SNSのリスクの一つ「炎上」。多くの企業が自社アカウントを持つ現代、炎上をどう避けるかは、個人だけではなく企業にとっても悩みの種ではないでしょうか。炎上は全く予期しないところから起きうるものであり、対策が非常に難しいのが現状です。
そこで今回、炎上とはそもそもどのような仕組みで発生するのか、回避するにはどのような対策が考えられるのか、ハーバード大学医学部の内田舞先生に脳科学の視点からのお話を伺いました。
取材にご協力頂いた方
ハーバード大学医学部 准教授
マサチューセッツ総合病院小児うつ病センター長
内田 舞(うちだ まい)
小児精神科医、3児の母。2007年北海道大学医学部卒、2011年Yale大学精神科研修修了、2013年ハーバード大学・マサチューセッツ総合病院小児精神科研修修了。日本の医学部在学中に、米国医師国家試験に合格・研修医として採用され、日本の医学部卒業者として史上最年少の米国臨床医となった。趣味は絵画、裁縫、料理、フィギュアスケート。子供の心や脳の科学、また一般の科学リテラシー向上に向けて、三男を妊娠中に新型コロナワクチンを接種した体験などを発信。
主な著書に『ソーシャルジャスティス 小児精神科医、社会を診る 』、『REAPPRAISAL(リアプレイザル) 最先端脳科学が導く不安や恐怖を和らげる方法』などがある。
Instagram: @maimaiuchida
Twitter: @mai_uchida
人間の本質とSNSの性質が炎上を起こしやすくしている
佐藤:それではまず最初に、脳科学の視点から炎上の定義と、なぜ炎上が怒るのかについてお伺いできればと思います。
内田先生:炎上とは主にインターネット上で起こる現象で、特定の個人や組織、あるいはツイートなどを対象にした、大多数による集中的な批判行動のことです。現状を見ていると、感情的な攻撃によって特定の人物や企業の発言権、行動の意義を否定することそのものが目的となっているようにも見受けられます。私が見てきたものの中では、発言者が誰かの人権を侵害した、あるいは非科学的な発言をしたといったものなど、炎上すべくして炎上してしまったと感じた例もありますが、どうしてこのような投稿や発言が炎上したんだろうと疑問を持つものも多くありました。
なぜネット上ではこのような状況が起こるのか。どうしてSNSはこれほどまで人の心を揺さぶり、人をひきつけるのか。様々な要因が絡んでいるとは思いますが、最も深く関係していると私が考えているのは承認欲求です。承認欲求は、私も含めて誰にでもあるものです。
そもそもなぜ承認欲求があるかというと、人間が社会的な生き物であることに関係しています。旧石器時代までさかのぼると、人の生活には周囲に危険な動物がいたり、食べ物にありつけない、あるいは寒さに耐える必要があるなどの様々な困難がありました。そこで、人間は生き抜いていくために、集団生活を選びました。そうなると、集団の中での関係性や立ち位置、誰に信頼されているのか、どのように情報を得ているか、またどれだけ意思決定権があるか、などの要素が直接的に個々人の生存に影響を及ぼすようになったんです。そして、そのような環境下で脳の集団生活に関する部分が進化の過程を経てどんどん発達し、他の人に好かれたい、信頼されたい、集団の中で力を持ちたいという感情が自然と出てくるようになってきたわけです。
佐藤:すると、日常生活にSNSやオンラインメディアが登場する以前から、人間は本質的に承認欲求を強く備えていた、と。
内田先生:そうです。SNSを見ていると、承認欲求を満たしてくれたり、逆に承認欲求が傷つけられたりする場面もありますよね。SNSプラットフォームでは「いいね」が数字として表示されていくので、高く評価されているように見えます。そこへ肯定的なコメントがついたりすれば、さらに認められたという実感を得られる。私たちは進化の過程で承認欲求を満たされた時に快楽を感じるように進化してしまっているので、「いいね」された瞬間に快楽を感じるわけです。しかも、「いいね」のような脳にとっては「報酬」がたくさんあることで承認欲求が満たされるため、ますますSNSを使いたいと思ってしまう。そうなると中毒性が出てきて、もっとやりたいと思ってしまい、SNSから離れることができなくなります。
