駐バヌアツ共和国 特命全権大使
千葉広久氏
ビジネス活動への魅力を秘めた南太平洋の島国「バヌアツ共和国」

海外での起業を考えたり、会社の新たな海外拠点を検討する際には、どの国を選ぶかで成否がわかれます。

コロナが収束を迎え、次のビジネスチャンスを模索している方にとっては、新天地探しは欠かせないでしょう。そんな方にご紹介したいのが、日本ではまだそれほど知名度はないものの、徐々に海外企業の参入が増えてきているバヌアツ共和国です。

そこで今回は、在バヌアツ日本大使館・特命全権大使の千葉氏に、バヌアツ共和国の特徴や海外企業の参入について、お話を伺いました。

駐バヌアツ共和国 特命全権大使の千葉広久氏の画像

取材にご協力頂いた方

駐バヌアツ共和国 特命全権大使
千葉 広久(ちば ひろひさ)

慶應義塾大学法学部法律学科卒業。1983年外務省に入省。本省では人権人道課人道支援室首席事務官、国内広報課首席事務官、南東アジア第二課地域調整官などを歴任。海外勤務として在インドネシア日本国大使館一等書記官、在シンガポール日本国大使館一等書記官、在メルボルン日本国総領事館首席領事、在デンパサール日本国総領事館総領事などを歴任。2020年6月、バヌアツ共和国への初代特命全権大使に任命された。

在バヌアツ日本国大使館

バヌアツ共和国は観光業が盛んな南太平洋の島国

エモーショナルリンク合同会社代表の佐藤直人と駐バヌアツ共和国 特命全権大使の千葉広久氏のインタビュー画像

佐藤:バヌアツと言えば、税制面などでの有利な国の一つとして多くの投資家・経営者の方々には知られた存在かもしれませんが、どのような国なのか概要をお伺いしてもよろしいでしょうか?

千葉氏:バヌアツ共和国は南太平洋の小さな島国で、80余りの島々から成っています。首都はエファテ島にあるポートビラです。人口は全国で32万人ほどと少ないですが、小さな島国が多い太平洋島嶼国の中では中規模の国とも言えます。1980年7月30日に独立し、今年(2023年)で独立43周年になります。独立前はイギリスとフランスが共同で植民統治をしていたため、今でもフランス語と英語の両方が公用語となっています。国語は主に英語をベースにしたピジン語であるビスラマ語です。このほかに各島々に多くの地方語があります。

最も盛んな産業は農業と観光業です。各地の美しい海岸や世界で一番近いところから火口を直接見ることができるタンナ島の火山など、見所もたくさんあります。ペンテコスト島に伝わるランド・ダイビングは、バンジージャンプの基になったと言われています。地理的に比較的近いこともあり、主に豪州やニュージーランドからの大型クルーズ船が頻繁に来港し、たくさんの観光客が訪れていました。しかし、新型コロナウィルスの世界的な感染拡大を受けて、2020年3月に国境を閉鎖することとなりました。

佐藤:コロナショックに伴うバヌアツ共和国の国境閉鎖は、かなり迅速な対応だったように記憶しています。

千葉氏:小さな国で医療状況も十分ではありませんので、コロナウィルスが入ってくると大変なことになるという危機感がありました。そこで早い段階で国境を閉鎖し、その後2023年7月に再開するまで、2年半近くに亘って厳しい国境閉鎖が行われました。バヌアツ国内では2022年3月にはじめての市中感染が確認されましたが、それまでの間にワクチンをほぼ全ての島々まで行き渡らせるよう努めることができた結果、あまり大規模な感染拡大には至らず、同年7月には国境を再開することが出来ました。

とはいえ、コロナ禍によって同国の経済、特に中心産業である観光業は大きな打撃を受けました。現在はようやくクルーズ船も戻ってきており、観光業を含めた経済復興に向けた新たな取り組みが行われています。

佐藤:主産業が観光業となると、やはりコロナ禍で受けたダメージは計り知れないですね。

千葉氏:おっしゃる通りです。加えて、バヌアツは国連大学の世界自然災害リスク評価において、自然災害に対して最も脆弱な国であると位置づけられています。実際、バヌアツは日本と同じように環太平洋火山帯の一部に含まれ地震や火山噴火も多く、また数年に一度は大きなサイクロンに見舞われています。直近ですと今年の3月初頭に2つの大きなサイクロンが連続して多くの島々を襲いました。幸い死者は報告されなかったものの、家屋倒壊、道路寸断、ライフラインの損壊など大きな被害が発生し、実に国民の7割近くが被災しました。近年の気候変動による災害の激甚化や海岸線の上昇など、バヌアツを含む南太平洋の島嶼国にとっては、気候変動が安全保障上の最大のリスクと言われています。感染症に限らず、こうした自然災害や気候変動への対策は、バヌアツにとって非常に大切な課題です。

バヌアツ共和国へのビジネス参入は大きなチャンス、ただしリスクにも配慮を

佐藤:なるほど。そういった災害リスクも踏まえた上で、ビジネス展開をする候補地としてバヌアツを視野に入れる場合、ビジネス上ではどのようなメリットが考えられますか?

