京大学大学院法学政治学研究科総合法政専攻博士課程修了、博士(法学)。その後、日本学術振興会特別研究員、東京大学政策ビジョン研究センター講師などを経て2019年より現職。専門は内政が外交に及ぼす影響の研究など、国際政治理論と比較政治。
その他、読売新聞読書委員、共同通信社「報道と読者」委員会第8・9期委員、内閣総理大臣主宰の「安全保障と防衛力に関する懇談会」委員、内閣総理大臣主宰「未来投資会議」民間議員、内閣府特命担当大臣(経済財政政策)主宰の「国際政治経済懇談会」委員、内閣官房長官主宰「成長戦略会議」民間議員、株式会社学究社特別顧問などを歴任し、現在、創発プラットフォーム客員主幹研究員、東京国際大学特命教授、フジテレビ番組審議委員、株式会社学究社社外取締役、吉本興業経営アドバイザリー委員なども務める。
フジサンケイグループ正論新風賞(2017年)、東京大学大学院法学政治学研究科 博士(法学)特別優秀賞(2010年)、自由民主党外交・国際政治論文コンテスト初代総裁賞(2014)、第13回ベストマザー賞2021(2021年)など受賞多数。
主な著書に『21世紀の戦争と平和―徴兵制はなぜ再び必要とされているのか』(新潮社)、『シビリアンの戦争―デモクラシーが攻撃的になるとき』(岩波書店)、『あなたに伝えたい政治の話』(文春新書)、『日本に絶望している人のための政治入門』(文春新書)、『日本の分断-私たちの民主主義の未来について』(文春新書)などがある。
少子化は近代化によってどの国でも必然的に起こる課題
佐藤:それではまず最初に基本を押さえる意味で、そもそも少子化がどういったものなのか、ここまで進んできてしまった背景など、先生のご見解を教えていただけますか?
三浦先生:そもそも子どもというのは、昔の時代なら社会保障の基本的な仕組みのひとつだったんです。例えば児童労働が多かった時代だと、農家などでは子どもはすぐ働き手になりましたし、歳上の子が歳下の子の面倒を見ながら働くこともありました。そして親の老後は子どもが親を養う、というようなモデルだったんですね。それに、当時は乳幼児死亡率も大変高く、どうしても一定の死亡率を前提として多くの子どもを産まなければいけないという背景もありました。加えて、避妊法などが普及していなかったことも比較的多くの子どもが産まれた理由として挙げられます。
ですが社会の発展により、サラリーマンなど様々な職業が登場し、大企業だとそこに専業主婦が組み合わさるといった形が奨励されることも増えてきました。そうなると、特に都市の核家族ではそれほど子どもを産まなくなったんです。しかも年金や介護保険のような社会保障の仕組みが備わることで、子どもが欲しいから産む、といったように、子どもを育てることが実益ではなく趣味に近いものになっていきました。
佐藤:歴史的背景として、子どもを多く産まざるを得なかった時代から、選択できる時代へと変わってきたのですね。
三浦先生:その通りです。近年は女性の社会進出が進んだことで、一生涯働く女性も増えています。晩婚化が進んだり、家庭に入って子どもを育てるという選択をしなくても経済的に生きていける女性が増えたことで、結婚する割合も減少しているんですね。すると、やはり積極的に子どもを産んで、お金や手間暇をかけて育てたいと思う人だけが子どもを産む社会が出来上がります。少子化というのは、こうやってどの国でも近代化に伴って起こっていることなんです。
女性のキャリア形成と2人以上の子育ては不可能に近い
佐藤:女性が自分自身のキャリアを構築していきたい、というトレンドが強まっていることも、少子化の理由のひとつなのでしょうか?