佐藤:お酒や砂糖の摂取には適量を守るべきであることと同じく、SNSとは適切な距離感を保ちながら接しようと意識しなければ、中毒になってしまうということですね。
内田先生:そして承認欲求に加え、人間が感情的な生き物であることも、SNSにおいて炎上が起きる要因の一つと考えています。なぜ人間は感情的なのかといえば、感情は人間が生存するために必要不可欠なものだからです。例えば、怖い動物が近づいてきたら、逃げたり戦ったりしますよね。また、何か良くないものを口に入れると、気持ち悪くなることもあります。それは、その状況が生存上好ましくないと本能が判断した場合、動物にどう対峙すべきか、口に入れたものが何かを考える前に、怖い・不安といった「感情」を沸かせることで即座に行動に移すようプログラムされているからです。ですので、私たちは考える前から腐った食べ物を口に入れてしまったときにはペッと吐き出す行動をするし、命が脅かされるような状況からはなるべく早く逃げるようにできている。だからこそ、人類はこれまで生存できたんです。現代社会では、旧石器時代ほど生命が脅かされるようなことはあまり多くありませんが、旧石器時代から長い時間をかけて進化してきた脳の仕組みは今でも色濃く残っています。あまり考えず感情的に行動してしまうというのは、そもそも「人間の本質」と言えるでしょう。
それに、SNSは短いフレーズや写真などが物凄いスピードで次々とタイムラインに流れていくので、素早く反応しないと次の情報がどんどん流れてきてしまいます。SNSには「すぐに反応しなくてはいけない」と焦らせる仕組みが組み込まれているわけです。全体像も把握できないような短いフレーズに関して、考える時間も与えられずに「反応しなきゃ」という焦燥感に駆られ、たまたま流れてきた意見に影響されながら、感情優先の反応をしてしまう、といった状況が多いのではないでしょうか。するため、話題は一方向へと動いてしまいがちになります。そして、そこに流れてくるのは人間の承認欲求や感情を掻き立てるような情報が多いわけですから、SNSは炎上しやすい場所になっているということですね。
佐藤:SNSの炎上は特定個人に対して多数の人が攻撃を仕掛ける場面も目にしますが、炎上にはやはり集団心理も大きく関係しているのでしょうか?
内田先生:その通りです。たくさんの人が同じ意見を言っていると、ついそれが正しいように思えてしまうんです。特にSNSでは、似たような環境・性格の人や、興味あるものをフォローしていきますよね。なので、同じような意見を持つ人が集まってバブルを形成し、そしてそのバブルの中で同じような意見が蔓延してしまうことがあります。一歩外に出れば「何を言ってるの?」と思われるようなことであっても、そのバブルの中で自分が聞きたい意見、自分に似た意見ばかりが強調されていると、他の多様な意見が存在することを忘れてしまう。すると、バブルの中で言われていることが、世界全体の意見のように感じられてしまうんです。これはフィルターバブルという現象で、この状況下では「他の人がAと言っているから自分もAと言わなければ」と周囲の意見に乗せられてしまうユーザーが次々と増えていくため、炎上は加速していきます。
しかも、このフィルターバブル下で炎上が加速していく過程では、往々にして論理のねじれが生じます。つまり、誰かを攻撃したいということ自体が目的となり、話題が本筋から逸れていくんです。例えば、本当はその人が言っていないことでも、それが拡大解釈されて取り上げられている、なんてことが頻繁に起こります。しかし、フィルターバブルの中では、皆が誰かを攻撃するという目的へ一斉に向かっており、そしてスピーディーかつ感情的に次々と反応し続けていますから、この流れが発生するともう止められなくなってしまうんです。
大切なのは外的評価だけでなく内的評価も意識して育てること
佐藤:フィルターバブルの内側にいると、論理のねじれに気づくことはなかなか難しいように思えますが、どのように対策すべきなのでしょうか?