千葉氏:バヌアツ登記の法人には消費税や輸入関税を除けば、法人税や所得税、キャピタルゲイン税等は課されないことになっています。そういう意味で、バヌアツでの企業活動は非常に優遇されていると思います。また、オーストラリアやニュージーランドまでの距離が比較的近く、場所にもよりますが2〜3時間のフライトで行くことが出来る点もメリットと言えるでしょう。ニューカレドニアにも1時間半ほどで行けます。特にこれらの地域と連携した事業をするには、バヌアツは魅力がある場所にあると言えるでしょう。先ほどもお話ししたように、英語が公用語であるという言語環境も、スムーズなビジネス展開をする上で有利な点であると思われます。バヌアツの中心的な宗教はキリスト教です。宗教上の特質や、またメラネシア地域としての風俗・習慣に敬意を払うことは大切ですが、ビジネスの上で宗教や文化的に特段に留意すべき問題はないと言えます。加えて、バヌアツの人々は穏やかで大変フレンドリーです。一般犯罪はもちろんありますが、全般的に治安は良好です。このところ政権をめぐる与野党間の対立によって政治情勢が不安定化していますが、基本的に民主的な手続きを尊重した上での政治闘争であり、治安への影響は心配されていません。また、労働賃金が一般的に低いことも、企業活動にとっては利点と言えるでしょう。

佐藤:確かに、それだけの条件が揃っていると、ビジネス面では大きなメリットが感じられますね。

千葉氏:ただし、バヌアツでビジネスを展開する上では、いくつか注意しておくべき点ももちろんあると思います。たとえば、輸送や通信といった基本的なインフラがまだ十分に整っていないため、こうした面で不自由さを感じることもあるでしょう。医療水準が決して高いとはいえないことも懸念材料となります。大きな病気を患った場合は、オーストラリアやニューカレドニア、シンガポールなどまで足を延ばさなければなりません。

農産品等の日本等への輸出事業の場合は、安定供給の問題もあり得ます。バヌアツの農産品としては、コプラ、牛肉、バニラ、カカオ、コーヒーなどがありますが、生産規模が小さいため、輸出需要に見合う規模の量を安定的に供給することがなかなか難しいことが課題になり得ます。したがって、むしろそのことを前提とした上で、日本市場にも受け入れられる高品質で付加価値や希少価値のある生産品の発掘を模索していくことが重要ではないでしょうか。少量でも希少価値のあるものをいかに発掘して開発していくかという発想で見ると、いろいろと新しい可能性が見えてくるのではないかと思います。さらに、バヌアツは、国土面積は新潟県と同じくらいで狭いのですが、周りには広大な海洋を有しています。豊かな海洋環境を守りながら、海産資源の発展を図る余地なども大きいのではないかと思います。

佐藤:農産物等の安定供給を図ることが難しい理由は何でしょうか?

千葉氏:事業計画や資本、気候等の問題もあるでしょうが、農産品などの生産物を円滑に輸送するためのインフラ整備が十分に進んでおらず、輸送コストも嵩むという問題もあります。バヌアツ政府も地方での道路や港湾整備等に尽力しています。また、国内市場規模が小さいため、その中で品質管理を行いつつ、需要に見合うような輸出産業を育てることも簡単ではないと言えます。

そのこととも関連しますが、ビジネス展開における留意点として、先述したように労働賃金が低いことは事業展開にとってはメリットであると言えますが、周辺先進国との労働賃金の格差は、バヌアツの人々がオーストラリアやニュージーランドへの季節労働に働きに出る傾向を促進し、国内の労働力不足を招いているという結果も引き起こしています。たとえば、コロナ禍終息後も、ホテル従業員や飲食店など観光産業部門の熟練労働者がなかなか戻ってこないことが、観光業の回復にとって一つの課題になっているとの指摘もなされていました。

多くの外国企業が参入しているバヌアツに、日本企業の参入を期待したい

佐藤:それらの課題は、逆にビジネスとして外国企業が参入するチャンスと考えることもできるものでしょうか?