三浦先生:そう思います。女性のキャリアにおいて、子どもを産むとある程度は仕事を休まなくてはいけない期間ができます。心身共にエネルギーを使ううえ、家庭内での家事育児負担割合が、大抵の場合女性の方が過多になっているからです。だとすると、子どもを2人も3人も産むと目標とするキャリアには届きにくくなる。つまり、女性の社会進出は少子化の促進につながるんです。ただ、女性の社会進出は絶対に正しいものなので、それを少子化を防ぐためにやめよう、というのは本末転倒になってしまう。さらに、子どもがどんどん貴重なものになっていることによる子育ての大変さも影響していると考えられます。もっというと、とにかく働き手が欲しい、という時代には子どもにお金をかける家庭がそれほど多くありませんでした。
しかし、現代社会では子どもを育てることが趣味に近くなっているので、当然みんな趣味にはお金をかけるんですよね。例えば受験競争を勝たせたいから良い塾に通わせるといった、競争的に優位になるような条件を備えさせるためには、いくらでもお金をかけます。金銭的な観点だけでなく、家で子どもに勉強を教えてあげる、お弁当を作る、といった実働の観点でも同じです。私は5人兄弟で育ちましたが、今の水準で全員に教育費をかけていたら、家計は破綻します。そう考えると、教育費は制限せざるを得ないんですが、今の親御さんたちは十分な手間とお金をかけたいので、必然的に子どもの人数は決まってきてしまうんですね。
佐藤:確かに、キャリアと子育ての両立は現状、かなり困難に思えます。2人以上となると尚更ですよね。
三浦先生:そうやって、子どもが少なくなった上に一人ひとりにかける教育費が増えているので、子どもの価値がさらに高まる、という構造です。5人兄弟で育った私なんかは「そこらへんの道端で遊んでおいで」という環境で育ちましたが、今は子どもたちの動向を24時間把握しようとする親御さんが多いでしょう。となると、親の手間も増えるので、ますます子どもを多く産めなくなり、一人ひとりの価値も高まるというスパイラルになるんです。
政府の打ち出す少子化対策では大幅な改善は見込めない
佐藤:なるほど。最近では政府が「異次元の少子化対策」を打ち出したりもしていますが、実際のところ、効果は見込めるのでしょうか?
三浦先生:基本的に、自民党政権は所得が低い家庭に支援をして、平均的な子育て・教育費との差を埋めようというやり方を取りがちです。この考え方は、底上げとしては有効でも、幅広いインセンティブにはなりにくい。根本的な問題として、このやり方だけでは子どもの貧困をなくすことにはつながっても、少子化問題自体が解消するとは考えにくいですね。
したがって、自民党の中でも様々な議論が出てきました。今回掲げられた異次元の少子化対策ではもう少し踏み込んで、かつての民主党的な所得制限を設けない考え方に近づこうとする姿勢が伺えます。例えば、アメリカのバイデン政権は、子ども版ベーシックインカムという考え方を打ち出して、トランプ政権で拡充した子育て税額控除を時限的に1.5倍にしました。大人向けのベーシックインカムには賛否両論が飛び交いますが、子ども向けであればメリットは多くデメリットは少ないという考えを持つ人が多いです。所得が少ない人から多い人まで、全員ではないにせよまんべんなくお金を行き渡らせる、という考え方に近づいてきているんですね。
佐藤:考え方としては、より効果が見込める方向性へとシフトしてきたと。
三浦先生:ただ、こうした政策が子育て世帯にはプラスでも、少子化そのものを緩和する効果を上げるかどうかは未知数です。注意しなければいけないのは、負担と受益の関係性です。今は現役層に多くの税金がかかっています。国の予算のあまりに多くが医療費や年金などの社会保障、つまり高齢者向けに使われているため、世代間で所得移転が行われている状況です。そして、まさに負担が集中している現役層こそが子育てを担っている。
子育て世帯は何かと出費がかさみますし、消費したい先が限られている高齢者に比べると、収入があれば使ってくれる。そこで、国が子育て支援を充実させて、各家庭に対して税金を負担してもらいつつ、それ以上の恩恵もあるような環境を整える必要があります。いわば、自助中心の子育てから公助を拡充していく方向性ですね。要は、子どもを産むことが、産まないよりもお得になるようなインセンティブを設計しようとする考え方が広まってきているんです。しかし、そこでもやはり問題は残ります。
ベビーシッターなど保育に関する出費は、国の支援を通じて親がお金を使うことで市場が生まれますし、子育てが一段落した人たちが労働市場に参入してくれるチャンスにもなります。乳幼児期の育児負担を緩和することで、二人目、三人目を産むインセンティブにもなるでしょう。ただ、家計の教育費に補助金を投入すれば子どもが増えるとは限らない。子どもは増えないまま、平均的な教育費がどんどん上がっていってしまうのではないか、という問題です。
平均的な塾代やお稽古代は各種リサーチ結果を見ると、やはり近年伸びている傾向にあります。この伸びが、政府がお金を出すことによってさらに伸びる可能性があります。それは市場の創出や拡大には役立ちますが、子どもをもうひとり産みたくなるか、と考えると微妙ですよね。