内田先生:まずはフィルターバブルを作らない、入らないようにすることが大切ですが、SNSでは仕組み的に難しい側面もあります。そこで私が皆さんに意識して欲しいのは、内的評価と外的評価です。外的評価は言葉の通り、外側からの評価を指します。アスリートであれば順位やメディアの注目、SNSでの「いいね」やフォロワー数などです。このような外的評価は、そもそも私たちは承認欲求がある動物なので、欲しいと思って当然のものです。
重要なのは外的評価以外にも、自分が自分をどう思うか、なりたい自分になるために努力しているか、そして自分の成長を喜べているか、といった内的評価を行うことです。良い面も悪い面も自分自身であると向き合い、受け入れる。それが内的評価で、本来は外的評価とセットで育てていかなければならないものですが、意識しないと育てることはできないんです。
佐藤:確かに、外的評価は自然と身についていますが、内的評価は教わる機会も少ないように思えます。内的評価を育てるにはどうすれば良いのでしょうか?
内田先生:内的評価を育てるには、意識的に「再評価」をしてみてください。
もしかしたら今後、自分自身がうっかり炎上してしまう場合や、他の人の炎上に加担してしまうこともあるかもしれません。目にした言葉が胸に響いたから、内容をよく見ずに「いいね」をしてしまったり、リツイートをしてしまったりすることもあるでしょう。実際には、その人は何をしたのか、どんな状況だったのか、などを全く考えずに反応してしまう場面はたくさんあります。そうやって、知らず知らずうちに炎上に加担してしまう人はたくさんいると思います。大事なのは、そこで波に乗ろうとするのではなく、再評価してみることです。
再評価とは、感情が湧いた時に一度立ち止まり、自分の感情に向き合ってみること。感情に向き合うというのは、自分の感情を否定しろという意味でも、受け入れて諦めろという意味でもありません。「自分は今、なぜこんなにイライラしているのか。どうして焦燥感を感じているのか」と考えてみるんです。抱いている感情に向き合い、今考えるべきことなのか吟味してみると、たった1秒でもその後の行動に影響するんですよ。感情の後ろにある考えを掘り下げるだけで、リツイートやコメントなどの行動に移るかどうかが大きく変わってきます。そして、自分の感情や考えと向き合う機会を増やすことで、自然と内的評価も育っていくはずです。
佐藤:そのようにして内的評価を行う癖をつけていけば、炎上から回避できるようになっていくのでしょうか?
内田先生:私としては、炎上を回避したり、炎上させないためにはどうすべきか、という部分についてはあまり考えなくてもいいと思っています。もちろん、炎上はしない方がいいに決まっていますし、世の中には炎上するべくして炎上してしまうケースもあります。例えば、誰かを侮辱した時や、誰かが大切にしているものを蔑ろにしてしまうような発言がそうですね。それこそ、人権侵害などの行為は攻撃される可能性が非常に高いので、できる限り他人を傷付けないことが炎上回避につながります。ただ、炎上を避けるために自分が言いたいことを言わないのはもったいないことですし、炎上が予測できないケースも実は非常に多いんです。
数年前に見た話ですが、カップルがチョコレートを買う時に、2個ずつ同じものを買ったというツイートが炎上して、「自慢するな」という批判が殺到していました。私は「2個ずつ食べさせてあげようよ、チョコぐらい」と思いましたが、そんな些細なことでも炎上するんですよね。どんな言葉が、誰の心の糸に触れて感情的な言動を引き起こすかはわからないし、その感情によって炎上するかどうかもわかりません。本当は至極些細なことで炎上している例も多いので、あまり深く考えすぎない方がいい、というのが結論です。
佐藤:確かに、誰かを批判するわけでもない、そんな些細な話題でも炎上が発生するという事実を考えれば、炎上の事前予測なんてできませんね。
内田先生:最近、私はトランスジェンダーの方々の権利についての記事を書きました。日本でのトランスヘイトに問題を感じていたからです。日本ではトランス問題に関して、なぜか女子トイレの問題が取り沙汰されることが多いですよね。確かに、トイレの安全や性犯罪の問題はトランスと関係なく社会として考えていくべき大切なことではあるものの、トランスジェンダーの方々の権利を守るという点では全体的な優先順位からトイレよりも高いものはたくさんあると思います。例えば、トランスジェンダーの方々がちゃんと就職したり、就学できるようになったり、差別がないようにする、といったことです。私はこの権利の扱われ方が間違っていると感じることが多かったため、前向きに記事の執筆を検討していました。