千葉氏:はい。課題はありますが、それらを踏まえた上で取り組むチャンスはあると思います。実際に、バヌアツの法人全体に占める海外資本の参入割合は高いです。まだまだ現地企業家の育成が進んでいないということだとも言えますが、特に主要な大企業のほとんどは外国資本のものであり、多くの外国人経営者が働いています。そもそもバヌアツは過去にイギリスとフランスの植民地だったこともあり、独立後もそれらの国からの資本参入が容易であったと言えるでしょう。現在はオーストラリアやニュージーランド、中国などの資本も相当程度入っています。中国のハードウェア会社や建設会社、オーストラリアや英仏系の金融・保険・通信関連会社などが事業を展開しています。

佐藤:日本企業の割合は、まだ少ないのでしょうか?

千葉氏:バヌアツに参入している日本企業の数は、今のところは非常に少ないです。ホテル産業や旅行業といった観光分野に加え、日本食レストランなど飲食業、自動車販売などです。これから、様々な業種と形態における日本企業の参入が進むことを期待したいと思います。日本向けの産品輸出という点では、2020年12月にバヌアツが後発開発途上国(LDC)から卒業したことで、バヌアツ産牛肉やチョコレート等の日本への輸出には輸入関税がかかるようになりました。輸出入や販売に携わる日系の業者の皆さんにとっては、なかなか厳しい状況ですが、商品のブランディング化を図ることで、おいしいバヌアツの牛肉やバヌアツ産カカオたっぷりのチョコレート、バニラ、果物などが、これからも継続してあるいは新たに日本市場での人気を得て、販売が進んでいくことを期待しています。

佐藤:先駆者がいてビジネスとして回っているということは、これから参入を検討している企業にも十分に成功するチャンスはありそうですね。

千葉氏:私の目から見ても、バヌアツは日本企業にとっても参入余地の大きい国だと思います。農産品もそうですが、やはり観光業は今後ますます発展していくのではないでしょうか。バヌアツへの日本人入国者数は、コロナ禍の直前には年間1,000人ほどを記録していましたが、その数は年々増える傾向にありました。日本におけるバヌアツの知名度も少しずつ上がってきていると思います。日本政府が2020年1月にポートビラに日本大使館を開設したことを受け、現在、バヌアツ政府は東京にバヌアツ大使館を開設する準備を進めています。このような背景もあり、両国の関係が今後様々な分野で発展していく可能性が広がっていると言えます。この流れに乗り、潜在的に大変豊かな観光資源を有しているバヌアツにおいて、エコツーリズムやアグリツーリズムなど様々な側面から、観光分野での新たな発展を図ることも出来るのではないでしょうか。さらに、日本の得意分野であるIT関係や環境、気候変動対応などの切り口から、日本企業が参入できる余地は十分にあるのではないかと期待しています。

人と人との交流から新たなビジネスチャンスが生まれる

佐藤:貴重なお話、ありがとうございます。最後に読者の方へ向けてメッセージをお願いできますか?

千葉氏:バヌアツという名前を聞いて、すぐに南太平洋の島国だと思い浮かぶ日本人の方はまだまだ少ないと思います。これは逆も同じことで、バヌアツの方々も日本という国の名前は知っていても、日本のこと、その社会や文化を理解している人はまだとても少ないのが実状です。これは、いかにインターネットが発達した世の中とはいえ、やはり人と人との直接的な交流が、東南アジアの国々などと比べるとまだ圧倒的に少ないことが原因であろうと思います。ですから、この記事をご覧になってバヌアツに少しでも関心を持たれた方がいらっしゃいましたら、是非一度、ご自分の足で現地を訪れ、バヌアツという国をご自身の目で直接見て頂ければと思います。現地の方々とも話してみて欲しいです。

ビジネスに限ったことではありませんが、その国の人々と交流を図ることは、新たな取り組みを始める時のスタートラインになります。バヌアツは日本からは直行便がなく、決してアクセスが良いところとは言えませんが、近隣のオーストラリアやニュージーランド、フィジー、ニューカレドニアなどを訪れるような機会がありましたら、そのついでであっても結構ですのでバヌアツにもお立ち寄りいただき、その実状を直にご覧頂きたいと思います。国と国との間、そして人と人との間の交流機会が増え、お互いを知り合うことで、新たなビジネスチャンスも生まれてくることでしょう。

(対談/佐藤 直人