なので、私はお金を配ることに効果があることは否定しないけれど、少子化の流れを変えられるかどうかには疑念を持っています。根本的な原因を取り除いていくには、やはり家庭の中での女性の負担を減らしていかなければいけません。パートナーが家事を積極的に担ったり、あるいは子育て支援サービスを使って負担を家庭の外に一部出してあげる、そういう体制を充実させる必要があるわけです。
佐藤:ご指摘の通り、給付金が増えたら2人目の子どもを考えるか、と言われても難しいご家庭が多いかもしれませんね。
三浦先生:もうひとつ、カギとなるのは社会的な差別の存在です。代表的なものだと、シングルマザーはイコール貧困というイメージが根強いですが、そういった決めつけは差別につながります。ひとり親家庭の子どもはかわいそう、というのもそうですね。社会に差別意識があると、なかなか女性がひとりで子育てしようとは思えません。社会の意識そのものも変えていく必要があるでしょう。
例えば、フランスの女優カトリーヌ・ドヌーヴさんは、パートナーを作ったり解消したりしながら複数の違う男性の子どもを育てました。日本で著名な女性がそうした人生を送ったら完全にバッシングの対象になるでしょうね。「子どもがかわいそう」といわれることも多いですが、冷静に考えれば本当にそうなのかはわかりません。実は親も、子どもたちもとても幸せである可能性だって考えられます。結婚やパートナーシップ、子育てのスタイルについての多様性を認めた上で、産まれた子どもを社会が全力で支援する体制もあわせて整えていくことが大切ですね。
少子化を食い止めるために大切なのは子育てを補助する仕組み
佐藤:こうして問題点を挙げていくと、変えなければいけないところが数え切れないほどありますね。
三浦先生:子どもって、産んでみないとわからないことって結構多いんです。新米の親御さんにとってはいろいろなことを調べなくてはいけなくて、目が回ることも多いでしょう。問題は行政による支援制度が複雑なこと。日本でも子育てに関する支援は意外とあるんですが、縦割り行政のうえ、国と地方自治体の支援がそれぞれ違って複雑です。内閣府の管轄の企業主導型ベビーシッター補助の制度は働く親に欠かせない貴重な支援ですが、意外と知られていないんです。
情報がさまざまなところに散逸してしまうことを避けるためには、そういった情報をまとめてサポートしてくれるアドバイザーをどこかに配置しないと、なかなか制度の利用率は上がってこないでしょう。産後、体力的にも精神的にも一番しんどい時には自分自身の健康管理すらままならないことも多いんです。
育児経験者としては、その産後直後の期間に少しでも母親が楽になるように、「外部の人に手伝ってもらうのは当たり前」というカルチャーを作ることが重要だと思います。実家で過ごすことができる人はいいのでしょうが、ワンオペで産後を過ごすのを当たり前にしておくことは、母親の心身の健康のためにはもちろんのこと、子どもを守るためにも危険なことです。それこそ、アプリなどを使って産後専用のサービス選びをアドバイザーが手伝い、どれをお願いしたいかチェックをいれるだけでいいようなシステムにしておけば、周りのみんなもやっているからという理由でサービスを使うようになります。日本人女性は、悩みごとがあっても自分で抱え込んでしまう傾向もあるので、外部の助けを借りやすくなるような環境の整備が子育てと仕事との両立にもつながると思いますね。
佐藤:具体的には、どういったサービスの拡充が望まれるのでしょうか?
三浦先生:代表的なものだと、学童は共働き世帯にとっては生命線なんですが、現状ではそれほどプログラムが充実しているとはいえません。その結果、片働きで習い事に送迎できる家庭と比べると、子どもたちの学力差が開く可能性があります。学校教育や公共の学童では身につけられる学力に限界があるとすると、今後、学童のプログラムを充実させることは重要ですね。そうした教育が充実すれば、格差の是正にもつながりますからね。
趣味の領域として、バイオリニストになりたいからバイオリンを習うというならまた違った話になりますが、やはり公立の教育に関しては一定水準を設けて内容を充実させなければいけません。そうすれば、本気で働こうと思う女性も自然と増えていきます。
キャリア形成と子育てを両立したい女性は会社選びも重要
佐藤:なるほど。女性のキャリア形成上、公立教育の充実化が重要であるというのは非常に納得します。加えて、女性にとっては勤め先がどのような勤務環境になっているのかも、キャリア形成と出産育児を両立する上で大きなポイントになってくるのでは、という印象です。
三浦先生:そうですね。現状、日本社会が抱えている最大の問題は女性の社会進出と少子化問題とが相反する関係になってしまっていることです。マミートラックに安住する女性を増やしても、女性の社会進出は進みません。なのに、政府が女性の社会進出に逆行するような政策を打ち出すのは望ましくありませんよね。大企業で育休が何年も取れるような環境なら、子どもを産むことでずっと休み続けることもできてしまいます。ですが、入社してすぐ子どもを産んで育休を何年も何回もとり続けていたら、仕事で評価されることなんて無理ですから。
佐藤:女性がキャリア形成と子育てを両立しようと思うと、どのような選択が望ましいのでしょうか?