この記事、実は書くかどうかかなり悩んでいました。世間の認識に対して物申す記事を書くわけですから、私に対してのネガティブなバッシングもくるであろうことは、目に見えていたからです。それに、記事を書いてもおそらく私には何の利益もない、つまり外的評価はないことも分かっていました。
ただ、たとえ誹謗中傷に遭うことがほぼ確実で、かつ自分には利益がない行為だと理解していたとしても、日本で本当に苦しんでいるトランスジェンダーの方々や、自殺したいと思っている若者がいることは明白でした。そうした方々に少しでもサポートの声を届けられるのなら、その方がずっと意味がある。そう思って私は記事を書くことにしました。こうしたことが正に、内的評価を育てるということだと思うんです。
外的評価だけを追い求めるのなら、世間の認識に合わせた意見ばかりを発信するでしょう。私自身、人間である以上は承認欲求を持っていますから、外的評価が欲しくないわけではありません。ですが、私は外的評価を求める以上に自分自身が誰であるか、自分のコアは何なのかを認識した上で、それに沿った発信をすることに意義があると考えています。
内的評価を大切にすることで人も企業もブレなくなる
佐藤:そうした強い信念をお持ちだからこそ、コロナワクチンの啓発活動も最後まで続けることができたのですね。
内田先生:コロナのワクチン接種に関しては、ワクチンなしにはパンデミックが終わらないことは明らかでしたから。パンデミック当時、日本には非科学的な誤情報が蔓延していました。そこでパンデミックを終わらせるために、アメリカのCDCでワクチンの有効性や安全性について行われてた議論や、論文で科学的に確認された内容などを伝えられるように動いたんです。正確な科学的な事実をできるだけ日本の方々にシェアしたいと考えていたのです。
そう思ったからこそ発信活動を行ったわけですから、的外れな攻撃をどれだけ受けても私の発信の意義・考えは変わりません。傷つくことはあっても、やはり私にとっては外的評価よりも内的評価の方がずっと重要なんです。そして、内的評価を築く過程の中でも、自分に嘘をつかない発信をすることを何よりも大切にしてきました。自分に嘘をついてまで炎上を避けようとする必要はない、と思っています。
時には、私が何かを発信することで「傷ついた」というフィードバックがくることもありますが、発信の受け取り方はその人の感覚や、固定観念とも強く結びついています。できる限り多くの人の立場を考えての発信は大切ですが、自分の発信によって誰かを傷つけてしまう可能性はある程度あるものだと覚悟を持ちつつ、伝えるべきと感じるメッセージを伝えることが何よりも重要なのではないでしょうか。自分がどう受け止めるのか、誹謗中傷を受けた場合にどうするかについては、拙著『ソーシャルジャスティス』にも執筆させていただきましたので、是非読んでみてください。
佐藤:インターネット上に限らず、発信する際に誰も傷つけないよう意識することは、やはり非常に難しいですね。
内田先生:先ほど申し上げたとおり、人が炎上に加担してしまう時というのは、誰かを攻撃したい、誰かを蹴落としたい、自分が優位に立って発言力を持ちたい、といった欲求がメインの目的になってしまっている時なのだろうと考えています。議論がしたい、会話がしたい、何かメッセージを伝えたいという心のコアにある目的ではなく、単に誰かを攻撃することへと目的がすり替わってしまっているんです。『ソーシャルジャスティス』では私の息子のことを紹介しました。「誰かを下げても自分は上がらない、他人を見下すことは自分が強くなることにはつながらない」ということを、人種差別の話をしている時に息子が言っていました。本当にその通りで、他者を攻撃したところでほとんどの場合、自分自身は幸せになれないし、多くの場合は誰も幸せにならないでしょう。
自身の内的評価をしっかり確立できている人ならば、SNSでの周囲からの誹謗中傷をある程度気にはしていても、それによって過度に自尊心を傷つけられるようなことはありません。それに、自分自身をしっかり評価できていれば、無用に誰かを下げてまで自分の評価を得ようとも思わないはずです。心豊かな人生を送るためには、内的評価を育てることが欠かせないのではないでしょうか。
佐藤:ビジネス面においても、外的評価・内的評価を意識した言動をとることが炎上対策のポイントなのでしょうか?