三浦先生:仕事と子育ての両立を考えるなら、やはりフレックスタイム制がある会社の方が有利ですね。また、子どもの送り迎えを母親だけがやるのではなく、曜日や朝晩で夫婦で分担しあうことが欠かせません。片親の場合は特に、外部サービスの送迎にも補助があるといいですね。ただ、仮にそういう会社に就職できなくても、自分たちから声を上げて風土を変えていくことにも取り組むといいと思います。日本ではまだまだ企業幹部の認識自体が進んでいないことも多く、自分たちの会社がどんな子育て支援制度を用意しているか知らないこともあります。
男性が主である企業幹部にそういった知識があり、情報連携が取れているかどうかは今後企業選びの際に重要になってきます。一番重要なのはフェアかどうかです。女性をきちんと能力と貢献に基づいて評価してくれるか。ライフステージによる制約に基づく多様なキャリアパスを用意しつつ、育ててくれる会社かどうか。自分自身も、会社に価値を提供できる人材になるよう頑張らねばなりません。その上で、ここを改善したらこうなります、という発信を行って、それを受け入れてくれる柔軟な会社だと、キャリア形成の後押しになるのではないでしょうか。
子育て女性の視点で物足りない部分にビジネスチャンスが眠っている
佐藤:ありがとうございます。では、視点を変えて、ビジネス面から少子化対策に取り組んでいこうとした場合は、どのようなアプローチが考えられるのでしょうか?
三浦先生:今の子どもたちには創造的教育が求められていますから、イノベーションにつながるような教育には可能性を感じますね。学校ではできない科学の実験や、職業体験プログラムなども面白いと思います。働く女性のニーズに合わせた面倒見の良いシステムを構築した上で、子どもたちの間におもしろい競争や協力を取り入れていくようなプログラムが組めると高い需要が見込めそうです。
また、ベビーシッターに関しても日本では今までなかなか定着してこなかったので、参入するチャンスはあるかもしれません。日本の社会福祉はこれまで企業主導型であったため、大企業を中心に制度が拡充してきました。これからは、多様な労働の在り方にかんがみて、サービスの在り方や担い手を増やしていく必要があります。しっかりと研修を行った上で、地方にも女性が活躍できるようなインフラを作る。そのために特区を作ってみたり、補助金を入れる。ビジネスとしても将来性が期待できますね。
佐藤:なるほど。経営者にとっては、少子化対策に寄与するという視点での事業案を考えた場合、大きな可能性が眠っているといえますね。
三浦先生:あと、現状はさまざまな制度が乱立しているので、あちこちに散らばっている情報を一元的に管理できるアプリなども求めている人は多いと思います。今までは母子手帳が妊娠から出産、子どもの発育やワクチン接種の記録として、重要な役割を果たしていたわけですが、子育てに必要な情報がすべて盛り込まれていたかというとそうではないですね。特に、掲載されている情報は、厚労省管轄のため「労働者」向けなので、自営業者やフリーランスなど多様な働き方をしている人にとってはどうしても物足りないところがあります。
母子手帳の電子化の試みは進んできていますが、「来月は水疱瘡のワクチン接種です」とお知らせがきたりするとすごく便利ですよね。現段階では法律の壁がありますが、マイナンバーを中心にありとあらゆるものを連携することができれば、居住地や所得から自動的に利用できる子育て支援制度を提案するようなサービスも提供できます。子ども食堂にしても、素晴らしい取り組みなんですが、必要としている人になかなか情報が届かないという問題を抱えています。気軽に子ども食堂に行ける環境にするには、今日の晩御飯を作るのもしんどい、みたいな人に情報を届ける必要があるんですよね。アプリで半径300m以内に子ども食堂があります、と出てくるようになっていれば、本当に困っている家庭に支援が届くことも増えるはずです。
子育て中は本当に余裕がなくなりますから、そういう形でサポートが充実していくと非常に助かると思います。
女性の社会進出が叫ばれる中、少子化はますます加速していく可能性があります。
三浦先生もご指摘されているように、給付金を増やすというような現在のやり方だけでは、少子化に歯止めをかけることは難しいと思われます。やはり、必要になるのは子育てをする女性が利用できるサービスの拡充でしょう。
だからこそ、経営者の立場としては、働く女性のニーズを敏感に捉えた事業案を積極的に検討していきたいですね。そうしたビジネスモデルこそが、今後も日本の課題であり続けるであろう「少子化」の抑制に大きく貢献できる可能性を秘めているのではないでしょうか。
(対談/佐藤 直人)