内田先生:そうですね。特にビジネスにおいては、外的評価だけを伸ばそうとすると大きなデメリットが生じてしまいます。企業は利益を出さなければならず、上場企業であれば実績開示も求められるため、外的評価を伸ばすことに意識が傾注されてしまうのは当然のことです。ただし、自社の存在意義やビジョンは何かを常に意識し、そこに向かって進んでいるのかという内的評価を行わずして、安定した経営をすることはできないのではないでしょうか。外的評価は自分のコントロール外のところで上がったり下がったりするものですから、外的評価ばかりに目をやり内的評価を育ててきていない企業は、事態のちょっとした急変によって経営が傾いてしまいやすいといえます。
最近、アメリカの血液検査会社セラノスのCEO エリザベス・ホームズという方が偽造データを発表してしまったという事件があり、大きな問題として取り上げられましたよね。ホームズ氏は、血液検査でとある疾患の有無が判断できると発表したことで、大きな注目を集め有名雑誌の表紙を飾ったりもしました。しかしこの偽情報によって、投資家だけでなく実際に病気に苦しむ患者さん方も多大な被害を被ることとなり、ホームズ氏は関係者とともに逮捕されたのです。このように、外的評価を求めるあまりに嘘をついてしまう、というのは本末転倒です。
確かに、内的評価を大切にし自社のビジョンに沿った優れたビジネス計画を持っていても、全く注目されなかったり、資金が集まらないということも多々あるでしょう。しかし、内的評価を重視して自社のビジョンを本気で信じていれば、「商品をどう改良すべきか」「もう少し育ててから世の中にアピールしよう」と根幹部分を崩さずアジャストできるはずです。経営者の方々というのは、ただでさえ外的評価に影響されやすい環境に日々身を置いているわけですから、自分たちの内的評価をいかに大切にできるかで成否は大きく分かれるのだということを覚えておきましょう。
一人ひとりが内的評価を育てた先にこそ変化が起こる
佐藤:貴重なお話、ありがとうございます。最後に読者の方に向けてメッセージをお願いできますか?
内田先生:外的評価と内的評価、そして再評価の習慣を身につけておくことは、単なる炎上対策にとどまらず、現代社会をより良い方向へと動かしていくパワーを持っていると考えています。私が行ったワクチンの啓発活動というものは、元々私が将来やりたいと考えていたことではありませんでした。パンデミックが起きた時、たまたま自分が妊娠しており、かつワクチンの接種・メカニズムの知識があり、それを伝えられる立場にいた。そんな偶然が折り重なった中で、取り組もうと考えたことでした。その偶然の中で、日本のメディアと関わった時、ビジョンのなさには正直かなりがっかりしたんです。多くの人々の生命が脅かされている一大危機が生じている時に、なぜ科学的な視点を無視した報道しかしないんだろう、と。報道すべきは明確なエビデンスに基づいた科学的事実であり、専門家でもないタレント同士、政治評論家同士がスタジオで「ワクチンは打った方がいいですかね?」と話し合っても全く意味がないのは明白です。多くの方々もそう感じていたのではないでしょうか。
メディアは世論にものすごく大きな変化をもたらし、良い方向へと変えられるエンジンを持っている一方で、悪い変化を引き起こしてしまうこともあります。こうなってしまうと、もはや現状を変えていけるのは視聴者である私たちしかいません。メディアが視聴者数という外的評価を重視している以上は、その外的評価を与える側である私たち視聴者にパワーがあるわけです。だからこそ、私たちが自分自身の内的評価を育て、どれだけきちんと考えることができるか、どれだけ必要な情報を得られるか、それをわかりやすく伝えることができるか、が重要になってくるといえるでしょう。
もちろん、内的評価はいろいろなことを経験したり、見聞きする中で変わっていくものなので、内的評価を育てるには長い時間がかかります。何か事件が起きて一瞬で変わるというようなものではなく、本当に少しずつ、少しずつ人々の考え方が変わっていくことでしか変化は起こらないでしょう。ですがその変化は、私たち一人ひとりが内的評価を育てていった先に必ず起きる。そう信じて私は今後も諦めずに、ソーシャルジャスティスの種まきをしていきたいと強く思っています。
(対談/佐藤 直人)